第30話 失われた楽園
シルが俺の耳元に慌てて駆け寄る。
「ライナー、気を付けて、なにかおかしい。へんな魔力をわずかに感じる」
「ほんとうか?」
「ええ、これは精霊石に特有の反応よ。染み出るような徴。気をつけていなければ分からないほどの小さいわ」
「この花園からヤツら掘り起こしたものではないか?」
「ううん、ちがうの。この気配はいま突然沸き上がった。盗賊が集めたのはたぶんあっちにまとめてある」
と、シルはアルマンの後方にある岩陰の方を指さす。
では、なんだ?
「この気配の元はその男。それから倒れている魔法使いのところからも漏れ出てる」
シルがそういうので、周りを取り囲むように横たわった数名の魔法使いを見渡した。
ローブの男がいまいましそうに口を開く。
「やはりな、そこの精霊にはわずかな精霊石の気配も感知できるみてえだな。うっとうしい。早めに始末しとくにかぎるか。ここで灰になれ」
ローブの男は、懐からおもむろに小箱を取り出し、蓋を開ける。
まばゆい赤い光が漏れ出た。
同時に、地面に倒れている魔法使いたちの服の奥からも同じような光が染み出した。
「ライナー! 精霊石に込められた魔力が吹き上がってる」
まずい……これは精霊石を触媒とした大規模広域魔法の発動の前兆だ。
「シル、逃げるぞ!」
「うん」
「もう、遅い! 死ね!!」
ローブの男が短く叫ぶ。
次いで、妖しく光る精霊石を小箱ごと放り投げた。
その途端、精霊石から火炎の柱が立ち上る。
共鳴を受けたように周囲の精霊石からも火炎の柱が噴出する。
数秒のうちに業火が広がった。
俺たちはあっという間に高い火の壁で囲まれてしまう。
ローブの男が背を向けて走り出すのが、炎の揺らめきの向こうに一瞬だけ見えた。
シルがとっさに前にでる。
「ライナー、下がって」
「やめろ、無茶するな!」
「ここはわたしに任せて!」
と叫ぶシルが咄嗟に風の壁を作る。
火炎の波はかろうじて押しとどめられた。
だが、火炎の勢いは増すばかり。
「ライナー、どうしよう? ずっと支えてはいられない」
「くっ!」
周りは火の海。逃げ場所などない。
これだけ奥行きが深いと突っ切るのも難しい。
であれば――と俺は決断する。
俺は片方のブーツを脱いだ。
「シル、お前は飛べる。脱出経路は『空』しかない。お前だけでも逃げろ!」
「ま、待って、だめ、いや!」
俺はシルをブーツの中に無理やり押し込める。
「だめ! ライナー、やめて!」
脱出を拒むシルに俺はそっとほほ笑みかける。
ブーツを放り投げた。
「風魔法、旋気!」
空気を一気に爆ぜさせる。
渦の風はシルを包み込みながら、空高く押し出した。
だいじょうぶだ。
火炎の熱はシルにあたっていない。
ブーツが昇り切ったところで、シルがその中から飛び出したのが見えた。
無事に脱出できた。よかった。
しかし――
これは絶対絶命……だな
俺自身は危機の真っただ中だ。
「爆風! 爆風!! 爆風!!!」
風魔法の乱れ打ち。
風の塊を火炎の壁にぶち当て、なんとか火勢を殺そうと試みる。
だが、精霊石から生まれた業火はその風さえも食い尽くし、留まることを知らない。
徐々に押され、こちらの魔力も尽きかける……。
「これまでか……」
そう諦めかけたとき――
「ライナー! 身を護って!」
火の壁の向こう側からシルの叫び声が上がる。
「巻き上がれ、大旋風!」
火の壁の向こうに水の竜巻が登った。
そうか……。
シルは、自分の持つ最大威力の風魔法を使って泉の水を巻き上げたのだ。
水の柱が迫り、火の壁を割る。そして、空からは大量の水が降ってきた。
どしゃ降りと呼ぶのも生ぬるいほどの滝のような圧倒的な水量。
手に負えないほどの勢いを誇った火の壁にも綻びが生まれる。
俺はその隙を突っ切って、火炎の壁を抜け出ることに成功した。
素早く辺りを見回すが、ローブの男は見当たらない。
ヤツの襲撃を警戒したのが、気配は一切ない。
もう遠くに逃げたようだ。
「シル、ありがとう。助かった」
「ううん、あなたがわたしを逃してくれたおかげよ。あなたが無事でよかった」
シルがほっとした表情を見せる。
しかし、それは少しの間。早口でまくし立て始める。
「あのね~、でもね~、もうあんなことは二度としないで! わたし怒ってるのよ! 自分が犠牲になればいいだなんて考えは馬鹿げてる。わたしは自分だけ助かってもうれしくない。ライナーといっしょがいいの!」
「あ、ああ、すまなかった。ほかに選択がなかったのだ。しかたなかろう?」
謝る俺に苦笑を浮かべたシルは、倒れこむように腰を下ろした。
「あぁ、もうだめ、わたしは魔力を使い果たしたわ」
「すまないが、俺ももう魔力はない。」
あれほど巨大な水流でも、火は完全には消えてくれなかった……。
「残念ね、精霊石も使ってみたのに……」
シルはあの大旋風を起こすとき、盗賊が集めた精霊石の一部を、風魔性の触媒に使ったらしい。
たぶんローブの男が去り際に回収し損ねたものだろう。
目の前で泉の花園が燃え落ちる……
シルが一生懸命に世話していた花々が灰と化していった。
二人でぼうっとそれを眺めている。
そんななか、遠くから馬の蹄の音が聞えてきた。
先頭は俺の愛馬アンバー。その後ろに近衛騎士団の騎馬集団が続いていた。
「おーい、ライライ! 無事かー!!」
友人オーエンが駆けつけてくれた。
「おぅ、俺はここだ!」
幸いにも、この警邏小隊には、オーエンを含め、水魔法の使い手が何人かいた。
彼らの懸命な消火活動でなんとか鎮火に成功する。これで火が森に燃え広がるのは免れた。
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その後、盗賊についての事情聴取を受ける。
小隊長トリスタンが問う。
「それで、賊はだれが率いていた?」
「アルマンです」
「証拠はあるか? 貴君の証言だけではナウリッツ辺境伯家を追い詰めるのは難しい」
俺は盗賊を率いていた首魁がアルマンだと確信している。
が、残念ながら証拠が薄い。顔を直接見たわけではなく、声もはっきりとは分からない。
ヤツの仲間の遺骸は燃え尽きていて、見るも無残な姿になっている。身元が判別できるような状態でなかった。
そして賊の首魁がアルマンであることを示す遺留物も見当たらない。
切り落とされたヤツの手は灰と化していた。
風精霊シルの証言を加えても……根拠が薄いことには変わりないだろう。
「トリスタン殿、残念ながら――」
主犯がアルマンだと他人を説得できる材料が乏しかった。
泉の畔でそっと佇むシル。
ほとんど燃え尽きてしまった花畑をみて、落ち込んでいた。
俺はある物のひと塊を差し出しながら、シルに声をかける。
「ほら、そんなに下を向くな」
「それは?」
「さっき見つけた。まだいくつか残っているはずだ。土の中までは炎が届いていないところもある」
白精蘭の球根をみてシルが慈しむような笑みを浮かべる。
「多少煤けているが、この花の球根はお前みたいに強い。きっとまた芽を出すさ」
「そ、そうね、わたしも探してみる。集めてまたどこかで育てるわ」
明るさを少し取り戻したシルに俺は思い切って提案してみることにした。
「あーそのな……そのことなんだが……」
「どうしたの?」
シルが小首をかしげる。
「俺の屋敷の庭には、井戸が自噴している。綺麗な水だ。中心街からも離れているので、緑も多いし、風もよく通る……」
「そうね、でもそれが何か?」
シルがまえに言っていた。
白精蘭が育つには、水の力、大地の力、風の力がうまく溶け合う環境が必要だと。
「この泉の周りには及ばないかもしれないがな……あの屋敷の庭も悪くないと思うのだ。あそこに球根を植えよう……きっと育ってくれる。それからな……よかったらシルも屋敷に来ないか?」
「えっ?」
「だ、だから、お前の身が心配なのだ。落ち着くまで一緒に暮らそう」
「で、でも……迷惑じゃないの?」
「そんなことはない」
俺は遠慮するシルを説得した。
やがて、シルはモジモジしながら、遠慮がちにコクンと頷く。
この天真爛漫な風精霊をみて、俺は改めて決意する――彼女を守り抜こうと。
そして、もう一つ俺は心に決めた。絶対にヤツを討ってやると。
シルには告げていないが、アルマンは必ずまた俺の前に立ち塞がる。
ヤツが何を企んでいるかは知らないが、必ずまた現れる。
この可憐な精霊に苦しみを与え続けた宿命の敵を必ず葬る。
誰がなんといおうと、俺はそう決めたのだ。
数日後、ナウリッツ辺境伯嫡男のアルマンが失踪したとの報が届いた。
<第三章 ~因縁~ 終わり>




