第279話 素性を聞いてビックリだよ!
ウエニアール国の王都で出会ったオタクと呼ばれる人種(?)のセーナン兄ちゃん。
腹違いの弟に命を狙われているという、物騒な身の上のようで。
殺し屋が襲ってきたところをタロウが助けたら、お礼に泊っていけと誘われたんだ。
足が付かないように宿泊はアルトの積載庫と決めていたんで、どうしたものかと考えていたら。
「良いんじゃない。
せっかくもてなしてくれると言ってるのだから。
お言葉に甘えれば。」
おいらの背後に隠れていたアルトが、姿を現して申し出を受けるように言ったんだ。
「ややっ、これは珍しいでござる。
妖精さんではござらぬか。
初めて目にしますが、可愛いでござるな。」
セーナン兄ちゃん、騎士団の姉ちゃんの公演は見に来ているようだけど、舞台の端っこに控えているアルトには気付いてなかったみたいだね。
「あら、有り難う。
何百年も生きていて、可愛いだなんて言われたら照れちゃうわ。
ところで、ここに転がるゴミ共はどうするの?」
アルトは可愛いと褒められたことにお礼を言うと、足元に転がっている二人をどうするのか尋ねたの。
街の衛兵に突き出さなくて良いのかと言うことかな。
「こ奴ら、冒険者みたいな風体でござるが。
れっきとした貴族の子弟でござるよ。
弟の取り巻きの中でも、汚れ仕事をさせられてる下っ端でござる。
衛兵に突き出したところで、無罪放免でござるよ。
しかし、そう言われてみれば、困ったでござるな。
こ奴らを、帰してしまうとオタク等にやられた事が弟にバレるでござる。
弟は、自分のする事を邪魔されると根に持つ『俺様』でござる。
それが例え悪事であったとしてもでござる。
それ故、オタク等が逆恨みで狙われる恐れがあるでござる。」
なにそれ、イヤな性格をしている弟だね。絵に描いたような人間のクズだよ。
「そう、それじゃ、証拠隠滅ね。
ゴミを放置しておく訳にもいかないしね。」
アルトは、セーナン兄ちゃんの話を聞くと二人を『積載庫』に放り込んだの。
「ややっ、人が消えたでござる。
これは妖精さんがされたでござるか?
お伽話で妖精の不興をかって消されてしまう男の話がござったが。
あれは本当のことでござったか、くわばらくわばらでござる。」
セーナン兄ちゃんは、妖精にまつわる伝承を幾つか聞いたことがあるみたいで。
妖精の機嫌を損ねると、実際に祟られることを認識したみたいだったよ。
**********
セーナン兄ちゃんの招待を受けてお宅にお邪魔すると…。
「でっけえ屋敷だな。
俺の家もいい加減デカいと思って思ってたが…。
セーナンの家はその何倍も。
いや、ひょっとしたら十倍以上の広さがあるぞ。」
タロウがセーナン兄ちゃんの家を見て仰天してたよ。
その言葉通り、セーナン兄ちゃんの屋敷はおいらの家よりはるかに大きいの。
しかも、おいらの家みたいに辺境の二束三文の土地じゃなく、王都の一等地にあるんだもん。
セーナン兄ちゃんの家って、どんだけお金持ちなんだろう。
「まあ、まあ、遠慮せずに入るでござる。
お袋と叔母しか、いない屋敷だから、気兼ねする必要無いでござる。」
おいら達が屋敷を呆然と眺めていると、セーナン兄ちゃんが屋敷の中に入るように勧めてくれたの。
そして、通された部屋でおいら達が見たモノは…。
「おい、セーナン、これは何だ!
これは、売り物じゃねえぞ、何でこんなものがここにあるんだ!」
ゆったりとした応接間、その部屋の壁一面に掲げられていたのは目を疑うモノだったの。
テーマの統一された一連の版画が八十二枚。
ペンネ姉ちゃん一派が作ったハテノ男爵領騎士団の全員の姿絵だったよ。
一番最近騎士団に加わった三十人の姿絵もちゃんとあったし、ご丁寧に額装されてんの。
でも、これ、タロウの指摘通り売り物じゃないんだよね。よく盗まれるとは聞いていたけど…。
「ふ、ふ、ふ、凄いでござろう。
ここにあるのは、立ち絵バージョンでござる。
自室には、バストショットバージョンが飾ってあるでごるよ。
やっと、第三期生の姿絵が全部手に入ったでござるよ。
第三期生の推しは何て言ってもスフレちゃんでござるな。
あの、ウサギに乗った幼い容姿が愛らしいでござるよ。」
スフレ姉ちゃん達を騎士に採用してからまだ半年もたってないよ…。
スフレ姉ちゃんと同時に採用した騎士達の姿絵が、全部出来上がったのは三ヶ月くらい前だったはず。
馬車で二ヶ月かかるこの町に住んでいて、どうして全部そろっているの。
「そんなことを聞いているんじゃない!
セーナン、おまえ、これ全部パクって来たってのか!」
タロウがセーナン兄ちゃんを責めるような口調で言うと。
「全部パクってきたなどとは人聞きの悪いでござる。
パクって来たのはごく一部でござるよ。
拙者がハテノ男爵領騎士団の公演を見物に行った時に。
偶々掲示してあったモノは有り難く頂戴してきたでござるが。
残りは、この王都の裏オークションで競り落としたでござるよ。
ライム領主とエクレア騎士団長、それにペンネちゃんの姿絵は、一枚で銀貨十枚もしたでござるよ。」
何でも、裏オークションというのは、盗品とか、出所の怪しいモノを競りにかける場所らしいよ。
競りに出す方も競り落とす方も、お縄になる恐れがあるヤバい場所らしいの。
セーナン兄ちゃんはお縄になりたくないんで、専門の仲介人に競り落としてもらっているんだって。
セーナン兄ちゃんは、ハテノ男爵領騎士団の姿絵は上限銀貨十枚で全て入札するように依頼しているみたい。
すごいね、盗まれた姿絵がこんなに遠いところで銀貨十枚で取引されているなんて…。
「今日も、仲介人から連絡があったので受け取りに出たところだったでござる。
やっと、ペンネちゃんの姿絵の保存用が手に入ると、アゲアゲの気分で出かけたでござる。」
セーナン兄ちゃんは、手提げ袋から角のように突き出た二本の紙筒を手に取り、広げて見せてくれたの。
それは、ペンネ姉ちゃんを描いた二種類の姿絵だったよ。
セーナン兄ちゃんは、姿絵を一種類につき三枚ずつ集めているそうだよ。
『観賞用』、『保存用』、『布教用』なんだって、『布教用』っていったい…。
**********
「しかし、街を歩いていて襲撃されるなんて。
おちおち、外出も出来ねえじゃねえか。
良く、ハテノ男爵領まで片道二ヶ月もの長旅が出来たもんだな。
それこそ、何処で襲ってくるかわかんねえだろうが。」
セーナン兄ちゃんがハテノ男爵領まで何度か来ているような口振りだったんで、タロウが疑問を口にすると。
「拙者、お袋と二人でこの屋敷に監禁されているようなものでござる。
本来なら親父殿の許可なくこの屋敷から出たらいけないでござるよ。
とは言え、誰も監視している者もおらぬ故。
時々こうしてお袋の目を盗んで外に出ているでござる。
ハテノ男爵領へ行く時は、親父殿の許可を得て行くでござるよ。
そうすると、親父殿が馬車と信頼できる護衛を付けてくれるでござる。
街を出歩くより、ずっと安心でござるよ。」
「ちょっと待て、その監禁されていると言うのは一体どういうことだ。
こんな豪邸に住んで、何一つ不自由ないような暮らしをしていて。
監禁なんて言う言葉とは結び付かねえんだが。」
うん、おいらもそう思う。
『監禁』って言葉を聞くと、冒険者ギルドの『監禁部屋』が思い浮かぶけど。
そこは暗くてジメジメした部屋で、若い女の人が何人も無理やり押し込められていたよ。
こんな広くてキレイな部屋で、自由に振る舞っていて『監禁』は無いと思う。
しかも、監禁されているという割には、ハテノ男爵領までの旅を許してくれたり、護衛や馬車の用意までしてくれるって。
父親から凄く大切にされているように感じられるんだけど。
「拙者のお袋は、この王都に劇場を構える劇団の花形女優だったでござる。
当時のお袋は、巷では王都一の美女と評されていたそうでござるよ。
親父殿が十七歳の時、観劇に来てお袋に一目惚れして。
力尽くで、嫁にしたでござる。
当時、親父殿より五つ年上のお袋は、既に結婚し子供もおったでござるが…。
お袋の目の前で旦那と幼い私の兄の首を刎ねて、略奪したでござる。
親父殿は後先考えられぬ浅慮な質ゆえ、家の当主である爺殿の怒りを買うのを恐れ。
こっそりとお袋を自分の籍に入れ、こっそり購入したこの屋敷に監禁したでござる。
この屋敷から一歩でも外に出ようものなら、お袋の母親と姉の首を刎ねると脅したそうでござる。
以来二十年近くの間、お袋は親父殿の狂気を恐れ、この屋敷から一歩も外へは出ていないそうでござるよ。」
セーナン兄ちゃんのお母さんを、今でも父親は溺愛しているそうなの。
独占欲強い親父さんは、お母さんを誰にも奪われないようにと考えたんだって。
それが、法的に守られるように正式に妻として貴族名簿に登録することであり。
他の男の目に晒さないように、この屋敷に閉じ込めることだったそうなの。
この時、お母さんを妻にしないで、囲い者の愛人にしておけば良かったって、セーナン兄ちゃんは言ってた。
そうすれば、セーナン兄ちゃんが弟から命を狙われることは無かったらしいよ。
「人妻を略奪婚するために夫と子の首を刎ねるって、…。
無茶苦茶じゃねえか、何だよ、そのヤンデレ男は。
よくそんな横暴が赦されるもんだな。
セーナンの父親って、一体何もんなんだ。」
セーナン兄ちゃんの身の上話を聞いて、タロウが父親がどんな立場の人かを尋ねてたよ。
幾ら貴族だからといって、よくそんな好き勝手が出来るもんだと呆れているみたい。
きっと、誰も咎めることが出来ない相当な高位貴族なんだろうね。
「親父殿であるか?
お袋を略奪した時は、代々騎士団長を輩出していた名門伯爵家の嫡男だったでござる。
今は、この国の王太子でござるな。
全く面倒な立場になってくれたでござるよ。
次々代の王位継承順位がややこしいことになって、…。
拙者の命が狙われることになったでござるよ。」
何と、セーナン兄ちゃん、王太子の隠し子だった。
今の王も愚かだけど、王太子もそれに輪をかけて大うつけみたい。
更に、セーナン兄ちゃんの弟もクズみたいな人間だし…。
この国の王家、本当にしょうもない人間ばかりだな。
お読み頂き有り難うございます。




