第37話 紫電迅雷
(追記)予約投稿になってませんでした。
サタナキアの両掌に黒い靄が纏わりつく。
夜の闇に浮き彫りにされた黒。
だがそれは、『闇器』とは全く異なる性質――禍々しさを持つ黒だった。
対して僕も、同時に複数の術式を演算し、いつでも展開できるように神経を尖らせる。
リオネーラに魔術を教える際に見せた、術式を展開せずにその状態を固定する技術だ。
雨が身体を打ち付ける。
ぬかるんだ地面に足が沈む。
しかし、そんな事が気にならなくなるくらいまで、集中力を高めていく。
そして。
二つが激突する。
爆音が生じた。
元々の身体能力が人間とはかけ離れたサタナキア。
奴が全力で地面を蹴り、眼前まで一気に突撃してくる。
ただでさえ暗い空間で、輪郭がボヤけて残像が残るほどのスピードをたたき出す悪魔。
高速な移動をせず、図体がデカくて、強靭な防御力と攻撃力を持つ通常の高位魔王と比べ、遥かに厄介だ。
内心舌打ちしつつ、奴の微動作を見取った瞬間に待機状態だった術式を展開した。
「エル・ドラウ・スピクタス!!」
足を強く地面に叩きつける。
それが合図となり、地面が振動した。
バガバギバゴォ!! と砕破音が鳴り響き、足元から無数の『大地の礫』が現れた。
拳大の礫は尖った先端をサタナキアへと向けて、順次射出される。
でも、ダメだ。
これだと奴の足止め程度の効果しか発揮しない。
続けて次の術式の展開へと移行する僕の視線の先。
「ふっふふ、こんなモノじゃボクを殺す事なんて出来ないよ、『夜之王』!!」
サタナキアが両手に纏った『障器』の特性を生かし、大地の礫を粉々に吹き飛ばしていく。
高速で振るわれる掌が触れる度に、岩石が風化して崩れていくのだ。
普段は空気中に薄く散漫し、普通にしていればさしたる害を与えてこない障器。
しかしアレは、単体で取り込むと猛毒となる酸素の様に、密集すればあらゆるモノを侵食し破壊する極悪性の存在となる。
術式抗力――魔力に対する対抗力があれば、触れるだけで身体がドロドロになる何て事は避けられるかもしれない。
だけど、浴び続ければ無事では済まないのも確実だ。
サタナキアが拳を振るう。
纏わりついた障器が、大地の礫を粉々に吹き飛ばす。
捌ききれなかった礫が奴の身体に突き刺さり、穴が穿たれる。
そして直ぐに障器がその傷を修復する。
一瞬の間にその一連の流れが無数に繰り返される。
せめて痛みを感じてくれるなら……。
「ホント、アンタ逹はいちいちムカつく仕様だよなっ!」
「それは遠まわしに褒めていると受け取っていいのかい?」
「言ってろ!」
言霊は使わない。
無言のまま身体強化の術式をこの身に施す。
無闇な攻撃では奴に決定的なダメージを与える事が出来ない事くらい、もう分かっている。
それならこの先は、如何に相手の動きを見切り、隙を見つけ、そこに強大な攻撃をぶちかます事が出来るかに懸かってくる。
僕が今使えるのは高位術式まで。
『獣』――ベインネロンとやらを葬った時に使った神威術式は、おそらくもう使えない。
火力不足は否めない状況だ。
だけど、やるしかない。
僕の最優先事項は『リオネーラの所に帰る』事だ。
別に今この時にアイツを殺さなければいけない訳じゃないのだ。
本当はこの場でぶっ殺しておきたいが、如何せん、状況が最善ではない。
見誤るなよ、僕。
「――破壊」
嫌悪感。
異物感。
汚物感。
あらゆる嫌な感覚が目を通じて全身を駆け巡った。
でも、そんなものは流れ出る血と一緒に無視して対象を意識する。
「ん?」
身に起きた異変に気がついたのか、サタナキアは礫を弾くのをやめて真横移動を始めた。
その手に絡みついていた障器は既に無い。
僕の『破眼』が、魔力であるソレを消し去ったのだ。
一点集中的に射出されていた大地の礫は、真横に移動して状況を理解しようとしているサタナキアを追って、方向を変更していく。
イメージ例としては、艦隊に取り付けられた機銃みたいな感じだ。
落ち着き払った表情を浮かべるサタナキアを逃がさず、礫は連続射出を続ける。
「ふむ」
ガガガガガッ!!! という射出音の中で、サタナキアのムカつく事に澄んだ綺麗な声が耳に届いた。
――気が付いたのか?
そう思った矢先に、奴は一本の太い樹へと向けて疾走。
続けて、その幹に足の裏を付けると、鈍い衝撃音と共に僕の元へ砲弾の如く跳躍してきた。
鋭い爪が伸びた手刀が、僕の顔面目掛けて突き放たれる。
右眼を抉る軌道。
事前に身体強化を施していた僕は、強引に首を倒してその攻撃を回避する。
捕まえ――たッ!
空を切ったサタナキアの腕を右手で掴み取り、そのまま地面に叩きつけるように振り下ろす。
「おっと」
軽い調子の声が聞こえた。
顔面から地面に叩きつけられる――はずだった悪魔は、僕に腕を掴まれたまま、体操選手もビックリな『シライ』を空中で行った。
コイツ、すぐに修復できるからって腕がねじ切れるのを無視したッ!?
現に奴の左腕はドリルの様に捻れて僕の手の中にある。
痛みを感じず、部位欠損に困らない者にしか出来無い所業だ。
「んーんー、さっきのは一体なんなのだい? ボクが集めてた障器が一気に消え去ったんだけれど」
「わざわざ教えてあげるとでも思っているのか?」
「状況からして『魔力を消し飛ばす』類のものだとはおもうけれどぉ。もしかして、禁術だったりぃ?」
「……さて、どうだかね」
「へえ、禁術かぁ。禁術ねぇ」
僕の返答を無視してサタナキアは面白そうに笑う。
「なんだよ」
「いぃーや? 別になんでもないけれど。……さて、僕の身体も調子が戻ってきたところだし」
ヴヴヴ……ッ! と。
異音が耳に届き、サタナキアの両手に黒い靄が一瞬で集まっていく。
それは順次巨大な鞭の様に長く伸び、水を泳ぐイカの足の様に緩やかに揺れる。
チッ!
破眼だってそう何度も使えるわけじゃないんだぞ!?
「ふふふ、障器の性質についてはよく知っているようだからね」
掌から伸びる障器の鞭を交差させ、構えたサタナキアが笑う。
「どこまでやれるのか。今度はこっちの番だ」
触れたものを粉々に消し飛ばす、凶悪な鞭が振るわれた。
それはあくまで、障器の塊。
重力に縛られない、魔力で構成された破滅そのものだ。
つまるところ、それは。
回避行動にでる僕を、物理法則を無視してホーミングしてくる!
「クソッタレ……」
僕はその場から飛び退き、サタナキアを中心として弧を描くように走る。
それはもう掌を収束点にしていない。
黒く渦巻く障器は既に悪魔の身体から離れ、誘導ミサイルの様に僕目掛けて唸る。
遠隔操作――厄介な。
「さぁて! 君は結構な術式抗力が存在するようだがぁ? 一体どれだけ耐えられるのかな!?」
パチン! と、サタナキアが指を鳴らす。
黒く渦巻いていた二つの奔流が、無数の散弾に変化した。
「――ッ!?」
「どこまで捌けるかな?」
避け続けることは出来るかもしれない。しかしそれでは、なんの解決にもならない。
こうなってしまった以上、アレは全て別の個体だ。
『破眼』を使って破壊しようにも、分裂する前の何十倍もの数を行う必要が出てしまった。
さっきの状態で使っておけばよかった、なんて後悔に浸っている暇はない。
走っていた足を止め、僕は迫り来る黒い散弾に向き直る。
数発くらいなら受けても致命傷にはならないだろう。
問題は、受けても可能な数までアレを減らす事だ。
それをする為には、障器の侵食よりも早く障器を消し去る事が出来るだけの威力が必要だ。
火属性、水属性、風属性、地属性、これらは上位術式までしか使えない。
だが、上位術式ではあの黒い弾丸を凌ぐことはまず無理だろう。
それならば、選択肢は。
自然とたった一つに絞られる。
術式演算を開始する。
周囲に滞留する魔力を用いて、脳内で術式を組み立てていく。
雨が身体を打ち付ける音、風が木の葉を揺らす音、雷が巻き起こす轟音、それら全ての情景が意識から排除される。
神経が、尖る。
――行くぞ。
「リヒテルデン・ラジグロム」
迅雷が駆け抜けた。
読んで下さりありがとうございました。
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