中 「私の対応」
このあと、反応するのがセンスが一番問われると思う。
友人が変なこと言ったときに、どう対処するかって。
別にやりたくて、あんなこと言ったんじゃないけど・・・・・。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
欅の下で、沈黙が流れる。ただ風で欅が揺れる音しか聞こえない。
瞬は立ったまま、動かず固まっている。
・・・・・・逆にこっちが困る。
って言っても私があんなこと言ったんだよ。なんで対処は人任せなんだ・・・?
「わた・・・、」
「?」
この時初めて瞬はうつむいた顔を私に向けた。
でも今度は私がうつむいて、目が合わない。
「私・・・、もう行くね・・。授業だし・・。」
「・・・・」
私はラブストーリで恋人が遠くへ行ってしまうシーンの時の気持ちになった、と思う・・・。
相変わらず、瞬は動こうとしない。
そんな瞬の横を私がすれ違う。
今日は・・・もう瞬と話したくない。
授業。
それは今の私に気を引き締めさせてくれる。しっかりと瞬のことを忘れられる、赤髪も。
しかし、授業があいた休み時間、瞬は驚くほど速く私の席に来た。
「うわあああ」
私は教科書や資料を持ったまま動けない。
リアクションをしっかり取りすぎて「いちご」や(認めたくないけど)「さる」というあだ名以外に「リアクション女王」と呼ばれてしまっている。
瞬は何もなかったかのようにヘラヘラ笑っている。
うわあ、また嫌がらせか。その前兆のいたずらか。
そう思ってしまうと、さっきまで驚いた顔がなくなり、自然に真顔になった。
「なに?なんか用?」
心を落ち着けるためにあえて、教科書、資料をトントンと机に叩き、そろえた。
もちろん、目を合わさないで。
「よっ、いちごっ!」
瞬は小さく頭に手を置き、私の方向へ手を動かした。
「はあああ」
またか。
あの今朝の戸惑いっぷりは何だったのか。
まるで嘘のように私の赤髪をからかう。
あーあ。
これで一気に思い出したくない、二つのことを思い出しちゃった。
瞬のことと、赤髪。
「あのねえ」
教科書と資料を机の左上に置いて、席の横に立ち上がった。
「私には紅って名前があるの・・・どうせ「赤い」髪って意味だけど・・・・」
「それが?」
「『それが』っ?!」
イラつく。
人の名前を「それが」で片付けるなんて。
こいつガキだ・・・・とんでもない、ガキだ。私の悩みを「それが」で片付けてしまうなんて・・・!
瞬は変わってしまった。あの時の優しくしてくれた時はもう去ってしまった。
私は近くにあった自分のタオルを瞬に投げつけた。
見事にタオルは軽いのに関わらず、ターゲットの瞬にヒットした。
「痛っ・・・!」
投げつけたのがタオルで感謝してほしい。
私の感情はタオルごときじゃ、収まらない。
みんなの視線が私に向けられるのが感じられる。
「今度私の赤髪をからかわないで・・!私、好きで赤髪になったわけじゃないから、なんでそんなにからかうの・・・?なんで・・・・!?」
自然に頬に伝わってくる、水滴。
それが、涙だって悟った。
私はなかなか泣かない。赤髪でいつもからかわれても、避けられても、ポジティブに、明るく生きてきた。
でも・・・ずっと行うのは・・辛い。
・・・なんでこんな嫌な奴、私好きだったんだろう。好きになった私が間違っていた。
居心地悪い。
見たところ、瞬は固まっていた。しかし、お構いなしに私は教室に飛び出していった。
行くところもあてに決まっていない。
「うわああ」
「ごめんなさい」
うつむいたせいで先生にぶつかった。その先生が次の時間の担当の先生だった。
かすかに耳を澄ませば
「大丈夫か、竹原?飛び出していったが・・・・?」
という先生の心配そうな声が聞こえる。
きっとみんなは無言で首を振り、空気の読めない誰かが事情を白状するだろう。
精神的に・・・無理・・!
ふらっと保健室を訪れた私だったが、実は三十八度六分もの熱を持っていたらしい。
私は早退になったー。
「ちょっと頑張りすぎたんじゃない?」
「ん?ん・・・・・。」
家に帰った私はお母さんにベットで寝かせれ、布団をかぶせられた。
「ちゃんと寝てよ・・・あら、少し下がったわね。」
お母さんは布団をかけられたばかりの私に、体温計を見せてきた。
「三十七度四分・・・・」
「これなら一日で治るかもね・・・・、ってちゃんと寝てよ」
もう、しつこいな。
寝ようとしたら「寝なさい」って・・・
「じゃあ、昼ご飯作るわね・・・!」
お母さんは私の部屋から出て行った。
そうだ・・・給食食べずに帰ってきたんだ・・・・。
私は草原に立っていた。
しかし、私以外に誰もいない。牛や馬がやってきてもおかしくないのに、ただただ緑が広がっていた。
「あ、瞬」
やがて、瞬の後姿が見えてきた。華奢な姿にキノコのような髪型はもう、慣れ親しんでいる、瞬しかいない。
「おお、いちごっ!」
振り返り、瞬はまるで「いちご」が名前かのように呼んだ。
「なによ、私、紅。」
「・・・でもどうせ、いちごだろ?」
イラっ
「あっそう。そんなに私の髪、嫌いなの?」
「嫌い」
即答。
しかも一番心にズキズキ来る言い方。
「私の気持ち、分かってないよ。あんたが嫌いなら、私は自分の赤髪がもっと嫌い」
「・・・・」
「嫌だよ、私早くこの赤髪卒業したい。からかわれたくない。」
本当に嫌だ。
みんなと同じに接してほしい。たかが赤髪ごときでからかわないでほしい。
なんで「赤髪=変な子・おかしい」なの?ねえ・・・・・
「う」
夢から覚めた第一声。
辺りをキョロキョロするが、お母さんがいない。まだ昼ご飯を作り終えていないに違いない。
体温計で測ると三十六度七分。だいぶ、落ち着いた。
床に足を置く。
さっきは立派な悪夢だった。
鏡に映る私は、髪がくしゃくしゃの赤髪だった。
この赤髪、きれいだけど神経の乱れにつながる、トラブルのもとだ。
もし日本じゃない国で生まれていたら、褒められていたかもしれない。
「きれいな、赤髪だね」だとか、「いいな」って。
切りたい、この髪。だんだん背中に伸びていっている。
親はなかなか美容院に連れて行ってくれない。
ねだったら、
「きれいな髪なのに。もったいないわ」
って必ず許してくれない。
ーこの鏡には引き出しだとか、椅子だとかが付いている。
きっと髪を切る用のはさみがあるかも。
それなら親の許しもいらないし、お金もかからない。
ゆっくり順番に引き出しに手をかける。
一つ目・・・・ない。
二つ目・・・ない。
三つ目・・・・ない・・・いやあった・・・!結構奥に押し込まれていた。
はさみは鉄でできていて、部屋の明かりでぴかぴか光っていた。
見た感じでは一回も使いこまれてないようだ。
こんな髪なんか・・・!
ザクッ
ザク、ザク
このはさみ、よく切れる・・・!
そうして私はショートカットになった。
「ちょっと!」
「はっ」
部屋の入口にお母さんが立っている。
そうだ・・・お母さんを忘れていた・・・。
「ちゃんと寝てなさいって言ったでしょ?!」
「・・・でもちゃんと寝て、熱が下がったよ?」
お母さんはまだなにか言いたげで、じっと私の髪を「ロックオン!」並みに睨んでいた。
「なんで切ったの?あんなにきれいな髪だったのに・・・・」
「そんなに髪が恋しいなら、これ、あげるよ」
私が差し出したのは切って毛玉となった、私の髪だった。
「え・・・これもらわれても・・・・。」
お母さんは一人、戸惑っていた。
失恋したら髪を切る・・・と知ったのは後のことだった。