Story 遊び人 × 元遊び人 ③
「こんな早朝に呼び出して、どういうこと?」
やはり、ミシェルは少し、というか、かなり不満があるようだ。
朝が弱いらしく、目の下には、うっすら隈もある。それでも、来てくれたということは、本人もやる気があるのだろう。
「相手の事を知るには、同じ時間を共有すること!それが良いと思うか、だめだと思うか分からないけど、新しいことにチャレンジしないと!きっと達成感があるよ!」
「……それが……これ?」
週末、俺は、ミシェルを、町のあるカフェに呼び出した。
そこは、リュカの実家が経営しているカフェで、俺とミシェルは、身分を偽って、体験入店することにしたのだ。
「なんだよ!俺に任せてくれるんだろ。お坊っちゃまが普段体験出来ない、貴重な経験だよ。さっ!成果を得るには労働しないと!さぁー頑張ろう!」
「なんか、レイチェル楽しんでない?」
「あははー。一回やってみたかったんだよね。カフェのアルバイト」
二人で入り口で話していると、オーナーらしき、おじさんが出てきた。
「君たちが、社長の知り合いの子かな。なんでも、カフェで働いてみたいとか、ええと、君が姉のレイトさんで、君が弟のミカくんだね」
「え!?おとう……うぐっ…」
「はいはーい!そうです。どうぞよろしくお願いします」
ミシェルが、よけいな事を言わないように、手で口を塞いだ。
「なんで、僕が弟なのさ!?」
「姉弟じゃないと、男女で一緒にって、変に思われたら困るでしょ、今日だけなんだから、黙ってて!」
二人で小声で話していたら、オーナーから、更衣室はこっちだと呼ばれた。
それぞれ別れて、支度をする事になったが、ミシェルが、お坊っちゃま過ぎて、自分で服を着れないとかなったら、どうしようか若干心配は残る。
確か男は、黒のシャツに、黒いエプロンのシンプルな制服だった。女用の服を確認していなかったが、テーブルに用意されていたものを見て、俺は絶句した。
「な……なにこれ……嘘でしょ……」
更衣室を出ると、ミシェルの姿があった。既に着替えをすませて、仕事の手順を教えてもらっていた。
ブラウンの柔らかな髪に、白い肌、黒いシャツが、甘い顔のミシェルには良く似合っている。
さすが、貴族のご令息。ビシッと着こなしている姿に、不覚にも胸がドキッと音をたてて、踊ってしまった。
しかし、更衣室を出たはいいが、俺は慣れない格好に、戸惑いしかなかった。
同じ女の子のアルバイトはいないらしいので、果たして、これで、合っているのか確認も出来なかった。
「ミシェ……、あっ……ミカー」
俺は恐る恐る、ミシェルの背中に声をかけた。
「ん?レイチェ……!?えっ……ちょっとそれ短すぎない!?」
この世界のセンスが全く分からないのだが、カフェの女子用の制服は、黒いシャツに、レースの白いふわふわとしたエプロンと、下は横にボリュームのあるチェックのミニスカートだった。
いつも、長いドレスかワンピースなので、何も履いていないような感覚になり、さすがに恥ずかしい。
ちなみに、太ももまでの長い靴下に、パンプスというスタイルだ。
髪も下ろすわけにいかないので、ポニーテールにした。
「レイトちゃん!可愛いー!女の子の新人が入ったら、着せようと思ってたんだ!」
僕の趣味だよーと、オーナーは嬉しそうに笑った。
(おいおい、リュカ、この店大丈夫か?)
「………レイチェル。なんか、すごいやだ。一緒に帰ろう」
なぜだか、急にミシェルの機嫌が悪くなり、焦ったけど、まだ、始まってもいないので、なんとかお願いして残らせた。
一通り説明を受けて、お店は開店した。
基本的に仕事は、注文を受けて、運んで、片付けるの繰り返しで、難しいものではなかったので、ミシェルも俺も、すんなり動けるようになった。
さすが、男の店員しかいない店だけあって、お客様は、ほぼ全員女の子だ。
しかも、かなり盛況だし、ミシェルは、あっという間に、一番人気の店員さんになっていた。
ミカさーん!注文取ってー!と、女の子達の黄色い声が飛び交い、オーナーは、すごい逸材だと感動していた。
俺が話しかけようにも、次々と女の子に呼ばれ、いつもの調子で、可愛いね、なんて言って、手まで握ってあげて喜ばせていて、なんの会話も出来ない。仕事だから仕方ないのだが。
そろそろ終わりだというのに、少しも一緒に働いた感じがしなかった。
(……なんだよ。すっかり馴染んじゃって……あいつ天職だろ!)
俺も何だか不機嫌になり、むくれながら、食器を片づけていたら、声をかけられた。
「レイトちゃん、そんなに、たくさん大丈夫?少し持ってあげるよ」
顔をあげると、確か、最初に仕事を教えてくれた、一年先輩の、ヘンゲルという男だった。
「あ、すみません。じゃお言葉に甘えて、これをお願いします」
俺は人の好意は素直に受けるがモットーなので、ヘンゲルのトレーにどんどん乗せた。
ヘンゲルは、えっ、という、顔をしながらも、フラフラしながらキッチンまで、運んでくれた。
助かったわーと思っていたら、案の定、ガシャンという音がして、どうやら、ヘンゲルはやってしまったらしい。
若干、罪悪感が芽生えたので、一応顔を出してみたら、ヘンゲルが慌てて落とした皿を集めていた。
その隣では、ミシェルがそれを手伝って、割れた欠片を集めていた。
優しいところもあるなと見ていたら、痛いと言って、手を離した。尖った欠片で、切ってしまったらしく、指から赤い血が出てきた。
止血の方法とかよく分からなかったから、血がこぼれそうになっているのを見て、俺はとっさに近づいて、その手を取って、血のついた指を口に入れた。
ミシェルの体が、大きくビクリと揺れた。
口の中に、じわりと鉄の味が広がった。
舌て押さえつけるようにしてから、そのまま吸い取って、口から出すと、血はまたうっすら、傷口から滲んできた。
オーナーが、あららー、派手にやったねと言いながら、キッチンに入ってきて、ホウキとチリチリで、掃除を始めた。
俺はハンカチを軽く水で湿らせて、ミシェルに指に当てて押さえておくように言った。
ミシェルは、何も言わず、素直に従った。
ちょっとした、アクシデントはあったが、体験入店は、無事終了した。ミシェルは最後までオーナーにぜひ働いてくれと、しつこく誘われていたが、丁寧に断っていた。
「見て見て、ミシェル!給与もらえたねー。働いたって感じするでしょ」
「一日働いてこれか。僕の昼食代くらいだよ」
夕暮れの町を歩きながら、俺は小さな達成感を感じていた。改めて、ミシェルのモテっぷりを、見せつけられた感じだ。だが、仕事には、しっかり取り組んでいたし、いつもと違う一面が見えるというのは、多少効果があったのではないか。
俺の中ではミシェルは、単純に苦手だったり、軽くて嫌な印象があったが、そういったのは、すっかりなくなっていた。
もうすぐ夜の色に変わる空を眺めながら、なんだか、このまま別れて帰るのが、少し名残惜しかった。
ミシェルは、どんな気持ちなのだろうかと、聞いてみようかと思ったら、同じく、黙っていたミシェルと目が合った。
「レイチェル……、僕の指がずっと熱いんだ」
「えっ……、大丈夫?」
バイ菌でも、入ってしまったのかと、ミシェルに近づいたら、その指を、顔の前に出された。
傷口は、血も止まって、乾いているようだし、問題はなさそうに見えた。
「ねぇ、レイチェル……、もう一度口に入れて……」
「ええ?!もう……大丈夫そうだけど……」
「全然大丈夫じゃない!レイチェルのせいで……」
切羽詰まった、余裕のないミシェルの顔は、初めて見るもので、俺はその先の顔を少し見てみたいと、思ってしまった。
ミシェルの指をぱくっと口に入れると、今度はなんの味もしなかった。
舌でちろりと舐めると、ミシェルの体が、再びビクリと揺れるのが分かった。
これで離れるのかと思いきや、今度はミシェルの指が口の中を動き始めた。舌の上や裏をうねるように動き、苦しさにえづいても、やめてくれなかった。
ついには、路地裏の壁に押し付けられて、口の中を蹂躙される。
ただただ苦しいだけだったものが、ある時、甘い苦しみに変わって、思わず漏らした声を、ミシェルは聞き逃さなかった。
ゆっくり抜き取られた指は、てらてらと光っていて、それを見たら、ますます心臓は、強く揺れた。
解放された口で、求めていた空気を吸い込んで、やっとまともに呼吸が出来た。
「あぁ、レイチェル……、このまま君を食べてしまいたい……、だけどだめだ。ちゃんと君が僕を求めてくれるまで……」
そう言って、今度はミシェルが私の中に、小さな火を灯して、離れていった。
去っていく背中を見て、その火はすでに、知らぬ間に私を覆いつくしていることを感じた。
そう、気づかないふりをするには遅すぎて、でも声をあげる勇気もなかった。
「……ばか。置いていくなよ」
俺の言葉だけが、届くことなく、空に消えていった。
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