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4 牛串 食うか?

「でも、こんなところを誰かに見られたら、私たち処罰されちゃいますよね」

 一人の侍女の言葉に、一心は肩をすくめた。

「バレやしないよ。こんな後宮の端っこまでやって来る奴なんかいないって。それに、今までだって誰かが訪ねて来たことなんてなかったんだろ?」

 確かに、と皆がいっせいに頷く。

「本当は、陛下がお渡りになってくださったらいいんですけどね」

「陛下なんて来ない来ない。来るわけがない」


 てか、来なくていい。その方が好き勝手できて自由だ。


 一心は脚を大きく開いて椅子に座り、右手で新たな串を焼き、左手で肉にかぶりつく。

 串の下の方の肉を歯で噛み、串を横に引いた。

「姉姉、食べ方まで男前ですね」

 詩夏の男前発言に、林杏はさすがに主のお行儀の悪さを諫めようと口を開きかけた。が、その言葉が飲み込まれてしまう。

「陛下のおなり」

 陛下の来訪を告げる太監の声に、一心を除くこの場にいた者全員が地面にひれ伏した。

「あ? 陛下?」

 一心は脚を開いて座った状態で振り返る。


 すぐ後ろに、龍の刺繍が縫い込まれた旗袍をまとう背の高い美男子が立っていた。もちろんその顔に見覚えがある。自分が助けた男だ。

 あの時はずぶ濡れで青ざめ死にそうな顔をしていたが、今、目の前に立つ男の顔は切れ長の目に、すっと通った鼻筋、肌も白く滑らかで美形だ。

 この男こそ、大辰国の皇帝陛下、燕鶯帝だ。

「それは……?」

 半ばぽかんと口を開け、燕鶯は一心を指差す


「ああ、これ? 前髪がうっとうしくて」

 一心は頭に手をあてた。串焼きをするのに長い髪が邪魔だったため、手巾を捻って頭に巻いていた。

「いや、そうではなく……」

 もちろん、女人らしからぬ一心の姿に驚きもしたが、それよりも燕鶯が気になったのは一心の胸元、旗袍の隙間から伸びている長いひげのようなものだ。

「陛下、おそらくあれは陛下が下賜した高麗人参かと」

 すかさず、孫旺千が声をひそめて耳打ちをする。


「見れば分かる! なぜそのようなものを肌身離さず持っているのかと聞いているのだ」

 燕鶯は鋭い目つきで孫旺千を睨みつけた。

「さあ、そこまでは存じ上げませんが、よほど陛下からの贈り物が嬉しかったのでしょう」

「高麗人参をか?」

「特級品ですので」

 一心は串の下の方の肉を歯で抜き取ってかぶりつく。

 すぽん、と串から肉が抜けた。口の中の肉を噛みながら。


「牛串、食うか?」

 と、焼きあがった串を燕鶯に差し出した。

 ざわりと、この場の空気が震えたような気がした。

 しんと静まり帰った中、パチパチと炭が爆ぜる音が響く。

「姉姉、陛下にご挨拶をなさってください」

「凜答応さま、さすがに脚を閉じて……」

 側にいた林杏と詩夏が、こそりと呟くのが聞こえた。

 凜答応の無礼な態度に、周りの者は表情を強ばらせているが、当の本人はまったくおかまいなしだ。燕鶯陛下も何も言わない。それどころか、一心が差し出してきた串焼きを見てごくりと喉を鳴らしている。

「肉、焼きたて、うまいぞ」


 ほら、と一心はもう一度、串をすすめる。なぜか片言だ。

「は、腹など空いておらぬ!」

 しかし、言ったそばから、燕鶯の腹がぐうと鳴った。それも周りに聞こえるくらい大きな音で。侍女と太監たちが、笑いをこらえ頭を下げた状態で肩を震わせている。

 燕鶯の顔がかっと赤くなる。

「帰るぞ、旺千!」

「はい、陛下」

 肩を怒らせ大股で歩く燕鶯の後ろ姿を見つめ、一心は首を傾げる。

「何だよ。あいつ、何しに来たんだ?」

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