14 お披露目パーティー
アイリーンのお披露目パーティーは、盛大に行われた。
彼女を深く愛している父公爵が低位貴族から高位貴族までの全員、そして王族までもを招待したのである。
エレニアには誕生日パーティーすら開いたことがないというのに。
パーティーが行われるのは、キルパトリック公爵家の所有するパーティーホールだ。
エレニアは薄い黄色のドレスに身を包んでいた。主役のアイリーンより目立つわけにはいかないので、装飾は控えめのものにしておいた。
裾と肩の部分にフリルがついているくらいで、髪の毛も下ろしたままだった。
(原作のエレニアはレイモンドに見初められたいからって、かなり気合いを入れた格好をしていたわね……)
主役の存在感をかき消すような真っ赤なドレスに、高く結い上げた髪の毛は多くの読者から反感を買っていた。
今思えば、アイリーンに対抗したかったのだろう。自分の存在を忘れないでほしいと、誰か一人でも自分を見てほしかったのかもしれない。
そして、アイリーンはというと……。
ちょうど、彼女が部屋から出てきた。
「―――お父様!」
「アイリーン、今日はとても綺麗だな。あぁ、私の愛した彼女にそっくりだ」
アイリーンが着用していたのは、瞳の色と同じ赤色の華やかなドレスだった。
全体にフリルがあしらわれ、胸元には大きく可愛らしいリボンが付けられている。
(あのドレス……小説の挿絵で見たものと同じだわ。やっぱり、原作の流れにきちんと沿っているのね)
いつも下ろしている黒い髪は、今日は低い位置でまとめられていた。胸元のものと同じ色のリボンが髪に飾られている。
父は愛おしくてたまらないのか、アイリーンの身体を抱きしめた。彼からすれば、愛する娘はアイリーンただ一人なのだろう。
彼女に比べたら、自分はあまりにもみずぼらしい存在のように思えてならない。
(……親子の時間を邪魔するのは気が引けるし、私は先に行こう)
居づらくなったエレニアは、二人に何も告げずその場から立ち去って行った。
***
エレニアが会場へ行くと、既に何人もの招待客が会場入りしていた。
彼女の姿に、招待客たちはヒソヒソと噂話をし始めた。
「まぁ……エレニア嬢だわ……」
「何を考えていらっしゃるのかしら……心穏やかではいられないでしょうに……」
考え事をしていたエレニアの耳には、噂話など入ってはいなかった。
ただ、思うことはただ一つ。
(今日は男主人公のレイモンドととアイリーンが出会う大事なパーティーよ)
―――何が何でも、特等席で二人の出会いを見なければ。
オペラグラスを持ってくるべきだっただろうか。今になって少し後悔。
しばらくすると、アイリーンが父公爵のエスコートで入場してきた。
今日の彼女は誰から見ても華やかで、美しかった。高いヒールを履いているおかげで、いつもよりスタイルが良く見える。
「あら、なかなか綺麗なお嬢さんじゃない」
「そうね、血筋は気に入らないけれど見た目が良いなら、いくらでも貴族の男性と結婚できるわ」
貴族の男性どころか、アイリーンはパーシヴァル家の氷の貴公子の心を掴むのだ。
太陽の聖女の称号を持つ彼女以外にはできないことである。
壇上へ上がったアイリーンは、慣れない様子で招待客に向けて挨拶を始めた。
途中噛んでしまったが、父は叱るどころか温かい目で彼女を見守っているだけ。
(私が噛んだら間違いなく鞭打ちね)
なんて素敵な親子愛だろう。
「―――今日は楽しんでいってください。皆様と交流できることを、心から嬉しく思います」
アイリーンのその一言で、パーティーが幕を開けた。
人々が談笑し、ホールの中央ではパートナー同士によるダンスが始まった。
前にエレニアが訪れた夜会と変わらない時間が流れた。
ちょうど、父公爵は王族に挨拶に行っていて不在。
アイリーンは広い会場の中で、一人差別に耐えていた。
「あの子、恥ずかしくないのかしらね……」
「エレニア様がいるというのに、みっともないわ……」
「次の当主の座を狙っているのでは?なんて女!」
聞こえるように陰口を言う招待客たち。
アイリーンの大きな目に、涙が滲んだ。
原作通りならば、ここでレイモンドが助けに入るはずだった。
しかし、彼の姿がどこにも見えなかった。
レイモンドを探して会場内を見渡していたそのとき、突然頭上から声が降り注いだ。
「―――キルパトリック令嬢、久しぶりだな」
「パ、パーシヴァル公爵様!?」
顔を上げると、レイモンドが視界に入った。
前に会ったときと違って、白い軍服に身を包んでいる。今日はパーティーだから、正装をするのは当然だろう。
「公爵様、どうしてこちらにいらっしゃるのですか……?」
「なぜ、とはどういう意味だ?」
エレニアの質問に、レイモンドは眉間にシワを寄せた。
「まるでお前のところに来てほしくなかったとでも言いたそうだな……」
「あ、いえ、違います」
急激に低くなった会場内の気温に、エレニアは慌てて弁明した。
なぜ、ヒロインの元に行っているはずのレイモンドが悪役令嬢の傍にいるのか。
エレニアは不思議そうにレイモンドを見上げた。彼女の視線に、彼は頬を染めてそっぽを向いた。
「今日は、お前に会うためにここに来たんだけど……」
「……?」
どうしてそんな顔をするのか、エレニアはきょとんと首をかしげた。
前世でも男性と付き合った経験がない彼女は、異性からの好意に疎かった。
レイモンドはエレニアの手を取ると、チュッと甲に口づけた。
「──今日は綺麗だな、令嬢」
「……」
突然のキスに、彼女の顔が真っ赤になる。
(ダメダメ、彼は私が好きになってはいけない人なんだから!)
男主人公に本気になってしまえば、待っているのは死。
二度も死ぬなど、御免だ。
エレニアは慌てて話を逸らした。
「と、ところで!公爵様は、主役のアイリーンに挨拶に行かれましたか?」
「いや、まだだけど……」
なぜ今異母妹の名前が出るのか、とレイモンドは不快感を抱いた。
そんな二人の間に、割って入った人物がいた。
「───エレニア、またお会いしましたね!」
「まぁ、クラーク!」
サブヒーローのクラークだった。
彼女は救世主が現れたと、目を輝かせた。
「クラーク……?」
クラークは何の迷いもなくエレニアに近づき、彼女と会話を交わした。
エレニアも困惑する様子を見せることなく、楽しそうに彼と話した。
「……」
レイモンドは仲睦まじく話す二人を見ていたくなくて、荒い足取りでその場をあとにした。
***
エレニアとクラークの前から立ち去ったレイモンドは一人バルコニーへ出ていた。
「クラークとかいうあの男……何か気に入らないな」
彼はエレニアと親しいクラークに、並々ならぬ敵対心を抱いていた。
なぜ、彼女とあんなにも仲が良いんだ。
俺のほうがずっと、彼女を想っているというのに。
バルコニーから夜空を見上げると、ちょうど月が見えた。
あの日のように、満月ではない。
こんな夜は、エレニアのことを考えずにはいられなかった。
目を閉じれば、今も頭に浮かぶ過去の記憶。
『───あなたは怪物なんかじゃない。一人の人間よ』
優しい眼差し、温かい手。
生まれて初めて感じる人の温もり。
目を開けると、再び真っ黒な空が視界に入った。
「彼女は俺のこと……覚えていないみたいだな」
あの様子だし、最初から期待なんてしていなかったけど。
考え込んでいたそのとき、突然背後から声をかけられた。
「───パーシヴァル公爵閣下」
「……?」
振り返ると、そこに立っていたのはアイリーンだった。
たしかエレニアの異母妹で、最近公爵家に引き取られたという女。
そういえば、挨拶していなかったか。
(黒い髪……?)
彼女の持つ黒髪に、彼は目を奪われた。
アイリーンはそんな彼の心を読んだかのように、赤い唇を歪ませながらゆっくりと近づいた。
「公爵様に、お話したいことがあるんです」
「……」




