中(弐)「恋の行方」
調子は一日ほどで直った。
病院で見たところ、夏風邪でも、熱中症でもなく、ただの風邪だったらしく安心した。
しかし体調は直っていても、心は直っていない。
「行きたくないよお」
愚痴程度にお母さんに嫌だということを伝えた。
「何言ってるの、ちゃんと学校行きなさい。義務教育なんだから」
え、そこ?!
普通に不登校で休んでいる人いるけど・・・・?
「でも・・・・」
からかわれていること、お母さんに言いたくない。
心配・・、かけたくない・・・。
「・・んもう、分かった、行くよ。行けばいいんでしょ?」
「?」
お母さんは、首をかしげたが、すぐさま
「行ってきます、じゃああとでね」
と言って、外へ飛び出して行った。
お母さんは仕事が朝から夜まであり、忙しいのだ。お母さんの「あとで」は「今夜にまた会おうね」である。
行きたくないや・・・
「おお、来たの?紅っ!」
わああ、と言わんばかりに教室に踏み入れると、人がやってきた。
「ねえ、大丈夫だった?インフルとかじゃないよね?」
「うん、大丈夫。なんでこの時期にインフル・・・?」
一日ぶりの席にすとん、と滑らせる。席は冷え冷えになっていて、ただ寒かった。
「・・・よっ」
瞬が変わらず、元気そうに手を私のところに向けた。しかし、目は元気に見えない。
「おはよう・・・」
一度も言ったことがない言葉を口にした。
「・・ごめん・・八つ当たりしちゃって」
これからは普通の友達で。
うつむいて、目を合わせないようにしたが、ちらりと、瞬を見た。瞬は私をじっと見つめてた。
「うん。・・大丈夫」
みんな、なにも私の雑にショートに切られた赤髪のことを口にしなかった。
「あわわわわわわわああああああああああああああああ!重いっ!なんて重いんだあっ!」
なぜか、図書室から学級文庫を一人で持っていくことになった。
ひどい。私、復帰したばっかりですが?!なぜ、五十冊と闘わなければいけないの?
「あっ!」
木でできた小さな長方形の本棚からポロリと、本が落ちた。
「拾わなきゃ・・あっ!」
しゃがみこんだら、一冊だけでなく十冊以上も落ちていった。
もうなんなの?
しょうがなく、階段の踊り場に本棚を置き、落ちた本を詰めていった。
「大丈夫?」
聞き慣れない優しい声。瞬のにやけ声でもないし、あのぶつかった先生の鋭い声でもない。大げさだけど、
このまま聞いてると、バターみたいに自分の体が溶けちゃいそうだ。
慌てて、顔を上げた。これまた、見慣れない男子の顔だった。あの教室の男子のうざったい、汚れがたくさんついた顔でなかった。明らかに「イケメン」だった。
「だ、大丈夫です!」
「手伝うよ」
その先輩(多分)は本棚に本を詰め込むのを手伝い始めた。
「あ、ありがとうございます!」
これで最後か、さて本棚を運ばないと、と本棚の穴に両手をかけていると。
なにやら、白い手が左の方に割り込んできた。
「え?」
また顔を上げると、さっきの先輩が両手で、左の穴に滑り込ませていた。
「運ぶよ」
私はありがたく、先輩の言うことに従って、教室まで運んでくれた。
「ごめんなさい・・・ここまで手伝ってもらって・・・」
私は小さくぺこりと、腰を折った。先輩は「いえいえ」と、手をブンブン振った。
「僕は手伝ってあげただけだよ・・じゃあ」
私はその先輩の去り方が気に入った。なんてお洒落な去り方だろう。
「よおし、本でも読もうかなっ・・あ、うわあああっ」
振り返ると、なぜか男子たちが突っ立ってた。男子たちがだ。
普通、それは女子がやることである。
「今の誰?」
何とも感情のこもっていない声で、男子は訊く。
「誰って・・・先輩だけど・・・」
「名前は?」
男子は立て続けに突っ込んでくる。
「知らないよ・・自分で聞けばいいじゃん・・・?どいて」
男子たちの壁に突入しようとしたが、跳ね返ってしまった。
「なんでいんの?」
「私?」
私に指をさしたが、男子たちは首を横にふる。
「先輩のこと?ああ・・・学級文庫一人で運ぼうとしたら、本が落ちて。
拾ってくれたし、運ぶの手伝ってくれたの。」
また突入しようとしたが、男子たちはなぜか行かしてくれない。男子たちをきりっと睨んだ。
「何よ・・?そんなことに興味持ってるの?
そもそも、一人で強制的に運ばせられたのはあんた達も関係あるんだから。先輩を見習えば?」
私は何とか、男子たちをかき分け、席に付いた。
「・・・なに?あの男子たち・・・!」
その後、なぜか先輩と一緒になることが多くなった。移動教室の時。
「おお!この前の!」
「お久しぶりです、この前はありがとうございました」
「いやあ大したことないって。じゃあね」
部活帰りの時。
「ああ!また会ったね!」
「先輩!・・・その前に名前聞いていいですか?先輩って呼びにくくて・・」
「ああ、まだだったね。自己紹介。泉水 大輔だよ。」
「へええすごい名前ですね・・!」
「君は?」
「私は竹原 紅って言います。」
「紅・・・ちゃんか・・・。ふうん、かわいい名前だね」
「あ、ありがとうございます」
大輔・・先輩とは、実は近所だったようで、驚きであった。そのため、たくさん話した。
帰り際。
「そうだ」
大輔先輩は家に入ろうとすると、私の方を振り返った。その笑顔があまりにも爽やかで顔に合いすぎて、ドキッとした。
「もっと、紅ちゃんと話したいから・・・これ、メアド」
「え?」
メアド・・・それは明らかにメールアドレスを意味する。もっと話したいなんて瞬でさえ、言われないし、
メアドなんて一度ももらったことない。一応、スマホは持っているが、メールは家族としかやったことがない。
「ほら」
大輔先輩が、四つ折りにした小さな紙をくれた。広げると、しっかりアットマークもついたメアドだった。
「本当だ・・・」
「やりたいかい?」
「やりたいです!」
初めてだ。親族以外の人と、メールをやるのが。楽しみだ。うれしい。
「今夜中に登録します」
「ハハハ・・すごい意気込みだね・・でもちゃんと勉強やるんだよ」
「はい!」
絶対、今夜に登録する・・・!




