第二十話「再会」
しばらく走り続けていると、執事が急に速度を緩めて歩き出した。それに釣られるように、私も速度を緩めて横を歩く。
「どうかしたの?」
「貴方といい、ヴァイスといい。動揺しなさすぎだと思うのですが」
きっとクローンの事だろう。らしくない彼を、私は鼻で笑ってやる。右手で執事の肩を軽く小突いてやると、彼は怪訝そうにするが無視しよう。
「そう言われてもねぇ……。確かに最初は驚いたけれど、兄さんのクローンなんでしょ? なら、執事も血縁的には近いってことだし、親族みたいなものよ」
「……そういうものですか」
「そういうものよ。そんな事よりも、そろそろ着くのかしら」
「いえ、ちょっと見覚えのある方がいらして」
「見覚えのある方?」
執事が指差した方向を見れば、そこには白い毛並みの大きな猫がいた。印象的なブルーアイが私達を見て目を細める。そう、過去に道案内してくれたチロにそっくりなのだ。こちらが名前を呼ぶ前に、白猫は建物の隙間へと入り込む。その道は人間が一人通れるくらいの狭さ。私達は目を合わせて頷き、置いてかれまいと白猫の背に続く。見失わないようにと追い続けていると、どこか開けた場所に出た。
中心には痩せ細った木が一本生えており、根本には黒いコートを羽織った男が腰掛けている。傍には茶色と黒色のスレンダーな猫がおり、白猫は男の足元でくつろぎ始めた。黒コートの男は、以前雨宿りで世話になったファントムで間違いない。
「やっと来たのか。懐かしいねぇ、一年振りくらいか?」
「そうね。まさかこんな所で再会するなんて思わなかったわ」
「ちょっと渡したい物があってさ」
彼は立ち上がり、こちらに向かってカードを一枚投げた。私がそれを受け取るよりも速く、執事が掴んでしまう。彼はそれを見て苦笑を漏らし、すぐファントムに問いかけた。
「タイムリーなプレゼントですね」
「それは以前手伝ってくれた報酬だと思ってくれればいいよ」
執事は深い溜息を吐いて、渡しにカードを差し出す。それはヴァイス・ルーヴの名が刻まれた認証カードだった。執事の手から受け取って本物か確かめるが、とても偽物には思えない。ファントムへと視線を見ると、おどけた表情をして見せた。
「駐屯地に入り込むなら必要になるだろう?」
「貴方は何者なのかしら」
「以前、ただの傭兵だって言ったじゃないか。俺自身があんた達にとって、欲しい物を報酬にした方がいいと思っただけさ」
「……そう。ありがたく受け取っておくわ」
礼を言って、胸ポケットにカードをしまう。ここなら落としてもすぐに気がつく。ファントムは次に荷袋を取り出して、私達を睨む。今度は一体なんだというのか。
「敵陣に突っ込むのに、セーラー服と燕尾服の二人組とか……。見つかってくださいと言っているようなもんじゃないか。一応持ってきて良かったよ」
荷袋の中から現れたのは、二着の青い軍服だ。これに着替えろという事だろう。わざわざそこまでしてくれるファントムに、私は首を傾げながら問う。
「どうしてそこまでしてくれるのかしら。報酬は認証カードでしょう?」
「こっちは俺からの選別さ。仕事を手伝ってくれた仲間を支援したくてね」
「手伝ったと言っても、雨宿りさせてくれたからって理由じゃない。それだけで仲間だと言うの?」
「こんなんでも色々あってね。些細な事でも縁を大事にすると決めたのさ」
分かったならさっさと着るようにと、彼が小さな一軒家を指差した。どうやら、あそこが今の拠点のようだ。念の為、先に執事から着替えてもらう事にしよう。溜め息を漏らしながらも、了承した執事は軍服を持って一軒家へと向かった。
青い軍服片手に、私はファントムに義手を見せつける。
「相手に義手なのは知られてるから、これを隠せる物はないかしら」
「ふーむ……。そうだな、将校用マントを羽織ればいい。それなら隠せるんじゃないかな」
そう言った彼は、荷袋から黒いマントを取り出す。全身を覆い隠すほどの大きさなら充分だろう。ファントムに礼を言い、執事が着替えを終えて戻ってくるのを待つ。その間、チロとナッツの遊び相手になろうと二匹に近付く。しかしそれは、ファントムに遮られた。
「む、ちょっとチロとナッツに触れるだけよ?」
「その前に、ちょっと話したい事がある」
「なにかしら」
大した事じゃないと、前置きしてから口を開く。ファントムが都心部に来てから、私達を探している人物と同行する事になったらしい。なんでも、友人からの頼みで断りきれなかったとのこと。その者については、現在周囲の探索に向かわせていると彼は言う。
「さすがに女の子を一人にしとくのも、気が引けたからねぇ」
「私達を探している女の子か。誰かしら?」
「たしか名前は……」
ファントムが語る前に、私の背中に何かがぶつかった。振り向けば、フード付きの長い黒マントで全身を包んだ人物が抱きついている。何者かと思い、フードを脱がすと懐かしい顔が現れた。
「ちゆる、だっけ?」
「ちゆりです!」
「悪気はないから、そんなに睨まないで」
いつぞやの二人組の片割れである、水色の髪が印象的な狙撃手ちゆりだ。てっきり国から出て行ったと思っていたのに、まだいたとは。意外な再会に驚いていると、ちゆりの表情が暗いことに気付いた。彼女の瞳から、徐々に涙がこぼれていく。一体どうしたのだろうか?
「白さん! ユルトが……。ユルトを助けてください!」
悲痛な声が私の耳に響き渡る。かつて対峙し、再戦を楽しみにしていた相手に、危機が訪れているという悪い知らせだった。




