8 虚無への供物
突然の綾瀬からのタッグの誘い―――
個人戦のサバイバルゲームを唄ってはいるものの、ルール上にはペアを組んではいけないという項目はない。
勿論二人で行動すれば、この試験をこの試験を有利に進めることができるのは確かだ。
ただ、途中で彼女が俺を裏切らない保証はどこにもない。
加えて、もし最後まで二人とも生き残ったとしたら、それはそれで面倒なことになる。
そもそもなぜ彼女は俺を指名してきたのか、はたまた偶然か。俺がいる階にピンポイントでやって来たことも気がかりだった。
「悪いが...その誘いには乗れない。 他をあたってくれ」
「あはは、そうだよね。 いきなりこんなこと言われても困るよね」
彼女はポケットに手を突っ込み、苦笑いをしながらも話を続ける。
「結城君はここにずっといるの?」
「いや、綾瀬に見つかったからこれから場所を移そうと思ってる」
試験開始まではまだ15分ほど猶予がある。
場所を移すくらい造作もないだろう。
「そうなんだ、何かごめんね。 でも大丈夫、結城君の居場所は誰にも言わないよ」
綾瀬はそういうとにっこりと微笑んだ。
この向日葵のような笑顔が彼女がクラスカースト上位である所以ゆえんなのではないかとうっすらと感じた。
「それなら助かる。綾瀬はこれからどうするんだ?」
「えっと、私は森の方に行ってみようと思ってる。みんなが向こうに行くのが見えたし、そこならパートナーも見つかるかも」
彼女は、遠くフィールドの奥の方を指差して言った。
「じゃあ私そろそろ行くから。 お互い頑張ろうね」
綾瀬が別れを切り出したところで俺は口をはさむことにした。
―――今までのやり取りはブラフだ。
「なあ、本題はなんだ?」
「――え、何のこと、、かな?」
綾瀬は少々苦笑いをしながら俺から目を背けた。思ってもみなかった言葉が返ってきたことにより彼女の体は一気にこわばる。
「ならいい、だがこれを返しておこうと思ってな」
そういうと俺はリュックサックの横ポシェットに入っていた小型の発信機を綾瀬に差し出した。
普通なら気が付かないような布の折返し部分にくっついていたものだ。
「――あはは、気づかれちゃったな、参ったね、これは、、」
しばらくの間の後、彼女は恥ずかしそうに、だがなぜだか少しうれしそうに人差し指で頭をかいた。
「取り付けたのはさっきこの施設に入る前、リュックを取り違えた時。見たところかなり精密なものだな。高度まで分かるのか。」
彼女が迷わず俺の階に来たのはこれのおかげだ―――
俺は綾瀬に発信機を手渡す。
「そうだよ、その通り。外から持ち込んだものなんだぁ、これ、、。先生たちには全然気づかれなかったよ」
この学校の敷地内に入る前には徹底した荷物検査が実施されていた。彼女が言うにその検査には引っかからなかったということだ。
人差し指と中指に挟み込んでもてしばらくもてあそぶと自分のポケットへとしまう。
「で、なんで俺なのか、聞いていいか?」
綾瀬はこの一週間、クラスの生徒、さらには他クラスの生徒ともたくさんの交流があったはずだ。ペアを組むのが俺である必要は皆無といっていい。
「私ね、、目を見たらその人がどんな人なのか大体分かっちゃうんだ。人となりっていうかね、どんな人生を送ってきたか、、とか」
直観、、か。面白い―――
「そうか、じゃあ綾瀬の目に俺はどういう風に映っているんだ?」
「――そうだね、、なんていうか、例えば誰にも越えられない大きな壁があったとして、、けど結城君はそれを難なく飛び越えて行っちゃう――ような、、?」
言葉には表せない独特な感性というものだろう。
だが俺は綾瀬の言うような超人ではない、どんな分野においても上には上がいる。
「なるほど、それで俺なのか」
「うん。私の直感がそういってる。 実をいうと発信機が見つかっちゃったのちょっと嬉しかったんだ。ああ、私の目は間違っていないんだ、って。 ねえ、私とペアになるかもう一度考え直してもらえないかな? 私ね、強くて立派な人間になりたいの、、そのために力を貸してほしい」
強くなりたい、、か―――
綾瀬は言葉を続ける。
「私さ、、心配なんだ―― 自分がちゃんとした大人になれるか。 今はまだ自分たちは高校生、、責任とか偉さとか分からない。 でもこの先進学とか就職とかあるでしょ? そんな時同時に責任っていう大きな塊が上から降ってくる。 そんなことがあったとき私の信念を通せるか、自分の思う崇高さを曲げないでいられるか考えると心が落ち着かないんだ、、」
途切れ途切れに口から紡ぎだしたその言葉はおそらく本心であり、彼女が心の奥で感じていることなのだろう。
加えて多感な高校生という時期ということもあり、誰しもが一つや二つ悩みを抱えるのは当然だ。
「そうだな―――、、『ノビレス オブリージュ』という言葉がある。」
「『崇高さには義務を伴う』ってやつかな、、?」
「知ってるなら話は早い。というか入学テスト、下から三番目―― あれも嘘か?」
「えへへ、どうだろうね?」
彼女ははにかみながら、柱にゆっくりもたれ掛かった。
後ろで手を組んでじっとこちらを眺めている。
「まあ、いいか。 そうだ、その言葉の言う義務を綾瀬はこの一週間やってきていたと俺は思っている。沢山の生徒たちと話を交わし、クラスの中心的立ち位置にいる――それは簡単にできることじゃない。今綾瀬は自分が自分であるための義務を全うしている最中なんだ。崇高さはそのうち勝手についてくるさ」
「そっか、なるほどね。分かった。君の言葉を信じることにするよ」
彼女の赤い瞳孔はいかにも真剣そのものであった。今までのふわりとした感じとは少し違う――― その瞳の裏には確かな信念がみられるが、どこか垢抜けない濁ったさまが見て取れる。
「俺の言葉は参考程度だ。あまり気にする必要はない」
「うん、でもなんかすっきりした、ありがとう結城君、じゃあ、そろそろ行くね。」
「ああ、その柱の後ろにあるものも忘れずにな」
初期装備にあった時限爆弾である。
先ほど綾瀬が柱に寄りかかったときにつけたものだ。試験開始と同時に爆発するようにしておいたのだろう。彼女といると正直まったく気を抜くことができない。
「ふふふ、君にはさっきから負けてばっかだなぁ」
そういって綾瀬はほほ笑むと、時限爆弾を手に取りくるりとUターンして出口へと歩を進めた。そして立ち止まると、―とりあえず今回は一人でやってみるよ― とつぶやき部屋を後にした。
決意への表れか、それとも俺からの協力を得られなかった不満からか、その言葉は少々澱んでいていささか重たく感じた。