第244話 またシタニアール国へ行ったよ
さて、おいらとオランの躾が効いて大人しくなったラビだけど…。
「ウキュキュ!」
おいらが毎朝日課のトレント狩りをしていると、ラビの情けない鳴き声が聞こえた来たよ。
目の前のトレントを倒して振り返ると…。
巨体のラビがトレントの枝から必死になって逃れようとしてたよ。
どうあがいてもおいら達には勝てないと理解した様子のラビだけど。
成長と共に湧き出して来る闘争本能を抑えるのは難しいみたいなの。
子供の時は手も足も出なかったトレントだけど、体が大きくなった今なら太刀打ち出来ると思ったみたい。
おいら達の目を盗んで果敢にトレントに挑んだみたいだけど、結果は残念なことになってるよ。
少しは怖い目に遭った方が反省するかと、しばらくラビを放置していたら…。
「ウキュ!ウキュ!ウキュ!」
早く助けに来いと言わんばかりに、催促のような泣き声を上げるようになったよ。
そろそろ、トレントの攻撃を躱すのも疲れて来たみたい。
可哀そうになって来たので、トレントを倒してあげると…。
「ウキュキュ!」
また情けない鳴き声を上げながら、ラビはおいらにしがみ付いて来たの。
つぶらな瞳に涙を溜めて、まるで「怖かったよ。」と言ってるみたいだった。
「愛らしくはあるが、やっぱり魔物じゃのう。
驚くくらいに頭が足らんのじゃ。
いくら体が大きくなっても所詮はウサギ。
前歯くらいしか攻撃手段を持たんのに…。
どうやって、堅いトレントを倒そうと言うのだ。
前歯など、容易く折れてしまうのじゃ。」
情けない姿を晒すラビを目にして、オランが呆れ顔で言ってたよ。
ホント、闘争本能のおもむくまま考えなしで突進したみたいだからね。
「魔物なんか飼うと言うからどうなる事かと心配したけど。
その様子であれば大事は無いようね。
あなた達には敵わないと本能的に理解できたでしょうし。
庇護下にいれば安心だと言うこともね。」
拾った時点で本能的に理解してたはずなんだけど…。
体の成長と共に闘争本能が頭をもたげて来て、体の小さなおいら達に勝てると思ったのかな。
トレントに向かっていく無鉄砲さを考えたら無きにしも非ずだよね。
ほぼ成獣の大きさになってこの体たらくだし、アルトの言葉通りもう反抗期は終わったんだろうね。
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おいら達に良く懐いたラビを見て安堵した様子のアルト。
アルトの用件は別にあったようで、一呼吸おくと。
「マロン、オラン、十日ほどシタニアール国へ出かけるから付いて来なさい。
もちろん、そのウサギも一緒にね。」
シタニアール国へ同行するように指示されたの。
「うん? 私の国へ行くのであるか?
私はまだ帰りたくは無いのじゃ。
ここへきて半年もたっておらんのじゃから。
まだまだ、色々なモノを見て、色々な事を知りたいのじゃ。」
オランもこの町に来て半年近くなり、そろそろ帰れと言われるのではと思ってたみたい。
アルトの言葉に対して、そんな予防線を張ったんだ。
「マロンもあなたのことが気に入ってるみたいだし。
誰も帰れなんて言わないわ。
気が済むまで、この町で過ごせば良いわよ。
あのスケベ王子に花嫁を届ける準備が出来たの。
あなたも、肉親の結婚に立ち会いたいでしょう。」
「おお、シトラス兄上の結婚であるか。
それは楽しみなのじゃ。
ついでに、姉上にラビを自慢するのじゃ。」
翌日出発と聞いたオランは、その日ラビを公衆浴場で念入りに洗っていたよ。
お風呂から上がった後も、艶々になるまでブラッシングしてたんだ。
よっぽどネーブル姫に自慢したかったんだね、ラビのこと。
翌朝、おいら達はアルトに拾ってもらい、シタニアール国へ出発したの。
この日、アルトは十人の妖精を従えていたんだよ。
シタニアール国の王宮裏にある森に新たな妖精の森を作るメンバーをね。
厄災を引き起こすとさえ言われている妖精が大挙して押しかけるんだもの。
事情を知らない人が目にしたら腰抜かすだろうね。
そして、六日後。
「おお、海が見えるのじゃ。
トマリの町に帰って来たのじゃな。」
窓辺に張り付いてオランが、そんな言葉を漏らしたの。
オランの言葉通り、遠くに大きな町と更にその向こうに大きな水溜りが見えてきたよ。
アルトは相変わらず快調に飛ばしていて、それから王宮まではあっという間だった。
流石のアルトも今回は無断侵入じゃなくて、王宮の正面入り口に立つ騎士に取り次ぎを頼んでいたよ。
騎士は、アルトが前回したことを知っていたんだろうね。
アルトとアルトが従えた十人の妖精を目にして、顔が引きつっていたよ。
大慌てで取り次ぎに走ってくれたよ。
「いやあ、妖精の長殿、首を長くして待っていましたよ。
さあ、さあ、私の愛しい花嫁に早く会わせてくださいませんか。」
部屋に通されると、ニコニコ顔のシトラス兄ちゃんがお気楽なセリフを吐きながら現れたの。
「あんた、相変わらず、そう言うキャラで通しているのね…。」
アルトはそんなシトラス兄ちゃんを見て呆れ半分で言ったの。
シタニアール国の第三王子のシトラス兄ちゃん。
実はとても切れ者みたいなんだけど、地なのか、作っているのかとても軽薄に見えるの。
アルトは、シトラス兄ちゃんが敢えて軽薄な振りをしているんじゃないかと踏んでるみたいなの。
その方が王族ですと偉ぶっているより、市井の民から情報が得やすくなるから。
アルトは、シトラス王子にせっつかれて、その場に全員を出したんだ。もちろん、おいら達も。
「やあ、シーリン、相変わらず美しい。
君が嫁いで来る日をどんなに待ちわびたことか。
あれから、風呂屋通いも禁じられてしまい…。
王宮からの抜け道も塞がれてしまってね。
色々と持て余していたんだよ。
ささ、今日から子孫繁栄のために励もうじゃないか。」
いきなり、花嫁の肩に手をかけそんなことを言うシトラス王子。
「あんた、いきなり言うことがそれ?
少しはデリカシーというものを気にしなさいよ。」
そんな言葉を聞いてアルトは呆れていたよ。
ちなみに、シーリンと言うのは花嫁さんの名前ね。
「紹介しておくわ。
シーリンの護衛兼あんたに対するお目付け役のブランシュよ。
あんたが浮気なんてしようものなら、酷い目に遭うから覚悟しなさいよ。」
地か、作っているのは分からないけど、余りに軽い態度のシトラス兄ちゃんに対してアルトは釘を刺してたよ。
「おやおや、これはキュートな妖精さんだ。
お初にお目にかかります、私はシトラスと申します。
これから、私とシーリンを見守ってくださいね。」
アルトの警告など意に介さず、シトラス兄ちゃんはブランシュに軽口を叩いたよ。
「アルト様から聞いてはいましたが…。
聞きしに勝る軽薄な方ですね。
私はブランシュ。
これから、シーリンの護衛とあなたの監視をさせて頂きます。
併せて、新しく作る『妖精の森』の長になりますのでよろしくお願いします。」
アルトとシトラス兄ちゃんの会話を聞いていたブランシュは、最初から塩対応だったんだけど。
「まあまあ、そんなに固いことを言わないで。
肩の力を抜いてフレンドリーに行こうじゃないですか。
私は妖精の長殿に誓った通り、シーリンを大切にしますって。
浮気はしないし、何があっても護って見せます。」
シトラス兄ちゃんは暖簾に腕押しな様子だったの。
この兄ちゃん、ホント、図太いよね。
そんなシトラス兄ちゃに、アルトは頭が痛そうな表情をして尋ねたの。
「まあ、良いわ。
あんた、馬鹿じゃないようだから。
私に対する誓約がどんな意味を持つか分かっているのでしょう。
それで、あなたの結婚に関する打ち合わせがしたいのだけど。
王様は今忙しいのかしら?」
「そうそう、妖精の長殿、ナイスタイミングです。
話しの通じないお客さんが来て、ホントに困ってたんです。
チャチャッと片付けてくれませんかね。
ウエニアール国の愚か者ども。」
シトラス兄ちゃん、相変わらず軽い口調でとんでもないことを言ったよ。
お読み頂き有り難うございます。




