1章第15話 交わる刃
サラと3人の間に冷たい風が流れる。サラは一分の隙もなく、赤い瞳で見据えている。
「あの女、どうしてここに」
ティナが歯を食い縛りながら呟いた。少し前、奇襲を妨害された時の記憶が蘇る。その悔しさがありありと顔に浮かんでいる。
「よもや、本当にあの危険地帯を抜けてくるとは。あながち、あの仕立て屋も侮れんということか」
あの仕立て屋、おそらくアインのことだろう。こちらの動きを完全に読まれ、強敵を配置された。今回の一件に関しては完全に読み切られた形だ。
「速攻で倒すわよ」
「いや、ここは僕が引き受ける、2人で前に進むんだ」
ソラは一歩前に出る。彼女はこちらの奇襲を防がれたことからも明らかな実力者であることが分かる。守りに徹されれば、それを崩すのは容易ではない。そのため、1人が逆に足止めして2人で作戦を遂行するべきだと判断した。
「足止めするつもり? だったらあたしがやる。今度はあたしがあいつを……」
ティナが反論する。奇襲を止められたことを根に持っているのか戦う意思を強く示す。
「僕が足止めに最適なんだ。イーグルが道案内をすれば仕立て屋は不足しない。そっちが仕事を終わらせるまで耐えれば、僕は自力で脱出できる。……彼女を倒さずとも依頼は達成できるんだよ」
ソラが淡々と説明する。もし、彼以外がサラと戦闘する場合、ティナもエマも自力で侵蝕区域から脱出できない。そのため結局、救援に向かう必要があり、その分リスクが高まる。対してソラは侵蝕区域の情報が十分にあれば単独で脱出可能である。残りの2人はウミがサポートできる。
ウミのソラ以外がサポートを受けるには、特殊な情報共有手段を有している彼の周りもしくはドローンの視界範囲に常に収まり、その位置を把握し続ける必要がある。さらにウミ単独のサポートには1つ問題がある。それはソラから離れれば離れるほど彼から受け取るフィードバックによるシュミレーターの誤差補正の精度が落ちることだ。そのため、安定してサポートできる範囲はある一定の範囲に限定されてしまう。が、今回のように近くで物資を取り返し、侵蝕区域外は撤退する程度なら、ヴォルフから貰った事前のデータと合わせて事前にルートをいくらか準備しておくことで問題なく支援できると判断した。
もう1つの問題点としてドローンでの追跡には見失うリスクが常に付きまとう。移動のみならともかく戦闘では見失う可能性が跳ね上がる。ウミを開けた場所での戦闘支援に当てるべきではない。
さらにルートの作成の速さや精度はウミに軍配が上がるため、戦力の面、撤退のスピードの確保などを考えるとソラが足止めにかかったほうがいい。
「それでも、あたしの邪魔をしたあいつを直々に倒さなきゃ気が済まない」
ティナがサラを睨む。サラは意に返さずこちらのアクションを待っている様子だ。
「そうやって、全部に突っかかっていくつもりか? アインやシャードはいいのか? 全てを君1人で解決することはできない。……だから、僕を、ラプターアイを頼って欲しい」
ティナはハッとしたような表情を浮かべる。一瞬の沈黙。ティナは迷うように視線を漂わせる。
「分かった、この場はあんたに任せる。ただし、すぐに片付けて合流すること」
「分かったよ。さあ、行って」
サラが抜刀、3人へ急速に接近する。ティナとエマはソラの背後から倉庫へ向けて走り出す。
ソラも抜刀し、サラの攻撃を受ける。
「悪いけど君の相手は僕だよ」
ソラは彼女が離れて2人を追いかけないように刀を押し付け続ける。意外にも彼女は追跡したい様子を見せずにソラの水色の瞳を覗き込んでいた。
後ろから気配が無くなる。十分に引き離すことができたはずだ。後はサラを抑えて時間を稼げば、ティナとエマが仕事を果たしてくれるだろう。
互いに距離をとり、出方を伺い合う。
「追いかけなくていいのか?」
ソラは集中を乱させるためにあえてそう質問した。
「よい、1人足止めした。それで義理は果たしたであろう? それに戦いはサシの方が楽しめる。……退屈させてくれるなよ」
サラが不敵に笑う。
先に沈黙を破ったのはサラだ。予備動作を捉えた次の瞬間には斬撃が寸前まで迫っていた。ソラはそれをかろうじて回避、反撃の一撃を振るう。刀と刀が交わり、鋭い金属音を鳴らす。攻撃と防御がハイペースで入れ替わる、そんな一進一退の攻防が繰り広げられる。だが、ゆるやかにソラが押され始める。
「なるほど、そう言う太刀筋もあるのか」
見透かすかのようなサラの言葉。一手、また一手と攻撃を読まれ、適切な防御、回避から即座に攻撃に転じてくる。徐々にソラが攻撃を差し込む隙間がなくなり、防戦一方となる。ソラの額に汗が流れ、その顔は真剣そのものだった。
それとは対照的にサラは戦闘そのものを楽しんでいるかのように笑みを浮かべこちらをジリジリ追い込んでくる。目の前の戦闘を心から楽しんでいるのがはっきりとわかる。彼女の刃が遂にソラを捉えた。鋭い痛みと共に血が流れ出る。しかし、それを気にする暇もなく次の攻撃を防御しなくてはならない。
「速い……」
ソラは思わず呟く。無限に続く攻撃の間合いから外れたくても、蜘蛛の巣に捕えられたかのように攻撃に纏わりつかれて抜け出せない。火花と血が散る。ソラの呼吸が乱れ、息が上がり始める。
「ほら、もっと、もっと楽しませてくれ!」
サラは叫びながら斬撃の密度を高めてくる。隙のない攻撃にどんどんと後ろへ押し込まれていく。ソラは必死に反撃へ転じられる一手を探す余裕すら失われていく。彼は防御をやめて鋭い一撃を受けた。胸から血が散る。防御を捨てて作った時間で爆発の魔法を地面に叩きつける。爆発と共に煙幕が立ち上がる。ソラは全力で後退し、サラとの距離を確保した。
煙が落ち着くとそこには無傷のサラがこちらを見つめていた。
「休憩は十分か?」
サラが冷ややかな声で尋ねる。彼女はあえてソラの捨て身の作戦に乗り、間合いを取らせてあげたのだ。




