第29話 花盗りの命運
幾重にも重なる敵。
最奥には火炎の魔法使い。
この集団の首魁、ローブの男は動かない。
俺は、身に宿る魔力を真銀鋼の双剣に一杯まで込めた。
うっすらと青く光る白刃。
「切り裂け、風裂斬! 走り抜け、雷過流!!」
鋭い斬撃を受けた敵が絶叫をあげて崩れ落ちる。
雷電を帯びた旋風をまともに食らった敵は無言で倒れ伏した。
が、最奥の火炎の魔法使いは前衛の被害など気にも留めない。
詠唱が終わりそうだ。
だが、かまうものか――。
俺は手を止めることなく、健在の敵を削っていく。
そして、詠唱を完成させた魔法使い数名が攻撃を放つ。
幾筋もの火炎の奔流が迫る。
それを力技の強引な剣で弾き飛ばす。
さらに、いくつもの火炎の条。
野盗集団の首魁の姿がチラと視界に入った。
そのフードの男は、仮面の奥でニヤニヤと笑っているかのようだ。
小賢しい。
余裕ぶって構えているのいまのうち。
目の前に立ち塞がるもの、すべて残らず薙ぎ払ってやる。
ちょうど真銀鋼の剣に魔力も馴染んできたところだ。
俺は、身に宿る魔力を一気に放出し、剣に濃密に絡ませた。
覚えたての技だが、試してみるのもいいだろう。
防御と攻撃の一体技。
「爆風・閃!」
火炎が届こうとする瞬間、弾ける空気の衝撃波がその火炎を爆散させる。
そして、爆風を伝って雷撃の一閃が走る。
「ぎゃああああああ」
敵の魔法使いたちが雷撃を食らって崩れ落ちた。
稲妻の直撃を免れた魔法使いも、俺の連撃の前になすすべもなく蹂躙される。
残るは首魁のみ、と最後の標的に狙いを定めようとしたが――
いない? どこだ!?
首魁は姿を眩ませたようだ。
舞い上がった爆煙が風で流れていく。
煙が途切れたその隙間に――
「シルー! あぶない!」
少し離れたところにいたシルに襲い掛かる一つの影。
いつのまにかシルに接近していたローブの男だ。
「きゃっ!」
と、シルの叫び声。
「だ、だいじょうぶ! かすめただけ、当たってない」
シルは咄嗟に風の壁を展開したようだ。初撃は防いでいる。
しかし、敵の首魁は、次段の剣戟を浴びせようとしている。
魔法攻撃は撃てない。シルに当たる。
この距離からでは剣戟も届かない。離れすぎている。
ならば――
「噴進!」
自身の後方で空気の塊を爆散。その圧力で前方に急加速。
体勢を崩しながらもシルを襲う敵首魁との距離を一気に縮めた。
疾風の突きをヤツに見舞う。
ローブの男は禍々しい剣身から真紅の焔を放ち、俺の一撃を寸前で弾き返した。
だが、反撃の間を与えるつもりはない。
俺は連撃を加え続ける。白刃が重なったところで、雷撃を撃ち込んだ。
「(雷震!)」
「ふん!」
だが、雷光がヤツを貫くことはなかった。
ローブの男がはじめて低い声をあげる。
「やはりな、稲光の力か……同じ手は二度も通用しねえよ。この剣の柄もローブも特別製だ。おまえの雷など効かねえぜ」
この半仮面の男……くぐもった声だがまちがいない。
俺はこいつを知っている。いま目の前にいるこの男は昨日の狼藉者。
つまり――
「貴殿はアルマンだな? 答えろ」
「さあね? なんのことやら」
そして、俺はいまやっと気が付いた。
シルが激しい怒りを向けていたコイツがすなわち――
「貴殿、風精霊の里を襲った盗賊だったのな?」
「さっきからごちゃごちゃとうるせえな」
俺は視線を前に向けたまま、シルに問う。
「合っているか、シル? この男かつてお前のところを襲った張本人だな?」
「うん」
シルが静かに肯定する。
と、ローブの男がシルの方を向き、不意に口を開いた。
「おやおや、とんだ濡れ衣だな。証拠でもあるのか?」
「顔を隠しても声を変えてもわかる。それにあなたたちが里を襲ったとき、あなたの手下はあなたのことをたしかに『アルマン』と呼んでいた。そう、隠そうともせずに」
「ありふれた名前だろう? 言いがかりはよせよ」
たぶん、シルたちのことは皆殺しにするつもりだったのだ。
だから憚ることなく平然と名を呼びあった。
シルの声にさらに憎しみの感情がこもる。
「とぼけないで! あなたは里を襲った盗賊団の首魁。間違いない。わたしは覚えてる。このどうしようなく不快な心の色。絶対にあのときの男だ。許せない!」
「へぇ、そこの精霊、雷撃で邪魔をしてきたやつみてえだな? 全部始末したと思ったんだがよ……生き残りがいたとは驚きだぜ」
俺は目の前の男を見据えて言う。
「貴殿はアルマン、風精霊の里を襲った一味の首魁で間違いないな?」
「だとしたらどうする?」
「とぼけないといったでしょう!?」
ローブの男がシルを睨んだようだ。
底冷えするものを感じ取ったのか、シルはとっさに俺の陰に隠れた。
ローブの男の視線がこちらに向いたと感じた。
「めんどくせえな。精霊がお前の味方とはな……だが、問題ない。まとめていま始末しておけば後腐れない」
「いまの言葉、どういう意味だ?」
「さあてね」
「答えろ、精霊がいると都合が悪いのか?」」
回りくどい男だ。
いちいちもったいぶっていていけ好かない。
シルは精霊石に宿る魔力を感じ取れると言っていた。
シルが邪魔だということは、やはり、ヤツは精霊石を使ってなにか良からぬことを企んでいるのだ。
「ならば、一つ聞く。どうやってこの場所を突き止めた?」
「簡単なこと、オレのちょっとした特技だ。オレは精霊の気配が分かる。たとえ姿かたちを変えていてもな! 今朝、その精霊がお前の屋敷を出るとこから追跡した。ただそれだけだ」
そういうことか……。
まさかそんなヤツがいるとは思わなかった。
「ついでだ。もう一つ答えてくれ。精霊の気配を探れる者はほかにどのくらいいる?」
「さあてね、同類の話など聞いたことないな。このあたりでは俺だけじゃねえか?」
ならば、それでいい。安心した。
たいした問題ではない。もうこれ以上の問答は必要ない。用件はすんだ。
――ここでお前を討てばいいだけ。
「そうか、さらばだ、アルマン」
最速の踏み込みで間合いを詰める。
繰り出すのは、渾身の威力で放つ双剣での連撃。
「カン、カン」
と甲高い金属音が響き渡った。
ヤツは脚をもつらせながらも、俺の連撃を受け止める。
相手も防戦一方というわけではない。
連撃の隙をついた素早い一撃が繰り出された。
しかし、ヤツの剣筋はもう完全に見切っている。
俺はわずかに距離を取って相手の剣をいなす。
剣技自体はもともと俺の方が上なのだ。
「こんなものだったか、貴殿の剣は? 期待外れ。がっかりだな」
「き、きさまー! 調子に乗りやがって、この落ちこぼれがー!」
ヤツは激情を抑えようともせず、火炎の魔力を剣に込め始めた。
火炎の痛撃がくる。
先の競技会ではこの火炎の魔法剣に俺は敗れた。だが、いつまでもそれが通用すると思わない方がいい。
俺は発動の最も早い風魔法を繰り出す。
「させるか! 風魔法、空針!」
「ぐあっ!」
鋭い風の穂先がヤツの肩口を穿つ。
これもシルとの訓練の賜物。発動の早い咄嗟攻撃を会得できたおかげだ。
「ぐふはっ!」
アルマンの口から悲痛な叫びが漏れた。
だが、ヤツは火炎を繰り出すことを諦めない。詠唱が続く。
「往生際が悪いな、それならばこれを食らえ! 雷魔法、雷矢!!」
俺は剣を叩き込むながら同時に雷の一閃を送る。
「ちっ、くそっ!」
アルマンが悪態をつき、放出寸前だった火炎魔法が霧散した。
「どうした? 詠唱をやめたのか? 火炎がしぼんだぞ?」
アルマンは俺の雷撃を相当嫌がっている。
ヤツが雷撃への防御を優先したことで、途中まで完成していた詠唱が途絶えた。
ヤツの特別製ローブは雷魔法を散らす効果があるようだが、意識して魔力を込めないと雷撃を防ぐことはできないとみた。
ここで一気にかたをつける。
シルとの訓練で培った実力を存分に発揮するのだ。
俺はもう半年前のみじめな俺ではない。
双剣での猛烈な連打。二重の魔法剣の乱れ打ち。
「カッ! カッ! カン!」
「このゴミ屑がー! おらぁぁああ!」
対するアルマンも懸命に応戦するが、剣技では俺に分がある。
ヤツの方が徐々に劣勢にまわる。
そして、ヤツの一瞬の隙をついて、俺は斜めに切り上げた。
「ズサァ」
肉を断つ鈍い音が届く。
剣を握る男の手首が地面に転がった。
「ぎゃあああああ」
と、ヤツの絶叫がこだまする。
「お、おのれ、おのれ、おのれー! 泡沫貴族の落ちこぼれがぁぁああ! やってくれたな! よくもやってくれたなー! ゆるさん!」
「利き手は奪った。もう終わりだ」
俺がそう告げると、アルマンが怨嗟の念を浮かべながら俺たちの方を睨む。
ヤツは残った手で火炎を生み出し、反対の手首の断面を焼いた。
止血のつもりなのだろう。辺りにひどく嫌な臭いが漂う。
フードの奥から覗くヤツの目に黒炎が燈った気がした。




