6 盗賊討伐
「よいしょっ」
厨房の中で一心は、泥まみれになりながら作業をしていた。
レンガを積み重ねて泥を塗るを繰り返す。ここ数日その作業にかかりっきりであったが、それがようやく完成したのだ。
一心はひたいに浮かんだ汗を泥だらけの手で拭う。
「いい感じにできあがったな」
「ほう? 何ができあがったのだ」
背後から声をかけられ一心は振り返る。
「おまえか。珍しいなこんな早い時間に。朝のミーティングは終わったのか?」
「ミーティングとやらはわからないが、朝議は終わった」
汗だくになって一心がレンガを積み上げていたものに、燕鶯は視線を移す。
「それは? 何を作っている」
一心は得意そうに笑って、鼻の下を指でこすった。鼻の下に一筋、泥が伸びる。
「釜だよ。これでピザでも焼こうと思って」
「ピザ?」
「小麦粉で練った生地の上にチーズとかいろんな具材をのっけて焼くんだ。まあ、説明するよりも食べて見るのがはやい。うまいぞ」
「それは楽しみだ」
「さっそく今晩作るから食っていけ。どうせ、食べにくるんだろ?」
しかし、燕鶯はいやと首を振る。その表情がどこか沈んでいる。
「そっか、今日は忙しいのか。まあ、食いたくなったらいつでも来ればいい」
燕鶯はどこか悲しそうな顔で見つめ返してくる。やはり、いつもと様子が違うようだ。
「何だよ、深刻な顔をして、どうした?」
「これから盗賊討伐に出る。しばらく戻ってこられない」
討伐? と一心は繰り返す。
「国境で盗賊たちの横暴が続き、民たちが困っている」
「だからっておまえが行くのか?」
そうだ、と燕鶯は頷いた。
「まじで行くのか?」
「ああ、まじだ」
「ばかな! 罠に決まっている。それに、今都を空けたら皇后の思うつぼ……っ!」
その先一心が言おうとしていた言葉をふさぐように、燕鶯の手が唇にあてられた。
「ピザとやらは、戻ってきたらいただこう。楽しみにしている、凜花」
燕鶯の手が頬に触れた。
胸がざわついた。
皇帝自ら盗賊の討伐とは! こんなの陰謀のにおいしかしないじゃないか。どうして燕鶯は討伐を決意した。無事に帰ってこられるのか? 殺されたりしないか? 歴史ではどうだった?
一心は頭を抱えた。
「くそっ! ちっとも覚えてねえよ! こんなことなら、真面目に歴史の勉強をしておけばよかった」
頭を抱えて激しく悶える一心の両手首を、燕鶯に掴まれる。
「私のことを心配してくれるのか」
「あたりまえじゃないか! 大丈夫なんだろうな。本当に戻ってくるよな?」
「もちろんだ。必ず帰ってくる。無事に帰って来たら」
言いかけて燕鶯はいや、と首を振る。
「続きは帰って来た時に言おう」
そう言って、燕鶯は背中を向けた。
「燕鶯!」
去って行く燕鶯を呼び止める。
振り返った燕鶯に、一心はあるものを投げつけた。
「なんだ、このズタ袋?」
「香り袋だよ! この前作れって言っただろ」
「香り袋、これが? 縫い目は汚いし、それにこれは何だ? 変な模様が」
一心はむっとした表情を浮かべる。
「龍だよ!」
「龍……」
燕鶯の顔は微妙だ。
「刺繍をいれろって言ったじゃないか。龍の刺繍を入れた」
「これが龍……」
「いらないなら返せ」
「いや、貰っておこう」
「偉そうな態度だな」
「ありがとう、凜花。この縫い目の汚い香り袋を見るたび、凜花の顔を思い出すだろう」
「なんか今の言い方ムカつくけど。まあいいか。燕鶯、必ず戻ってこい! 戻ってこなかったら許さないからな!」
一心の声に燕鶯は背を向けたまま片手をあげた。その手には一心の縫った香り袋が握られていた。
「燕鶯……」
去って行く燕鶯の姿を、一心は見えなくなるまで見送った。




