3 やっぱり人生には勝てなかったよ
1年後。
冒険者の集まるギルド。
既に日没をむかえ、すっかり暗くなった。
夕方にもなると、報酬を受け取り財布の暖かくなった冒険者たちが併設された酒場で、威勢よくビールを飲んでいる時間だ。
酒場に、ひとりの男がふらふらとした足取りで入ってきた。
「今日も、疲れた……」
男は、目の下にクマを浮かべ、疲れのあまり思考がまわらないモヤのかかった頭で、カウンター席の隅に座った。
サラリーマン時代と変わらないうだつのあがらない生活だ。
休みがないうえに収入が不安定な分、今の冒険者生活のほうが厳しいかもしれない。
「今日も、お仕事お疲れさまでした、ケンイチさん」
酒場の看板娘であるネイアちゃんが言った。ショートヘアでエプロンをした彼女は、いつも明るくふるまい、おてんばで純真なその姿に、ケンイチを含めた男性冒険者の多くは、大ファンとなっている。
常連であるケンイチに、定食を持ってきてくれた。
「元気だしてくださいね!おつまみ、サービスしておきますから。そんな疲れた様子だと、私、心配になります」
ネイアは笑顔で言った。
「ネイアちゃん……ありがとう。俺、がんばるよ」
「へへ……ケンイチさんが、元気だと、わたしもうれしいです」
ケンイチは思わず、じっとネイアの顔を見つめた。
ネイアは、ケンイチの視線に気づくと、分かっていますよ、と言わんばかりに、優しい目でうなずいた。
「ネイアちゃん、生3つ!あと、なんこつの唐揚げと、それと……」
テーブル席の客の注文が聞こえてくる。
「はーい、すぐに行きまーす!」
ネイアは注文を取りに言った。
「ネイアちゃん、かわいいなあ」
ケンイチは、ジョッキに入ったビールを飲みながら言った。
1年前、ケンイチは異世界転移したが、転生前と似たような冴えないポジションに落ち着いた。
あのガチャで手に入れた☆5<媚び売り>スキルの使い道は、よくわからない。特に交渉がうまくなった覚えもない。ギルドでは、ジャパニーズサラリーマンとして、身につけた営業スキルで立ち回っている。
☆4の<カタログギフト>は、お歳暮や結婚式でもらったりするカタログギフトの本を呼び出すだけの魔法だ。
地球が懐かしくなったときに、眺めるくらいだ。魔術師によっては、魔法で作った本を触媒に魔法を唱える人もいるので、本が呼び出せること自体は、学年にひとりはいるよね、ってくらいの珍しさ。宴会芸にしか使えない。
この1年間ケンイチの身を助けているのは、☆2以下のスキルたちだ。どこがジャンク品だ。あのふざけたガチャをぶちまわしてやりたい。
C級冒険者は、セミプロレベルの扱いをうけるので、ガチャでC級ライセンスを手に入れたケンイチは、それなりの報酬の依頼を受けることができる。むろん、実力は初心者なので、危険度の低い後方支援要員として、依頼を受けている。
当然、戦闘にも参加することもあるが、そこは<紐ボクシング3級>の出番だ。
電灯のヒモをかいくぐり、撃ち抜く程度の運動能力を身に着けている。
なので、運動下手のぶざまな姿は、多少緩和されている。逆上がりができる程度の運動神経を手に入れたのは、ありがたい。
他のメンバーがひるませた敵を、タカシから受け継いだ<めっちゃ硬い剣>で叩き潰している。今のところ、これでボロは出ていない。そもそも、後方支援として雇用されているので、戦闘能力は期待されていないというのもあるけれど。
「ケンイチさん、チャーハンつくるのがうまいんだって?一緒にクエストをした人が、とっても美味しいって言ってたよ。わたしも食べたいなぁ~」
注文を取り終わってカウンターに戻ってきたネイアは言った。彼女は、頬を膨らまして、スプーンで食べるしぐさをする。
「そっ、そんなことないよ。それに例え、料理が上手でも、冒険者には関係ないから」ケンイチは答えた。
「わたしは、料理がうまい人好きだよ」
そう言って、ネイアはニコッとした。
ケンイチの心臓はバクバクする。童貞にこれは、刺激が強い。
「おじさんをからかうんじゃない」
ケンイチは、普段ならちびりちびりと飲むビールジョッキを一気に、ごくりと飲み干す。
「ネイア、おじさん好きだよ。だって、若い乱暴な冒険者より、落ち着いてるもん。大人の魅力って、いうのかな?
ネイアね、引退した冒険者さんと一緒に、お店をやるのもいいなって考えてるの」
「ほんとうかい?ネイアちゃん!
おじさんもね、最近、冒険者の引退を考えてるんだよ。身体のあちこちが痛くってね」
「おじさんとネイア、相性いいかもね?」
ネイアはそう言うと、他の客に呼ばれて注文をとりに行った。
これはネイアちゃんなりのアピールなのだろうか?いや、社交辞令に違いないよな、という思いが、ケンイチの脳裏に交差する。
実際、意気込んで冒険者を始めたものの、壁にぶつかっている。
ろくに鍛えていない身体に、加齢による衰えだ。
慣れによる補正はあっても、動きは悪くなるいっぽうだろう。現に、腰痛の前兆らしきしびれが始まっている。肩こりもひどい。
幸い一年間、この酒場での食事代以外には、贅沢はしていない。
貯金も200万ゴルドある。暮らした感じでは、1ゴルド=約1円なので、200万円はある。
ギルドの向かいにある小さなテナントなら、1年間は借りられる。それに<チャーハン>スキルもある。小さな定食屋なら、やっていけるかもしれない。
そう考えると、ケンイチのなかで、さきほどのネイアの言葉の重みが増してきた。これは自分の人生におけるターニングポイントではないかと思えてきた。
思い返せば、先程のネイアちゃんの態度も満更ではない、と思えてきた。
これはチャンスかもしれない。自分から動かなければ、恋を掴み取ることはできないのだ、とケンイチは自分に言い聞かす。
ケンイチは、会計を済まして、席を立つ。
そして街へ出た。まだ、宝石店は開いている。
ケンイチは慣れない宝石店の自分とは無縁の雰囲気にひるんだが、勇気を出して、扉を開けた。
「指輪ありますか?」




