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風のアレフ  作者: ハシバミの花
11/13

≪結婚式≫

誰もが味わう一番の悲しみ、それは人が生き、そしてなくなる話です。

そこに何を見出すのかは、たぶん誰しもの、一生の課題なのでしょう。

≪結婚式≫


 その日が女の子にとって、どうして一番待ち遠しいか、わかるかい?

 それは、人生で一番美しくなれる日だからさ。


 ベネリとマルゴの結婚式が行なわれたのは、水中月の頭ごろ。その日は、村の結婚式の人、ずっと昔から決まっていた。ずっと昔がいつだったかって? そんなの誰にも判りゃしないさ。とにかくずっと昔、キリエが生まれるよりも、村長さんやジョウニー婆さんが生まれるそれよりも、ずっとずっと昔から決まっているのさ。

 みんなも知っての通り、子供たちはこの日が大好きだ。収穫祭の次ぐらいに好きかもしれないね。なにせ、村は総出で浮かれていて、旨い物がたくさん出てくる。小さな子が喜ばないはず無いさ。

 さてこの年、村には三組の夫婦が誕生した。

 ラサラとテヅエン。二人はブドウ畑の小作の子同士。

 ジェッカレとソネ。樵と猟師の、家が隣同士の二人。

 そしてなんといっても、ベネリとマルゴさ。なんたってマルゴは、村で一番大きい畑を持つカラジャリーさんの一番上の娘だから、自然と注目されてしまう。

 カラジャリーさんの家は娘ばかりだから、マルゴの夫となれば、やがてはカラジャリーさんのあとを継ぐことになる。なのにマルゴのところには、今までちゃんとした男が現れなかった。

 マルゴが不器量だったのか、だって? まさか。村一番といわれる三女のサラセには到底及ばないが、ぽっちゃりとしていて、目なんかもくりっと丸くて、人好きのする顔だったさ。それより問題は、カラジャリーさん本人のほうだった。

 カラジャリーさんは苦労人でね。幼い頃は食うや食わずといった生活の中、たくさんの妹や弟たちの先頭に立って、病床の母親を助けながら生きてきた。前の麦畑の主だったセリタさんに働きぶりを気に入られ、どうだと乞われて入り婿したんだよ。責任感の強い男だったから、それ以来必死に地所を守ってきた。働き者ってのは大体そうだが、カラジャリーさんも頑固者でね、そのせいで、家族やした働きの者たちと揉め事を起こすことも少なくなかった。そのことを村の物はみんな知っていたから、マルゴに男が寄り付かなかったのさ。

 ベネリなら、働き者だからすぐに気に入られたんだろうって?

 冗談じゃない。自分と似たような男だったからこそ、ベネリとマルゴの婚約を認めさせるのは、大変だったんだよ。



 マルゴがベネリと共にカラジャリーさんを訪れたのは、収穫祭の少し前。そのときのカラジャリーさんの反対の仕方といったら、そりゃあもう、後々になっても語り草になったものさ。

「お前は誰だベネリ。この前までは三女サラセ、次に私の長女マルゴをたぶらかして、この農場を持ってゆくつもりか? 恩知らずのあさましい奴め。お前はくびだ。帰れ。二度とここに現れるな」

 まずもって言いようがひどい。自分のことを棚に上げて、ベネリを盗人あつかいだ。

「お父さん、そのような言い方は、彼に対してひどすぎるわ」

「だまりなさい。私はこいつと話しているのだ。お前は部屋にもどっていろ」

 もの申したマルゴにもきつく言い、怒ったマルゴは家を出て行ってしまった。残されたベネリも、ショックを受けた様子だったが、

「また彼女を連れて出直します」

 丁寧にあいさつしてその場を辞した。

「二度と来るな、といったはずだ」

「また来ます」

「来んでいい。お前はくびだ」

 くびも何も、ベネリはカラジャリーさんには雇われていない。収穫やワインづくりなど、たまの人手にかり出されれはするが、そちらはこの日に終わっている。

 困惑はするものの冷静なままのベネリとは正反対に、日焼けした禿げ頭をてっぺんまで赤くして、カラジャリーさんは怒っていた。

 羊を連れて出て行ったベネリは、道でアレフたちとはちあわせ、そのあとマルゴを慰めながら家に戻した。

 戻ったもののカラジャリーさんは家におらず、その日の話はそこどまりだった。



「カラジャリーさんはね、とても苦労なさったの。最初の奥さんは冬の寒さで死んでしまい、まだ赤子だったマルゴを一人で世話していたの」

 暖炉で、キリエは語ったものだ。

「次女のセイラは子供のころあそびに行ったまま、ゆくえ知れずになったの。おぼえてるかしら? 水前月の初め、ちょうど今ぐらいの日で、アレフ、あなたはまだ三歳だった」

 アレフは少し首をひねって、思い出せないことを伝える。

「母さんは探せなかったの?」

「足跡が一つだけあった。でも、それは村の広場の真ん中で消えていた。他には痕跡も無かったわ。崖や沢のガレ場へいったけれど、そこにも何もなかった。あの子は唐突に消えたの」

「魔法のように?」

 キリエが肩をすくめる。緑の魔女だからといって、この世の何もかもを見通しているわけじゃない。

「じゃあさ、」

 アレフはこともなげに言った。

「風に聞いてみるよ」


 アレフが言うには、風には記憶があるのだそうだ。

 風の精はひとかたまりになって世界をめぐり、また戻ってくる。

 風はみんな好奇心が強い。

 そして、おぼえているのは全ておぼろげな光景で、言葉ではなくその記憶で語ってくるのだと。


「初めて聞くことばかりだけど、風はあなたの専門だものねアレフ。わかった。風に聞いてみてくれる?」

 アレフはそうした。家の外にでて、風の集まるところで耳をすませる。耳をすませると言っても、遠くの音を聞くように、手のひらを耳の後ろに当てたりはしない。目を閉じて、心を澄ませるというのに近い。

 アレフは長い時間そうしていた。

 日が落ちたころ、ようやく家にもどってきてアレフは悲しげに言った。

「セイラはもう戻ってはこないって」


「セイラは死んでません」

 その夜、カラジャリーさんの所にゆき、キリエが言った。

「ただし生きてもいません」

「どういうことかね? 何かのまじないの話か?」

「アレフ、話して」

 キリエの後ろに隠れていたアレフが、前にでる。

「風に聞いた」

 また何を言い出すのか、とカラジャリーさんはいぶかしむ。

「最近、風に目覚めた、とあんたが言っておる息子じゃな」

 うたがっている、とまではいかないが、信じてもいない様子だ。

 歳をとると、こういうふうに物事をあいまいなままにする人は多い。

「聞いたんだ。セイラの声を」

「たわ言は聞かん。息子を連れて帰るがいい」

「彼女は、人間ではなくなったんだ」

「帰れと言っておる」

「彼女は、冬になった」

「黙……!」

 黙れ、と大声を出そうとしたカラジャリーさんの言葉が、途中でとまる。

 浮いた腰をイスにもどし、しばらく呆然としていたが、立ちあがって暖炉に薪をくべると、そこにイスを集めて言った。

「ここで待っていてくれ。みなを呼んでくる」



 マルゴとサラセを連れて、カラジャリーさんは戻った。

「この子の話を聞くがいい」

 二人がアレフに気づいて驚く。

「アレフ!」

「この子、魔女の子?」

「サラセ、やめなさい」

 マルゴがたしなめる。魔法使いは善きもの、魔女は悪しきものなのだ。

「さあ、教えてくれ。セイラがどこに消えたのかを」

 マルゴとサラセが息をのむ。

「彼女は、冬になった。今はセイラじゃなく、"冬"だ」



 セイラは生まれつき、少し体が弱かった。

 みんなと一緒に遊べたのは5歳までで、その冬に肺炎をこじらせてからは、家を出ることもできなくなった。

「私、冬が好き。体をなおして、またみんなと雪あそびがしたいな」

 自室の窓から、降りつもる雪を見ながら、彼女はよくそう言っていた。

「これはマルゴ姉さん、こっちはサラセ、家にはお父さんとお母さん」

 セイラは絵が上手かった。

 プレデ爺さんの余らせた絵の具をもらっては、よく絵を描いていた。

 題材はいつも家の前で、そこには家族がいて、白銀山脈が描かれていた。

 いつだって雪の中だった。

「お前は体が弱い。冬は外に出てはいけないよ」

 いつもカラジャリーさんが注意していたのに、その冬セイラは一人で外に出てしまった。

 そして、消えた。

 村のまん中の広場だ、そんなところで足跡がとだえるはずがない。

 誰かが言った。

「灰色タカか、大トビにさらわれたのさ」

 誰かが言った。

「足音は吹きだまりで消えたんだろう。セイラはきっと川に落ちたんだ。もうあがってはこないだろうな。かわいそうに」

 カラジャリーさんたちは必死で探したが、春になってもセイラは見つからなかった。

 キリエも手を貸し、全力を尽くしたが、やはり見つからなかった。

 キリエの能力をうたぐるわけではなかったが、それ以来、一家はあまりキリエと接することがなくなった。

 母親も体が弱り、それからしばらくして亡くなった。

 カラジャリーさんはいっそう気むずかしくなり、マルゴとサラセはそんな父親をさけるようになった。

 セイラが消えて、十年がたった。

 キリエが息子を連れてきた。

 息子のアレフは、セイラの話を克明に語りだしたのだ。


「セイラは絵が好きだった。でもカラジャリーさんにしかられるからって、できた絵を隠すようになった。最初は本棚のすき間とか裏だった。でも、カラジャリーさんは目ざとく見つけるし、だんだん体も弱くなっていって、本棚まで歩くのも大変になった。だからベッドの寝板に細工して、そこに隠せるようにした」

「その話、私たち以外誰にもしてないのに……!」

 サラセが息を呑んだ。マルゴが立ちあがる。

「マルゴ、絵を取ってくるなら、セイラの画板も持ってきて。ベッドの壁がわに、滑りこませてある」

 アレフが言う。

「最後の冬、セイラはほとんどベッドを出られなくなった。それでも絵が描きたかったから、画板はいつも枕元においた。そのころだ。冬が彼女をおとずれたのは」

 サラセは一度だけその話をした。

 よりによって、相手はカラジャリーさんだった。

「ねえお父さん。私のところに、冬がくるの。私、冬になるのよ」

 そういって見せた絵には、まっ白な女の子が描かれていた。

「馬鹿なことを言ってはいかん。さあ絵なぞ描くのはやめて、暖かくして寝なさい。春になれば、またみなで湖にいこう」

「でもね彼女はもう、その冬を越せないと知っていた。お医者さまも、そう診断してた。この暖炉で、そのことをカラジャリーさんに伝えたとき、セイラはそこにいたんだ」

 アレフは階段のあるほうの壁に指をさす。

「カラジャリーさんが大きな声で、『馬鹿な』といったから、起きてきたらそんな話をしていたって」

「あの子に生きて欲しかったんだ。だから一時でも多く休んでほしかった。なのにあの子は死に、そして妻までも」

 カラジャリーさんが顔をおおって嗚咽する。

「それはセイラも知ってる。でも、彼女の話を信じてもらえなかったのは悲しかったって」

「すまなかった。本当にすまなかった」

 マルゴが画板と絵をいっしょに持って階段をおりてきた。アレフは画板だけを受けとり、

「動けなくなったセイラは、ベッドの寝板に絵をかくすのもおっくうになった。それで、彼女は工作の得意なベネリに画板を作ってもらったんだ。サラセは知ってるだろ? 手紙を持っていって、ベネリに頼んだのはサラセだ」

 サラセがうなずく。目には大きな涙がいっぱいにたまっている。

 画板は質素なものだったが、少し厚みがあった。

「この画板は、お腹につけるところが簡単にはずせて、そこが絵のかくし場所になってるんだ」

 アレフが言ったとおりの場所をはずすと、両手ぐらいのサイズのスケッチの紙がたくさんこぼれてきて、床にちらばった。

「セイラがカラジャリーさんに見せたのは、これだろ?」

 それは、窓の外でにっこりと笑う、まっ白な女の子。



 その夜、三人は長い話をした。

 そして、次の日マルゴとの結婚を許すと、ベネリに言った。

 ベネリの兄弟たちを家によびよせ、そこに住まわせた。

 雪の多い夜に、カラジャリーさんは、暖炉ぎわで幼い子らに語るという。

「むかしこの家には、セイラという子がいた。ベネリは知っているな。心の優しい子だったが、体は弱かった。ある冬、セイラは外にでて、そのままいなくなった。セイラは冬になったんだよ」

「冬って、どんなの? 雪のこと?」

 幼い子たちが聞く。

「冬は冬だそうだ。冷たい風、どっさりの雪、温かい暖炉。そういうもの全部だそうだ。アレフがワシに教えてくれたのだよ」

「アレフなら知ってる! 手のつけられないガキ大将だって、大人がみんな言ってるわ!」

「風を使えるんだよ! それで、ジュアンとジュジュをたすけたんだ!」



 カラジャリーさんが、暖炉でニコニコと笑っている。

 暖炉のうえには、白い女の子のスケッチがある。

 冬が来るたびに、この家は、この村は、セイラのやさしさに包まれるのだと知っているから、誰もがそんなにふうに優しく笑えるのさ。



冬の終わりとともに、人々は活気をとりもどします。

次回の主人公は、実はアレフが一番気にしてるあの女の子です。

そして、あの可愛い種族も登場します。

特殊な能力をもつ彼らは、物語の最高のバイプレイヤーなのです。

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