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晴れときどき雨、狐日和  作者: 藤原夜純
第一章 神と使徒と精霊と
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第一章 16 家出娘

「た、大変失礼を致しまして……本当に申し訳ございません……!」


 さて、場所が変わって衛兵さんたちの詰め所である。

 あのあとだけれど、突然押し倒されたことで何もできずに慌てる俺、大好きなアイドルを前に暴走した女子高生みたいになった彼女、まさか危害を加えるつもりかと殺気立つ隊長さん、そして何事か祭りか羨ましいと騒ぎ立てる衛兵さんに街の人々。

 カオスとしか言い様がない空間と化した門の前であった。


 一周回って落ち着いた俺が彼女をなんとか(物理的に)落ち着かせて、お祭り騒ぎになった門の前は衛兵さんたちに任せた。で、彼女に害意はなさそうだという俺の言葉を信じた隊長さんが彼女を詰め所まで運んで、時間にはまだまだ余裕があるからと俺もそれに着いて行って。

 その後詰め所で目覚めた彼女に隊長さんが何が起きたのか説明したところで冒頭に戻る。ちなみに綺麗な土下座を頂戴している。


「誰か怪我したわけでもないですし、気にしてませんから大丈夫ですよ」

「寛大なお言葉ありがとうございます! しかしホムラ様に失礼なことをした自分を私は許せません!」


 と、こんな感じで頭を上げようとしない。

 隊長さんも苦笑いというか、このままでは話が進まないので無理やりいくとしよう。

 彼女の肩に手を置くと、その体がビクリと跳ねた。


「顔を上げなさい」

「は、はい!」

「はっきり言いますが、気にしていないという私の言葉を無視して謝り続ける方がよほど不愉快ですよ?」

「……っ! も、申し訳ございませんっ!!」

「はい、じゃあこれで終わり。隊長さんも困ってますし、話を聞かせてもらえますか?」


 泣きそうな顔……じゃないな、泣いてるなこれ。嗚咽すらも堪えて必死に頷いている。

 ちょっとやりすぎたかなと思いつつ、俺は隊長さんにバトンタッチした。



 ◇



「申し遅れましたが、私はエイミーと言います。年齢は十七。見ての通り、ではなくて黄の国(グノーミア)から来ました」


 彼女――エイミーさんはまだ赤い瞳でそう自己紹介した。


「ふむ、緑の国(シルヴェストリア)じゃないのか」

「はい。家族の中で私だけ風の神の加護を強く受けていまして……なんでしたら調べてもらえばすぐわかると思いますよ」


 あははー、と軽く笑って隊長さんに返すエイミーさん。このやり取りはもう慣れたものなんだろうと思う。

 俺にとってはこの数日で見慣れた色である、薄く緑がかった金髪。瞳の色は今はわかりにくくなってしまったけれど、そちらも綺麗な緑色をしていた。典型的なシルヴェストリアに住む人々の特徴である。

 もちろん絶対ではなく珍しいというほどでもないけれど、その精霊魔術を得意とするほどに他の国の神の加護が強いのはわりと珍しい。


「調べればってことはもしかしていいとこのお嬢様か何かか?」

「お嬢様っていうような人間じゃないですけどね、アイリア商会ってとこの娘です」

「アイリア……ってあのアイリア商会か!?」

「グノーミアにあるアイリア商会はうちだけだと思いますねー。名前騙ったら一発で潰してるでしょうから」


 笑顔でなんか怖いこと言ってる。

 隊長さんはその名前を知っているようだけど、俺の記憶には存在しない。ということは俺がここに来てからできたのか、あるいは大きくなったのか。

 こういうのがあるから情報収集をしていたのだけど、やはり漏れはどうしても出てしまう。

 悩む俺を見て話についていけてないことに気づいたのか、隊長さんが教えてくれた。


「アイリア商会はグノーミアで最も大きな商会の一つです。先日この街に到着した大規模商隊もアイリア商会によるものですが、お聞きになっていませんか?」

「……あー、商会の名前までは聞いてなかったですけど、商隊の話は聞いてます」

「アイリア商会はグノーミアの中でも特に農産物に力を入れている商会ですから、イナリ様の御威光がとても……しかしその娘が商隊にいるなんて聞いていなかったが……」

「そりゃあ商隊とは別に来ましたからね、私」


 なんてことないようにエイミーさんは言うけれど、隊長さんは言葉を失っている。


「商隊の話を聞いてからずーっと、私も行きたいって言ってたんですけどね。みんなしてダメだ、もういい年なんだからお見合いだって。終いには軟禁みたいな扱いだったもので、やってられるかと抜け出してきたわけです」

「……家出娘かよ」

「私にとっては! イナリ様の使徒様であらせられるホムラ様に一度でいいからお会いして直接感謝の言葉をお伝えすることがいちばん大事なわけでして! まぁ抜け出すのに時間かかって結局商隊には追いつけませんでしたし、すれ違った人たちからホムラ様はもう山に帰られたと聞きましたしでどうしたものかなと」


 と、突然何かを思い出したかのようにエイミーさんは俺の方を見た。


 ……ああ、帰ったはずの俺がなんでここにいるのかってことかな?


 驚きを全面に貼り付けた顔のエイミーさんだったけれど、だいぶ落ち着きが戻ってきたのか今度はその目が上下に動いて――あ、そうか服装もか。

 何から聞けばいいのかわからなくなっているような様子だったので、簡単に俺の方から説明してしまうとしよう。



 ◇



「じゃあこれからは年に一回じゃなくてそれなりの確率でホムラ様とお会いできるんですか!?」

「まぁ、そういうことです」

「おお……おおっ……神よっ……!」


 なんか神に祈り始めたけど、うん、それも俺なんだ。分霊だけど。

 いや、この場合祈ってるのは黄の国の神(ピグミー)にか。ああでも彼女の場合は緑の国の神(シルフ)なのか?

 といっても俺からしたらピグミーもシルフも神じゃなくて精霊……人々から神として扱われている以上は神でいいのか。

 ああ、ややこしい。神だの精霊だの、当事者目線だとどっちのことを指しているのかよくわからない。


「とりあえずそんなわけなので、あまり堅苦しいのは無しでいきましょう」

「それがホムラ様のお望みとあらばっ!」

「すでに堅苦しいけど……まぁ、こんなもんですかね?」


 隊長さんは困ったように笑った。衛兵さんたちもこんな感じだからな。


 そうしてもう少し話し合って、エイミーさんはあと数日この街にいることになった。

 というより、件の商隊がこの街を去るのに合わせて送り返すことになったのだ。そのまま置いておくとトラブルの火種になるし、なにより本人がもうやり遂げたというか、悔いはないといった感じで覚悟を決めた結果である。


 思いもよらないところで時間を使ったけれども、ここから寄り道をしなければ問題はない。


「それじゃあ、俺はこのあたりで失礼しますね」

「と、そういえばホムラ様はお仕事でしたね。お引き止めしてしまって申し訳ありません」

「いえいえ、面白い話が聞けて良かったです。隊長さんの方こそ、俺に関わることで面倒をかけてしまって申し訳ないくらいです」

「……お気遣いありがとうございます」


 最初は俺の腰の低さに驚いていたエイミーさんもこの短い間のやり取りで慣れたらしく、俺の言葉に気まずそうな顔で軽く笑みを浮かべている。


「エイミーさんも、またお会いできる日を楽しみにしていますよ」

「はい! ぜひともグノーミアに来られた際はアイリア商会をよろしくお願いします!」


 ……グノーミアに行ったときは。


「そう……そう、ですね。すぐには無理だけれど、数年あれば。そうしたら、神社のみんなと一緒に……」


 それは、この百五十年で一度も体験したことがないもので。


「……家族旅行」

「……ホムラ様?」


 思考に沈む意識は、心配そうに顔を覗き込むエイミーさんに引き上げられた。

 いけないと思いつつ、笑って返事をする。


「ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事を……お約束します。数年後、生活が落ち着いたら旅行に行きます。グノーミアだけではありませんが……」

「本当ですか!?」


 一転して満面の笑顔になった。

 まだまだハルが幼いし、いきなり俺がいなくなったらこの街は大騒ぎになるだろう。

 ……俺のことで大騒ぎになっていないことの方が少ない気もするけれど、まぁそれは置いておくとして。


「いろいろやることはありますからすぐにとは言えませんが、そのときはよろしくお願いしますね」

「はい! はい! ありがとうございますホムラ様!」


 そして二度目の全力ハグである。


 このままではいつまで経っても進みそうにないので、強引に引き離して俺は詰め所をあとにした。向かうのはお馴染みのフィラーさんのところである。

 道中ではこれまたお馴染みとなる街のみんなから声をかけられて、いやほんと暖かい街だと思う。


 ふと、さっきエイミーさんに抱きつかれたときの暖かさを思い出した。

 思えば神社に住むみんな以外とああして触れ合ったのは初めてだ。街の子どもだって恐れ多いと抱きついて来たりはしない。

 せいぜい手が触れるとかそのレベルでしかなくて、はっきりと意識に残っているものはない。


 街に住む、普通の人。その温もりはこんなにも暖かかったのか。

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