第275話 実はまだ辺境にいたりして…
おいら達が、ウエニアール国で最初の村を訪れてから十日が過ぎた頃。
アルトの『積載庫』に乗せてもらって飛んでいるから、もう王都へ着いていてもおかしくないんだけど…。
「悪かった! もう、農民共を殺しはしねえ!
頼むから、命だけは勘弁してくれ!」
おいらの前では、手足を砕かれて地面に這い蹲った騎士が泣き言を漏らしてるよ。
「危ないところだったのじゃ。
この村に着くのがもう少し遅ければ、こ奴らが村に火を放つところじゃった。」
ある辺境の村の前に通りかかった時のことなんだ。
その村の前を通りかかると、火のついた松明を手にした十人の騎士が村の門の前に集まってた。
オランの言葉通り、騎士達は村に火を放つ準備が終ったところで、実行に移す直前だったの。
その村で『黒死病』の患者が見つかったらしくて、今まさに、村人ごと村を焼き払おうとしていたんだ。
おいら達はそれを止めに入ったんだけど、こいつ等ときたら人の言葉に全然耳を貸そうとしなかったの。
取り敢えず、物騒な松明は『積載庫』に積んであった『泉』の水を掛けて消したんだ。
そしたら、騎士達は逆上して斬り掛かってきたの。
いや、ピンポイントに松明だけを狙えなくて、頭からずぶ濡れにしちゃったのは悪かったけど。
たかが火を消すのに貴重な『妖精の泉』の水を使ってあげたんだから、そのくらいは大目に見てくれても良いじゃない。
幼気な子供相手に、いきなり剣を抜いて斬り掛かってくるのは大人気ないと思うよ。
おいら、つい、手加減なしで反撃しちゃったじゃない。
おいら達は、この後、村の門を開放すると。
倒した騎士達を見せながら、村の人達に自由に出歩けることを伝えたの。
と同時に、『妖精の泉』の水をみんなに飲ませて、『黒死病』が広がるのを防いだよ。
既に『黒死病』を発症していた人が、水を飲むをあっという間に治るんもんだから。
村の人達はビックリしてたよ、そして、凄く喜んでくれたの。
そうなの、この時、おいら達はまだ辺境の村を渡り歩いていたの。
村々を回って、のんびりと騎士達を退治している間に、十日が過ぎちゃった。
「そろそろ、マロン達の噂が騎士団の駐屯している町にも届いた頃かしら。
じゃあ、次は駐屯所に行って、この辺境で悪事を働いている騎士団を潰しちゃいましょう。」
村の外で待っていたアルトが次の予定を決めたみたい。
おいら達は別にこの辺境にいる騎士に手こずってた訳じゃなくて…。
おいら達の噂を広げるために、敢えてゆっくりと進んでいるの。
アルトは最初からこのペースで進むことを予定してたから、『妖精の森』をノイエに預けて来たんだね。
こんなにゆっくり進んでいたら、帰るまで二月くらいは掛かりそうだもん。
「アルト殿もお人が悪いのじゃ。
今の王の悪行を民に広めて、王の威信を地に落とすだけでなく。
前の王家の生き残りらしき者が、騎士団を退治しながら王に迫っているなんて噂を広めようと言うのだから。
噂が耳に届き始めれば、王は得も言われぬ焦燥感にかられるじゃろうな。
きっと真綿で首を絞められる思いをするのじゃ。」
オランは、アルトの計画に今更ながら感心していたよ。
おいら達がゆっくり進んでいるのは、民の間に広まっている噂が王の耳に届くのを待っているからなの。
王様が噂を聞いて動揺している頃に王宮を襲撃する予定なんだ。
王様に、自分の命を狙っている者がいると認識させて、焦燥感を与えようとアルトは提案したの。
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そして、やって来たのはウエニアール国の南西の辺境では一番大きな町。
この町は領主が住む領都ではなく、領都はもう少し国の中央に近い場所にあるみたい。
辺境の開拓の中心となっている町らしくて、おいら達の町より少し大きく感じるよ。
「心なしか、活気のない町なのじゃ。
街を歩く人の姿はそこそこ多いのに、街往く人の顔が楽し気で無いのじゃ。」
繁華街を歩いているとオランがそんな感想を漏らしたの。
オランの言葉通り、街を行き交う人々はみんな浮かない顔をしてて楽しそうじゃなかった。
時折、騎士らしき柄の悪い男が道を通ると、誰もが腫れ物に触るようにそそくさと道を開けてたよ。
おいら達は町の広場に着くと、そこに出ている屋台でお昼ごはんをとることにしたんだ。
まず、そこでビックリ、腸詰め肉を挟んだパンが銅貨五枚もするんだ。
おいらの町じゃ銅貨三枚で買えるよ、しかも少し小さいような気がするし…。
「おっちゃん、ケチをつけるつもりはないけど。
何で、これ、こんなに高いの?
これより大きな腸詰めが挟んであるのが、おいらの町じゃ銅貨三枚で買えるよ。」
オランの分と合わせて銀貨一枚を差し出しながら、屋台のおっちゃんに尋ねると。
「おや、あんた達、旅の者かい。
もしかして、トアール国から来たのかい。
トアール国から来た者はみんな同じことを言うね。
この国じゃ、税が高いもんだから、この値段が普通なんだよ。
前の王様の時はうちも銅貨三枚で売ってたんだよ。
その時の税は稼ぎの三割だ。
だがよ、今の王になったらいきなり稼ぎの八割を税に寄こせって言いやがった。
正直、もっと値を上げねえと儲けにならんのだが。
俺の屋台みたいなちょっとした買い食いの品に、銀貨一枚も取れねえからな。
本当に困ったもんだぜ。」
おっちゃんはおいらの言葉に気を悪くするでもなく、値段が高い訳を教えてくれたの。
他にも、最近、付近の村から入ってくる野菜や肉が少なくて、材料費が値上がりして困ってるんだって。
おっちゃんの言葉では、銅貨五枚でも全然儲かっていないみたいだよ。
「何と、八公二民とな!
そんなに税を課されようもんなら、税を納めるために働いているようなものなのじゃ。
それで良く、反乱が起きんものじゃ。
我が国では四公六民が基本なのじゃ。
それで、街の者はみんな、暗い顔をしておるのじゃな。」
公、民、なんじゃそりゃ…。
オランの言うことは難しくて良く分からないけど、今この国の税は飛びぬけて高くて。
前の王様の時は、飛びぬけて低かったことだけは分かったよ。
「おう、嬢ちゃん、小っちゃいのに物知りだな。
商人の娘か、何かかい。
でもよ、嬢ちゃん、街のみんなが暗い顔してるのは税だけが問題じゃねえんだ。
何年か前から、この町に王の配下の騎士団が居座り始めたんだ。
奴ら、冒険者より質が悪くてな…。」
オランは何処へ行っても初対面の人から女の子と思われるんだね。
おっちゃんも何の疑いもなく、お嬢ちゃんと呼んでるし…。
それはともかく、この町の雰囲気が悪いのは騎士のせいみたいだね。
貴族であり、王様の配下である騎士のことを悪しざまに言うのは気が引けるみたいだよ。
おっちゃんは歯切れの悪い言葉を途切れさせ、口を濁したんだ。
すると。
「ホント、困ったもんだねぇ、あの騎士共には。
お嬢ちゃん達、聞いておくれよ、酷いもんなんだ。
連中ときたら、この町を護ってやるんだから金を寄こせって。
家、一軒一軒をせびって回るんだよ。
拒もうモノなら、殴る蹴るの乱暴を働くしさ。
気に入った娘がいると、無理やり駐屯所に連れて行って…。
ああ、これは子供に聞かせる話じゃないね。
挙句、酔っ払っては冒険者共と乱闘になるわで。
質の悪い冒険者ギルドが二つに増えたようなものだよ。」
おいらの町でもよく見かける、道端で井戸端会議をしているようなオバチャンが会話に加わって来たの。
それで、だいたい事情は呑み込めたよ。
ただでさえ、税の負担が増えて生活が厳しくなっているのに、騎士団から『みかじめ料』を強請り取られてるみたい。
それに加えて、年頃の女の人は安心して町を出歩けなくなっちゃって。
今では、男親や近所の男衆の護衛が無いと町を歩けない状態らしいの。
騎士達は普段の素行も悪いらしくて。
酒場では酔って冒険者と取っ組み合いの喧嘩をするものだから、一般人はおちおちお酒を飲んでいられないんだって。
極めつけが街を歩いている騎士、自分からぶつかって来た癖して、ぶつかると難癖を付けてお金を強請り取るそうだよ。
「何なのじゃ、それは。
それでは、冒険者そのものなのじゃ。
そんな奴らに、騎士を名乗る資格など無いのじゃ。」
オバチャンの話を聞いたオランは憤慨していたよ。
王族のオランとしては、国と民を護るべき騎士が民に狼藉を働くのは赦せないんだろうね。
でも、二人の話を聞いて、この町の人々の表情が暗い理由がのみ込めたよ。
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