プロローグ
――いつもと少しも変わらない、平凡な日常のはずだった。
なのに、私は取り返しのつかないことをして、みんなを巻き込んでしまった。
自分の事だと思ってたのに。違った。
あの日の記憶は、今でも鮮明に思い出せる。
痛みも、感じていたことも、考えていたことも。
忘れるわけがないじゃない。
だって、
――あの日が全ての原因なんだから。
横断歩道を走っていく、『君』の背中が見える。
点滅していた信号が映す光の色が、緑から赤に変わった。
止まろうかな
一瞬、動かしていた足を止めたが、離れていく『君』の背中がどんどん小さくなっているのを見て、いつの間にか、君を追いかけていた。
少しでも長く、『君』と一緒にいたい
そんな思いが私を急かす。
「セシリアちゃん、やめときなよ」
「大丈夫だって。」
眉間にひどく皺を寄せて、困った顔で心配する『君』に笑顔で返事をする。
相変わらずだなぁ
こんな時間を幸せに思いながら『君』を追いかけ続ける。
その時、『君』が横を見て、目を見開いたあと、
「セシリアちゃん‼危ない‼」
と、今まで『君』が出したことのない大声が聞こえた。
その声に吃驚して、一瞬足を止め、『君』の視線の先を追う。
――すぐ目の前に車が走っていた。
本能的に避けようとした。車も急ブレーキをかけたが、どちらも遅く、私の小さな体は車に潰された。
世界のすべてがゆっくりと見える。
そして、今までに感じたことがないほどの激痛が走る。
生温かい血が噴き出ているのが分かる。
骨の軋む音がして、瞬間何かが折れる音がする。何かが粉々に砕けていく。
君が何かを叫んでいる。車の不快な急ブレーキの音と、体が潰れる音で耳が支配され、声が聞こえない。私の名前を呼んでいるのだろうか。分からない。
『君』と、私をいとも簡単に潰した車の運転手が、こっちへ駆けてくる。
痛みを感じ過ぎてしまったのだろうか、もうすぐ死ぬのだろうか。思考がまとまらなくなっていく。
――私は死んでしまったのだろうか。
最後に聞いた音は、何も知らない鳥が羽ばたく音。
――世界って本当は、こんなに残酷で美しいのね
最後にそう感じながら、私は、自分の血で作られた海の中で、意識を手放した。




