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風のアレフ  作者: ハシバミの花
10/13

≪冬山の捜索≫

冬の訪れた緑風村で、幼い兄妹が遭難します。

キリエをたよる村人ですが、キリエが捜索のたよりとしたのはなんと……。

≪冬山の捜索≫



 自然が最も恐ろしいのは、雪の降るこの季節だ。

 雪の手のひらは白く滑らかだが、冷たい死の香りがつきまとうのを、私らは知っている。



 テレマフの幼い兄妹の姿が見えなくなったのは、水前月のとある日暮れだった。

 その日の昼ごろ、二人は野草を探してくると言って家を出た。

「あまり遠くに行ってはだめよ。森には決して入らないでね」

 母親は兄妹に毎度の言葉をかけた。

 だけれど陽が沈んでも、二人は帰ってこなかった。

 テレマフ夫妻は真っ先に村長を訪ねた。

「子供たちが帰ってこないんだ。火傷につかう野草を取りに行ったまま、まだ戻らない」

 村長は村の男たちを集め、手に手に松明を持たせて子供たちの行方を捜した。それからおろおろと涙ぐむテレマフの妻に、キリエを呼びに行くよう言いつけた。

 ちょうどそのときキリエの家にウィージェが訪ねていて、キリエやガリオラたちと暖かい暖炉の前で歓談しているところだった。

「キリエ、キリエ、助けておくれ、私の子供たちが帰ってこないの!」

「まあ、なんですって?」

 キリエはテレマフの妻、ザーラを家に上げ、熱い茶を持たせて話を訊いた。

「ジュアンとジュジュが、いないって?」

 話を聞きつけ、アレフも二階から降りてきた。

「野草を探しに行ったらしいの」

「どんな?」

「火傷に使うって言っていたらしいわ、だから、ハシバエイの実か、それともセンポウ杉の樹脂……こっちは子供には無理ね」

「あの子たちには森に入るなときつく言ってあるのに、ああ神様! 大地の守護よ! 私の子供たちをお守りくださいまし!」

 ザーラの言葉に、ガリオラが渋い顔をした。

「大地の守護の名を出されちゃ、私が何もせんではいられないだろうなあ。アレフや、その子らが行った場所の見当はつくかい?」

「ハシバエイの群生なら幾つか知ってる。でも、ジュワンたちに教えたのは一ヵ所だけ、だからそこに居ると思う」

「よし、行ってみよう。アレフ、案内してくれ」

 一番に立ち上がり、外套を着込み始めたのはウィージェだった。アレフも急いでそれに倣う。

「二人ともこれを持って行って。どちらにも森の精霊の力が宿っているわ」

 キリエに手渡された木片を、二人は懐深くにしまいこんだ。

 家を出ると、村は吹雪きはじめていた。

「これは急がないと足跡が消されてしまうな。アレフ、ナイフを持ってきているのなら、下着の中に入れておけ。体温を保持できるし、凍り付いて使えなくなることもない」

「分かった。ウィージェ、こっちだ!」

 二人は真正面から叩きつけてくる風を割って、道を進み始めた。



 村と森の境界、里山では幾つもの松明が灯っていた。大人たちは一帯をしらみつぶしに探していたが、二人の痕跡は見つからなかった。アレフとウィージェは彼らには加わらず、自分たちのルートを急ぐ。

「ここ。この茂みを分け入ったところなんだけど……」

 ウィージェが枝を切りはらい、新雪の積もったところを重点的に探す。アレフも頭を地面すれすれに低くして、兄妹の足跡を探した。

「あった!」

「これだ!」

 二人は同時に痕跡を見つけた。今にも風に飛ばされてしまいそうな、小さな足跡が二つ。周りには大きな足跡がいくつもあって、ほかの大人たちもここを探したらしいが、眼の高さに張り出した女王松の枝に邪魔されて、見落としてしまったようだ。森をよく知るアレフとウィージェでなければ、これを見つけられはしなかっただろう。

「おおい! こっちだ! 足跡を見つけたぞ!」

 ウィージェが声を張り上げると、大人たちが集まってきた。

「どこだ? どこだ? おお、なんてこった!」

 大人たちが集まり、かすかな足跡に気づいてなげく。二組の足跡が向かった先は女王松の林の中。体の大きな者では、分け入ることも難しい。せっかく手がかりをつかんだというのに、捜索はさらに困難なものとなった。

「アレフと俺が行こう。ロープをくれ! つなぎ合わせて、命綱にするんだ!」

 男たちは命綱を括りあわせ始め、ウィージェはその端をつかんでアレフと林にもぐりこむ。

「頼むぞアレフ、こう枝が密生していては、俺でも足跡を探せない。お前の眼だけが頼りだ」

「ウィージェも待っていればいいのに」

「そうはいくか。お前一人行かせたとなれば、キリエに尻を蹴っ飛ばされちまう」

 アレフは腰に綱をくくりつけ、ウィージェを先導して兄妹のかすかな痕跡を追った。

「二人は多分、ここからハシバエイの群生に近道しようとしたんだ。だけど、女王松の林は方向を見失いやすいから」

「ああ、だけどまずいな。ここをまっすぐ行くと、崖に落ちこむ」

 ウィージェの悪い予感は当たった。二人の足跡は、崖のところで途切れていた。足跡があった部分だけ、雪が地面に大きく抉り取られている。

「雪庇だ。崖に降り積もった雪の張り出した部分に乗っかってしまったんだ。それで、落ちた」

「どうしようウィージェ、二人は無事なの?」

「この崖は傾斜が緩やかだし、下は下生えが密生している、命に別状はないと思う。しかし……まずい所に落ちたな」

 山岳師のウィージェなら降りられない崖ではない。だが、この天候では降りたらもう上がってはこれないだろう。崖の先は吹雪いて、煙った暗がり以外には何も見えない。悪いことに、命綱もちょうど伸びきってしまっている。

「一か八か降りてみよう。アレフ、戻って村人に綱を放すよう言ってくれ。それからその足で、お前の母さんにこのことを知らせてくれ」

「そんな! 危ないよ! 綱を持つ人がいなけりゃ、ウィージェでも帰ってこれない!」

「俺なら吹雪のやり過ごし方を知ってる。どこかに雪洞でも掘って、嵐が止むのを待つさ」

 ウィージェは外套を被りなおし、崖の下を覗き込んだ。

「やれやれ緑の女王。お前さんの新しい恋人は、前にも増して命知らずじゃないか」

「ウィージェは無謀な人じゃありません。勇敢なんです」

 キリエとガリオラが、茂みを割って出てきた。他に数人の村人が、枝を打ち払いながらそれに続く。

「さあどうするか。こう雪が多くちゃあ、地の精霊もなかなか目覚めちゃくれん。木々も寒さにやられて、なかなか答えてくれないんじゃないかい?」

「私は木の言葉に耳を傾けたりはしません、一つになるだけ。でも、いくら探ってもあの子達の気配が見つからない。早くしないと手遅れになる」

 キリエの表情が曇る。

「アレフ。もう私たちにはあなたしかいないの。力をかして」

「何をすればいいの?」

「耳をすませるの。風に、耳を預けて」

 キリエの謎かけのような言葉の意味が判らず、アレフは戸惑う。

「どういうこと?」

「風に心を開きなさい。どんなやり方でもいい。あなたが思うようにするの」

 まだキリエの言葉が飲み込めないながらも、

「母さんの言うこと、よくわからないけど、やってみる」

 アレフは頷いた。

 近くの吹き溜まりを見つけ、そのそばに立つ。目を閉じ、腕を広げた。額に吹き付ける雪、鼻をきゅんとつまむ寒さ、そして、外套をひるがえす風。

 アレフの心に、風が吹き込んでくる。

「何をしているんだ? 子供たちを探さなくてもいいのか?」

「アレフは風をつかめるのかい? まだ年若すぎやしないかね?」

「あの子の力に年は関係ありません。それに、私たちにはもう手段が残されていないの」

 呼気。

 吸気。

 苛立った息遣い。

「駄目だ! みんな茂みの中に入って! うるさすぎるよ! フォーリさん! 外套をさするのもやめて! 寒くても、少しの間我慢していて!」

 大人たちは驚き、それに従った。一番驚いたのはガリオラ。当惑するウィージェ。キリエだけが小さく笑う。

「ふう……」

 アレフは再び、風に心をさらす。

 じわじわと、肌にぶつかる風に意識を集中する。

 地面を這うつむじ風、頭上を過ぎる谷間風、その更に上にはそよぐ大気の流れがあり、はるか上空では地上とは比べ物にならない大きなうねりがあった。

 その瞬間、怒涛のように風が流れ込んでくる。谷をうごめく無数の風。めちゃくちゃに荒れ狂い、何もかもを吹き飛ばそうとしている。

 探って。

 その中から、小さな風を探して。

 あの子たちの場所から届いた、幼い風を。

 キリエの声が心に届いた。それは言葉のようで言葉ではない、魂に直接響く声だった。

 アレフはその声に従い、感覚を研ぎ澄ましてゆく。

 枝々を揺らす風、雪の塊を運ぶ風、崖を駆け上がる風。その大地を這う細い糸のような風、谷の向こうから届いた、崖に沿って雪を舞い上げる暴風に巻き込まれて、荒々しく弄ばれている一本の流れ。

「見つけた! ジュアンとジュジュは、あっちにいる!」

 アレフが思いもかけない方角をさす。大人たちが色めき立つ。

「どうやって判ったんだ?」

「本当なのか? そっちには道などないぞ」

「子供のうそを信じるのか?」

「少し黙ってて。今は一刻を争うの」

 苛立たしげにかわされる懐疑的な意見をキリエがうっちゃり、アレフに駆け寄った。

「場所は?」

「向こう。凍った川を越えた先。大きな岩の陰で、二人が寄り添って凍えている」

「わかった」

 キリエが革の靴を脱ぎ捨て、茂みの中に溶け込んだ。

「キリエ! 待てキリエ! くそ! 一人で何が出来る!」

 ウィージェが崖を滑り降りる。

「綱は残しておいてくれ! 必ずみんなを連れて戻る!」

 吹雪でさえぎられた視界の向こうから声がした。

「ウィージェ! この風はまだまだ続くよ! 絶対に戻ってきて!」

 アレフの声が届いたかどうか、判らなかった。

 吹雪は黒々と渦巻き、耳に届く風の唸りは、まるで魔物の叫びのようだった。

「アレフ。その岩のことを教えちゃくれんかね」

「大きな、大人の背丈よりもある岩。てっぺんが魚の頭の形をしていて、下は丸っこくなっている。どうしてそんな事を訊くの?」

「その岩をちょいと暖めてやろうと思ってね。それで少しは幼い兄妹も暖を取れるだろう?」

「そんなことが出来るの?」

「実はわたしゃ賢者様なんだよ?」

 冗談めかして言い、ガリオラは大きな杖を地面に突き立て、ぼそぼそと口の中で呪文をつむいだ。地につけた杖の先端がぽっと明るく光る。

「これで少しは命を永らえるだろう」

 ガリオラは元気づけるように笑ってみせ、アレフの肩を抱く。

 長い時間が経った。

 アレフと大賢者、そして村人たちは吹雪の向こうをにらみながら、しんしんとしみ込んでくる冷たさにたえ、身を寄せ合う。風はごうごうと唸り、吹きつける雪は一段と勢いを増す。吹雪はさらに勢いをまし、アレフのもとに彼らからの風がとどくことはなくなった。

「……もう駄目なんじゃないか?」

 ひそひそと耳打ちする村人たち。天候の悪化と無謀な救助。二重遭難の条件はそろっていた。それでもアレフは信じていた。だってあの母親が、こんなところで死ぬはず無いじゃないか。

 小さな風が、アレフの耳元に誰かの息遣いを運ぶ。

「来た! ウィージェだ!」

 村人たちが目を凝らしてがけを覗き込む。だがそこにはやはり吹雪く闇があるばかり。

「綱が動いてる!」

 崖に垂らしていた綱が下方に引っ張られ、ピンと張っている。綱は積雪をこすり、たわみ、また張りを取り戻す。

「下だ! もうこの下まで来ておる!」

 村長の指示で屈強な男が数名、崖を滑り降りる。上に残った者たちも、頃合いを見計らって綱を手繰り寄せる。アレフもそれに参加する。

 やがて吹雪の向こうにかすかに人の影が見え、そしてウィージェとキリエ、それぞれが一人ずつ子供を抱いて姿をみせた。

 やったぞ! 子供たちだ!

 誰ともなく歓声が湧き起こった。



 彼らはテレマフの家に引き上げ、そこで暖を取った。もう少し近い家もあったが、みな一刻も早く母親に合わせてやりたかったのさ。子供たちは衰弱していたが、命に別状はなかった。ザーラは二人を一度にかき抱いて、おいおいと泣いた。

 ウィージェは体を温めると、もういつもの調子になった。山岳師ってのは、丈夫な体を持っているもんだ。

 一番酷いのはキリエだった。はだしの両足が凍傷にかかって、腫れ上がって血が滲むほどだった。

 村人たちの心中は複雑だった。だって、有名な魔法使いが、雪に足をやられるなんておかしいと思ったのさ。魔法使いも人間だということを、なんとなくみんな信じたくはなかったのだろう。

「ありがとう、キリエ、本当に、ありがとう、キリエ」

 ザーラは繰り返し繰り返しキリエに感謝し、詫びた。涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにして。

「お前たち、もう雪の日に子供たちだけで山に入っちゃいけないぞ」

 一番いたずら坊主のアレフが、小さい子たちにまじめ腐って言うもんだから、みんな堪えきれず笑っちまった。

「みんながジュアンとジュジュを叱らないから、俺が叱らなきゃだめじゃないか。俺が同じ事をしたらやっぱり叱られるのに、笑うなんておかしいや」

 アレフはふて腐れたが、

「今日一番のお手柄はアレフさ。みんな感謝しているんだよ」

「このところうちの息子は、村を救ってばかりね」

 キリエとウィージェが二人がかりで持ち上げると、すぐに機嫌を直した。

 外はびゅうびゅう、さっきよりも酷い雪が吹き付けていて、でも、家の中は暖かかった。



 いつだって、この世界では、家の中が一番暖かいのさ。


次回、農閑期の緑風村では、水中月に多くの若者が結婚します。

この年行われた3組の結婚式の一つに、ベネリとマルゴも。

頑固者でしまり屋のカラジャリーさんを、ベネリはどうやって説き伏せたのでしょうか。

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