エピローグ
あの事件から数日が過ぎた。
爆音やら悲鳴やら色々とあった為、近隣の住人の通報により、あの事件は大きくニュースに取り上げられる形となった。あれだけ派手にやれば、ニュースにもなるだろう。あの場所で何があったのかを、専門家達が議論するテレビ番組を放送している局もあった。だが、それも長く続かず、いつの間にか真相が分からぬまま闇の中へと消えた。
滅破の幹部にはテレビ業界に顔の利く者がおり、その人のお陰だと、雨森は洸達に説明した。
あの後、滅破の幹部だけの集会もあったらしく、雨森はその時にそう言う話を聞いたと言う。他にも色々と話しはあったが、洸達には幾つか伏せて説明をした。
鬼滅屋はあの後から営業を停止した。いや、正確には休止と言う方が正しいだろう。あの戦いで氣を使い果たした事もあるが、それ以上に右腕の怪我が酷かった。その為、怪我が完治するまでは営業を見合わせると言う事になった。
そして、今日、また鬼滅屋が営業を再開する。
「ふぁ〜っ……。なぁ、もう少し寝かしてくれないか?」
寝惚け眼で大きな欠伸をした洸は、寝癖頭を右手で掻きながら事務所を片付ける結衣を見据える。エプロン姿に長い黒髪を頭の後ろで結った結衣は、まるで母親の様にため息を吐くと、腰に手を当て口を開く。
「あのね。今日が何の日か分かってるの?」
「何の日って、平日だろ?」
「…………」
眉が吊り上り、額に僅かだが青筋が浮き出る。デスクに肘を置き頬杖を突く洸は、その様子に気付いておらず、眠そうにもう一度欠伸をしてから問う。
「で、何の日? 誕生日か?」
「……もういい! 事務所の掃除なんて、自分でやれ!」
結衣の可愛らしい怒声が響き、大量の本が洸に向けて投げ放たれた。初めの一冊が、欠伸をした洸の額に当り、衝撃で後ろに倒れる形になった洸の顎に続け様に二冊目が直撃する。その後、イスごと倒れこんだ洸の上に何冊もの本が次々と降り注いだ。
致命傷は免れたものの、額と顎には激痛が残り、部屋は結衣が来る時よりも散らかってしまった。
「ったく、何が言いたかったんだよ……」
起き上がった洸は、ボソリと呟き、事務所の扉が乱暴に閉められた。その際、掛け時計と壁画が壁から落ち、事務所は更に散らかった。
一階へと降りた結衣はブツブツも小言を言っていた。日頃の不満がついつい口から出てしまうのだろう。ブツクサブツクサ文句を言っていると、既に茶の間に座っていた夏帆が不思議そうな眼を向ける。これは、また洸兄と何かあった、と判断した夏帆はすぐに読んでいた本を閉じ、結衣の後を追ってキッチンへと移動した。
「結衣姉……手伝うよ」
「エッ! い、いいよ。わ、私一人で十分だから」
焦る結衣は普段よりも早口になってしまった。だが、夏帆は何も言わず結衣の眼をただ真っ直ぐに見据え、何かを訴えかける。私に任せて、的なオーラが強く出ていた為、結衣も断るに断れず、結局手伝わせる事になった。
数分後、朝食の準備が終わり、皆が茶の間に集まる中、洸一人が遅れて茶の間へと足を踏み入れた。と、同時に弘樹と千尋の二人が元気良く挨拶をする。
「おはよー。洸兄」
「おはよぉ〜」
「おはよう。皆居るな〜……」
洸の視線が動きを止め、僅かに目尻がピクッと動く。
「って、お前はいつまで居座る気だ!」
茶の間に洸の怒声が響き、朝食を食べる皆の視線が一挙に集まる。
「もう。洸兄。朝から騒々しい」
「騒々しいって、おかしいだろ! 何であんたがまだ家にいんだ!」
洸の怒声に動じない一同。一方で、洸の怒りを買う人物は、のん気に玉子焼きを口に頬張っていた。
「あうううっ。美味しいわ。この口溶けが本当に美味」
「オイ! 俺の話を聞け! ってか、何で人ん家で飯食ってんだ!」
洸の怒声に、ついにその人物が顔を洸の方へ向けた。赤縁のメガネの奥に見えるときめいた様な綺麗な瞳が真っ直ぐに洸を見つめる。その眼に一瞬たじろぐが、すぐに怒鳴った。
「な、何だ! 言いたい事があるなら言えよ」
「結衣ちゃんを私に頂戴」
「な、何言ってるんですか! 雨森さん」
恥ずかしそうに結衣がそう言うと、雨森が結衣に抱き付いた。その光景に洸の怒りが頂点に達する。
「くうぉらっ! 人の話を聞け!」
「きゃーっ。こ〜わ〜い〜っ」
洸を茶化す様な雨森の言動を、俊也がじと目で見据え呟く。
「あんた、そんなキャラじゃねぇだろ」
「も〜う。俊也君ったら、そんな事言って」
「…………」
呆れる俊也は、諦めた様にため息を吐くと、味噌汁を口に運んだ。
両者のやり取りが終わった頃、洸が鬼の様な形相で口を開く。
「俺を無視するとはいい度胸だ! と、言うか、結衣をモノみたいに言うなコラッ!」
「ブゥーッ。じゃあ、結衣ちゃんをお嫁に頂戴」
「ふざけんな! あんた女だろうが!」
「洸君、遅れてるぅ〜。今時、女とか男とか関係ないのよ〜」
結衣の胸を揉みながらそんな事を口にする雨森に、結衣が恥ずかしそうに口を開く。
「や、やめて……ください……」
「見た目よりも結構大きな胸してるのねぇ」
「な、ななな、何してんだあんた! 手を放せ! 今すぐ結衣から離れろ!」
「あら? もしかして、洸君も揉みたいの? ほら、柔らかいわよ」
雨森の言葉に赤面する洸と結衣。そんな二人の様子を黙ってみていた夏帆は、自分の胸を見てから結衣の方へと目を向ける。不満そうな表情の夏帆は、小さくため息を吐くと洸の方に目を向けた。
顔を真っ赤にする洸は、握った拳を震わせると、額に青筋を浮き上がらせ、引き攣った笑みを雨森の方へ向けて怒気の篭った声で言う。
「もう手加減しねぇ……。てめぇには一発滅をぶち込んでやろうじゃないか」
包帯の巻かれた右腕を胸の位置まで挙げた洸は、手の平に氣を練り込み不適な笑みを見せる。だが、雨森の方は相変わらずふざけた様子で、
「キャーッ。洸君が怒った〜」
などと言って、結衣から離れた。赤面し俯く結衣を尻目に、二人の駆け引きは更にヒートアップする。
「表に出ろ! 今すぐ決着着けてやる!」
「もう、お腹が空くからカリカリするのよ。ほら、朝食食べて落ち着こうよ」
「ま、まぁ、そうだな。きっと腹が減ってるから――って、何だこりゃ! てめぇ、ふざけんな! 何で俺の飯だけ真っ黒なんだよ!」
自分の目の前に置かれた真っ黒に焦げた料理の数々に驚きの声を上げた洸に、ワザとらしく驚く雨森は口を右手で隠しながら言う。
「まっ、それは夏帆ちゃんが愛情込めて作ったのよ。それを、黒炭だ何て、夏帆ちゃんが可哀想でしょ?」
「だ、誰も、黒炭なんて言ってねぇよ! ご、ゴメンな夏帆。お前が作ってくれたのに――」
「別にいい。私、料理下手だから……」
「ほーら。傷付いちゃった」
「傷付いちゃった」
「洸兄が泣かした」
「な、泣かしてないだろ」
弘樹、千尋の二人の言葉に戸惑う洸を、嘲笑う様に雨森は玉子焼きを食べていた。
「ハウウウウッ。美味しいわ〜。ほら、洸君も食べなさいよ。美味しいわよ〜」
「テメェ……後で覚えてろよ……」
夏帆の期待に満ちた視線が痛々しく胸に突き刺さり、洸は静かに腰を据えゆっくりと黒い物体を口に運ぶ。刹那、悲鳴と呻き声が辺りに響き渡った。
『鬼滅屋 本舗』を最後まで読んでくださりありがとうございました。
今回の話を持ちまして、『鬼滅屋』は完結、と言う事になります。作中に未だに明かされていない謎も色々と残されていますが、力量不足と言う所でしょうか、連載を続けていくのが不安だったので、取り敢えず謎を残したままの完結と、なっています。
中途半端な終わり方で納得しない方も居るかも知れません。でも、いつでも続編が書ける様に切れの良い所で終わらせたと自分では思っています。
また、不安が取り除けた時に『鬼滅屋』の本当の完結作を手がけたいと思います。
長々となりましたが、最後まで読んでくださった読者の皆さん、本当にありがとうございました。