第299話 少数でも、まともな騎士がいて良かったよ
成り行きと言ったら良いのか、場当たり的と言ったら良いのか…。
アルトとオランの言葉に乗せられて、王位に就くことを宣言してしまった、おいら。
「おい、小娘、だから、言ったじゃねえか。
俺達、現王族派の貴族はテメエなんか王とは認めねえって。
現王族派の貴族がこぞって反対しているのに王位に就けると思ってるのか。」
さっきからアルトに反抗的な『勇者』は、まだそんなことを言ってたよ。
ホント、『勇者』だね。
アルトがその気になれば、ここに居る貴族なんて一瞬で消し炭にできるのに。
「あら、そうなの。
一応聞いておくわ。
あんた達、全員、マロンが王になるには反対なのかしら?」
アルトは、ニコニコと笑いながら、サロンにたむろっていた貴族達に尋ねたの。
その笑顔に騙されちゃダメなんだよね。
それは大概無茶苦茶怒っている時の表情で、殺る気満々の時に見せる笑顔だから。
そんなことは知らない貴族達、アルトの怒りが大したこと無いと勘違いしたのか…。
「ああ、俺も認めんぞ。
前王の時みたいに、俺達貴族が愚民共のために働くなんて真っ平だ。」
「そうだ、そうだ、税なんか、幾らでも搾り取れるんだから。
愚民共に遠慮する必要なんてねえだろうが。
現にヒーナル陛下の治世になってから税を四倍以上に増やしたが。
愚民共は逆らいもせずに払ってるんだからな。」
「おお、昔から言うじゃねえか。
民は生かさず、殺さずってよ。」
そんな、身勝手な言葉ばかり聞こえて来たよ。
アルトは、一人一人の言葉をジッと聞いてたけど。
やがて。
「わかったわ、マロンが王位に就くのは反対。
それが、ここにいる貴族達の総意なのね。
じゃあ、マロンの治世の邪魔になるから消えなさい。」
貴族達に向かってそう言い放つと、間髪入れず貴族達を『積載庫』に放り込んだよ。
百人にもなろうかという貴族が一瞬にして消え去り、その場に残されたおばさん達は騒然としたよ。
「私の主人はどうなってしまったのですか?
まさか、この一瞬で殺してしまったとは言いませんわよね。」
さっき、おいらに刻まれた王家の証の存在を証言したおばさんが尋ねてきたの。
「安心しなさい、今はまだ生かしてあるわ。
今消した愚か者共には、これから少し判断の参考になるモノを見せてあげるの。
それで改心して、真面目に働くと誓うのなら貴族のままで赦してあげるつもりよ。
改心しないのなら良くてお家取り潰し、…。
いわんや、マロンの治世を邪魔するようなら本当に消えてもらうわ。
あなたは、旦那が改心するように祈っていることね。」
そのおばさんに対して、アルトは冷淡な口調で答えを返したの。
おばさん、アルトの表情からそれがマジだと悟ったみたいで青褪めていたよ。
「グラッセお爺ちゃん、パターツさん、この王宮にも玉座の間ってあるわよね。
私達は、少し用事を済ませて来るから。
玉座の間に、王宮内にいる貴族達を勢揃いさせておいて。」
アルトはそう告げると、おいらとオランを『積載庫』に乗せて飛び立ったの。
タロウと父ちゃんは、グラッセ爺ちゃん達の護衛に置いていくみたい。
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用事って何処へ行くのかと思っていたら…。
着いたのは広い王宮の敷地の中にある、騎士団の駐屯区画だったよ。
ついさっき、王太子セーヒが逃げ込んだ区画だね。
広い空き地になっている鍛錬場では、凄く沢山の騎士達が剣の素振りをしてたの。
さっきは、一人もいなかったのに。
アルトは、鍛錬場を見渡せる場所で静止すると、しばらく鍛錬の様子を眺めているみたいだった。
おいらとオランも鍛錬の様子を眺めていると、全員揃って剣を素振りした後は一対一の模擬戦闘を始めたよ。
若い騎士が対戦する様子を見て、年配の騎士が色々とアドバイスをしているように見えた。
何か、意外なほど真面目に鍛錬してるんですけど…。
「ふむ、あの者達は日頃鍛錬を怠っていないようじゃ。
その証拠に、無駄なぜい肉は一切ついてないのじゃ。
今まで、私達が対峙してきた騎士共は皆、だらしくなくぜい肉が付いて。
少し動くと息を上げるような連中ばかりだったのじゃ。」
おいらの隣でオランがそんな評価を聞かせてくれたよ。
すると、アルトはまた移動を始め。
騎士達の外で鍛錬の指示を飛ばしている騎士に向かって行ったの。
そして。
「あら、真面目に鍛錬しているじゃないの。
この国の騎士って、ロクに鍛錬もせずに威張り散らしているだけかと思ったわ。」
がっしりした体つきの中年の騎士に向かって声を掛けたんだ。
さっきから、指示を飛ばしていたリーダーらしき騎士にね。
「おや、妖精さんが人前に出て来るなんて珍しい。
いやあ、手厳しいですな。それを言われると耳が痛いですよ。
お恥ずかしいことですが。
この国は王が変わってから騎士が堕落してしまいましてな。
今では、ならず者の集団になってしまいました。
それこそ、騎士だか、冒険者だか、区別がつかないくらいですわ。
私が預かる騎士団は、常在戦場の心掛けを忘れないよう。
こうして訓練だけは欠かさないようにしているのです。
もっとも、この騎士団は職務を干されてしまって。
訓練ぐらいしか、やることが無いのですが。」
どうやら、この騎士、一つの騎士団の騎士団長みたい。
仕事を干されたってところは、自嘲気味に言っていたよ。
「あら、不思議。
私が目にしたこの国の騎士の中では、あなた達が一番まともそうなのだけど。
どんな不手際をやらかしたのかしら。」
「ああ、実は私、先王の治世は近衛騎士団に属していたものですから。
この騎士団の連中は全員が、旧王族派の家系に属する騎士達なのです。
国王ヒーナルは私達を警戒しておりまして。
予備騎士団として無役のまま、私達を一所に集めて監視しているのです。」
この騎士団長の話では、ヒーナルは旧王族派の騎士による謀反を恐れていたみたいで。
懲罰的に辺境へ飛ばすよりも、目の届くところで監視したかったみたい。
目の届かない辺境で反乱を指導されたら困るかららしいよ。
騎士団長は仕事が無いなら、王都の治安維持でもすると進言したそうなんだけど。
そんな事をしてこの騎士団が王都の民たちの支持を集めると拙いから。
余計なことはするなと命じられたらしいの。本当に飼い殺しにされているんだって。
「あら、ちょうど良かったわ。
じゃあ、これから、そのならず者のような騎士団を潰すのを手伝ってくれるかしら。」
アルトは唐突に騎士団長へ誘いを掛けたの。
「妖精さん、それはどういうことで?」
まっ、何の説明も無いのだから、そんな返事になるよね。
すると、アルトはおいらとオランを騎士団長の前に出し。
「私は、トアール国の辺境にある妖精の森の長、アルトローゼンよ。
この娘は、マロン、前王が第三王子の息女、正真正銘の王位継承権保持者よ。
そして、もう一人が、オランジュ・ド・トマリ。
マロンの婚約者で、シタニアール国の第四王子。
キーン一族を玉座から退けたんで、マロンを王位に就けようと思うの。
それには、ヒーナルの息の掛かった騎士団が邪魔でしょう。」
アルトの目的を説明すると。
ヒーナルの亡骸と両手を砕いたセーヒ、そして、廃人と化したセーオンを地面に転がしたの。
ヒーナル以下キーン一族の男三人の変わり果てた姿を見て、騎士団長はギョッとしてたよ。
「うっ、…。
おっ、お前はトシゾーではないか。ちょうど良い。
ここにいる二人のガキと羽虫を討ち取れ、そいつらは反逆者だ!
俺の命令通りにすれば、お前らの名誉を回復し、正式な騎士団に戻してやる。」
地面に転がされてセーヒが、騎士団長の存在に気付いておいら達を討ち取るように命じたけど。
騎士団長はおいらの方へ歩いて来ると、数歩手前で跪いて。
「マロン殿下、良くぞお戻りになられました。
このトシゾー・ド・ホウ、殿下に忠誠を尽くすことを誓います。
逆賊キーン一族に与する反逆者共に鉄槌を下して見せましょうぞ。」
トシゾー団長が、セーヒではなくおいらの下に跪いたのを目にして。
セーヒは絶望した表情を見せたよ、最後の望みが絶たれたって感じの。
今まで散々厄介者扱いしておいて、何で助けてくれると思うかな…。
そんな訳で、トシゾー団長以下、旧王族派で組織された騎士団を味方に付けることが出来たの。
良かったよ、この国にもまともな騎士がいて…。
お読み頂き有り難うございます。




