Story 元遊び人 × 元遊び人 END
ミシェルに、好きな気持ちを教えてほしいと言われてから、一週間。週末のカフェのお仕事体験から三日が経った。
日常はいつも通り流れていく。
婚約という話も、だいぶ落ち着いてきた。
ミシェルとは、会えば会話する程度で、他に進展もない。
リュカには、仕事を紹介してくれたことについて、お礼を言った。俺の様子がおかしいのを分かってくれて、それ以上、何も聞いてこなかった。
授業中、外の授業で校庭に出ているミシェルを見つけて、つい目で追ってしまった。
友人と楽しげに会話する姿、やっぱり女の子に囲まれていたが、さりげなく離れていた。
そういう姿を見て、心臓の音を感じてしまった。
「やだなー、これじゃ、俺の方が……」
一人で、ぽつりと口から出た言葉に、ハッとさせられた。
(なんだよ、これ。頭の中が、あいつで埋め尽くされていく。いやだいやだ、こんなの俺じゃない)
¨理人は、本気で人を好きになったことがないんだよ¨
いつか聞いた、女の子の言葉が降ってきた。
人を好きになりたいなんて言いながら、実際その気配を感じたら、俺は怖くてたまらなかった。
「そうだよ。俺は怖いんだ。…ミシェル、この気持ち、どうすればいいんだよ」
窓越しに小さく語りたけたけど、届くはずもなく、その姿を指てなぞった。
その時、ミシェルがこちらを振り向いた気がした。偶然かもしれないし、視線に気づいたのかもしれない。どちらにしても、俺は慌てて窓から離れたので、それを知ることは出来なかった。
(あーもう!振り回されてるのは、俺の方だけか!もうやだ!)
心が乱させるなら、見なければいいと、俺は意識して、ミシェルを避けるようにした。
もともと、クラスも違うし、そこまで会う機会も少ない。
クラスにこもり、移動の際は、細心の注意をはらって、ひっそりと移動した。
そんな時、俺に声をかけてくるやつがいた。
「ねぇ、君、レイチェルさんだっけ?」
知らない声に振り返ると、やはり、見知らぬ顔の男だった。
「なんだよ、あんた誰?」
「ミシェルと同じクラスの友人だけど、あいつ、転んで階段から落ちて、保健室に運ばれたんだ、君、婚約者だろ、知らせておいた方が良いと思って……」
よく考えたら、違和感があったかもしれない。だけど、俺はミシェルに会いたかった。気持ちを隠していたのに、突然ドアが開かれたから、もう俺は何も考えず、飛び込んだ。
「ミシェル!大丈夫!?」
保健室に駆け込むと、保健医はいなかった。ベッドに向かい、閉じられたカーテンを開けたが、どのベッドも空だった。
「……どういうことだ?」
その時、ガラガラ、ピシャンとドアが開けられて、閉じる音がした。
その絡み付くような視線に、嫌な予感がして目をやると、先ほどの知らせにきた男が立っていた。
「……お前、嘘をついたな」
「そうだよ。俺は昔、あいつに女を取られたことがあってね。ずっとずっと復讐しようと思っていたんだよ。いつか、あいつが本気になるような女が現れたら、絶対ボロボロにしてやるって………」
「それは、残念だけど。私は、ただ家が決めた婚約者で、あいつは私のことなんて……」
「本当にそう、思っているの?最近のあいつは、君のことばかり見ているよ。いつも探しているみたいだ。俺はずっとチェックしていたからね。よく分かるんだ」
よく分からない男が言った、嘘か本当か分からない話だが、俺の心は喜びに震えた。
「……そっそんな、だとしても、それが本気かどうかは……」
動揺していて、気がつかなかったが、男はすぐそばまで来ていた。
「やっぱり、あいつが選んだ女は、可愛いじゃないか。これは、楽しく遊べそうだ」
ゾクリと背中に寒気が走った。
ここは保健室、後ろはベッドだ。教室のある棟からも離れているし、声を出して誰か気づいてくれるかは分からない。
(考えろ、考えろ、非力な女でも、逃げられる方法を……)
ふと、近づいてくる、この男の目を見た。
そこには、復讐に燃えるというよりも……、とても悲しい目をしていた。
「ミシェルがやったことは最低だし、その女も同じだ。だからと言って、許せない気持ちを、俺にぶつけても、あんんたの気持ちは楽にはならないよ。もっともっと苦しむことになる」
「何を!お前に何が分かる!」
「あんたは、傷ついた悲しい目をしているし、手も震えてるじゃないか。忘れられないかもしれないけど、前に進めよ。相手を傷つけたいより、相手に優しくしたいと思う方が、俺は幸せだと思う。あんたも本当は、そういう人間だろ?」
「……………」
男は拳をぎりぎりと握りしめて、目からは涙が浮かんでいた。
その時、バンっと音を立てて、ミシェルが保健室に飛び込んできた。
「レイチェル!!」
ミシェルは、俺が無事な姿を見て、安堵したようだが、すぐに男の方を睨み付けた。
「お前……!!よくも!」
「ミシェル!」
俺が止めにはいると、男は後ずさって、そのまま、走って保健室を出ていってしまった。
「……大丈夫。何もされていないよ。話の分かるやつだったから、説得したら、やめてくれた」
「リュカに男に呼ばれたって聞いて……ごめん、レイチェル、僕のせいで…」
ミシェルは、全速力で来たのか、汗だくで、髪はボサボサ、いつもの飄々とした涼しげな雰囲気は欠片もなかった。
「ずるいよな」
「……え?」
「全く、ミシェルの不誠実な行為のせいで、貞操の危機だったのに。怒りたいけどさ、何だよ……、急いで来てくれたことが嬉しくて、怒る気持ちがなくなっちゃったじゃないか」
すると、ミシェルの目にうっすらと、涙の滴が浮かんだ。
今日はなんだか、男を泣かす日らしい。
「僕は誰に何を思われようと、気にもかけなかった。だけど、君を知ってから、何をしても、考えてしまう。怖くてたまらないんだ。嫌われたくないし、最近は避けられているようで……ショックで……会えないのがこんなに辛いなんて……」
「ふっ………、ふふふっ、あはははは」
「なんだよ、レイチェル。こんな時に、笑うなんて……」
「ふふふっ、同じだ。二人して同じことで悩んでいるなんて、おかしいだろ」
「えっ………」
「怖くて、苦しくて、辛くて、切なくて。だけど、姿が見れたら心は踊って、目があったら嬉しくて、気持ちが通じ会えたら……こんなにも幸せだと思える、分かるだろ、これが……」
「好きって……気持ち」
ミシェルの答えに、俺は笑顔で頷いた。
いまだに、夢の中にいるみたいな顔で、ぽーっとしている、ミシェルはやけに可愛く思えた。
だから、俺はついつい、手をだしてみたくなった。
「ねぇ、ミシェル。キスしようよ」
「え!?」
「俺を置いてきぼりにしたくせに!」
「だって……それは……」
「好きだよ。大好き」
そう言って、俺は、まだ何か言おうとしているミシェルの口を塞いだ。
みっちりと重なった唇は、まるで元から一つであったみたいに、ぴったりとくっついた。
まずは、軽い重なりだけのキスだが、相手を思う気持ちと、相手からの流れ込んでくる気持ちが重なりあい、体に甘いしびれを起こした。
(なにこれ、すごい気持ちいいんだけど…、これが……好きな人とするキス)
ミシェルの反応が見たくて、顔を見たら、真っ赤になって、後ずさりして、座り込んでしまった。
「待って!レイチェル、ちょっと!待って……、嘘でしょ……僕、キスだけで……」
こっちへ来ないでと言われ、なんだか化け物扱いにムッとした。
「なんだよ、なんでだめなんだよ!」
「男には、色々と事情があるんだよ!こんなところで、止まらなくなったら困るから!」
「……………あっ……そういうことか。え?今のキスで?」
「なんだよ!僕だって、信じられないんだ。この僕がまさか………」
偉そうなことを言っているので、俺はもっと悪戯することにした。
「ちょっと!レイチェル!!まさか!待って!こんなところで!だめだって!」
「黙って……」
「あ……レイチェルっ」
ガラガラと音を立てて、ドアが空き、保健医が入ってきた。
「えっ」
完全にこちらと目が合って、保健医の、ギャーーっという声が、校舎に響き渡った。
俺とミシェルは、それぞれ担任に呼ばれて、いくら婚約者と言えど、学園での節度は守るように、お説教を受けた。
それ以来、学園内では、もっぱら節度あるお付き合いを心がけて、手を繋ぐまでにとどめている。
いつも、帰りは馬車で家まで送ってもらえるので、そこでは毎日、元遊び人同士の戦いが繰り広げられていた。
「痛い!今、噛んだでしょ!ミシェル!」
「だって、美味しそうだったから、ここも食べたいな」
「やだ!腕に噛み痕がついてるじゃん!ちょっと!」
最初は俺がリードして、悪戯を仕掛けていたのに、最近はミシェルが盛り返してきて、すっかり形勢逆転していた。
「あれ?レイチェルは僕の血の味を知っているでしょ。ずるいと思うんだよねー」
「だからって、わざわざ傷をつけなくてもいいでしょ!」
「僕は我慢しているんだよ。本当は体中にキスマークを付けたいし、いっぱい噛みついて、これは僕のだって、刻みつけたいのに!」
「………………それは、ずっと我慢してて」
「ひどい!レイチェル!絶対いつかやってやる!」
本当はいつかそんな日が来るのかと思うと、内心どきどきしている自分がいたが、絶対認めなくないので、そっぽを向いて気にしていない顔をした。
「レイチェル!やっぱり可愛すぎる!」
ミシェルに、腕を取られて引き寄せられた。
すっぽり抱き締められると、安心感とお腹の奥に火が灯って、その甘く苦しい熱さに目を閉じた。
「本当はね、僕はまだ他人なんてどうでもいいし、信じることなんて、とても出来ないのだけど、レイチェルがいるから、ちゃんと前を向いてみようって思えたんだよ」
「……ミシェル」
「レイチェル、僕は君を愛してる。もう逃がさないし、血の一滴まで僕のものだ」
狂気じみた台詞も、ミシェルが言えば、俺の体を甘く痺れさせる。
今度は、首筋に噛みつかれて、甘い痛みに、声を漏らした。
「ねぇ、ミシェル……、やっぱり、今すぐ全部食べて、あなたに残さず食べられたい」
「ふふっ、可愛い、レイチェル。仰せのままに。僕のお姫様」
いつか、全て舐めとるように、心も体も奪い尽くされてしまうのだろう。
恋を知った自分が、どう変わっていくのか、甘い期待を感じながら、そっと目を閉じたのだった。
□□ミシェルStory完□
個人的に、中でも一番爽やかカップルだと思うのですが、いかがでしょうか。
次回はいよいよ王子様の登場です。




