FILE111『捻じ曲げられた倫理』
笹井、盛田、志田、星野が集まっていた部屋に、本田と飛鳥が到着して数分。
このタイミングを、待っていた。と言わんばかりに《ブーッ、ブーッ、ブーッ》と全員のスマホに連絡が入った。
それにすぐさま反応し、盛田が頭を抱え、笹井の膝の上で叫ぶ。
「なんですか⁉今度はなんですか⁉」普段冷静な盛田が冷静さを欠いている。
プロの諜報員ですら、このザマだ。だが誰も彼女を宥めない。俯く者。黙る者。布田のように、「救えへんかった…誰一人欠けたらあかんのに、救えへんかったって言うんか?まだ行動は出来るのにしてへんだけとちゃうんか」と何かを必死に唱えるように繰り返す者。
それぞれが、それぞれの形で、恐怖や後悔を表している中。
佐田が「Ⅹの奴…何言ってんだ⁉」と目を見開く。
送られたのは、三秒ほどの動画。
Ⅹの駒とされる人物が、パーカー姿で正体を確認できないまま、何者かに拳で腹を殴られている映像だった。
覗き込む飛鳥。
「ちょっと待ってくれよ‼」飛鳥が笹井に映像を見せる。鈴木も映像を見ながら、「誰かまったくわかんねぇけど、片方。Ⅹの手駒っぽい奴を追い込んでるのって――――‼」と茅野にチラッと視線を向ける。
そんなはずはない。だって彼女は。朝日、榎本、福川の三人が、『そんなはず無いわよ‼』と茅野を抱き寄せながら擁護する。
「だって一緒に気絶してたのよ⁉」「きっと誰かに同じタイミングで襲われているはずだもの‼」朝日の証言に、笹井が、「誰かに襲われた?なんで、増田くんと一緒にいなかったようなあなたたちが」と眉をひくり、と動かした。
茅野は「何、なに?私…疑われてるの」と片手で口を覆いながら首を横に振る。
「でも体格はどう見ても片方は女子やなこれ」と、女子全体を見渡す布田。カメラのアングルはやられている方が持っているアングルだ。
つまり、撮影者がⅩの駒。スマホはガサガサと地面に落ち、映像は途切れている。
笹井が腕を組みながら、「生徒だなんて断定はできないでしょ」と真っ当な事を言うが、他の生徒の冷たい目が、茅野に向いている。星野は茅野の背中を摩る。
「私は信じてるよ」女子と男子で二分だ。佐田が、「増田の件。どうする。」と腕を組みながら、真剣に一組の生き残りの人物たちに問いかける。
重たい前髪で顔を隠している女子生徒が小さく手を挙げた。「…あの、学園裁────」言いかけた言葉は笹井に、「あなた何言ってるの。増田くんが本当に亡くなったかもしれない時に更なる死人を出す話するつもり」と遮断される。
「さっきまで私たちが話してたのはね。この増田くんの死を無駄にしない為に。徹底的に学園の悪事を暴いて社会に裁かせようって考えてたの。それなら。彼の無念も晴らせるでしょ」
笹井は拳を強く握った。
「前野さんの件ではまだ。この島の何処かで隔離されてたりするんじゃないかって。私は心の中でまだ僅かに楽観的に捉えていた部分があったわ。でも今日。こうやって。全員がいたにも関わらず犠牲を防げなかった。これはもう少量の期待も学園側にしてはならないっていう事」
笹井の結論に、鈴木が、「待てよ。もうこれ以上の追跡を取りやめるってのか、救えるかも、今からでも島全体を―――――」と到底受け入れられないのか、手を伸ばしながら笹井に言うが、「ええ」とはっきり返されてしまえば、黙るしかない。
《ブーッ、ブーッ、ブーッ‼》
更にⅩから第二報が届く。
「なんやねん…」布田、志田、佐田が同時にスマホを開いた。
─────茅野アリスの顔面がばっちり映った動画だ。増田シュンを襲ったのは、茅野アリス。
そう断定してしまう動画だった。
だが、本田の【忘れろ】という命令のせいで内容を覚えていない茅野は、「ちがう‼」と全員からの冷たい視線に、「私じゃない‼」と必死に首を横に振りながら訴えた。
「でも。本来襲われる必要が無い朝日さんたちの部屋で催眠スプレーを増田くんたちの部屋と同じように撒かれた。と朝日さんが証言するのなら。茅野さんは増田くんを学園側に売り渡した後。いくらでも偽造できるわね」
笹井がそう言うと、鈴木が「茅野ッテメェ‼」と瞳孔を開きながら女子の茅野の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。
『きゃあああああああ‼』
志田と星野が蹲り絶叫。だが茅野はスッと屈み、鈴木の手を避ける。
「落ち着いて鈴木くん‼私は増田くんを学園に売り渡したりしない、だって同じクラスメイトで、友達で…‼なんで友達が死んじゃったかもしれない時に私が疑われて暴力までされなきゃならないのよ‼」
茅野が座り込み泣き出せば、鈴木が佐田と飛鳥に背後から止められながら怒鳴りだし、騒然とする。
深夜二十二時。就寝の最終時間まで、三十分程。
盛田が立ち上がり、本田に顔を向ける。泣いた後の顔だ。
「本田くん…一組を…私の仲間たちを…助けてください」
盛田の頼み。クラスメイトからの、頼み事。
なのに、本田の目が、潤む。本田は、困ったように、「あ…ああ」と笑いながら答えた。
自分の胸元に、盛田が顔を埋める。日本軍の諜報機関からこの島に訪れた、本名、実年齢不明の特殊な同級生。本田は盛田の頭に、優しく、そっと触れた。
盛田は、神庭総理の暖かさと本田の暖かさを照らし合わせてしまったのか、「ごめんなさい…」と呟いた後で、また泣き出した。
本物の女子高校生のように。本田は思う。
正体を丸ごと偽造しているような彼女にとって、この学園生活はどう映っているのだろう?
志田が本田に抱きしめられている盛田を見て、「盛田さん、落ち着いた…?」と自分も泣きながら問いかける。
「いえ…やっぱり増田くん…まだ…生きててほしいなって…」
その盛田の答えは、全員の本音だった。
だが、島の最奥。通常、生徒は近づくことさえままならない研究所では、増田の恰好をした『もう増田シュンではないもの』が、項垂れ、地面を這いつくばりながら、立ち上がる。
破れたズボン、激しい抵抗で散り散りになった髪。
首にくっきり残る、注射痕。
《グォォォォォォ‼》悲しそうな呻き声をあげながら、バリケードの奥に、ドンドンドン、と騒音を鳴らしながら進んでいく。
《グォォォォォォォォォォォォォ‼》抵抗の怪我以外はない。肌も比較的綺麗だ。だが、周りの暴徒と同じように、赤い目を光らせ、その手から、ビチバチ、ビチバチと電気を放っていた。
バリケードの奥では、火炎放射で他の暴徒が苦しそうに燃やされていたり。
逆に暴徒の一人が放った水に埋もれ意識はないのに苦しそうな声を挙げていたり、何かの実験に付き合わされていた。
ペストマスクで顔全体を覆った研究者の一人が見ていたのは、英語で記載された【人工異能力】の論文のコピーだった…。
論文の上部には、【Kazuyuki Fueno】と何者かの記名がされていた。
きっとその論文を書いた研究者の名だろう。




