【第三十二話】 ‐醜態と見せしめ‐
「な、何言ってるんだ?お前言っている意味わかってんのか!?」
ワットの表情が硬くなる。
さっきまでうるさかった観客たちも、いつの間にか静まり返っていた。
賭け事と言うものは体の一部を差し出すのが定番と旧友から聞いていたが…あ。
「すいません、心臓はやりすぎました」
「あ、あぁやりすぎた…もっと普通の物を賭けを」
「俺の利き腕は右なので、左腕を賭けたいと思います」
「全く分かってねぇなぁ!体の一部を賭けるのはやめろって言ってんだよ!」
違うのか?心臓は体の一部と言うよりも、取ったら死んでしまうからな。
切っても最悪死なない場所が体の一部という認識だ。
だから心臓を賭けるのはやめろと言っているのだと思っていた。
「もう、何なのですか?じゃあどこを賭ければいいんです?足の指ですか?」
「だから体の一部を賭けるのはやめろって言ってんだよ!」
ワットが大部焦っている。
体の一部を賭けるなということだが、それでは割に合わないのだ。
さっきは自信満々に合意していたあの勢いは何処へ行ってしまったのか。
「じゃあわかりました、俺が負けたらあなたの言うことを何でも聞く人形になります、しかしそれでは賭ける物の総合価値が釣り合っていませんで、そちらは指を五本切り落とす権利を賭けてください」
会場がまた一段を静かになり、さらに寒くなる。
俺が提示した賭けはおかしいものかもしれない。
ワットが一瞬だけ青ざめた表情を作ったが、すぐにいつもの調子を取り戻した。
「いいぜ、賭けてやる…お前が言い出し事だから逃げんなよ?早く始めろ!」
ワットの言葉が引き金となり、冷たい観客席が一気に熱気を帯びる。
この状況に仲介役の人は困惑しながら両手を上げる。
「両者距離を取って…」
仲介役の指示に従い、俺とワットは歩いて距離を離す。
歩くにつれて、戦いが近づいてくることに緊張感を覚える。
手が震えている。
この人生久々の大きな緊張が懐かしい。
思えば、ちゃんとこの時代で戦うのはこれが初めてか…最初は白星がいい。
「向き合い魔法を…」
ワットは魔法陣を形成し、火の魔法を作る
俺はワットの行動を後ろから追うように、杖から魔法陣を形成する、使うは水の魔法…小手調べだ。
「始めッッ!!」
刹那、火と水の対極の物質が衝突し、衝突した中心から闘技場全体を埋めるような煙と、けたたましい爆発音が炸裂した。
────
──
「……はぁ、何言ってんだあいつは」
埋まりきっている観客席をさらに俯瞰するような位置。
俺はその場所でワットとジェイクがやり合っているのを見て思わずため息が出る。
「お、グリム君じゃん、何やってるのこんな所で」
「……クリラ先生」
横から聞き覚えのある声がした。
振り向くと案の定最上位クラスの担任クリラ先生がこちらに手を振りながら向かってきた。
「なんだか浮かない顔してるねぇ…そんな顔してると好感度下がっちゃうよ?」
「今はそんな戯言に突きあっている暇はないですよ…はぁ」
「ため息なんてついちゃってさ…このフェアリアムの勝敗がそんなに気になる?」
クリラ先生に指摘される。
確かに、今日の俺はため息ばっかり吐いているように思える。
今日一日この瞬間まで、俺は何回ため息をついたか数えられない。
「じゃあさ、ここはひとつ私たちも賭けと行こうじゃないか」
「賭け…ですか?」
「そう、簡単にジェイク君とワット君の勝敗予想と行こう、グリム君はどっちが勝つと思うよ」
ジェイクとワット、このフェアリアムでどちらが勝つか。
受ける必要なんてなかったが、この押しつぶされるような気持ちを散らすためには良い方法だ。
「ワットが勝つと思います」
俺は何の迷いもなくクリラに即答した。
その俺を見て何を思ったか、クリラは少しにやついた。
「即答するねぇ…まだ勝負は互角だよ?」
クリラの表情からは、間違っている事を嘲笑っているように感じる。
癪に障るので、俺は補足事項のように付け加える。
「勝負というのは戦況を見てから変更できできたら誰でも勝てます、言うのは悪いですが、まるで茶番を見ているようです」
そう、茶番だ。
絶対にジェイクが勝つ事はない、年齢の差は知識の差を生み、知識の差は魔法の差を生む。
このフェアリアムは茶番と、観客の大多数が思っている。
「これが茶番…ねぇ」
なのに何故か、クリラ先生はそれを良しとしていない。
まるで何かに期待しているような顔だ。
「何が言いたいんですか?」
「さっき、ジェイク君から感じたんじゃない?グリム君だけじゃなく、ここにいる観客達も皆んな感じてるはずだ」
先ほどのジェイクから感じ取れる物。
まるで口約束のような軽さで言い放つ命をかける宣言、そして代替案の腕。
それもワットに否定され操り人形、結論奴隷だ。
ジェイクは自分の人生が大きく左右される物を賭けたがる傾向がある。
ジェイクにはそれしかない、それ以外は知らないような感じだ…仮にそのジェイクを例えるのなら。
「「まるで悪魔」」
俺は言葉を失い、驚く。
そんな俺を横に置いて言葉を被せてきたクリラ先生は言葉をつづける。
「そのジェイク君の悪魔じみた異常性を、ワット君は君たちよりも近くで、より濃く感じてるはずだよ顔には出てないけど、相当効いてるんじゃないかな」
フェアリアムは通例、結構盛り上がるものだ。
戦いの最中でも、入場退場でも、何処場面を切り取っても大体は盛り上がりを見せている。
なのにこのフェアリアムはどうだ、観客全員がジェイクの異常さに潰れて盛り上がりを見せていない。
理由は簡単、ジェイクとワットの賭けの内容だ。
だから、クリラの先生の言いたいことも分からなくはない。
しかし、理解したからと言ってクリラ先生の言っている事に賛同しているわけではない。
「ですが、それを感じたからと言って、勝敗には関係ないですよ」
「いーや、それがそうでもないんだよねぇ」
クリラは視線を闘技場内に落とす。
「さっきも言ったけど、ジェイク君の異常さはその対戦相手の彼に一番深くのしかかっている…まぁ時期にわかるさ」
クリラの言葉の真意がわからぬまま、グリムも視線を闘技場の中に落とす。
魔法をよけながら、打ち消しながら、相手に当てようとする二人の戦闘者が写る。
クリラ先生の言っていた通り未だ互角。
「時にグリム君、ジェイク君が勝つにはどうすればいいかな?」
視線を闘技場内に入れながら考える。
ジェイクがワットに勝つ要素…それは一つだ。
「才能の差…ですかね」
もし仮にジェイクが天才だった場合。
それならばワットに勝つ可能性もある、何ならこの俺でもジェイクに負ける可能性がある。
才能の差、努力で埋められないものは確実に存在している。
俺のそっち側の人間、才能を持って生まれてきた。
「違うねぇ…才能の差は埋められるんだよ、それは才能を持っていない人にしかわからない、何でも自分で試さないと気が済まない人じゃないと分からないんだ」
「…その人は、まるで研究家ですね」
「そう、研究家さ」
クリラがそういった瞬間だった。
互角だった闘技場の戦況が、少しずつ、誰の目にもはっきりわかるように、勝者の方へと傾き始めた。
────
──
「逃げてんじゃねぇ!」
「あ、やばい」
ワットの繰り出した二つの火の魔法。
一瞬の隙を突かれた火の魔法は俺の左右から迫り、俺の体の中心で大きな音と煙が上げる。
この瞬間、フェアリアムは今日初めての盛り上がりをここで見せた。
俺の体では、魔法を避けながら相手に当てるのには負担が大きい。
俺はここまで魔力を温存しながら逃げまくっているため、体力の減りがワットよりも激しい。
少しの意識の油断、その一瞬を取られたのだ。
「……ふぅ、今のは危なかった」
煙が晴れたところに居る俺を見た観客方の驚嘆の声が騒々しく聞こえる。
あの火の魔法は、俺に当たる事なくその一つ前の薄い壁に阻まれた。
『研究魔法〈盾〉』本来一枚板の形を自由自在に操ることに成功した俺の研究魔法だ。
左右で迫る火の魔法を〈盾〉で俺を全体で囲むようにして防いだ。
「な、何だよその魔法!!」
「盾の魔法ですよ、見た事ないんですか?」
「そんな形の盾あるわけないだろ!!どんな手品だ!!」
攻撃の手を止めてこちらに切羽詰まるように聞くワットの姿に俺は違和感を覚えた。
杖なしの魔法使いを弾圧するような時代背景はあっても、俺の人生の研究魔法の一つを知らない…そんな事あるのか?
いやまぁ良いと、俺の首を振って目の前に集中する。
この話題はこのフェアリアムを乗り切ってからにしよう。
相手は既に同じ魔法を二十回以上行使している。
それだけ見れば流石に出来た…ここで終わらそう。
俺は盾の魔法を解いてワットの方の向かう。
相手の攻撃を避けることなど一切考えていない直線の歩行。
「舐めてんじゃねぇ!」
俺に馬鹿にされたと思ったワットは突然怒鳴り、俺に向けて火の魔法を即座に飛ばす。
俺はその火の魔法の弾道線に自分の右手から作り出した魔法陣をぶつけた。
向かってきた火の魔法は音を立てずに優しくふわっと消えた、今までの激しい撃ち合いから見ると明らかに不自然な代物だ。
「何で…」
疑問を呈したワットの体が一瞬固まったその隙に、杖から形成した水の魔法をワットに当てる。
中々の速度を誇っていた水の魔法はワットの体から鈍い音を響かせた。
「ぐふっ…クソ!」
ワットもすかさず魔法陣を作って反撃しようとする。
しかし、もう出来ている俺は杖を光らす。
すると、ワットの魔法陣は先ほどの魔法と同じように消えた。
観客席から不審な目を向けられている事に気がついたワットは一心不乱に魔法陣を形成しようとするが、当然形成されるはずもない。
俺はワットに水の魔法を当て続ける。
この瞬間、目の前の子供に何もできないまま一方的にやられているワットの図が完成した。
「や、やめてく…」
ワットが痛みに耐えられなくなり、ついに弱々しい言葉を並べるが、俺は辞めない。
これは見せしめだ、これ以上面倒くさい紙が来ないようにするための原因となってもらう。
もはやワットは魔法陣を形成する事すらやめ、ただ俺の水の魔法を受け入れることしかしなくなった。
こうなると面倒だ、早くケリをつけよう。
使うは〈風針〉…を水の魔法でを真似た物。
それをワットの見えやすい位置から真っ直ぐに飛ばす。
これで戦闘不能だ…もしくは。
「る、ルーズだ!!」
尻餅をついたワットの喉元寸前、風針を真似た水の魔法を急停止させる。
耳に水魔法の鈍い打撃音が残りながら、俺の風針の水版を見たワットは降参の言葉を唱えた。
ワットの顔は恐怖に染まり、冷淡な俺の顔を下から見上げていた。
些細なことでもいいので、何か感想を下さい!!
プライドは…捨てる!!
よければブックマークや感想、星の評価などなどよろしくお願いします。
これら全て私の励みになりますので是非是非




