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終末の境界線  作者: 5ion
1章 鋼鉄の指令
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1章第3話 鋼鉄の男

 バーの奥まったところへ案内される。そこは店内の喧騒から少し離れた落ち着いた場所だった。一際目立つテーブル席がある。ガードマンが立ち、人の出入りを制限している。案内してくれたガードマンが軽く手を差し出し、席を指し示す。ヴォルフは背もたれにガードマンを超える“鋼鉄の男”の異名にふさわしい筋肉量を持つ体を預け、静かな表情でこちらを見つめている。


「よくきたな、ラプターアイ……ん? どっちがラプターアイだ?」


 ヴォルフが赤い瞳を細めて、ソラとウミの顔を交互に見る。


「2人のチーム名がラプターアイなんです。僕はホーク、この子がイーグルです」


 ソラがヴォルフの勘違いを訂正する。


「複数人の仕立て屋(シュナイダー)だったか珍しいな。まあ、座ってくれ」


 彼に促された2人は席に腰をかける。机には高そうなデザインの酒瓶がいくつも載っている。ヴォルフはその中の一つ、黒と紫のラベルの貼られた酒を持ち上げる。


「飲むかい? オブシディアンノワールをオンザロックで、俺のお気に入りだ」


 その提案を聞いたソラはどうするべきか悩む。だが、彼との友好な関係を築くなら飲むべきだと判断し


「いただきます」


と返す。

 ウミの反応がない。

 どうしたのかと視線を向けるとヴォルフの迫力やこの場の雰囲気に完全に飲み込まれ、固まってしまっている。


「そっちのお嬢ちゃんはどうする?」


 なかなか答えのないウミを見て、ヴォルフが再度尋ねる。

 

「あっ、うちは……えっと、わ、私は車が……えっと」


 答えを焦ったウミは水を失った魚のように口をパクパクさせながら必死に言葉を紡ぐ。完全にヴォルフの雰囲気にやられてしまっている。

 ヴォルフはそんな彼女の状態に気付いてか


「ボブ、氷入りのグラスを2つと彼女に合うモクテルを一杯用意してくれ」


とテーブル席への出入りを制限するガードマンに伝える。

 しばらくして机に注文したものが届いた。ガードマンが慣れた手つきでグラスはオブシディアンノワールを注いでいく。深い漆黒の液体が流し入れられた氷入りのグラスが本物のオブシディアン(黒曜石)のように輝く。氷だけがキラキラと輝くその様子はまるで夜空の星をみているかのようだ。お酒に疎い人間でも高いことが分かる存在感を持つ一杯だ。対してウミの前に置かれたモクテルもパッと見こそ同じだが、色の深みがなくオブシディアンノワールとは別物だと見分けのつくものだった。


「飲みな、2人とも」


 ヴォルフがグラスを掴む。


「じゃあ、出会いに」


 そう言ってソラはグラスを掲げた。


「ははっ! いいねぇ。出会いに」


 ヴォルフは豪快に笑いながら言葉を返した。2人のグラスが軽くふれあい、コツンと小気味いい音が鳴り響いた。ウミも少し遅れてモクテルのグラスを持ち上げた。乾杯を終えたヴォルフはすでに酒に口をつけている。ソラは口へ動かしていたグラスを戻し、彼女のグラスを軽く叩いてから、酒を口へ流し込んだ。熟成されたベリー、ビターチョコレート、スモーキーな樽の香りが絶妙に絡み合い、飲んだ後にほのかな甘みと深い余韻を残していった。そして喉を通り抜けると同時に身体に熱が広がるのを感じた。

 

「それにしても、コアルインズを単独で倒せる仕立て屋(シュナイダー)がいるとはな」


 ヴォルフが興味深そうに2人を見る。


「運が良かっただけです」


 ソラは本心を返す。たまたま産まれたての倒しやすいコアルインズと戦ってギリギリ勝つことができた。それが真実だ。弱い状態のコアルインズでなければソラは今ここにというより、この世にいないだろう。


「ははっ! いいねぇ、謙虚さもあると」


 愉快、と言った様子で笑うヴォルフは残ったオブシディアンノワールを飲み干す。


「さて、仕事の話を始めようか」


 その言葉でその場の空気が引き締まる。ソラはヴォルフへ視線を向ける。ウミは緊張のせいか、モクテルのグラスを両の手で握ったまま固まっている。ヴォルフはホログラムの装置を机の端から中央へと動かした。地図が空中に展開される。


「こいつは隣のグリッド122にある侵蝕区域、コードネーム“ストレイ”の区域地図だ」


 ぱっと見は普通の近い地図であるがそこに注記された観測データの履歴、認知の状況などが細かく書き込まれている。その情報に精通した人間が見れば侵蝕区域内部の混沌とした空間の連結パターンすら表記されたかなり高度な地図であることがわかる。加えて、このストレイはかなり巨大な侵蝕区域でA.E.Rのコントロール下にある侵蝕区域では最大クラスのものだ。巨大な侵蝕区域の膨大な情報をかき集め、整理してある。


「侵蝕区域の地図をこれだけ正確に?」


「すごいだろ、観測用ビーコンと過去の探索データを統合した地図なんだよ。ストレイに絞るならA.E.Rより詳しいとも言えるだろうな」


 ヴォルフは誇らしげに言いながら地図上のとある場所にピンを立てる。


「この場所にとあるラヴェジャーと共に向かってもらいたい」


「とあるラヴェジャー」


 ソラが反芻しつつ、続きを促す。

 ヴォルフがホログラムの装置を操作する。1人の女性の情報が投影される。


「彼女はティナ、そこそこ腕のいいラヴェジャーだ。彼女に協力して依頼をこなしてくれ」


「詳細を聞いても?」


「詳しいことは本人に聞いてくれ、仕立て屋(シュナイダー)であることとこの場所の情報さえあれば彼女は君たちの協力を断れない」


 ヴォルフはグラスを掴み、酒を注ぎ直す。そしてそれを一口含んだ。


「断れないか、いい話には聞こえないな」


 少しのきな臭さを感じたソラは探りを入れる。


「いい話を聞けるようになりたきゃ、この依頼をこなすんだな。どうするんだ? 依頼を受けるも酒飲んで帰るも好きにしな」


 ヴォルフは赤い瞳でソラとウミを値踏みするように交互に見た。この仕事はヴォルフにとってラプターアイに対する試金石の意味合いが強いのだろう。

 ソラとウミにとって目的の達成には彼の協力が必要不可欠だ。断るという選択肢はないと言っていい。そして、そのことをヴォルフも見透かしている。だからと言って大した情報もなく依頼を受けることもできない。ヴォルフの信頼は欲しいが、ヴォルフの犬になるつもりはない。


「断れない理由だけでも教えてくれないか?」


 少しでも情報を引き出すためにソラは口を開いた。ヴォルフは1つため息を吐いた後、


「やらかしたのさ、それもとんでもなく。物資と仕立て屋(シュナイダー)の両方を失った。彼女はやり返す手立てを必要としているし、俺は物資が返ってきて欲しい。これで十分か?」


と答えた。

 ソラは少し思考した後


「なるほど、新しいシュナイダーを試しつつ、ティナの尻拭いも終わる。ヴォルフさんにとっては一石二鳥って訳か」


と言葉を投げた。


「鳥にしては聡いじゃないか」


 ソラは覚悟を決めた様子でグラスに残ったオブシディアンノワールを一気に飲み干す。グラスが机に置かれ、氷が軽い音を立てる。


「あなたと仕事するならこの試練は避けられない。この依頼、ラプターアイが引き受けます」


 ヴォルフはにやりと笑顔を浮かべる。ヴォルフも残った酒を一気飲みして見せる。


「そうか、後でティナの連絡先やら何やらの情報を送らせておく」


 ソラは頷き、立ち上がる。

 ウミは彼の動きを見て、慌てて目の前のグラスに手を伸ばす。彼が去る前に、モクテルを息を飲むように一気飲みしてから立ち上がった。2人は軽くお辞儀をしてテーブル席を離れようとする。

 そこへヴォルフが


「君たちの活躍を期待している」


と激励の言葉を投げた。ソラは一瞬だけ振り返り


「はい、必ず期待に応えて見せます」


と応えて見せた。ウミもヴォルフの方に振り返り、もう一度ぺこりとお辞儀をした。

 2人は迷うことなくバーを後にし、エレベーターに乗り込んだ。微かな振動と共に降下を始める。


「あれが鋼鉄の男、ヴォルフ」


 ヴォルフを前にしてから終始、借りてきた猫であったウミが噛み締めるように言葉を漏らした。その声にはまだ緊張が混じっている。

 ソラは頷きその言葉に共感を返す。


「そうだな、さすがはトップフィクサー。僕たちが依頼を断らないことを見透かしてたかのようだった」


 ウミが目が何もない空間で泳ぐ。ウォッチアイを操作している時に特有の目つきだ。


「どうした?」


 SNS《インターピア》中毒のソラとは違いウミは会話中にウォッチアイを操作することは滅多にない。それが故に今、ウォッチアイを操作したウミが気になり声をかけた。


「依頼の情報がもう送られてきた」


 ウミが答える。ソラはその言葉を聞いて目を丸める。


「とんでもない仕事の速さだな」


 その言葉と同時に扉が開く。もう1階に着いたらしい。ソラは開くボタンを押し続け、ウミを先に降ろす。彼女の後に続いてエレベーターから降り


「情報を回してくれ、ティナとのアポは僕が取っておくよ」


と言った。

 この建物に入った時にはまだ傾きかけだった太陽もすっかり沈み、月が昇っていた。月の光は街の光にすっかりかき消されほのかに輝くだけだ。

 2人の足音がコンクリートの床に響かせながら、彼らのキャンピングカー(家)へ向かっていった。


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