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転生したら後宮妃!? ―料理で陛下の胃袋を掴んだら、寵妃になってしまいました―  作者: 島崎紗都子
第4章 陛下と朝を迎える? いや、ほんとに何もなかったから!
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9 愛おしい女性

「おいしいわ」

「だろ?」

 よほど腹を空かせていたのか、寧貴妃は黙々と食事をとる。その目に涙がにじんでいた。

 寧貴妃の前の席に腰をかけ、一心は太股に足首を乗せる格好で足を組み、テーブルに頬杖をついた。

 泣きながら、自分が作った料理をおいしそうに食べる寧貴妃が愛おしいと思った。

「提案がある。小茜を新しい侍女として雇わないか? 知ってるだろうけど、林杏の妹で都随一の琵琶の奏者だ」

 一心に手招きされ、琵琶を抱えた小茜が前に進み出る。


 後宮とは無縁で、酒楼に捕らわれていた小茜は、寧貴妃の恐ろしい噂話は知らない。だが、後宮ナンバー2の権威を持つ貴人を前に、いくぶん緊張した面持ちであった。

「小茜と申します、寧貴妃さま。精一杯、寧貴妃さまにお仕えする所存でございます」

「勝手に決めないで。けっこうよ。おまえまで私を監視するつもり?」

「監視じゃない。寧貴妃を守るためというか、万が一寧貴妃に何かがあった時は小茜がすぐに知らせてくれるようにと思って置くんだ。もちろん、ずっとじゃない。寧貴妃の禁足が解けたら小茜も後宮から解放して故郷に帰すつもり」

 寧貴妃の目が小茜の持つ琵琶に向けられる。

「おまえの琵琶を聞かせてくれるの?」

 はい、と小茜は頷く。


「小茜の琵琶はまじで凄いぞ。心地よすぎて寝落ちすること間違いなしだ」

「寝落ち? それは小茜に対して失礼じゃない」

「はは」

「どんな曲でも弾けます。少しでも寧貴妃さまの心の慰みになれば」

 大事そうに琵琶を抱える小茜を、寧貴妃はじっと見る。

「林杏の妹のことは聞いたわ。せっかく自由の身になったなら、こんなところに来ずとも故郷に帰った方が身のためよ。私の侍女になるということは、命の危険にさらされることもあるの。紫蘭の話は聞かなかった? おまえだって死ぬかもしれないわよ」


 死という言葉に怯えるかと思いきや、小茜はその場に膝をついて寧貴妃に頭を下げる。

「私から凜嬪さまに申し出たのです。酒楼での私は人並みの扱いを受けてきませんでした。毎日が地獄で、もはや死んだような人生。ですが、こうして凜嬪さまに救っていただき姉とも再会することが叶いました。だから、凜嬪さまのためにお役に立てるのなら、どんなことでもします。姉の林杏も納得してくれました」

「でもあなたは、凜嬪ではなく私に仕えるのでしょう?」

「寧貴妃さまによくお仕えすることが、しいては凜嬪さまにお仕えすることになります」

 ふうん、と寧貴妃は静かに視線を一心に移す。


「しっかり侍女を手なずけ味方にしているのね。以前の嫌われ者だったおまえには考えられないことだわ」

「まあそれはおいといて。で、小茜を侍女として置く代わりに、お礼といっちゃなんだけど……」

 謝礼を要求する一心に、寧貴妃はすっと目を細め嘲笑う。

「やはりそういうことね。いいわ、なに? 銀子、それとも珍しい宝玉? ここにはなくても、父に頼めば大抵のものが手に入るわ」


 一心はいやいや、と手を振る。

「もっと、貴重なものさ!」

 寧貴妃は表情を強ばらせた。内心、一心が何を要求してくるのかと焦っている様子だ。

「結局、おまえも欲深い人間だったのね。いいわ、むしろその方が信頼できるもの。さあ、何が欲しいか言ってごらんなさい」

 一心は指先をもじもじさせながら、小声で呟く。


「……が欲しいんだ」

「なに? 聞こえないわ。はっきり言いなさい」

「寧貴妃の作った香り袋が欲しいんだ!」

 沈黙の中で見つめ合う二人。たっぷり間をとってから。

「はあ?」

 寧貴妃は信じられないという声をもらす。

 側にいた詩夏も小茜も驚いたように一心を見ている。

「刺繍も入れてくれたらもっと嬉しい。できれば〝一心へ〟って文字で」

 ぽかんと口を開け、目を丸くした寧貴妃は次に、笑い声をあげた。


「おまえ、本気で言ってるの?」

「本気だけど」

「ばかにしないで! 何でも望む物をあげると言ってるのよ。この状況から抜け出し寵妃として返り咲くためなら、私も私の一族もどんなことでもするわ」

「だめなら無理にとは言わないけど……あ、もしかして刺繍は苦手? 実は不器用さん?」

「それこそバカにしないで! 得意よ!」

 一心はしゅんとしてうなだれる。まるで主人に叱られた子犬のようだ。

「いいわ、わかったわよ。香り袋くらい作ってあげる。二個でも、三個でも!」

 よし! と一心はガッツポーズをとる。


「本当にそれだけでいいの? むしろ裏があるんじゃないかって疑いたくなるわ」

「じゃあ、もう一つお願いだ。香り袋の中身は寧貴妃が好む香をいれてくれ。匂いをかぐたび、寧貴妃のことを思いたいからさ」

「おまえって、ほんと気持ち悪い。嫌々作らされる私が罰を受けるみたいだわ」

 相変わらず散々なことを言われているが、それでも一心は上機嫌だ。

「じゃあ、そろそろ帰るよ。何かあったら小茜に言ってくれればいい」

「小茜に伝えても、禁足の身では華南宮から出られないのよ」

 一心はにっと笑い、小茜が抱えている琵琶を指差す。

「小茜の奏でる曲によって、華南宮の状況が分かるよう打ち合わせをしておいた」

 オレって冴えてるだろ? と言わんばかりのどや顔だ。


「ふうん、考えたわね。愚鈍だと思っていたけど見直したわ」

 褒められて一心は嬉しそうだ。が、真面目な顔になり寧貴妃の側についっと近寄る。

「何かあったらすぐに駆けつける。必ずオレが寧貴妃を守る」

 守ると一心に言われて、寧貴妃は言葉を飲んだ。うっすらと頬が赤い。

「それじゃあ、本当に行くよ。また料理を届けに来る」

「この間の湯円、おいしかったわ。ありがとう、凜嬪」


 空になった提盆を手に、部屋を出て行こうとする一心の背に寧貴妃は呟く。

 振り返った一心は、視線をそらし恥ずかしそうに頬を赤らめている寧貴妃の姿を見る。

「待ってろ。必ず禁足を解いてやるからな、明瑤!」

 寧貴妃はぽかんと口を開けた。

「ちょ、私の名前を呼び捨て! 無礼だわ。私の方が妃としての位が上なのよ!」

 あはは、と笑って一心は華南宮を出た。

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