第261話 人の縁って不思議だよね
それから、数日後、クッころさんのお屋敷には若い娘さんがいっぱい集まって来たよ。
勿論、騎士団の募集に応募してきた娘さん達ね。
「まさか、年頃の娘の中に騎士になりたいと思う者がこんなにいるとは…。」
騎士は男の仕事だとの考えているモカさんは、受付に列をなす娘さん達を見て目を丸くしてた。
騎士の採用については、アルトも選考に加わることになっていたんだ。
なので、おいらとオランはアルトの『積載庫』の中から採用の様子を見物することにしたの。
どんな娘さんが騎士に応募して来たかと言うと…。
「アナスターズ・ド・ピマンと申します。
よろしくお願い致します。」
最初に面接に現れたのは、線の細いいかにも深窓のご令嬢という雰囲気の娘さんだったの。
艶やかな金髪を腰まで伸ばして、目鼻立ちの整ったとっても綺麗な人だった。
取り敢えず、剣をぶん回すような娘さんには見えないね。
「あら、貴族のお嬢さんが応募して来るとは思わなかったわ。
エクレアは、騎士になりたいなんて物好きな娘はもういないだろうって言ってたけど。」
アルトが意外そうな様子で尋ねると。
「はい、私も騎士は殿方の仕事だと思っていたのですが…。
恥かしながら、兄が不始末をしでかしまして。
それが元で、お家の屋台骨が揺らいでいるのです。
金策のため、私も何かしら仕事をしようと探したのですが。
中々良い仕事が見つからず。
途方に暮れていたところで、募集のチラシを目にしまして。
経験不問とあったので、思い切って応募してみたのです。」
アナスターズさんのお兄さんは、非常に素行の悪い人だったらしいの。
番外騎士団に所属していて、騎士団長の腰巾着だったそうで。
騎士団長の威光を笠に着て、町娘を手籠めにしたり、町民からお金を巻き上げたりと、やりたい放題だったらしいの。
お兄さんの素行の悪さは貴族の間でも評判で、アナスターズさんは肩身の狭い思いしていたそうだよ。
当主である父親に、お兄さんを戒めるように再三言っていたらしいのだけど。
父親は、たった一人の男児のお兄さんに甘々でアナスターズさんの苦言は聞き入れられなかったそうなんだ。
そして、一年程前、番外騎士団がお取り潰しになりお兄さんは、廃人になって戻って来たそうなの。
って、何処かで聞いたことがある話だよね、それ…。
アルトの隣にいるクッころさんの顔色も曇ってたよ。
番外騎士団が取り潰されて、お兄さんが廃人になって帰って来てからが大変だったそうなの。
家に借金取りが沢山押し掛けて来たそうだよ。
お兄さん、騎士団長がバックについているのをいいことに、踏み倒すつもりで借金をしてたみたいなんだ。
騎士団が取り潰されて、お兄さんも廃人になったと聞き付けた金貸しがここぞとばかりに取り立てに来たみたい。
父親がお兄さんの借金を肩代わりしようと金蔵をあけて、またビックリだったらしいよ。
目ぼしい家宝が無くなっていたそうなの。
厳重に施錠してあって盗みに入れるような蔵じゃないので、お兄さんが持ち出したんじゃないかって。
それでも、何とか金策をつけて借金は全て返したそうだけど、そのせいで一気にお家が傾いたらしいんだ。
「ええっと、アナスターズさん、あなた、ピマンと家名を名乗りましたが…。
もしや、ピマン男爵家のご息女かしら? カイエンの妹さん?」
それまで、一言も発しなかったクッころさんがバツの悪そうな表情で尋ねたの。
「はい、社交界の鼻つまみ者カイエンは私の兄でございます。
エクレア様にも、色々とご迷惑をおかけしていた様子ですので恐縮ではございますが…。
真面目に働きますので、何卒採用して頂ければと…。」
同じ貴族なのだから、家名を聞いただけで分かりそうなものだけど。
カイエンって、団子鼻に、タラコ唇で絵に描いたようなブサイクだったから。
とっても美人のアナスターズさんとカイエンが結び付かなかったみたいなの。
クッころさん、ピマン家の没落に自分も関わっているんで対応に困ったみたいだよ。
恐る恐るアルトの表情を窺ってたの。
「採用して良いんじゃないの。
その子、とても可愛いし、声もキレイだわ。
騎士団にとって一番大切な要件を満たしているのだから。」
やっぱり、剣の腕とかより、美人で声がキレイな事の方が大事なんだ…。
**********
その他にこんな娘さんもいたよ。
「ええっと、募集要項には十五歳以上と書いておいたはずですが。
あなた、歳はお幾つかしら?」
何人か目に現れたのは、おいらより少ししか年上に見えないお姉ちゃんだった。
「すみません…、みんなから良く言われるのですが、これでも先日十五歳になりました。
うち、貧乏で食べる物も十分ではないので、成長が遅いのだと思います。すみません…。」
気が弱そうで、一言目には『すみません…。』って付くの。
「あら、それはごめんなさいね。
それで、騎士になりたいと思ったのは何故かしら?」
「はい、実は、お父さんから逃げだしたくて…。
こんな理由で、すみません…。」
「はい?」
志望動機を尋ねたら父親から逃げ出したいと返答されて、クッころさんも、ペンネ姉ちゃんも目を丸くしていたよ。
「すみません…、実は、うち、父一人、子一人の二人暮らしなのですが…。
お父さん、昼間っから飲んだくれていて…。
私が、スライムやシューティングビーンズを採って細々と暮らしているんです。」
なんか、おいらと同じような境遇だったよ。
ただ、飲んだくれの父親がいるから、おいらよりキツイかもしれない。
スライムやシューティングビーンズを一日狩っても大した稼ぎにはならないからね。
おいら一人なら、食べて行くのに困らない稼ぎにはなったけど。
それで、二人分の生活費を稼ぐのは難しいと思うし、ましてやお酒は高いもんね。
案の定、父親の酒代で稼ぎのほとんどが消えちゃって、この娘さんの食生活は侘しかったみたい。
だから、痩せてガリガリだし、自分で言うように成長が遅れているんだね。
「私が十五になってからというもの。
お父さんが、ギルドの風呂屋で稼いで来いと毎日のように強要するのです。
それだけは嫌だと言うと、殴られたり、蹴られたりで…。
今朝、偶々通り掛かった告知板で騎士の募集を知りまして…。
宿舎と食事が付くとあり、何より王都から離れた場所でのお役目とあったので。
もし、採用されれば、お父さんから逃げることが出来ると思いまして…。
経験不問と書かれていたので…、ダメもとで応募したんです。すみません…。」
いつも虐待されているんで、『すみません…。』が口癖になっているらしいよ。
酷い父親もいたもんだね、実の娘にそんな仕打ちをするなんて。
おいらの父ちゃんなんて、血が繋がらないおいらを大切に育ててくれたのに。
クッころさん、その娘さんの話しを聞くにつれ泣きそうな表情になっちゃって…。
最期には、『合格』を出していたよ。
家に帰ると父親に虐待されるかもしれないって言って、その日からクッころさんの家で保護することになっちゃった。
**********
まっ、あとは順調に面接は進んで…。
予想に反して、貴族の令嬢がけっこうたくさん応募してきたんだ。
話しを聞くと、クッころさん達ハテノ男爵騎士団の活躍は王都でも評判になっているらしいよ。
『歌って、踊れて、可憐に民を護る騎士団』だって。
思わず、「何それ」ってツッコミたかったけど…。
王都の貴族令嬢にもクッころさん達に憧れる人がいたみたいなんだ。
それは貴族令嬢に限った事じゃ無くて、王都の民の間でもハテノ男爵騎士団の評判は伝わっていたみたいでね。
身分を問わず騎士に採用すると書かれていたんで、平民にも飛びついた娘さん達が多かったの。
三十人の採用予定に対し百人以上の応募があり、選りすぐりの人材を確保出来たとみんな喜んでいたよ。
そんな、面接に最後に現れたのが…。
「カズミ・ツチヤと申します。
よろしくお願いします。」
折り目正しく頭を下げて着席したのは、緑がかった黒髪が印象的なお姉さんだったの。
「あら、あなた、家名があるようですけど…。
貴族の称号は無いのですね、珍しいわ。」
名前を聞いて、クッころさんは真っ先にそんなことを尋ねたんだ。
おいらもそうだけど、この周辺の国では平民に家名は無いからね。
「はい、父が遠い異国の出身だそうで。
父の祖国では、全ての平民が家名を名乗っていたそうです。」
黒髪と言うと、タロウくらいしか見たことが無いけど。
『にっぽん』と言う国以外にも黒髪の人がいたんだね。
おいらがそんなことを考えていると、クッころさんがカズミに志望動機を尋ねたんだ。
すると…。
「こんなことを言うと気を悪くするかもしれませんが…。
実は、あのチラシに引き付けられて参ったのです。
騎士になれば、父に会うことが出来るかと思いまして。」
おや…。
カズミさんは、父親に会ったことが無いそうだよ。
カズミさんの父親って、お尋ね者らしくてね。
カズミさんが生まれる半年以上前に、王都から逃げだしたらしいんだ。
年に一、二度、便りがあるから、生きていることは確からしいの。
カズミさんは、父親が辺境に潜伏していると聞いていたんで会うことは無いと思っていたそうなんだ。
そんなカズミさんの目に留まったのが、掲示板に貼られた騎士募集のチラシ。
そこに描かれたコミカルな二頭身の騎士をみてピンと来たらしいの。
ハテノ男爵領の騎士団が何処かで自分の父親と繋がっているって。
カズミさんが何故そう思ったかと言うと、家に父親が描いた絵が残されていて。
それが、チラシに描かれた騎士の絵にそっくりだったから。
「あなた、『にっぽん爺』の娘さんなの?」
にっぽん爺から絵の手解きを受けているペンネ姉ちゃんが、驚いていたよ。
因みに、にっぽん爺が王都を落ち延びたのが四十五歳の時、今、六十六歳だから…。
多分、カズミさんは二十歳、もうすぐ二十一歳かもしれない。
騎士団の募集要項では十五歳から十八歳の女性になっていて、年齢制限オーバーなんだけど。
「まあ、良いわ。
あのお爺ちゃんも一人じゃ寂しいだろうからね。
エクレア、この娘を採用してあげたら。
あのお爺ちゃんに恩を売っておくと色々と役に立つわよ。」
アルトのこの一言で、カズミさんの採用が決まったんだ。
そんな訳で、騎士の採用も終わりおいら達は辺境へ帰ることになったの。
お読み頂き有り難うございます。




