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転生したら後宮妃!? ―料理で陛下の胃袋を掴んだら、寵妃になってしまいました―  作者: 島崎紗都子
第3章 底辺だった妃が、陛下の寵妃になって出世街道まっしぐら!
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5 陛下の寵妃

 宮廷内の中央に広がる花園を、一心は燕鶯と手を繋ぎ歩いていた。後方からお付きの者たちが適度な距離を保ち付き従ってくる。

 すでに日も落ちかけ、空には薄紫の雲がたなびき夜の訪れを迎えようとしていた。


 なんなんだ、この状況は。

 こいつって、李凜花のこと好きでも何でもなかったんだよな。成り行きで後宮に入れたって聞いたぞ。なのに、なんで手を繋いで一緒に歩いてるんだよ。


 一心はちらりと隣を歩く燕鶯を見やる。


 まあ、色男なのは認める。オレほどでもないけど。


 すっきりとした目元に通った鼻梁。背も高く、武芸も達者だというから鍛えているのだろう、均整のとれた体つき。だけど、筋肉隆々というわけではなく、いわゆる細マッチョというやつだ。

 皇帝という地位を抜きにしても、たいていの女なら燕鶯のことを好きになるのだろう。後宮の妃たちがこいつを巡って寵愛を競い合うのも頷ける。

 だけど一心は見かけは女でも中身は男。燕鶯に恋心を抱くことなどあり得ない。こうして手を繋いで歩くなど、気持ちが悪いの一言だ。


「そろそろ手を離してくれ」

「着いたぞ」

 立ち止まり、燕鶯は目の前を指差す。

「おお……お?」

 思わず驚きの声がもれた。


 辿り着いたところは花園中央に広がる池であった。そこで見た光景に、一心は思わず目を見張らせた。

 池の周りの木にはたくさんの灯のともった灯籠が吊されていた。

 その灯籠が夜の池の水面に映し出され、幻想的な雰囲気を醸し出している。木に飾られた灯籠はまるで花が咲いたかのようだ。現代で、何度も元宵節を迎えたが、こんなに美しい景色を見るのは初めてかもしれない。


「へえ、きれいだな」

「元宵節では宮殿の至る所に灯籠を飾る。なかでもこの池の縁の光景は格別だ。これを凜貴人に見せたかった」

 一心は顔をあげた。

「一緒に見たいと思った、凜花」

 燕鶯がこちらへと向き直った。名前で呼ばれ、目と目が合う。


 え? ちょ、待っ! え!


 燕鶯の顔が近づいてくる。距離をとろうと後退った瞬間、腕を取られ引き寄せられた。

「美しくなったな、凜花。出会った時とはずいぶん雰囲気が変わった」

「そ、そうか?」

「きめ細やかな肌に控えめの化粧、しなやかな体つき。本当に美しい」

 きれいになろうと努力したのは、寧貴妃に好かれるため。彼女のために肌の手入れを頑張り、慣れない化粧をして、きちんと食事をとり、毎日筋トレに励んだ。

 決して燕鶯のためではない。

「容姿だけではない。性格も変わった。物怖じせず、誰とも分け隔てなく接し、時には無謀な行動をとることもありハラハラさせられることがあるが、見ていて飽きない。むしろ、楽しいと思うようになってきた。宮中の皆もそう言っている」


 いや、それは褒め言葉じゃないだろ。


「はは、だけどほら、記憶をなくしてから私、言動がアレだろ? お淑やかでも従順でもないから、おまえとはまったく釣り合わないと思うんだ。それに、今の私は自分のことで精一杯で、正直今も迷惑をしている」

 皇帝をおまえ呼ばわりだ。周りがびくりと反応するが、当の本人は気にする素振りを見せない。

「私はそなたの気取らないところが好きだ。それに、先程の湯円は本当に美味であった。もっと、凜花の作る料理を味わってみたい」

「料理くらいなら、ついでに作って届けてやる」

「私はついでか?」

「大勢の分を作ってんだ、一人くらい増えてもたいして変わらない」


 ほら、皇帝の妻らしからぬ発言だろ。相応しくないだろ? 嫌いになっただろ? 怒って帰っちまえ。


「ならば、凜花の心が私に向くよう、努力しよう」

「おまえが努力だと?」

「そうだ」

 空気が震えた。側に控えるお付きの者たちが動揺する。

 皇帝陛下に努力をさせるなど、前代未聞の出来事だ。

 凜貴人は陛下の寵妃。

 今の燕鶯の言葉で、それがまぎれもない事実だということが証明された。この先、後宮内は大きく変化していくだろう、という予感。嵐の前触れ。


 燕鶯の目つきが変わった。真剣な目でこちらを見つめてくる。

「なんだよ」

「今宵はそなたの部屋を訪れてもいいだろうか?」

 燕鶯の言葉に、凜貴人に仕える者たちがいっせいに反応した。後宮に入ってから一度も月明宮にお渡りのなかった陛下が、初めて夜を供にしたいと求めてきた。

「だめだ」

 一心は即答で拒否する。


 林杏が恐ろしい形相で睨んでいるのが視界の隅に入ったが気づかない振りだ。後で散々叱られるのは覚悟しなければならない。

 燕鶯は怪訝な顔をする。

 よもや、自分の訪れを即答で断る妃がいるとは思わなかったらしい。もっとも、皇帝が自分の妃の元を訪れるのに、いちいち許可をとる必要など本当はないのだが。

 燕鶯なりに凜貴人を気づかっているのだ。それも寵愛の証しだと周りの者は確信する。


「凜花、なぜだろう。なぜだめなのだ?」

「だめなものはだめだ。だめに決まってんだろ!」

「凜花は私が嫌いか?」

「好きとか嫌いとかじゃなくて、とにかくいろいろ都合が悪いんだ」

「なら、凜花の都合がいい日に訪れよう。いつならよい? 明日か? 明後日か?」

「そうじゃない! 都合が悪いってのは、日にちの問題じゃなくて」

「では、どういうことなのだ? 教えて欲しい凜花」


 理由を聞いても、ひたすら来るな、訪れるな、関わるなの一点張りの一心の態度に、じょじょに燕鶯の顔から笑みが消えていく。

 さすがに皇帝に対して不遜な態度だったかなと思い、一心は頬をひくつかせた。

 ここは宮廷、皇帝の心一つですべての者の運命が左右される場所。もしや、罰せられるかと恐れた一心であったが――。

 燕鶯の手が伸び、一心の両肩に置かれた。


「凜花、今までそなたを冷遇してきたことは悪かったと思っている。許して欲しい。だが、これからは凜花を大切にすると約束する」

 すると、突然燕鶯は片手を肩の位置まであげた。

「私燕鶯は、生涯李凜花を愛すると誓う。この誓いを破った場合、私は……むぐっ」

 一心の手が燕鶯の口をふさいだ。


「変な誓いをたてるな。冷遇とかそんなことはどうでもいいんだよ。それなりに今は快適に過ごしてるんだから。とにかく、私はおまえとそういう関係にはなれな……ん?」

 遠くの草葉の隙間を、黒くて小さいものが過ぎっていくのが見えた。

 なんだ今のは?

 一心はちらちらと周りにいる者を確かめる。誰も今の黒い影に気づかなかったようだ。


 こうしてはいられない!


 一心は燕鶯に向かって指を突きつけた。

「とにかく、オレのことはいっさいかまうな!」

 わかったな、と言って一心は黒いものが去って行った方へ走ろうとしてコケた。

「くっそ、走りづらい!」

 底の高い靴を蹴り飛ばすように脱ぎ捨てる。旗袍の裾を持ちあげ、靴下のまま走る。

 がに股で走り去る凜貴人の後ろ姿を、この場にいた者全員、ぽかんとした顔で見つめていた。誰もが凜貴人の無礼すぎる態度を諫めることも忘れているようだ。


「凜貴人さま……ああ……なんということを!」

 林杏はひたいを押さえ、へなへなと足元をよろめかせた。すぐに詩夏が林杏を支える。

 燕鶯はくつくつと肩を震わせ笑った。

「本当におもしろい女人だ。ますます気に入った。こんなにおもしろいのなら、もっと前から気にかけてやればよかった。そう思わないか、旺千」

 突然話を振られた旺千は、嫌そうな……否、微妙な顔をする。

「私ごときが意見するなど許されません」

 と、もっともなことを言って逃げる。


 あれほど散々なことを言われたにも関わらず、燕鶯はすこぶる上機嫌だ。

「陛下、今宵は凜貴人さまの宮へ行きますか?」

 来るなと言われても、皇帝である燕鶯が行きたいと望めば拒むことはできないのだ。そこまで気に入ったというなら、無理矢理ものにしてしまえばいい。

 しかし、燕鶯は否と首を振る。

「やめておこう。凜花に嫌われたくない」

 と、燕鶯は凜貴人の無礼を咎めるどころか、ますます彼女をお気に召したようだ。

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