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第11話 大仰な前振り詐欺

 結果から言えば、リオネーラは汎用中位術式魔力弾(メル・バレン)を成功させる事は無かった。

 下位術式と中位術式の差は、それが攻撃性を持つか持たないかだけである。

 そう考えれば習得は容易く思えるかもしれないけれど、そんな簡単は話ではないのだ。


 あの周辺に滞留する水器の量が減ってきた辺りで指南を終了し、僕逹は現在森の中を歩いていた。


「狙うのはウェアウルフ。今日は取り敢えず、アイツの魂石を集めまくる」


 それが本命だけど、今日は幾つか試したいこともある。

 僕の今の体調でどれだけの術式を扱うことが出来るかの確認だ。


 術式演算能力に低下が見られないだろうか。

 怠いのもあって集中力が纏まらないかもしれないけれど、何処まで出来るか最低上限を確認しておいて損はないだろう。


 そんな訳で、この時代にやって来た時に目覚めた森の中。

 幾度と踏みしめられた道を転ばないよう注意しながら歩く。


「それにしてもリオネーラ、センスあるよ」


「本当ですか?」


「うん。見ている限りでは術式演算の詰めが甘いだけで、もう何度か反復練習すれば展開まで出来ると思う」


 術式演算は言ってしまえば、数学の問題を公式に当てはめて解を求める、その一連の動作みたいなものだ。

 あくまで例え、イメージに過ぎないのだが。


「それこそ、明日にはちゃんと出来る様になるよ」


「ありがとうございます」


 教え子が優秀なのは何ともまあ心地よいものだ。


 何処かで見た話では、教え子が優秀だと嫉妬心が浮かぶとかなんとかあった気がするけど、あんまりそんな事はない気がする。

 テメェが優秀だからだろうが、って怒られそうな気もしてきた……。


「あ」


 小さく呟いた声は、狼の咆哮によってかき消された。

 視線の先、草むらの奥。

 この時代にやって来た時に何度も屠ったウェアウルフの姿がそこにあった。


 銀色にも見える灰色の毛並みと三角耳、鋭い切れ目は金色に輝き、緩く開かれた口からは牙と唾液が覗いている。


 全長およそ一メートル弱、バレーピグと同等の大きさだが体格故にアレより小さく見えた。

 戦闘の見学なんて言ってしまったが、大抵の相手は一撃でぶっ殺してしまう。


 敢えてそうせずに戦う方法もあるけれど、第一目的は金稼ぎ。

 余裕があれば考えることに決め、僕は即座に術式の演算へと移行する。


闇域刺突(エル・ウーア・スピム)


 言葉と同時に日中の少ない闇器によって術式が展開される。

 鋭い切れ目で僕を睨みつけ、ゆっくりとした足取りで草むらから出てきたウェアウルフのすぐ真下。


 濃い影になっている部分に、その影よりも――何よりも暗い漆黒の円、魔法陣が出現し、勢い良く回転し始める。

 直後。

 ズォッ!! と。

 鈍い、肉がひしゃげるような音が炸裂した。


「ギャインッ!?」


 重ねるように、ウェアウルフの甲高い悲鳴が耳に届く。


 影の上に出現した漆黒の魔法陣から『黒い刃』突出していた。

 それは易々とウェアウルフの胴体を貫き、数十キロはあるだろう身体を空中に持ち上げ固定する。


 大量の血が流れ落ちる中、ウェアウルフは諦めることなくその状況を何とかしようともがく。

 だが、手脚を振るっても空中に浮いているため空振りするだけ。


 やがて力が抜けていく奴から、生命は感じられなくなった。


 闇属性上位術式闇域刺突(エル・ウーア・スピム)

 一定以上の暗い空間、その座標を指定し、そこから漆黒の刃を出現させて刺突攻撃を行う術式。

 ちなみに【ウーア】が闇属性を示す属性術名、【スピム】が刺突を示す術名だ。


「うん、これに関しては問題ないみたいだね」


 闇属性の術式の中では特に多用していたものだ。

 これを安定して使えるならばさして戦闘に問題はないだろう。


「でもまあ、あまり強い相手にはそう簡単に当たらないんだよね」


 デメリットは展開から攻撃までのタイムラグ。

 術式を展開したはいいけれど、漆黒の魔法陣が現れて刃が突出するまでの時間はおよそ一秒程。


 魔法陣から直線的に刃が飛び出てくることを知っている相手には、どの座標に魔法陣が現れたか知られれば容易く回避される。


 これが高位術式に認定されなかった理由でもある訳だけれど。


「さて、じゃあ次の獲物を――おっと、忘れてた。本来の主旨は魂石の回収だったね」


 危うく忘れるところだった。


 僕はベルトに吊るされた刃渡り一〇センチ程のナイフを取り出し、漆黒の刃が消えて地面に倒れるウェアウルフの傷口に突き刺す。


 鮮血が飛び散るが、掛からないように移動するだけで無視。


 体内に存在する魂石を抉り出すように取り出すと、ウェアウルフの身体は突如灰の様になり風に流れて消えていく。


「これよろしく」


 言いながら後ろに立つリオネーラに、灰色をした魂石を手渡す。彼女はそれを受け取ると、背負っていた革袋に突っ込む。


「よし、この調子で集めていこうか」


 

 ※ ※ ※



水弾連迅イリス・フィア・ラピット


 七体の群れで行動していたウェアウルフ逹の中心へ向けて右手を伸ばした僕は、言霊と共に術式を展開する。


 水器が大量に消費され、群れへと向けられた掌に無数の水弾が出現する。

 空中をふわふわと浮かぶソレは直後、まるでガトリングの様に一斉に空中を疾駆。

 群れへと向かって連射された。


 ウェアウルフは唸り声で威嚇をしていたが、放たれた水弾に目を見開いて慌てて回避行動に入ろうとするも――既に遅い。


 まず先頭に構えていたウェアウルフの前両脚を貫き、元々細かったソレは、ブヂィッッ!! と言うエグい音と共に千切れた。


 それを手始めに、次々と高速射出される水弾はウェアウルフの身体を貫き、弾ける鮮血が地面を濡らしていく。

 眼、耳、鼻等の頭の部位、そして脚や胴体に次々と風穴を開けていった。


 術式の展開から僅か三秒弱。

 僕は視線の先でもう動く個体がいないことを確認し、術式を解く。


「うむ……これはまあ、なんとか使えるけど」


 水属性上位術式。

 今の身体状況だと、行使はギリギリと考えておいた方がいいだろう。


「ヴァル様」


 声を受けて振り向くと、そこには相変わらず表情一つ変えていないリオネーラが立っている。


 目の前で大量の血が弾け飛び、風に流れてくるこの生臭い(なまぐさい)臭いを嗅いで尚無表情を貫くのだから、内心で少し引いてしまったりした事は秘密だ。


 僕は何度も戦場に赴くことで慣れたけれど、リオネーラはそう言う風には思えない。


「どうかしたの?」


 使ったのが水属性の術式だったから興味を惹かれたのだろうか。

 かれこれ魔物を狩り始めて数十分は経過しているけれど、聞いてきたのはこれが初めてだ。


「今のは、どの階位の術式ですか?」


「水属性上位術式。見ての通り、無数の水弾を連射する魔術だよ」


「……、」


 一瞬、本当に一瞬、その眼が見開かれたのを僕は見逃さなかった。

 驚いたのかな?

 ……驚くのも無理はないよね。


「ヴァル様は凄いですね」

「そ、そうかな」

「はい」

「……ま、まあ、かなり小さい頃から魔力とか魔法書とかに触れてきたからね。それこそ、七歳の時にはもう魔力操作を始めていたよ」


 ここでは少し嘘を付かせてもらった。

 流石にこれ以上幼い頃からやっていたと言われればリオネーラも驚くだろうし、何より信じてもらえないかもしれないからね。


 まあ、七歳でも十分速いのだけれど。

 これにも少し驚いた様子を見せたリオネーラは、続けて質問を繰り出す。


「ヴァル様は、一体どれほどの魔術を扱えるのですか?」

「ん? ……そうだなあ、光以外の属性だと上位は使えるよ」


 今度は嘘は付いていない。

 光は下位、それ以外は本当に全て上位の術式を使える。まあ、二属性に限ってはそれ以上を行使できる訳だが。


 闇は『獣』戦で使った『神威術式』悪魔の黒矛(アモンズ・エスパイル)

 雷は『獣』戦でトドメの役を担った『高位術式』雷撃の大槌エル・グロム・トニトルス


 ――まあ、前者に関して言えばあの場一回限りの代物だから無しとしても、その二つの属性は高位術式まで使える。


「……そう、ですか」


 む、何やらリオネーラの言葉の歯切れが悪い気がした。

 気のせいかな。


「そうだ、一つ教えておこうかな。魔術によって発現する力は、極端に分けて二種類存在する。所謂(いわゆる)、単体攻撃と範囲攻撃だね」


 範囲攻撃。

 ああ、なんと甘美な響きだろうか。

 もし僕がそれを容易く行使できるような魔術師だったのならば、かつての戦いがより楽なものへと変わっていただろうに。


「基本的に、下位から上位までが単体攻撃。高位以上が範囲攻撃になっているんだ。とは言っても、高位の中でも一度で広範囲に攻撃できる術式は数少ないんだけれどね」


 適当な調子でウェアウルフの魂石を取り出し、術式の水を使って簡単に洗い流しながら、


「範囲攻撃術式は数が少なく、且つ高度な演算能力を必要とする。だからまあ、戦闘中に一人の魔術師がそう何度も使えるような代物じゃないんだ。それこそ、戦闘開幕時に一発カマすくらいが関の山かな」


 元より高位術式を使える魔術師というのが少ない訳だが。

 僕だって、かなり本気を出さなければ戦闘行動中には演算出来無いと思う。

 鼻血くらいは流すかもしれない。


「魔術師はその殆どが上位の階位を目指して奮闘する。そして、上位に達した魔術師は更にその上、高位を目指す。そうして高位まで立ち上る人は極々稀だけれど、さっきのは魔術師なら覚えておくべき知識だから。例え、その高みに届く事が無いとしても」


「届いてみせます」


「……ひあ?」


 はい? と言おうとして噛んだ。


「高位魔術師になります」


「お、おう?」


「……、」


 何が彼女をこんなにやる気にさせたのかは分からないが、向上心を持つことはとてもよろしい。

 それに何故だか、リオネーラならもしかすると、なんて気が湧いてこない事もない。

 うん。

 きっと彼女は未来、高位魔術師になるのだろう。


 そんなことをしみじみと考えてたその時。


 奴は現れた。 

1時でラストです

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