【第三十三話】 ‐人の見方‐
ワットがルーズと唱えた会場。
期待はずれ、疑問、失望の三つの観客の感情が乱雑に混ざり、何とも言えない空気を作り出す。
「……あの」
「な、なんだよ…お前の勝ちだ」
先ほどまで恐怖の顔を作っていたワットがあっという間にいつもの生意気な顔に戻っていた。
偏見だが、こう言う奴に限って上辺だけの謝罪で乗り切ろうとする、俺はそう言う人間が嫌いだ。
更生の意を込めてに喉元にある水の魔法を今度は顔の目の前に動かす。
「ひっ…や、やめろ」
表情こそ変わっていないが、すぐにワットの体は再び震え体が恐怖に支配された。
単純なやつだ、向けられる殺意にはすぐに怯え、それが消えるとわかれば調子付く。
水の魔法を消し、ワットの方に近づく。
俺が近づくとワットの体はさらに震えるが、当の本人はその場から動こうとしない。
俺が見下ろし、ワットが見上げる。
弱者が見上げ強者は見下す、本来立場が逆であるはずの強さの上下関係がはっきりと目に現れている。
「しょ、勝者、ジェイク・ガーネット!」
仲介役の人も、この会場の空気に半ばヤケクソ気味に声を出した。
このフェアリアムは、ガレット学園に歴史を残す最も盛り上がらなかった試合となるだろう。
「あ、待って下さい」
仲介役の言葉を皮切りに、地面から立ち闘技場から出ようとするワットを止める。
ワットは不貞腐れたような顔をしながらも、俺の方に戻ってきたその姿は懐いた小動物のようだ。
「……何だよ、フェアリアムはお前が勝って終わった、まだ何かあるのか?」
今の発言が意味のわからないものだと言うのは、今ここにいる誰もが感じている。
まぁ、俺自身も試したい事がある。
ここは見せしめの兼ねて、何度やっても懲りないこいつで遊んでやろう。
「僕は子供なので難しい言葉は知らないですが…受けた賭け、自分できっちりと清算してください」
ワットは俺の言葉にたじろぐ。
ワットをこの空気に置いておけば、いずれ耐えられなくなり逃げ出す可能性が高い。
何なら、ワットの足が後ろを向いて今にも逃げ出そうとしている、早くしよう。
「『指を五本切り落とす権利』」
そう唱えた瞬間、ワットの体が突然浮いた。
そして次の瞬間には、ワットは勢いよく地面に叩きつけられ右手が前に出され身動きできないようワットは拘束された。
「お、おい!何だこれ!」
ワットは逃れようと必死に体を動かしてみるも、見えない鎖で全身を巻かれてように少しも動けていない。
「……ふーん」
関心の声を漏らす。
俺の時代には無かった魔法、自分でも少し興奮しているのが分かる。
恐らくだがそう言った類の魔法か。
賭けの内容を確認した時に俺とワットの間に無意識に魔法が反応していたのか。
「お前の仕業か!?お前だろ!」
「さぁ、どうでしょうね…そういえば指を切り落とす手頃な小刀は無いですね」
杖から風針を模倣した水の魔法を顕現させ、それをワットの指の上から捉える。
その状況を見た会場がざわめき始める。
まさか本当にやるとは思って居なかったか…甘いな。
俺がやる気だって最初から感じていたにはワットだけか。
「おい!!ふざけんな、やめろ!!」
ワットの目から涙がこぼれ落ちる。
去勢を張っていたワットの仮面が、徐々にひび割れていく。
「もしこの立場が逆で、俺が泣きながらやめてくれと懇願したら…あなたは俺を解放してくれたんですか?」
「も、勿論だ!そんな子供にそんなことするわけ無いだろ!?」
ワットは食い気味に語る。
俺が泣きながら懇願してくれれば許してくれるのか。
そうかそうか、そう言う事なら…
「ワットさんは優しいんですね、俺はそうでも無いですが」
「は、は?…お前」
「叫ばれても面倒なので、少し静かにしてもらいます」
何処でも使える研究魔法の音遮断
ワットは助けを求めているが、俺たちからはただ暴れているようにしか見えていない。
音遮断の本質は、魔力で対象物囲むこと。
使われた奴は自分のが発する音以外が聞こえなくなるのだ。
ワットからすれば、それは相当な恐怖だ。
「────!」
これから起こる自分の痛みを想像したか、ワットの抵抗が激しくなる。
しかし何度もワットが身を捩っても拘束は解けない。
しかし俺はそんなワットを全然可哀想とは思わない。
高く、高く水の魔法を上に上げる。
決して小刀のような鋭い切れ味はない、あるのは無限の貫通力だけだ。
もし指を切り離しぐらいに抉るなら、失神するほどの痛みが伴うだろう。
ワットの前まで右足を出して、三回地面を叩く。
水の魔法がそこそこの高度で止まる。
次にワットの前で二回地面を叩く。
水の風針は回転を帯びる。
「──、」
ワットの抵抗が消えた。
俺の足踏みの意味を理解したらしい。
一回地面を叩く。
水の風針は落下する。
拘束が解かれる可能性を諦めたワットは痛みに我慢するのに全力を尽くす。
綺麗な断面ではなく、貫通力任せに抉られた断面が出来上がる。
「……?」
と、言う未来も想像できる。
まぁ、観客の中に血が好きな奴がいたら申し訳ない。
ただ、俺は血が嫌いだ、出来れば話合いをご所望だ。
「ふぅ…危ない危ない」
水の風針は小さな埃が入らないぐらいの間隔で回転しながら留まった。
後少しでも下にずれていれば、ワットの指は吹き飛んでいた。
「『やっぱり、やーめた!』」
ワットの方から謎の音がギチギチと音が鳴る。
そして見えない鎖のようなものがあらゆる場所から砕けたような音がした。
そして更に、俺がワットにかけていた音遮断の魔法も同時に消えた。
「……なんで」
ワットは死んだような目で俺に問いかけた。
「何で指を切らないのかって言いたいんですか?俺がワットさんから奪ったのは『指を五本切り落とす権利』ですよ」
「……そう言うことか」
俺は権利をもらった。
権利だけ、いつでも良いんだ。
俺がワットの指を落とす時間はいつでも良いんだ。
「でも!」
俺は会場全体に伝わるような大きな声で言った。
喉が痛くなるので、杖から風の魔法で少し工夫する。
「俺とフェアリアムをするのなら、俺の出した条件を飲んでもらいます…では失礼します」
拘束が解かれたのにも関わらず、その場から全然動こうとしないワットを尻目に闘技場の入り口の中に入って行った。
少しやりすぎた気もする。
しかしまぁ、懲らしめる目的であれば十分達成できただろう。
それに最後、俺が言った言葉は全員に届いた。
俺の言葉を理解しているのなら、多少の覚悟で俺に挑んでくる事はないだろう。
「……まぁ帰るか」
杖に布を被せて闘技場の外に出る。
すると後ろのから階段を一気に駆け下がる音が聞こえる。
後ろを振り向くと、肩で息をしているアミが階段を一気に三段飛ばしてこちらに走ってきた。
「はぁ、はぁ…何で先帰ろうとしてるの」
「いや、待とうと思ってたよ」
まぁ嘘だ、本当は即帰宅しようとしていた。
にしてもアミ、こいつ…
「俺が怖くないのか?」
「え、何で?」
「……闘技場の試合、そしてその後の一部始終は見ていたよな?」
「うん、見てたけど」
頭を押さえる。
アミはあの状況を見ていた。
本来ならば怯えて丸二日ぐらいは俺と会話をしないところまであるはずだ。
なんならティズ・グラントリアとの関係が破綻する可能性も出てきていた…危なすぎた。
「なら、俺が怖くないのか?少しの恐怖の感じていないのか?」
「うーん…そう、何にも感じてないかな」
恐怖からなる体の震え、それが一切感じられない。
アミが無理やり我慢して言葉を紡いているわけではない。
「そうか、このことはティズ・グラントリアには内緒にしてもらいないか?」
「母さんに?でも何で?」
「とにかく秘密だ、いいな?」
無理やり押し込むように問い詰めると、アミはしぶしぶながらも承諾してくれた。
本当にそれだけの理由だ。
「それって、二人だけの秘密?」
「いや…まぁそうだな、二人だけの秘密だ」
本当はあの場にいた生徒たち全員に見られているのだから、全然二人だけの秘密とはかけ離れている。
しかし、俺の長年の勘が言っている。
ここは話を合わせるのが最善だと…何でも否定から入るのは悪い癖かもしれない。
「……そう、じゃあ帰るわよ」
「いや、もうここは…」
アミが自分について行くように俺に催促してくるが、俺たちがいつも分かれるはずの場所だ。
「逆方向…」
「何か言った?」
「…何でもない、でもついて行くだけだ」
そう言ってグラントリア家に向かうアミの後ろをついて行った。
最近、学園の中でも会えていないからか。
少し束縛が強くなっているような気がしなくもないが、きっと気のせいだ。
それにアミの家に行きたくなかったのは、アミの評価が落ちてしまう可能性があるからだ。
あの場所にはたくさんの生徒、少なくとも半分以上はいた。
俺の評価は今日のフェアリアムでがた落ち…とはいかない物の、それでも悪魔の子供という評価になっただろう。
そんな俺がグラントリア家の子供と一緒にいるというのは、アミの評価をがた落ちさせるだけではない。
それに加えて、グラントリア家の権力競争の足を引っ張ることになるんじゃないかと危惧している。
そうなってしまう可能性がある以上…これから付き合い方を変えないといけないかもしれない
どうしよう、イルパの魔法が便利すぎて何か対策を見つけないといけないのかもしれない
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