【対ヴァルクラント戦略会議】
北方諸国連合本部
大議場の重厚な扉が開き、
各国の大使や高官たちが厳かに入場していく。
金糸の刺繍、軍礼服、
色鮮やかな民族衣装が席を埋めていく中
議場の中央、最も発言権の集まる特等席に、
異質な一団が【既に】着席していた。
勲章もなければ、国旗のバッジもない。
仕立ての良さだけが際立つ
シンプルな漆黒のスーツを纏った者たち。
彼らの背後には、書類の束を抱えた
冷徹な目の副官と、
休めの姿勢だが常に周囲を警戒する
秘書兼護衛が影のように控えている。
彼らは
貿易ギルド連合【ゼニスキャラバン】
北方番頭たちであった。
国家の枠組みすら超越した規模を誇り、
あらゆる勢力に武器と食糧……
そう、全ての兵站、
飛空艦を始め靴下一足まで売り捌く、
世界規模の死の商人。
連合各国の代表者たちが一瞬、
不快げに眉をひそめた。
ゼニスキャラバンは
北方諸国連合に加盟している訳ではない、
寧ろ国家でもないからだ。
だが、
誰も彼らを追い出すことはできない。
すでに
ヴァルクラント王国との戦端が
開かれた今、
連合各国は兵站物資を始めとして
貿易輸送業務にも大きく関わっている
この怪物たちの協力なくして、
全軍の補給線を維持することなど
不可能だと誰もが理解していたからだ。
本会議の議題は
対ヴァルクラント戦における
兵站確保及び調整である。
北方諸国連合の重要事項は、
各国代表による審議と可否の確認を経て、
首座国の最高指導者が最終決議を下す
という制度になっていた。
首座国の代表でもある議長の声により
会議が開廷され各国、部族が捻出出来る
戦略物資の概要が発表される。
ゼニスキャラバンの順番が回ってくると
副官が記載した各国の目録を手渡す。
さっと目を通した後、目を瞑り少し考える。
直ぐに発言をしない事に不審や不満を思い
各国の代表が注目する。
それを感じた所で
「……各国の捻出可能戦略物資の
目録を拝見させて貰いました。
もし北方諸国連合が全面攻勢に出たら
恐らく1年いえ、半年と言った所でしょう」
「な、商人風情が国家戦略を語るのか!?」
加盟国代表が机を叩き声を荒げる。
番頭は全く動じる事なく
「いえ、恐らくヴァルクラントの常備戦力で
概算すると2〜3年は戦える……
という計算は理解出来ます。
ですが……」
軍服の代表が腕を組みながら
チラリと番頭を見ながら
「予備兵力の動員、占領地からの徴収か?」
番頭が生徒が答えを言い当てた先生の様な
表情を浮かべ
「流石でございます。
現在、ダ・ギヴ、南洋同盟に
触手を伸ばしているヴァルクラント。
少なからず
擦り寄って来る勢力も居るでしょう」
議長に補佐官が耳打ちする。
「南洋同盟は中立を保っていますが
兵力、交渉団の派遣は確認されています」
「して?ゼニスキャラバンの捻出量は?」
「各席にお配りしている
資料のご確認をお願い申し上げます」
議場内にカサカサと資料を確認する
紙の音が広がる。
「こ、これは!?」
資料には武器弾薬を始めとする戦略物資の目録貸し出しと売却可能な飛空艦目録
投入可能輸送戦力の目録
それも
目を見張る膨大な数字が記載されている。
笑顔の番頭
「これが我がゼニスキャラバンの
供給可能目録でございます」
議長は喉から手が出る程の欲しい内容の
目録を前に疑惑の目で番頭に
「流石に大した量だ……
だが、
見返りの要求も大した物なのだろう?」
笑顔を崩さず
「申し訳有りません。我々は商人なのです。
相応の対価は請求させて頂かないと
倒産しかねないのです。
こちらの資料にお目通しをお願い致します」
資料を見た議長が目を剥く。
「……何だと?
あの『火柱砂漠』の領有権だと?」
議場内が響めく。
議長が小声で補佐官に尋ねる。
「……以前、
エリクシルも調査団を派遣したいと
打診があったが何か有るのか?」
補佐官は小さく首を振り。
「燃料になりゆる物は有りますが
採取等のコストを考えると
効率は魔導機械の足元にも及びません」
意図が読めない議長は
「何故、火柱砂漠の割譲を?」と
素直に質問する。
番頭は、大使たちの探る様な目線に、
気分を害した様子を微塵も見せず、
深く静かに頭を下げた。
「はは、お恥ずかしい限りで。
我ら浅ましい商人の性質とお笑いください。
人の住まぬ土地ほど
余計なしがらみがありません。
それに……その、
あれほど広大な土地の所有権を持てば、
我がギルドの箔になります。
連合の皆様の寛大な心を期待して
ご一考いただければ幸いです」
議場内が騒めく中
補佐官が議長に耳打ちする。
「あそこは万年、地面から不気味な
火柱が吹き荒れ、農地にもならない土地です。
人が住むことすらできません……
確かに国土の割譲というものの
場所が場所です。
この際、あそこでいいのなら……」
議長は首座国代表として脳内の天秤が動く。「……ゼニスキャラバンの要求は理解した
即答は出来ないが
良い返事が出来る様に尽力しよう。
して、割譲調印が為されれば
我が連合軍の全補給を、
貴殿らが引き受けてくれるというのだな?」
議長の言葉に、番頭は手を横に振り、
さらにへりくだった笑みを浮かべた。
「滅相もございません。
我がギルドの身の丈を超えた大役です。
あくまで
【各国の兵站協力】にすぎません。
もちろん、
戦うのは誇り高き連合の兵士の皆様です。
軍の誇るべき兵站の主軸は、
皆様ご自身の手で動かしていただかねば」
議長は満足そうに顎を引いた。
やはり国家の軍隊こそが主役だと、
自尊心をくすぐられたのだ。
しかし、番頭の言葉はまだ終わらない。
「ただ……その、
微力ながら我らも全力を尽くすにあたり、
少々、下手を踏まぬための
【お願い】がございまして……」
自尊心をくすぐられたばかりの議長は
「願い? 言ってみろ」
「我がギルドの輸送隊が前線へ向かう際、
各国が管理する街道や港湾、航路の
【優先権】をお与え願いたいのです。
それと、
各国の兵站を一部我々が担う以上、
物資の調達レートの調整権も、少々……」
「ふむ、前線へ物資を急がせるためなら、
優先通行権くらいは理解出来る。
それも上奏リストに入れておこう
レート調整権に付いては
今この場での明言は出来ない」
議長が出席者達に
「ゼニスキャラバンの発言に
賛成の者は御起立をお願いします」と言うと
各国代表者は提出した
目録以上の要請が出されては
堪らないと思う者。
商人風情が連合内を我が物顔で闊歩し
自国が規制されるのを危惧する者。
不毛の地とはいえ
広大な土地を大規模組織に与えるのは
新たな国家の成立。
つまり、
新たな対立の種に成り得ると危惧する者。
各国それぞれ様々な思惑の中の多数決。
結果は……
「賛成多数との事で、
ゼニスキャラバンの要求については
領有権の割譲を含め、上奏するものとする。
なお、レート調整権については
引き続き協議するものとする」
番頭は深く、深く、満足げに一礼する。
「寛大なるご処置、感謝いたします。
すべては、偉大なる
北方諸国連合の皆様の勝利のために」
議場内に、思惑の入り交じった拍手が響く。
漆黒のシンプルなスーツを着た番頭が、
下げた頭の影で、
獲物を罠にハメた冷徹な目をしていることには、誰一人として気づいていなかった。
この会議の決定が後の連合内の
物流の主導権をゼニスキャラバンに握らせる
【蟻の一穴】になると……
ーーーー
ゼニスキャラバンの北方番頭が、
書簡を片手に慇懃たる態度で口を開く。
「さて、皆様。
本題の兵站調整とは別に御耳に入れたい
最新の戦況報告がございます。
現在ヴァルクラントが展開する
【ダ・ギヴ戦線】ですが……
どうやら、現地ゲリラの執拗な抵抗に遭い、
完全に泥沼化している模様。
ヴァルクラントとて、
連日の戦費と兵の消耗で、
少なからず疲弊しているかと」
議場に、冷ややかな、
しかし欲望を孕んだ沈黙が流れた。
連合各国の大使たちは互いに目配せを交わす。
あの絶対的な
巨獣ヴァルクラントが疲弊している。
この情報は、
彼らにとって好機に他ならない。
だが、
彼らは百戦錬磨の政治家だ。
決して手は急がない。
議長は顎を揉みながら
「ふむ……
ヴァルクラントが苦戦している、か。
とはいえ、奴らの底力は未だ計り知れん。
今こちらから戦火を拡大して
包囲網を縮めれば、
窮鼠となったヴァルクラントの全火力が
我が方に牙をむくリスクがある」
別の代表が眼鏡を拭きながら
「左様。現地ゲリラどもが
どれだけヴァルクラントの体力を削れるか、
いましばらくは『様子見』が妥当。
奴らが互いに喰らい合い、
共に限界を迎えた瞬間こそ、
我が連合が真の果実を手にする時だ」
連合の結論は「静観」だった。
彼らはダ・ギヴ山林連合を
ヴァルクラントを削るための
【都合の良い捨て駒】としか見ておらず、
高みの見物を決め込もうとしたのだ。
その様子を見て
番頭は深く、深く一礼した。
「賢明なるご判断かと。
では、
皆様が『その時』を優位に迎えられるよう、
我がギルドは引き続き各国の兵站を整える
準備を進めさせていただきます」
――ーー
番頭の当初の狙いは、
北方諸国連合を早期に動かすことだった。
戦火が早期に拡がれば
それだけ先程の要求が通る確率が上がり、
兵站物資の売り上げが上がるからだ。
しかし、
各国の判断は慎重だった。
それならば考えを改める。
今、無理に背を押せば、
未熟な準備のままヴァルクラントと衝突する。
今は動かない時間を、
次の戦いのために使えばいい。
北方諸国連合が力を蓄える間、
ヴァルクラントの視線を釘付けにする
戦場が必要だった。
その役割を担うのが、
ダ・ギヴ山林連合……今はそれでいい。




