第1話:【九月】新生防衛部、始動!(前編)
九月。
叡徳高校の校庭には、まだ夏の名残を思わせる蝉の声が残っていた。
入部から半年、ついに今日から防衛部の活動が始まる。
部室のドアを開ければ、正式に防衛部の一員だ。
ここから学園を守る生活が幕を開けるのだが……
「なんで引き受けちゃったかなぁ〜」
すでに若葉は後悔していた。
「おい、何してんだ。さっさと入れよ。まさか今更辞める……とか言わねーよなぁ?」
背後から聞こえた声に、若葉はびくっと背中を震わせた。
恐る恐る振り返れば、不敵な笑みを浮かべた男子生徒が立っている。
学園の平和と安全を守る正義のヒーロー、ボウエイジャー。
彼こそが、ボウエイジャーのリーダーであり、防衛部の部長、赤塚昴だ。
すごく悪役じみた笑みを浮かべてるけど。
若葉が入部を後悔した理由その1。
部長・赤塚昴の悪名と数々の武勇伝を、半年前の自分は知らなかった。
文武両道の頼れるヒーローだと称賛される一方で、本当かどうか分からない黒い噂も耳にする。
中学のときに暴力事件を起こした。
気に入らない奴は片っ端から病院送りにする。
理事長の伝手で裏口入学したらしい……その他諸々。
「別に辞めてもいいけど。免許取得代20万は、耳を揃えて返してもらうぜ?」
長身の上級生が一年を壁に追い詰めて見下ろす様は、傍から見たら後輩いじめと誤解されかねない図だろう。
だが、実際はそんな可愛いものではない。借金の取り立てだ。
「に、逃げる訳ないじゃないですか!赤塚先輩!」
若葉は両手を挙げて降参した。
その時。
「赤塚先輩だなんて他人行儀な。昴でいいよ」
爽やかな笑顔を浮かべた男子生徒が、部室のドアを開けた。
「やぁ、初めまして。僕は穂高泉。泉先輩って呼んでね」
昴と同じく二年生。
爽やかな外見と柔和な微笑み、頭脳明晰で優しい性格。
学校の王子様的な有名人であり、その名は一年にまで響いている。
「二人とも突っ立ってないで早く入りなよ。六花さんももういるよ」
泉が促す。
ドアの隙間から”六花”——櫻井六花の姿が見えた。
『君、防衛部に興味ない?今年は二人だけ募集するんだ。もう一人は櫻井六花さんの予定だよ』
若葉は泉のその一言で、防衛部への入部を決めた。
六花は一年の間で入学式から噂になった美少女だったからだ。
正直な話、若葉は入学当時はボウエイジャーのことを全く知らなかった。
ボウエイジャーがモンスターを倒すヒーローだと言うことはもちろん知っている。
だが、実際の戦いも、やりがいも、世間の注目度も、進路にどの程度有利に働くのかも——
まったく知らなかった。
興味もなかった。
ただ、
『櫻井六花とペア???なにそれ、めちゃくちゃおいしいじゃん!』
という、軽いノリだけで入部した。
入部したおかげで、確かに六花と仲良くはなれた。
でも六花は天真爛漫で、誰とでもすぐに打ち解ける性格だった。
来るものは拒まず、学年みんなと友達。
つまり防衛部に入部しなくても、普通に仲良くなれていた。
そして入部したところで特に進展はなく、恋も芽生えず、お互いに普通の友達で落ち着いてしまった。
これなら別に入部する必要はなかったと思う。
ボウエイジャーに、興味はない。
唯一のモチベーションの六花とは、ただの友達。
若葉をヒーローに突き動かす動機は何一つないが、
「はぁ〜、やりますよ」
若葉は意を決して、部室に足を踏み入れた。
どのみち、防衛免許まで取得してしまった今、逃げ場はない。
辞めると言おうものなら、赤塚昴は地獄の底まで取り立てに来るだろう。
……いや。地獄の入口に立つ前に捕まるな。
◇
防衛部は五名で活動する。
二年生が三人、一年生が二人だ。
三年生は夏休み前に引退し、九月から二年生が主体となって活動する。
引退した三年と入れ替わる形で、一年の若葉と六花は今月から正式な部員としての活動が始まる。
「初日だから、一応あらためて自己紹介でもするか。今日から部長とレッドを引き継ぐことになった、赤塚昴だ」
「副部長、ボウエイブルーの穂高泉。防衛部は名前呼びの伝統があるんだけど、名前で呼んでいい?」
若葉と六花が頷く。
「ありがとう。僕らのことも名前で呼んでね」
「会計。ボウエイホワイトの雲井千代です。……お二人とも、本当にいいのですか?」
物静かで表情があまり変わらないが、二人を見る目は憐れみに満ちていた。
若葉たちが頷くと
「そうですか。では、頑張ってください……色々と」
千代は長いまつ毛をそっと伏せた。
「櫻井六花でーす!今日からよろしくお願いします!」
弾ける笑顔で六花が言う。
六花は現役アイドルで、『∞ Bloom』という大所帯のグループに所属している。
挨拶しただけでパッとその場が華やかになった。
若葉も覚悟を決めた。
今更引き返せないなら、六花みたいに楽しんだ方がいい。
いつまでも腐っているのも自分らしくない。
「龍田若葉です。よろしくお願いします!」
六花と若葉が挨拶すると、昴がにっと笑った。
「……で。二人とも、免許はちゃんと取得できてるよな?」
若葉と六花が頷いて、一枚のカードを取り出す。
顔写真入りの防衛免許証。
夏休みまでに防衛免許証を取得すること。
それが一年生に課せられた最初の課題だった。
「大変でしたー!間に合って良かったです!」
大変そうには見えない口調で、六花が笑う。
防衛免許証には、彼らの名前とともに
『ボウエイジャー』
の文字が記されている。
「よし。お前らもこれで晴れてボウエイジャーだな」
”ボウエイジャー”
それは、人間のストレスから生まれるモンスターと戦うヒーローたちのことである。
全国各地に存在し、日々人々の平和を守っている。
ボウエイジャーになるためには、まず国公認の養成所に通って資格を取得する。
実技と学科の単位を取得し、試験に合格すると”防衛免許証”が交付される。
最短二週間で取得でき、若葉たちのように放課後に通学する方法でも三ヶ月程度あれば取得できる。
比較的取得しやすい上に、ボウエイジャーは国家から兼業も認められており、人気の資格のひとつだ。
そしてここ叡徳高校は全国で唯一、在校生を公式にボウエイジャーとして採用している学校だ。
免許取得代も部費から支給される。
「自由な発想と革新的な学び」をモットーに掲げる叡徳ならではの取り組みは、世間からも大きな注目を集めていた。
ボウエイジャーになりたくて叡徳高校に入学する生徒も少なくはない——のだが。
六花も若葉も、入部するまで全く知らなかった。
「じゃあ、色々説明してくぞ。まずこれがボウエイウォッチだ」
机の上に置かれた黒いケースを、昴が開けた。
中には五色の腕時計型デバイスが並んでいた。
六花はピンク、若葉は緑のボウエイウォッチが手渡される。
「わぁ!あたし、ピンク大好きです!」
六花が目を輝かせた。
ボウエイ協会で販売・レンタルしている変身アイテムの一つである。防衛部では代々腕時計スタイルを採用している。
「防衛部の連絡はこれで行う。お前らのボウエイスーツと武器もこれにリンクしてある。アイコンを押せばいつでも出せるからな」
「本当に、どういう仕組みで変身できるんだろうね。宇宙の神秘……神の領域だよね……。いつかボウエイ協会に就職して、ボウエイジャーのすべてを解き明かしたいんだ」
ブルーのボウエイウォッチを眺めながら、泉がうっとりと呟いた。
「泉先輩……?」
「大丈夫です。こちらが泉の素ですから。王子様などと言われていますが、中身はただの戦隊オタクなんです」
千代が淡々と説明する。
「まぁ、それはいいとして。使い方を説明するよ」
笑顔で受け流し、泉がボウエイウォッチを差し出した。
画面にはアイコンがいくつも並んでいる。その中で服のデザインのアイコンを指差した。
「これを選択して”ボウエイチェンジ”って言うと、変身できるんだ」
「見た方が早ぇか。——ボウエイ、チェンジ!」
昴がアイコンを起動すると、ボウエイウォッチの画面が真紅に光った。
眩いエネルギーが迸り、次の瞬間、彼の体を制服風のデザインの戦闘スーツが包み込んだ。
ジャケット風の赤いスーツには黒のラインが走り、フルフェイスのマスクの向こうには鋭い視線が覗く。
「わぁ、変身シーン生で見ると迫力ありますね!」
六花が目を輝かせ、若葉はごくりと唾を飲んだ。
「やってみろ」
二人は顔を見合わせ、同時にウォッチを起動する。
アイコンを選択すると、画面に「CHANGE」の文字が浮かび上がった。
「えっと、ボウエイ、チェンジっ!」
「ボウエイチェンジー!」
それぞれ緑とピンクの光が溢れ、制服風スーツが二人を包み込んでいく。
若葉のは、昴と同じジャケットデザイン。色はグリーン。
六花はセーラー服型。ピンクのスーツの胸元にはリボンがあしらわれている。
「わぁ〜! すごい!本当にボウエイジャーになったんだ!」
六花がくるりと回ってスカートを翻す。
「わ、すげぇ。ほんとに変身した」
若葉は腕を見下ろし、まだ信じられないように笑った。
その時、全員のボウエイウォッチが一斉に鳴り響いた。
校内の地図が表示される。
モンスターの位置が点滅していた。
「後は実戦で覚えろ。行くぞ!!」
——こうして、新生・防衛部は幕を開けた。
毎日18時頃更新予定です。
よろしくお願いします!




