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第62話 エルフさんは休みたい

「カドヴィくんにネタ晴らしするのは、どのタイミング?」


 これは、念のため先に確認しておく必要があった。

アーシェスタスを出発してしまったら最後、カドヴィくんは領地に戻るまで、グランバル氏と面会は叶わないだろうからね。

必要なら、アルフリーダさんが説明してしまってもいいとは思う。

が、グランバル氏は首を横に振った。


「無論、全てが終わるまで息子は己のしたことに向き合ってもらう。

それでこそ、身に付く学びになる。何より――」


「いきなり、全て芝居じゃったと聞いて、アレが理解できるとは思えん。

心を砕くだけ、無駄な時間じゃ。

アルトゥス様、カドヴィに関してはもう関わらんほうがよいと儂らは思います。」


 儂らと聞いて、グランバル氏が少し複雑そうな顔をした。

その顔には、何でお前が息子のことを時間の無駄と評価するんだとあからさまに非難が現れていた。

が、グスマンさんはそれを一笑に伏した。


「教え諭す(さとす)

説教する。

これは父親の仕事じゃ。

家族の情より、民を背負うために欺く(あざむく)覚悟をしたことの意味をしっかり教え込むといい。


うむ、いい機会じゃ。

お前はすべきをしてこなかった。

改めて息子と向き合うがいい。

何、お前がカドヴィにつきっきりの間は、儂とセルゼク様でなんとかなるわ。」


「まだ全てが終わったわけではないんだがな。」


「終わっているさ。

グランバル=アースシェスタスが立ちはだかるんじゃ。

誰も勝てん。」


「ふーん、リヴェリナにも?」


「そういう意地の悪いことはいわんでくだされ、『リヴェリナ特使』殿……。」


 グスマンさんは困ったように眉を顰め(しかめ)ながら、立派な髭を指でいじくる。


「ふふ、ごめんね。さて、それじゃあ僕は出発準備するよ。」


「……すべてが終わる前にこんなことを言うのもおかしな話ですが……。」


 グランバル氏は、僕の手を取り、まっすぐと眼を見ながらこう言った。


「いろいろと、ご協力ありがとうございました。

家族を、よろしくお願いします。」


 その声に含まれていたもの。

それは、領主ではなく、アーシェスタス家の当主。

ひとりの父としての柔らかさと暖かさがあった。


「気にしなくていいよ。

僕は乗りこなせと言っただろう。

僕に預けた以上、彼らの身の安全は保障するさ。」


 言外に、その後はちゃんと君自身が向き合うんだよ。

そんなメッセージを含めた餞別せんべつの言葉。

無言で頷く彼の手を放し、次いでグスマン議員と力強い握手を交わし、僕らは別れた。

それぞれが成すべきを成すために。


 2人とも大きな手だ。

それでも取りこぼすことはある。


どんなに大きい手でも、隙間はある。

でも、溢れたものを取りこぼさないよう、手を添える人間が増えていけば、きっと取りこぼしも減っていくだろう。


いつかまた、彼らが何かと戦うとき、この手の数が増えていることを祈ろう。

その手が新しい世代に変わったとしても、大きな手ではなくなっても。


 手……か。


そっと僕の手を握る小さな手の感触を思い出した。

ヴァルエルナに戻ることになると分かったころから、思ったより再会が早くなる1人の少女の顔を頻繁に思い浮かべるようになった。


「……エーリスは、元気にしているだろうか。」


 言葉にして苦笑する。

会えないとなっても彼女はとても健気だった。

いつも決まった時期に手紙を出してくれて、楽しそうに修行の進捗を送ってくれる彼女。


「可愛い弟子ができると、すぐこれだ。

まったく、年寄り臭いね。」


 思ったよりずっとあの小さな弟子のことを気にかけている自分がそこにいることが、少し恥ずかしくなる。


まあ、いいじゃないか。

あの子の顔を思い出せば、これまでの重みが、ちょっと軽くなる気がしたんだから。



***


 

 すべてが終わり、僕は行きとは違う出口から顔を出す。

そこも袋小路になっていて、人の気配はない。

いや、正確には覚えのある気配しかなかった。


「おかえり、アルトゥス様。」


 手をひらひらとさせながら、僕に近づいてくる女性がいた。

そう、サリティさんだ。


「ただいま。変わりはない?」


「ん、ニセアルトゥス様と大人しくしてたよ。」


 手を差し出しながらそう聞くと、彼女は僕を引っ張り上げながらそう答えた。

ニセアルトゥス。

つまり僕がここにいたことを隠すためのアリバイを作ってくれていた影武者くんだ。

そういえば、彼はどこに行ったんだろう?


「アレはもう戻った。」


 そうなのか。

なかなか精密な変装技術だったから、話くらい聞いてみたかったけど。

とはいえ、暗部の人間だから軽々しく顔を合わせられないか。


僕は地上の空気を深く吸い込む。

地下の湿った空気とは違う、乾いた風が肺に心地よい。

見上げれば太陽も真上に差し掛かりつつある。

もうすぐお昼か。


「何か食べに行こうか。」


「ん。串焼き食べる。

パンも買ってあるから、美味しい食べ方を教える!」


 そう言って彼女は僕の手を取って歩き出した。

護衛と特使という関係では気安すぎる距離感。

それでも、サリティさんは自然にそうしてくれた。


何故だろう。

なんとなく、いつもより優しい気がする。


「串焼きのおじさんにな、パンを渡すんだ。

そうしたら火砂椒(カザル)の皮と肉を挟んでくれる。

火砂椒の皮は、じんわり辛いけど、それがパンと合う。

肉はあぶら多めで頼むんだ。

あ、クズ多めっていうと少しサービスしてくれる。

あぶら多め、くず多めだ。忘れちゃだめだぞ。」


 楽しそうに、美味しくするための一工夫を語るサリティさん。

今までの重い雰囲気を吹き飛ばすような、その話題自体はどうでもいい。

でも気持ちを切り替えるには大事な話。


なんとなくだけど、彼女の口数が増えているのがわかる。

きっと、僕がちょっとだけ遠い目をしてしまったからなんだろう。


「混む前にお店に急ぐよ、アルトゥス様!」


「ちゃんとついていけるから、ペースは任せるよ。」


 そう言って僕らは駆け出した。

大事な用事を済ませるときでさえ、こんなに急がない。

ただ美味しく食べたいという理由だけで真剣になるサリティさんに、確かな日常を感じた。


通りからはいい香りが辺りから漂ってきた。

周りの家々に昼食をとるために人々が帰ってくる。


彼らの日常に僕は思う。

ああ、戻ってきた。

そんな当たり前が、今の僕には嬉しかった。



***


 

 昼食を終え、僕らは宿へ戻った。

串焼きの香りがまだ鼻に残っている。

サリティさんのこだわりの昼食は、確かな食べ応えがあった。


部屋から見下ろすアーシェスタの街は、午後らしい喧騒が響いている。

職人たちや商人が通りを行き交い、街は賑やかでも穏やかな空気に包まれている。


「アルトゥス様。御屋形様たちとの会合はどうだったの?」


 ぼーっと通りの様子を眺めていると、サリティさんが覗き込んできた。


「ん?特に問題なさそう。

当初の予定通り、明朝ヴァルエルナからの護送兵団が邸宅に到着するみたい。

そしたら移動だね。」


「そっか。隊長やユディスたちとはしばらく会えなくなるんだね。」


「そうだね。

ヴァルエルナに着いたら、オッドモンドくんには手紙を書こうかな。

僕がいない間の行動指標は伝えてあるけど、無理させないようにしないと。」


 とりあえず、僕がいない間にトゥガナト麓までの林道整備を最優先に設定してたからなぁ。

厄介な野生動物が存在したら面倒だけど、そのあたりが出てもガルデスくんがいるから問題はないだろう。


とはいえ危険な作業になる可能性もあるし、僕がいない間は拠点整備をやってもらったほうがいいかもしれない。

過保護すぎるかなぁ?


「……ねえ、アルトゥス様。」


「んー?」


 僕が今後の段取りを考えながら生返事を返す。

すると、正面に座り直したサリティさんが困ったように眉を寄せた。

どうしたのかな?


「顔色、悪い。」


「え?元気だよー?」


 軽く笑ってみせるが、サリティさんはじっと僕を見つめてた。

顔色が悪いということはないはずだ。


そもそもエルフというのは人間と違ってものすごく頑丈なんだ。

その気になれば睡眠も食事も必要ない。

ノエス(外側の力)のエネルギーを体内に取り込むだけで常に回復がかかる超生命体。

故に、戦闘状態や極限環境に放り込まれない限りは、疲労も衰弱もしない。

我ながらずるい生命体だなぁ。


 そんな理由もあって、僕は疲れを自覚していない。

いつもと何も変わらない。

そう思っていたんだ。


でもこれは違っていたんだ。

それに気づくことになるのは、彼女はそっと僕を抱きしめた瞬間だった。


「……サリティさん?」


 ちょっと驚いたけれど、彼女が優しく微笑んでいること。

それだけで、拒む気にならなかった。


「私、知ってる。

エルフは疲れ知らず。


でも、もう一つ知っている。

疲れている人は、みんな元気だっていう。」


 ……ああ、そうか。

顔色悪いって言葉に対して、僕は元気だよって答えていた。


いつもなら違う。

もっと冗談めかして返すはずなのに。


例えば、いろいろあったから疲労が出てきたのかも。

まあ、そもそもエルフって疲れを知らないんだけど。

なんておどけるのがアルトゥスという人間なんだ。


元気だよなんて、その場しのぎの言葉。

僕は選ばないはずなのに。


「アルトゥス様。人間は身体が疲れるだけじゃない。」


「というと?」


「ん。心が疲れる。

心は身体を牽引(けんいん)する。

心の疲れは簡単に外にでない。

でも、お皿からは溢れる。」


「お皿かぁ。」


「そう。スープは溢れるほどいれちゃだめ。

溢れたスープが食卓を汚す。

アルトゥス様は、いっぱいのスープに苦しんでいる。」


 サリティさんらしい例えに、僕は苦笑する。

なるほど、僕という食卓に並べられたスープ皿。


ここに注がれた今までのすべて。

リヴェリナの特使。

アリヴィエの首都で首脳と会談。

メイキドルアへ向かう道中では命を狙われ。

領主と結託して黒幕をどう排除していくか意識を合わせ。

森での陰謀を砕き。

領主の息子を陥れて黒幕への反撃を開始した。


思えば、僕の心のスープ皿にはずっとずっと新しいスープが継ぎ足されていたんだ。

解決したものもある。

それでもスープは継ぎ足され続くことになってしまった。


僕の食卓のテーブルクロスは、溢れたスープで汚れてしまった。

汚れてしまったテーブルクロスは、替えないといけない。


それが、今の僕に必要なことなんだ。


「……少しだけ、このままでいい?」


「ん。せっかくだから寝るといい。

何も考えずに、ただ寝るんだ。

動物にとって、眠りは身も心も癒す時間。


大丈夫、何があっても私が護る。

私はアルトゥス様の護衛だからな。」


 その声は、驚くほど優しく、今の僕にとって頼もしい。


……うん、そうだよね。

たまにはこんな風に誰かに寄りかかる時間があってもいいじゃないか。


サリティさんが優しく僕の頭と背中を撫でる。

まぶたが自然と落ちていく。


彼女の腕の中でそっと意識と心を溶かしていく。

すると、その溶けだしたものが頬を伝ってこぼれ落ちた。


長寿を生きるエルフの瞳から溢れた一滴。

僕にそんな感傷と機能がまだ残っていたことに気づいたのは、眠りに落ちる直前だった。


 そうか。


僕はまだ、人間でいられそうだな。

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