第17話:【特別編】入部の理由ー泉&千代の場合ー(後編)
はじめは親が喜ぶ顔が見たいだけだった。
期待に応えれば喜んでくれる。
周りの人も褒めてくれる。
みんなが笑顔になってくれる。
大好きなヒーローになれたみたいで誇らしくて、みんなの喜ぶ顔がただ嬉しかった。
望んでもやらせてもらえないことは、周りの友達より多かった。
それでも親の意見は理解できたし、
『あなたはいい子なんだから、わがままを言って困らせないで』
わがままを言えば大切な人を傷つけるんだと知った。
——そういう小さな積み重ね、だったんだと思う。
中学になる頃には、周りの要求を読み取って生きることが当たり前になっていた。
それで困ることはなかった。
誰かの助けになるし、みんなも喜んでくれる。
要求がエスカレートしていき、期待が重く感じることもあった。
だけど、それは全部自分のためを思ってのこと。
『100点以外、意味がない』
そして、その時は本当に、その生き方が正しいとさえ思っていた。
「叡徳高校?滑り止めは鳳星高校でいいじゃない」
親と初めて意見が割れたのは、高校入試だった。
第一志望は難関の蒼嶺高校。両親の強い希望。
二年までD判定だったけど、三年でB判定まであがった。そうは言ってもC寄りのDからC寄りのBに変わっただけ。
合格にはまだ遠い。
鳳星も名のある難関高だが、蒼嶺ほどではなかった。
現時点では手が届く圏内。だけど、蒼嶺と鳳星どちらの対策も両立するのは無理がある。
鳳星は”滑り止め”で選べるレベルではない。
蒼嶺に集中するためにも滑り止めは安全圏内にしておきたかった。
条件に合う中から叡徳を選んだのは、独自な発想のカリキュラムが注目を集めていること、著名人が大勢卒業していること。
親を説得する材料が他より多かった。そして、個人的にも高校生ボウエイジャーに興味があった。
渋々ながらも了承を得て、出願した。
直前の模試では、蒼嶺高校の合格ラインに迫っていたけれど、結果は不合格だった。
十分やった結果だし、厳しいことは自分が一番分かっていた。なにより本心では蒼嶺よりも、滑り止めの叡徳の方が興味があった。
だから部屋を訪れた両親に対して
「全然大丈夫だよ。叡徳いい学校だしね。気になる授業も多いし、ボウエイジャーもいるし」
笑ってそう言った。
「だから、わざと手を抜いたのか」
「……え?」
「親を騙して楽しいか?」
今まで『愛されているから期待される』のだと思っていた。
『期待に応えられなければ、愛されなくなる』なんて、考えたこともなかった。
◇
「ちょっと休憩しよ」
「ありがとうございます」
麗奈が差し出したペットボトルのお茶を一口飲んで、深く息を吐く。
「落ちた僕が嬉々として言うから、疑われても当然だったんですけど。叡徳を選んだのも僕ですし。……今にして思えば、実力で落ちるよりわざと落ちる方が、あの人達にはまだマシだったんだと思います」
静かに泉が続ける。
「結構……頑張ったんですけどね」
「うん。すごく頑張ったから結果に納得できたんだよね」
泉が皐に驚いた目を向ける。
「でも色々言われるうちに、僕自身も分からなくなりました」
確かに勉強中に『たとえ落ちても叡徳に行ける』と思うことはあった。
高校生ボウエイジャーってどんな人だろうと考えたりもした。
「そんなことを考えていたから、勉強に身が入ってなかったんじゃないかって……。本当に真剣に頑張れていたのか、分からなくなりました」
叡徳高校に入学してから、親の干渉は一切なくなった。叡徳に通う息子を受け入れられなかったんだろう。
叡徳は独自性を売りにしている高校で、大学受験に特化した進学校ではない。泉の通っていた中学はハイレベルな学校で、叡徳に進学する生徒は少なかった。
自分に指示を出す人が、誰もいなくなった。
突然与えられた”自由”に、どうすればいいのか分からなかった。
「目標も、期待もなくなって、どうやって振る舞っていいか分からなかったんです。条件反射で表面上はうまく繕ってましたが、もともと中身がないから……教室での僕は全て嘘なのかもしれない」
「違う違う。本当なら『喜んでもらいたい』っていう気持ちがいっぱい詰まってたんだよ。今の君が、たまたまからっぽだっただけでしょ」
皐がのんびりと口を挟む。
『喜んでもらいたい』という気持ちが詰まってた。その一言が泉の胸に響いた。
「俺、嘘とか見破るの得意なんだけど、さすがにこれは分かんなかったよ。君を見た時、何考えてるか分かんなかったもん。何も考える余裕がなかったんだね」
皐が優しい目を泉に向けた。
「…よく、その状態で防衛部入ろうって行動できたね」
「高校にきて、何もなくなっちゃったんですけど。ボウエイジャーを好きだっていう気持ちだけは消えなかったから……今自分が持ってるものってそれだけだなって思ったんです」
「なるほどね。君にとってはじめて自分で起こした行動だったんだ。——なら、間違えても仕方ないかな」
千代の作文偽造のことだと気づいて、泉が再び頭を下げた。
「すみません」
「雲井さんが許してるならいいよ。でも入部したら嘘は禁止。言いたくないことは言わなくていいし、条件反射でいい人演じちゃうのもOK。でもあの作文みたいに仲間を欺いたり、騙すようなことしたら許さないよ?」
「はい」
その目を見て、皐は優しく笑った。
「うん。じゃあ、入部してもらおっかな」
「え……?」
千代の作文を偽造し、この話をした後で、選ばれる理由が思い浮かばなかった。
ヒーローに相応しくない。誰だってそう思う。
「……え?何故ですか?僕なんかよりヒーローに相応しい人はいるのに…」
「うん。でもここで君を見捨てるヒーローなんていると思う?ね、麗奈」
背を向けて窓の外を見ていた麗奈が振り向く。
涙でぐしゃぐしゃの顔だった。
「あーもうムリっ!!」
椅子に座った泉に後ろから飛びつく。
「もうっちょっ…あんた辛すぎるでしょっっ、頑張ったねぇぇ…えらかったねぇ。ちょっと親シバいていい?」
「麗奈が殴ったら死んじゃうよ?あと、離れてあげな。困ってるから」
「わかった。じゃあ軽くどつく程度にする」
「ダメだってば」
泉から無理やり麗奈を引き剥がす。
「麗奈がごめんねー。悪気はないけど野生児で」
「……」
俯いた泉の目から涙がこぼれ落ちた。
「あれ、なんでだろ。落ちた時も、泣かなかったのに」
擦っても止まるところか溢れていく。
「っ、すみません……」
顔を覆って嗚咽を漏らす泉の肩に、そっと皐が手を置いた。
「頑張ったね」
「えらいえらい!思いっきり泣いちゃえーっ」
麗奈が泉の頭をかき混ぜた。
◇
「という訳で、良かったら立候補してくれない?」
レポート用紙を渡された千代が、絶望的な表情で固まっている。
千代の作文は偽造だったが、泉とのやりとりを見て皐の心は決まっていた。
一見控えめだが、千代には揺るがない正義がある。
昴も泉も二年だけでは荷が重い。
特に泉には千代の手が絶対に必要だ。
今年は立候補制で決めると公言した以上、千代自身に立候補してもらうしかない。
「……分かりました」
「引き受けてくれるの?」
「気は進みませんが、私にも責任の一端があるので」
はぁ、とため息をついている。
「あの子とはどういう関係?」
「ただの中学の時の同級生です。私は図書委員だったのですが、あの人はよく図書室に来ていて………」
またため息をついている。
「私は彼にとって、自分に無関心でいてくれる貴重な相手だったみたいです。それほど仲良い訳ではないんですけど……本当にたまに愚痴を聞く程度です」
「吐き出せる唯一の相手だったんだ」
「おそらく」
千代も頷く。
「……でも踏み込んではこなかったんです。だからまさかこんなことをするなんて」
「今のあの子には君しか味方がいなかったんだろうね。縋った気持ちが今ならわかる」
「……」
分からなさそうな顔の千代に、皐はそれ以上言わなかった。
「君が来てくれたら、助かるよ」
「わかりました。明日までに書いてきます」
「ありがとう」
翌日、きっちり千代はレポートを仕上げてきた。
彼女の文章の方が少し柔らかいが、内容は泉の偽造した文章によく似ていた。
泉の作文の内容を知らないはずなのに。
踏み込まないと言っていた割に、お互いによく見ている。
「入部試験ってさぁ、もっとやる気満々でキラキラしてるもんだと思ってた」
立候補制だから、熱意と才能に溢れた子達から数人選んで面接するだけだと思っていた。
追い詰められた表情の昴。
孤独に押し潰されそうな泉。
そして心底嫌そうな千代。
「みんな、空気がお通夜だったよね!」
いつでも楽観的な麗奈が苦笑いしている。
巻き込んだ千代には悪いことをしてしまったけれど、苦しんでいる昴と泉を見捨てる選択肢なんてなかった。
「やる気と能力高い子をいれて、全力で楽するつもりだったのにな〜」
皐がぼやいて、天井を見上げる。
「ま、決まっちゃったもんはやるしかないっしょ!なせばなる!」
「そうだね」
麗奈の差し出した拳に、皐も自分の拳を当てる。
自信はまったくない。でも、麗奈の言う通りだ。
決めた以上はやるしかない。
選んだのは自分だ。
そうしているうちに、三年生が部室に入ってくる。
「部長!新入部員、決まりました〜」
彼らの入部届を手に、皐は立ち上がった。




