第231話 オラン、初めての…
パンツの他の服も一式揃え、着替えを済ましたオラン。
見た目に、すっかり平民の子供のような身形になったよ。
「何か、ゴワゴワするのじゃ。
平民はこのような着心地の悪い服を着ているのじゃな。
今まで肌触りの良い服を当たり前のように着ておったが。
それだけでも平民よりも恵まれていたのじゃな。」
「オランがさっきまで着ていた服は、柔らかくて肌触りが良さそうだったもんね。
今着ている服も何度も洗ってるうちに少しは柔らかくなるから。
ちょっとくらいは、着心地が良くなると思うよ。」
着心地の悪い服に驚くオランだけど、特に不満そうな顔はしてなかったよ。
それどころか、普通の人は今着ている服と同じような服を着ていることを理解して。
自分達王侯貴族が恵まれていることを認識したみたい。
確かに服一つ取っても、中々自分達が恵まれていることに気付かないかも知れないね。
普通の平民がどんな服を身に着けているのかを知らないんだもん。
不満を漏らさずに、自分が恵まれた存在だと謙虚に受け入れられる辺りは好感が持てるよ。
そんなオランは、おいらが着ている服を服を摘まんで…。
「ほう、何度か洗っているうちにこのくらいの柔らかさにはなるのか。
ふむ、このくらいの手触りであれば悪くは無いのじゃ。」
おいらの言葉を確認したオランは、こまめに洗濯して着心地を良くすると呟いてたよ。
服も着替えたことだし、暗くなる前に、おいらはオランを連れてお風呂へ行くことにしたんだ。
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「ここが、公衆浴場と言うモノか。
私には廃墟にしか見えんのじゃが…。
ここ、入っても良いのか?」
公衆浴場の前で立ち尽くして、オランがそんな言葉を漏らしたよ。
「ここ、昔は鉱山に勤める人のお風呂だったの。
鉱山が閉鎖されてから放置されてたんで、建物が朽ちちゃったみたい。
お風呂自体は、そのまま残っているからちゃんと入れるよ。
領主がこの町の統治を放棄しちゃったんで、みんな勝手に使っているの。」
「まあ、それで領主が文句を言わぬのなら、勝手に使っても良いのじゃろうな。
しかし、風呂とはどのようなモノか楽しみじゃのう。
シトラス兄上が、大きくなったら連れて行ってくれると言っておったのじゃが。
ついぞ、行く機会が無かったのじゃ。」
オランの住んでいたトマリの町では王族でもお風呂に入る習慣が無いんだって。
桶に入れたお湯で体を洗うだけみたいなことを言ってた。
ちなみに、オランの言葉通り、冒険者ギルドが経営する『風呂屋』は万国共通であるみたい。
でも、タロウやにっぽん爺の話しを聞く限り、このお風呂とは大分違うものみたいだよ。
お風呂が楽しみだと言うオランを伴ない脱衣所に入ったんだけど…。
おいら、オランが男の子だということを忘れていたよ。
女用の脱衣所に連れて入っちゃった…。
「おや、マロン、今日は随分と可愛い子を連れて来たね。
いったい何処の子供だい?」
脱衣所に入ると近所の噂好きのオバチャンが尋ねてきたよ。
「この子はオラン、今日から一緒にうちに住むんだ。
知り合いの家の子なの。」
「あら、そうなの。
マロンも可愛いけど。
その子も、お人形さんのように可愛い子だね。
サラサラの金髪がどこぞの王子様のようだよ。」
オバチャン、無駄に鋭いね、確かに金髪は王侯貴族に多いようだけど。
「オラン、脱いだ服はこの籠に入れて棚の空いているところに置いてね。」
「わかったのじゃ。」
おいらが指示すると、オランは自分で服を脱ぎだしたの。
さっき着替えた時もそうだったけど、クッころさんと違ってちゃんと自分で服の脱ぎ着は出来るみたい。
「本当にこのトランクスと言うモノは便利じゃのう。
紐で縛っていないので、簡単に脱ぎ着出来るのじゃ。」
オランがそんな感想を漏らすと…。
「ねえ、マロン、その子、男の子なんじゃない?
股間に何やら可愛らしいものが付いているんだけど…。」
オバチャンに指摘されて、初めておいらは失敗に気付いたよ。
オバチャンの指さす先には、確かに可愛いモノが…。
「うん? マロン、私が男では何か拙いのか?」
脱衣所が男女別になっていると知らないオランが尋ねてきたの。
「ごめんね、オラン。
おいら、うっかり、オランが男の子だというのを忘れてたよ。
脱衣所は男女別になっているんだ。こっちは女の人用なの。」
おいらが謝ると、オランは慌てて服を着直そうとしたんだけど。
「まあ、まあ、そんなに杓子定規に言わなくても良いよ。
オランちゃんくらいの小さな子なら、こっちにいても誰も文句言わないよ。
それに、腰布を巻いてそこさえ隠しておけば、みんな女の子だと思うよ。」
そんなオランをオバチャンは止めていたよ。
おいらも五つまでは、父ちゃんと一緒に男の人用の脱衣所で着替えていたけど…。
いったい、幾つまではセーフなんだろう?
「そうか? まあ、今から服を着てまた脱ぐのも面倒なのじゃ。
良いと言うのであれば、お言葉に甘えてここを使わせてもらうのじゃ。」
素直にオバチャンの言葉に従うことにしたらしい…。
女の子に見えると言われても、侮辱されたとは思わないんだね。
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「おお、これが風呂と言うモノか?
その大きな枠の中に溜まっている水は、全部お湯なのか?
あんなにお湯を沸かすのでは、薪が沢山必要になって大変じゃろう。」
大きなお風呂から湯気を立てたお湯が溢れ出しているのを見てオランは驚いてた。
トマリの町は井戸を掘ると塩水が出てくることが多くて、真水は貴重品なんだって。
王宮は真水の井戸がある場所に建っているらしくて、水には苦労しないんだけど。
水が貴重な地域なんで、そもそもお風呂という習慣がないみたいだよ。
「これは温泉と言うモノらしいよ。
地の底から、熱いお湯が自然に湧き出しているの。
だから、沸かす必要はないし、お湯は使い放題なの。」
「ほお、温泉とは初めて聞いたのじゃ。
世の中には不思議なものがあるものじゃな。」
温泉に驚くオランにお風呂に入る時のお約束を説明して。
先ずは、体を洗う事にしたんだ。
オランは最初の約束通り、自分で体を洗おうとしていたんだけど…。
「うん? 背中に手が届かないのじゃ。
うっ、手がつる…。」
背中に手を回そうを悪戦苦闘しているオラン。
いや、手や足を洗うみたいに背中を洗うの無理だって…。
「背中はおいらが洗ってあげるね。」
拭き布に泡々の実を良く泡立てて、おいらがオランの背中を擦っていくと。
「気持ちいいのじゃ。
マロン、有り難うなのじゃ。
王宮では毎日姉上が体を拭いてくれたのじゃ。
なので、自分で体を洗うのは慣れてなくて面目ないのじゃ。」
「ネーブル姫? 側仕えの人じゃなくて?」
「姉上は、他の女には指一本私に触れさせないと言っておるのじゃ。
体を拭くのも、着替えるのも、全て姉上がしてくれたのじゃ。」
ネーブル姫、オランのこと溺愛し過ぎじゃない。少し、愛情が行き過ぎているような…。
オランの背中を流していたら、父ちゃんと一緒にお風呂に来ていた頃を思い出したよ。
父ちゃんが行方不明になる前は、良く父ちゃんの背中を流したっけ。
今度また父ちゃんと一緒に来て背中を流してあげよう、なんてことを思っていたら。
「マロン、有り難うなのじゃ。
今度は、私がマロンの背中を流してあげるのじゃ。」
オランとしては、お返しのつもりらしいね。
父ちゃんと一緒にお風呂に来ていた頃を思い出していたおいらは、お言葉に甘えることにしたよ。
あの頃は、いつも父ちゃんに背中を洗ってもらったものね。
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「これが、温泉というモノか…。
お湯に浸かると言うのは、気持ちの良いモノじゃな。
しかし、こんな沢山のお湯に浸かれるとはなんと贅沢なのじゃ。
トマリの町では水が貴重で、王侯貴族でもこんなことはしてないのじゃ。
場所が変われば、モノの価値も変わるのじゃな。」
オランは、お風呂がお気に召したようだね。
と同時に、トマリの町では貴族でも容易でないのに、ここは平民でも当たり前に入浴していることに驚いたみたい。
トマリの町でお風呂に入ろうと思ったら、高いお金を出してギルトの『風呂屋』に行かないといけないものね。
「泡々の実で体をキレイに洗って。
お湯に浸かって一汗かいたらサッパリしたのじゃ。
それに、お肌もツルツル、スベスベなのじゃ。
お金を使わずに、毎日お風呂に入れるなんて素晴らしいのじゃ。
これだけでも、この町に来て良かったと思うのじゃ。」
お風呂から上がったオランはそんな風に喜んでたの。
オランって、けっこう順応性が高くて驚いたよ。
平民の暮らしに適応できるか心配だったけど、これなら平気そうだね。
お読み頂き有り難うございます。




