FILE100『死の七月の幕開け』
七月の通常通りの日程がはじまった。競技祭の雰囲気は静まり返り、祭りの雰囲気から一転、静かな教室の雰囲気だ。
暫く、志田以外のクラスメイトには余裕があるが、本田は数千万に及ぶ負債を負っていた。志田本人が取り決めたものだ。
(今、俺まだ十五歳なのに。借金返済生活か。笑うな…)
本田はそう考えながら、ボーっと、セミの声が聞こえはじめた外を眺める。
志田に比べたら幾億とマシではある。だが、卒業までの短期間で返す額では、到底なかった。競技祭で感覚が鈍っているが、本来、金というのは汗水流して働いて稼ぐものだ。制服も半袖になった一同が、「さて、この後どうする」と笹井の問いで、一斉にホワイトボードに視線を向ける。
「座学。出海奈先生来るまで時間あるけど」
笹井の言葉に、本田は机に顔を伏せた、ぐっすり。
「寝ないでちょうだい」笹井はそう言うと、本田の席まで行く。
「私。この時間に役割分担の調整をまたしようと思って。企画チーム。運営チーム。開発チーム。カスタマーサポート。二学期からはこれら三部署に分かれてもう固定で動こうかと思うの」
笹井の説明に、本田は「会社の組織運用を真似て本格的に行くと」と問いかける。
「ええ」頷いた後で、笹井は「名称も考えて来たわ、より事業に似せるためのプロジェクトの名称を」とドヤ顔を浮かべた。
【SAS】笹井が大きく文字が印刷された紙を広げた。本田をはじめクラスメイト一同が固まる。
「さす」佐田が読むが、笹井に、「バカ?」とはっきり言われた。
「笹井のぞみの有難く幸せな団。略して。SASプロジェクト。」
ここに名が決まった。本田はボーっと窓を見る。
教室の反応を観察する。…これ、笑うとこ。
志田は前髪を重たく隠す。星野は「はっは…」と馬鹿にするような乾いた笑みを零す。
増田がはっきり「ダサいな」と誰も言わなかった事を言ってしまう。ダサい。と言われ丸めた目を白くさせ固まる笹井。
佐田と飛鳥が顔を見合わせながら、「さす」「さす」と笹井の付けた名前を弄る。
朝日は、「なんでアンタ中心見たいな名前なの?もっと、S素晴らしきA朝日のS親友たちとかあるじゃなーい」と言う。
福川と榎本がきゃぴきゃぴしながら、『賛成―♡』と声を合わせた。
「さすがあすかさまでも行けるぞ‼」と飛鳥が言うが、「鈴木様あそこに新札が‼でも行ける‼」と鈴木も立ち上がる。「新札ええなあ‼」と目をキラキラさせる布田。
「新札と言えば、それぐらいの時期に決まったオリンピック。もう今年の夏ですぐよ」笹井が話を切り出せば、鈴木が「でもサブスク入ってねえし」と続ける。
「みんなでサブスク入って夏休み観戦しない?」茅野が立ち上がり手の仕草を加えながら提案する。「教室でおかしとかお惣菜持ち寄って‼」
幸せそうな茅野と、みんなで、という言葉に「忘れたのか、夏休み夏休みって浮かれてる場合じゃない。学園裁判。これに誰かがかけられるんだ。今月末に」と本田がジト目を向けながら言う。
そう。時間は、限られている。黙る一同。
「《覆面Ⅹ》として一番怪しい人間を処刑する今年度一学期の特別処置。つまり一学期に、この中から誰か一人は必ず」
本田が呟くが、星野が、「志田ちゃんだけは、志田ちゃんだけは裁判にかけたくない…」と割り込んで叫ぶ。
情緒不安定だ。志田も、「私だって星野ちゃんが死ぬのは嫌だ…」と一生暗い顔をしている。
今の一組がドンヨリしているのは、大概こいつらのせいだ。
(だが、すべて俺が悪い)本田は自責の念に駆られる。
出海奈が教室に入って来た。七月最初の授業だ。
出海奈はホワイトボードに字を書こうとするが、印刷された紙を見て、「何だ。さすって」と笹井に問いかけるが、笹井は、「二学期以降、私たち一組の集団の呼称です。プロジェクトの運営統一化などを図るためにつけました。読み方は、《エスエーエス》です」と説明し、出海奈に会釈をして席に座った。
真面目過ぎる笹井のボケに、「嗚呼…」と困り果てながら出海奈はホワイトボードに今日の座学の内容を書いた。
【三権分立】
本田は盛田の反応を見る。
彼女の得意分野だろう。自分の出る幕は無さそうだ。
「さんけんぶんりつ」
佐田がアホのような声で首を傾げる。
「大体これは小学校六年生で最初に触れられる。復習しよう」
出海奈はそう言うと、「国会は何をする場所だ、星野」と星野に話を振った。
星野は、「法律を取り決める場所です」と答える。
静かな声だ。出海奈は、「正解だ」と頷く。「本田。その法律をもとに政策を行うのは何処だ」
「へぁぁ⁉」
驚く本田。意外とこういう、昔習ったような記憶に弱い。
本田は悩みつつ、「ぇ…ないかく」と瞬きしながら間抜けな声で答えた。
出海奈はふッと笑みを零し、本田を揶揄うように溜めた後で、「正解だ」と答える。
「…っはー」これで答えを外していたら本田のプライドがかなり折れていた。
本田は一先ず安堵する。
「じゃあ。法律に基づき、問題を解決に導くのはどこだ。盛田」
出海奈が話題を振っては、盛田は「ハイッ‼裁判所です。それらすべてを【立法権】【行政権】【司法権】と言います‼」と先回りして解説してしまう。
茅野は「でも、なんで今日それを?」と出海奈に問いかける。
「三権分立なんて今に今、しかもこの閉鎖空間で学ぶことじゃ」
茅野の質問に、出海奈は「良い疑問だな」と腕を組みながら語る。
「国がどう人を裁いているかを知るのは、今後のお前たちにとってもメリットとなる」
「お前たちはこの三年間を生き残って乗り越えた先に、【就職】がある。だけじゃない。【進学】この選択肢も、あるにはある」
出海奈の発言に、本田は(進学?)と目を瞬きさせた。
「もうデスゲームさせられたかねぇよ‼」
鈴木が嘆くのも無理は無かった。生き残る前提の話だが。
笹井は「就職先の選定・カーストは裏階級で決まる。生徒自身に進路の希望は認められない」とマニュアルを開きながら呟いた。
「嗚呼そうだ。我々遠州学園は数々の大企業と秘かに提携をしている。生き残りはそれらの会社にランダムに振り分けられる。話が逸れたな。今日、私が三権分立を七月の単位から真っ先に選んだのには訳がある。この学園裁判。圧倒的に不利なのは実際に工作員が標的にしている―――――。《一組》だ。一人の意見に流されるな。かと言って集団にも染まるな。私が言いたいのは、役割を決め、全員で、全員で納得がいくまで話し合え」
出海奈はもう必ず一人が処刑される事を理解して顔を顰めながら答えた。
教室がどよめく。七月中。必ず一人、死ぬ。だが本田はまだ抱えている。
笹井との、約束。「誰一人殺したく無いですよ」本田が下を向きながら呟いた。
「納得なんか行くわけがない」
この言葉は、本音か、演技か。
「そうだよ…第三を探そう」
前髪で顔が見えない女子生徒が、生徒たちに呼びかける。
布田が、拳をキュッと握る。
全員守り抜いて見せると言わんばかりに。
競技祭の亀裂も残る中で、【死の七月】の幕開けだ。
【必ずこのクラスの一人、七月半ばに死亡 回避法 無し】
茅野は静かに口角を緩めた。特例生徒の茅野は今回の件。
【絶対に死亡することが無い】。勝ち組だ。




