第296話 お妃様の告白
この王宮に来て早々、おいらとオランで倒した近衛騎士と、ここへ来る途中でとらえてきた騎士の一部。
そいつらをアルトから突き付けられて、サロンの中にいる貴族達は旗色が悪いことに気付いたみたい。
「オッチャン達、悪いこと言わないからアルトに逆らわない方が良いよ。
おいらの育ったトアール国の王様って、何で周りの国に対して弱腰なのか知らないの?
あれって、二百年前の王様がアルトの森に攻め込んで、アルトに返り討ちにされちゃったからだよ。
その時は、アルト一人で二万の騎士を葬っちゃったらしいんだ。
この国もそうなりたいのかな。」
騎士団がおいら達を排除するだろうなんて期待を抱いてたみたいだけど、…。
そんな事になったら、この国の騎士団もアルトに壊滅させられちゃうもんね。
そうなったら、トアール国の王様以上に肩身の狭い思いをするようになると思うよ。
「ちょっと、待ってくれ。
トアール国の愚王の伝承は私も聞いたことがある。
愚王とその騎士団を葬ったのが、そこにいる妖精だと言うのか?
たった一体で?」
「そだよ、今もトアール国の王様はアルトに頭が上がらないの。
もう、無駄な抵抗しないで、おいらの要求した条件を飲んでおいた方が良いよ。
アルトは、おいらと違って容赦ないから。」
もう、誰が王様になっても良いから、おいらと耳長族には手出ししないと誓って欲しいよ。
もちろん、おいらが出した他の条件も呑んでもらうけどね。
「殿下、ここは要求を呑んだ方がよろしいのではないでしょうか。
ここで突っぱねると、おそらく我々は手酷い目に遭います。
その娘は王位を要求している訳ではなさそうですから。
王位だけでも、キーン一族の手に納めておいた方が良かろうかと。」
現王族派の貴族の一人が王子セーオンにそんな進言をしたのだけど。
でも、セーオンにはそれがお気に召さなかったようで…。
セーオンは、妹ヨーセイの膝から起き上がって、アルトに詰め寄ったの。
そして。
「ふざけるな!
親父の『生命の欠片』を『魔王』の復活に使うだなんて条件を呑めるか。
それは、俺にトアール国王みたいに周りにペコペコしながら生きて行けと言うことだぞ。
周りの顔色を窺いながら生きていくなんて真っ平御免だぜ。
おい、オメエら、親父の『生命の欠片』は俺のものだ、とっとと返しやがれ!」
セーオンは、周囲のご機嫌を窺いながら行動することを受け入れられないみたい。
『俺様』気質で、逆らう者を殺してでも我を通してきたみたいだもんね。
でもまだ、王太子セーヒは死んでないから『生命の欠片』は出現してないよ…。
こいつが気にしてるのは『生命の欠片』のことだけで、実の父親の安否は気遣ってないんだ。
国王ヒーナルをあっさり殺したセーヒといい、こいつといい、この一族は…。
「あっそう、あんた、煩いから、もう用は無いわ。
あんたみたいな害虫は世の中の迷惑だから、大人しくしてて。」
アルトはそんな最後通告と共にビリビリを放ったの、かなり強めの奴を。
「グアァーーーー!」
サロンに響き渡るセーオンの悲鳴、それが止む頃には身に着けた服が所々焦げて燻ぶっていたよ。
刈り上げの短髪は焦げて悪臭を立て、セーオンは白目をむいてピクピク痙攣してたよ。
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「念入りにお仕置きしておいたから、こいつはもう廃人同様よ。
元から王の資質などない愚物だけど、これなら王になろうなんて野心は抱けないわね。」
アルトは、周囲の貴族達にも聞かせるように言ったの。
「おっ、お兄様! こんなになってしまって…。
羽虫の分際でお兄様になんて酷いことを!
絶対に赦しませんよ!」
プスプスと燻ぶりながら痙攣しているセーオンを抱き起したヨーセイが、アルトに噛みついた時…。
「可哀想な娘、感性がこんなに歪んでしまって…。
ゴメンなさいね、こんな醜悪なド変態の戯言を信じさせちゃって。」
そんな言葉を掛けながらヨーセイを優しく抱きしめた婦人がいたの。
今まで一言も発しなかった王太子セーヒの妃、ヨーセイのお母さんだね。
「お母様?」
その言葉が理解できないと言う顔のヨーセイに、お妃様は優しく含めるように話し始めたよ。
「そっちのお嬢さんが言う通り、世間一般ではセーオンは気持ち悪い醜男なのよ。
ただね、お父さんに似てセーオンも気が狂ったような乱暴者でしょう。
あなたを思い通りに出来なければ、癇癪を起してあなたに危害を加えるかも知れない。
そう思うと、セーオンがあなたに悪質な洗脳をするのを止められなかったの。」
「お母様、お兄様が言ってらした事は嘘なんですか?
そんなはずはありません。
お兄様はいつだってお優しくて、…。
昨日だって、お前が一番可愛いと囁きながら、心地良くしてくださいました。」
「本当にごめんなさい。
まだ幼いうちからセーオンの薄汚れた欲望の捌け口にさせてしまって。
夜な夜な、セーオンがあなたにしていたこと。
あれは、世間では後ろ指差される罪深いことなの。
あなたがセーオンの子を身籠ろうものなら、世間様に顔向けできないところでした。」
お妃様は、もうセーオンが暴力を振るうことは出来ないないだろうと、安心した様子だったよ。
なので、これからは少しずつ本当のことをヨーセイに教えてあげるって言ってた。
いっぺんに真実を知ったら、ヨーセイの精神が平静を保てないだろうから。
少しずつ時間を掛けて、悪質な洗脳を解いていくって。
「ヨーセイ、一緒に私の実家に帰りましょう。
もう、キーン一族は終わりだわ。」
「お母様、お兄様はどうされるのですか?
お兄様が王位を継ぐのではないのですか?」
「あんなゴミは、ここに捨てていきます。
王宮の者が適当に処分してくれるでしょう。
政略結婚は世の常と、今まで耐え忍んで来ましたが…。
あんな『キモブタ』の子を宿して、産んだ子供があの『キモブタ』だなんて。
私の人生の『黒歴史』以外のなにものでもありませんわ。
やっと、デブで、二重アゴで、脂性の『キモブタ』から解放されると思うと清々しますわ。」
自分の息子を『ゴミ』とか『キモブタ』とか、そこまで悪しざまに言う?
何でも、お妃様はセーヒの許に嫁ぐ際に凄く渋ったらしいよ、あんな醜男は嫌だって。
でも、父親から因果を含められたそうなの、伯爵家同士の繋がりを深めるために絶対に断れないと。
渋々嫁いで来て、我慢して子供を設けたのは仕方ないとして…。
長男、次男と自分とは似ても似つかぬ『キモブタ』で目眩がしたそうだよ。
今目の前にいる三番目の子ヨーセイだけが自分に似ていて、やっと愛情が持てたんだって。
それでも、ヒーナルによる簒奪が成って、今までよりずっと華やかな暮らしが出来るようになり。
更に、次代の皇后だと思えば我慢を重ねて来た甲斐はあったと、自分を納得させていたそうなの。
ところがつい最近のこと。
政略結婚で嫌々嫁いできたと言うのに、セーヒの方は密かに別の女を囲っていて。
届け出の上ではそちらを正妻としていたことが発覚したんで、心底愛想が尽きたらしいよ。
政略結婚で嫁いできた自分が側室だなんて、馬鹿にするのもいい加減にしろって。
それでも今までは、夫セーヒや息子セーオンの凶暴性が恐ろしくて逆らうことが出来なかったって。
特に、僅か十三歳で実の兄を暗殺したセーオンに途轍もない恐怖を感じていたみたい。
セーオンがヨーセイを醜悪な欲望の捌け口にしていたのは知ってたらしいけど。
凶暴なセーオンのことだから、それを咎めると、お妃様やヨーセイの命が危険に晒されるかも知れない。
そう思うと、セーオンの悪行に目を瞑るしかなかったんだって。
そんなことをつらつらとヨーセイに話して聞かせていたお妃様が最後に言ったの。
「そんな訳ですので、私達母娘は実家に帰らせて頂きます。
ヨーセイの王位継承権は放棄しますので、王位はそちらで勝手に決めてください。
但し、私も不本意な結婚を強いられた上に側室扱いされ、甚だ名誉を傷つけられました。
加えて、娘ヨーセイも劣情の捌け口にされ大変な傷を負っています。
ついては、慰謝料として幾ばくかの金品を持ち出させて頂きますのでご了承ください。
実家に身を寄せる以上はなにがしかのものを入れる必要もございますので。」
その言葉からは、キーン一族に対する強烈な嫌悪の情が感じられて、…。
おいらもアルトも気圧されちゃって、首を縦に振ることしかできなかったよ。
おいら達の了承が得られると、お妃様は晴れ晴れとした表情を見せたんだ。
やっと、『キモブタ』一族から解放されるって感じの。
キーン一族、やっぱり、忌まわしき一族だったよ。
お読み頂き有り難うございます。




