第13話 死ぬほど苦しんでくださいね
『雷撃の槌』で大熊を倒した僕は、剥取部位っぽい額に生えた金色の角をナイフで根元から削ぎ落とし、魂石を取り出す前に硬い体皮を剥ぎ取った。
魔物の身体は、連結された魂石が破壊なり取られたりすれば灰となって消えていく。
つまり、魂石をどうこうする前に身体から切り取られたりした部位は消えずに残る。
角、皮、魂石を剥ぎ取った僕はリオネーラが持つ革袋にそれを詰め込み、来た道を戻って森を出た。
途中に襲いかかって来たウェアウルフを水器による『魔力弾』によって撃退、魂石を剥ぎ取りながら進んでいると、町についた時にはすっかり夜だった。
最初に剥ぎ取り部位やら魂石やらを専門に買い取る質屋に向かい、それらを売却。
ウェアウルフの魂石はかなりの数、そして大熊の魂石やら角やらはそれなりの値段をしたため、全て合わせて一○〇〇〇レギン近くとなった。
僕とリオネーラが一日三食に宿を取ってもお釣りが来るレベルと言ったところだ。
……まあ、僕が起きるのが遅い所為で最近朝飯は取っていないのだけれど。
あの大熊の魂石が思っていたより良い値だったし、次は最初から森の深部に向かおうかと思う。
きっとあの熊より強い魔物もいるとはおもうけれど、リオネーラさえ守れれば何とかなるだろう。
最悪、彼女を連れずに潜り込めばいい。
酒場にて夕食をとり、宿に戻った頃にはリオネーラは少し眠たそうにしていた。
魔物との戦いもあった事だし、件の水浴び場を借りてリオネーラに湯浴みさせ、続けて僕も身体を流した。
勿論、やましい事なんて何もありませんでした。
寝巻き用の服に着替えた僕等は直ぐにベッドに寝転がった。
リオネーラは直ぐに眠りに付いたのだけれど、彼女の身体が僕にぴったりくっついていたのは精神的な距離感が狭まったと考えていいのだろう。
きっとそうだろう。
何がキッカケかはさっぱりだけれど。
僕はいつもどおり、彼女を抱き枕替わりにして眠りに付いた。
肉付きも良くなってきていて安心だ。
そして翌朝。
いつもと違ったのはリオネーラより僕の方が先に起きた事くらいだろう。
ここ数日間は目が覚めたらリオネーラが僕を見ている、というシチュばかりだったからね。
今日は立場が逆転したらしい。
やっぱり昨日はそれなりに疲れていたんだと思う。
「……、」
寝顔は……歳相応の女の子。
まだ十四歳の幼い少女のものだ。
……あれ、とんでもなく今更な話なのだけれど、もしかして僕ってかなりおかしなことをしているのではないだろうか。
小さな女の子を抱きしめながら寝る。
はて、どうしてこうなったんだったか。
「そうだ、床で寝ようとするリオネーラをベッドで寝かせるためだ」
余計なお世話なのかもしれないと思いつつも、床に寝させるのは罪悪感があるのでベッドで寝かせる為に強行手段に出たのだ。
では今はどうなのだろうか。
既に彼女は拒むことなくベッドで眠っている。
僕が抱きしめる必要はもう無くなっているはずなのだ。
「いや、抱き心地が良いって点は否定しようがないけれど」
人肌が触れ合い、心地の良い温かさが伝わってくるのは僕が遅くまで眠っていてしまう理由の一つに含まれると思う。
夜は冷えるしね。
「兄姉だって言うなら話は別な訳だが」
姉さんにせがまれて頭を撫でながら抱き合って寝ていた頃の光景が脳裏に浮かぶ。
リオネーラは容姿が姉さんに似通っているから、あの頃の事を無意識のうちに思い出していたのかもしれないな。
徐にリオネーラの頭に手を伸ばし、水色の綺麗な髪の間に指を差し込んで優しく撫でる。
「……、」
「……あ」
ゆっくりと目を開いたリオネーラと視線が交錯する。
「お、おはよう、リオネーラ」
「……おはようございます、ヴァル様」
起こしてしまったのかもしれない、そう思うと少し罪悪感が芽生えてきた。
自然に起きるまで寝かせておいてあげたかったけれど、失敗したかな。
「ごめんね、もしかして僕の所為で起こしちゃったかな」
「……いえ大丈夫です。起きていましたから」
「起きてたのかよっ!」
思わず声を上げた。
なんだよ……なんなんだよ……、まあ別にいいのだけれど。
リオネーラは右手で目元を擦りながらゆっくりとその身を起こし、カーテンの隙間から外を覗いた。
「……もうお昼ですね」
「そうみたいだね。……どう、身体の調子は。やっぱり初めて魔術を使って結構疲れた?」
「……すみません、少し怠く感じる程度には」
「まあ最初は仕方がないよ」
寝起きって事もあると思うけれど、僕も初めて魔力操作をしたり魔術を使ってみたりした時には結構疲れたのを覚えている。
その点、平気な顔で魔力操作をしていたリオネーラは結構凄いと思うよ。
今日も今日とてリオネーラの魔術指南と魂石収集。
後者に関しては最初から森の深部の方へと向かうつもりなので昨日よりは儲かるだろう。
「じゃあまずは昼飯をとろうか」
準備を済ませた僕等は宿を後にした。
※ ※ ※
――酒場にて。
昼食を済ませた僕等は席で少しゆっくりした後、酒場を出ようと立ち上がった。
酒場フロアの席は時間帯が理由でもあって殆ど満席状態だ。
並べられたテーブルの内、丁度中央辺りの席に座っていた僕等は、一列になって他の客達の間を縫って歩く。
その時だった。
パンッ! と、肌を肌で叩いた時になる様な音が鳴り響く。
何事かと思い振り返るとリオネーラが無表情、いや違うな。
若干瞳に怒気を孕ませ、男を見据え……もとい睨みつけていた。
もう、何が起きたのさ……。
「ってェーな、オイ! 何しやがんだこのガキ!!」
「……いえ、貴方の手が私のお尻を触ってきたので」
「あァん!?」
……溜息しか出てこない。
面倒事はどうか勘弁してくださいお願いします。
「リオネーラ、何があったの?」
気がつけば、周りで同じように食事をとっていた人達も、何事かとこちらを注目してきている。
でもその態度はやっぱり冒険者だな、というもので、まるで見世物を見ているかの様なそんな雰囲気だった。
「……いえ、この人が私のお尻を触ってきたのでその手を避けただけです」
「おい、ふざけてンじゃねえぞクソガキ。勝手なこと抜かしてンじゃねえ!」
ああ、なるほどそういう事ですか。
まだ昼間だというのにこの男はお酒を飲み、酔っ払い、リオネーラのお尻を触ったところを叩かれ、逆上しているという訳だ。
こういう事があるかもしれないから、僕は基本的に仲間の前以外ではお酒を飲まないのだ。
勿論、仲間の前だからといって限度を弁えないわけでもない。
酔ってウル以外の人に手を出してしまったら大変だからね。
「ちょっと調子に乗ってんじゃねえのか、ガキおい」
男の言葉を聞き流しながらチラリと横目でカウンターの方を見れば、一人のウェイトレスさんがあたふたとしている。
その隣にいるもう一人は……ふむ、落ち着いた人だな。
ジッと見てくる彼女の目と目が合う。
勿論恋は芽生えない。
「……、」
いや頷かれても。
何とかしろっていうことですね分かりましたよ分かってます。
「ああ、ごめんなさい。リオネーラが何かしたのでしょうか?」
僕は取り敢えずリオネーラの手を取り椅子密集地から抜け出し、横に並んで苦笑を浮かべる。
こういう時は穏便に済ませるのが一番だ。
「なンだテメェ。このガキの保護者か? ならちゃんと躾しておくンだなァ! いきなり人様の手を叩くんじゃねえってよォ!」
何言ってやがんだコイツ、という怒りは心の奥底へと封じ込む。
わざわざこんな事でリオネーラが嘘をつく必要も無いし、きっと彼女が言っている事は正しいはずだ。
ただ、もしかしたらこの男も故意に触ったわけじゃないかもしれない。
不慮の事故だという可能性もある。
まあ、僕はそうとは思わないけどね。
「分かりました。しっかりと言い付けておきますので、今回はお見逃しください」
「……ヴァル様」
「(リオネーラ、頭を下げるんだ)」
「……、」
僕が小さな声でそう告げると、案の定リオネーラは不満の色を瞳に浮かべる。
「(別に君を疑ってるわけない。きっと本当に触られたんだと思う。でも今は面倒事は避けたいんだよ)」
「……分かりました。申し訳ありませんでした」
そう言いながらリオネーラは頭を下げた。
だけど世の中そう簡単に面倒事が片付いてくれる訳じゃなく。
「おいテメェ等、全部聞こえてやがんぞ」
……まったく面倒な。
「よくよく見りゃあこの女、テメェの奴隷みたいじゃねえか」
男の視線がリオネーラの手の甲、赤い奴隷紋が刻まれたその場所へと向かっていき、より一層顔をいからせた。
思わず出てしまいそうになった舌打ちをなんとか押しとどめる。
男は僕を睨みつけながら、
「奴隷を買ってやがるテメェもテメェだけどよォ、奴隷の分際で人様の手叩いてんじゃねえぞ?」
酔いに顔を赤く染めた男が続けてリオネーラを睨み、しかし表情ひとつ変えないリオネーラを見てやがて歯をギリッと鳴らした。
「あんまし調子乗ってンじゃねえぞクソがァあッッ!!!」
男は声を張り上げると同時、ソフトボールの球程もある拳を強く握りしめて振りかぶった。
その形相に驚いたリオネーラが咄嗟に両手で顔を庇い、その瞳に恐怖の色が走る。
あ?
ふ ざ け て ん じ ゃ ね え ぞ?
「オイ」
即座にリオネーラの前に身を割り込ませ、振るわれた拳を右手で掴み取る。
相手の男の方が単純な膂力は上だろうと確実に分かっていたため、身体強化で腕力を強化して相手の腕の動きを完璧に封じる。
ざわっ、と周囲の人逹が驚きを示すのを気にせずに告げた。
「こっちが穏便に済ませようとしているのに、貴方は一体どう言うつもりなんですか?」
底冷えするような声が出る。
だって、これは、別に怒ってもいいだろ?
コイツはリオネーラに、僕の仲間に手を上げようとしたんだ。
それも、あんな理不尽な理由で。
許容できるわけねぇだろうが。
沸点が低い?
んなこと知るか。
「な、テ、メェ……ッ!」
「どう考えてもおかしいでしょう。僕の言葉が癪に障ったなら幾らでも謝りますよ。でも、この拳はなんですか?」
ギリギリと、拳を握る手に力を入れていく。
それに伴って、男の表情に苦悶の色が浮かび上がる。
痛いだろうなあ。
何せ少しずつ魔力操作による強化を加重させているからね。
試した事はないけれど、もしかしたら最後にはこの拳、ひしゃげちゃうかもよ?
こう、トマトを潰したように、グチャッとね。
「ふざけてんじゃねえぞゴルァ!!」
遂に本当の意味で痺れを切らした男が、発狂じみた声を撒き散らしながら僕の手を振り払い、もう一方の拳を振るった。
雑な攻撃だ。
そんなんじゃ僕には当たらないよ。
迫り来る左の拳を見据え、その軌道が自分の顔面を狙っていると判断した僕はだが回避行動をせずに、男の左腕の側面を右手で叩いた。
強化が施された手で叩かれた腕は容易く軌道を逸らされ、何もない空を切る。
まさに一瞬の動作。
男は今の攻撃さえ簡単に対処されて驚愕の表情を浮かべていた。
いや、驚愕というよりかは、違うな。
どちらかと言うと「なんでこんな奴に」って感じか。
無理もない。
僕は見た目、男かも女かも簡単に判断できないような細身だからね。
「クソ、が!」
男が呻くような声を上げた。
彼が振るった拳が無様に宙を切ったお陰で、狙うべき標的胴体はそのままこちらに向かってくる。
顔の真横で振り切られた拳が掠ってフードが捲れるけれど、今は気にしない。
一つの視線が物凄く熱心な物へと変化した気がするけれど、今は気にしない。
僕はそれが射程範囲内に入ってくるのを待ち、右手で叩いた力に身を任せて右回転。
右脚を向かってくる男に向けて一歩踏み出し、回転運動に逆らわず右肘を突き出した。
もし男が活動後で、鎧を身にまとっていたならまた別の方法を使っていただろう。
具体的には貫通系の術式。
無意味に魔術を行使するのはあまり好まないけれど、手を挙げられそうになったリオネーラの仕返しなのだ。
それくらいの大盤振る舞いはできる。
ゴッッ! という音が炸裂した。
僕に向かってくる力と僕が突き出した力が交錯し、右肘が男の鳩尾に突き刺さった。
「ゲはァっ!?」
唾液を飛ばさないでください汚いです。
剛石の籠手を付けてたとしたら血とか臟物も一緒に飛んできていたな。
弱い者ほどよく吠える。
その言葉の意味を再確認した瞬間だった。
白目を向いて倒れる男を見下ろしながら、僕は両手を払いながら言う。
「大丈夫ですよ、死ぬことはありません。そこらへんの加減はしっかりしていますので。ああただ、死ぬほど苦しんでくださいね」
※10/31 リオネーラの言動に訂正




