No.3 敵襲
日が昇り空の闇が薄くなり始め、夜の船出から船が帰って来た頃、青年とリランは村の北口でエルフを待っていた。二人とも背に黒いバッグを背負っていて、中には水や食料が入っている。
リランはエルフが来るのを待ちきれない様だ。体をふらつかせたり、あちこち歩き回っている。彼女は今満十九歳なのだが、村とその周辺以外へあまり出たことがなかった。ましてや賢者の森などそうそう入れるものではない。一生の思い出になるだろう。
でも目的はアレックスの治療、あまり浮わついた気持ちでいてはだめよわたし。――あぁ、でも楽しみ!
「遅いわね」
リランはため息をついた。
「あぁ。もう約束の夜明けは過ぎてるはずだが」
しかしエルフはいつまで経っても来ない。もう太陽が水平線から顔を殆ど出している。
「仕方ないわ。一旦あのお医者さんの所へ行ってみましょう」
リランがそう促したが、青年は一向に動かなかった。厳しい顔つきで森の方を見ている。
「どうしたの?」
青年は答えなかったが手で静かにとリランを制した。森の方から少し魔法の気配がしたのだ。――攻撃的な魔法の気配。
来ないエルフ、森からの魔法の気配。何かが起きている。
「リラン、俺は少し森の方を見てくる。そっちはあの医者の所へ行ってエルフが来ないって文句でも言ってきてくれ」
「え?」
「リランの考えた通り医者の所へ行って来てくれ。その間にエルフが来るかもしれないし俺はここら辺にいるよ」
「……わかったわ」
リランは不審そうにしていたが、やがて村へ入った。彼女が視界から消えるまで見送ってから、青年は森の中へ入っていった。
森の中は道が在るにはあるが整備されておらず、緑が道を蝕んでいる。気配がした方へ歩いていくと、森の香りに微かな異臭が混じっているのに気が付いた。血。血の臭いだ。青年はさっと身を屈め、草木に潜みつつ異臭の元へ近づいた。
臭いの原因はエルフだった。二人とも腹に大きな太刀傷がある。今にも死んでしまいそうだ。青年は周りをぐるっと見回し、バッグを置き、医者に貰ったナイフを取りだしてエルフへ近づいた。片方は男でもう片方は女だった。男は微かに呻きながら地面を見ていたが、女の方は青年を見ている。その目にはもう生気が殆ど残っていない。
「おい、何があった? 声は聞こえるか?」
女エルフは何とか答え様としたものの、声を発することができずに意識が途絶えた。今度は男の方へ声をかける。が、既に男の意識はなかった。すると青年は自分が何をするべきか知ってるかのように、男エルフを担いで女エルフとの間を三十センチ程に近づけ、二人の傷口へ手をかざした。そして彼の喉から自分でも知らない謎の言葉が出てきた。
「ケア・セーラ!」
彼の両手が輝き始め、エルフたちの傷がみるみる治っていく。彼は何故自分がこんなことを出来るのか理解していない。ただ自分の勘ともいうべき感覚に従ったのだ。
数分後、応急措置を終えた彼は自分が誰かに観られていることに気が付いた。その視線はたっぷり青年に注がれている。彼はそのプレッシャーに押し潰されそうになって、大声で叫んだ。
「誰だっ!」
すると、観察者は森の奥から思いもかけず現れた。長剣を背負った黒装束の男がゆっくりとこちらへ歩いてくる。青年はナイフを鞘から出して構えた。背負っている長剣は恐らくエルフたちを斬ったものだ。背は高く、顔は不気味な模様をした赤い仮面に覆われて見えない。青年は思わず後ずさりした。しかし唐突に不思議な感覚が、自分の闘争本能とでも言うべきものが湧いてきて、男を睨み付けた。次に彼は男の観察を始めた。
この男、さっきのエルフはわざとギリギリで生かしてた。つまりあれは誘い込む罠? 狙いは俺か? なぜだ? いや、理由は一つ、記憶を失う前の俺に関係する何かだ!
「ジェルテト、久しぶりだな。やっと会えた」
青年は衝撃に襲われた。――やはり! こいつは俺を知っている。そして今、今口にした名前らしきもの! あれが俺の名前だ!
「久しぶりだな。あんなことしてまで俺に会いに来るとは、随分俺のことが好きみたいだ」
青年の口から勝手に言葉が出た。だが彼はそれを止めない。
「あんなこと? エルフのことか? 驚いたよ、まさかお前がエルフたちを治療するとはな。何か企んでいるのかと思って思わず奥手になってしまった。ただ治すだけとは、お前頭でも打ったか、それとも死にかけて命の尊さでも知ったか?」
「なんだと? あれは俺を誘い込む罠じゃあなかったのか? ならなぜわざわざエルフたちを襲った」
「逆だよ逆。お前がこの森を通ることを知ってルートを少々下調べしていたんだが、そこをこのエルフたちに見つかってね。賢者の森のエルフたちは優秀な上に聡いようだ。こんなナリをしている怪しい奴にはまず襲うことに決まっているらしい。それにお前はエルフが死のうがどうされようが構わない奴だろう? 頭を打つ前はの話だが」
「……それで俺に何の用だ」
「とぼけるなよ、わかっているだろう? お前は見たし、そもそもターゲットだ。それは死にかけても頭を打っても変わらない」
――ターゲット? 見た? クソッ! もっと情報を引き出せ!
「他の奴らはどうした?」
「それをお前に教えると思うか? 私にとってはお前こそが肝心で重要で絶対に始末せねばならないのに。お前には情報など与えんさ」
「そうか、奴らにお前のことを知らせたからてっきりお前を始末してくれたと思ってたぜ」
「おっと、嘘はいけないなジェルテト。お前の様子がおかしいことはもう気付いてる。普通の状態ではないな。以前のお前ならいざ知らず、今のお前にそんなことをする余裕ない。さぁ、最後のお喋りもこれまでださっさと殺ろう」
男は喋り終えるや否や長剣を抜き青年に向けて斬りかかった。青年は落ち着いてそれを避けると、ナイフを持ってない方の手から火の玉を放った。が、男もそれを避けて再び斬りかかる。更に火の玉を放ち、火の玉と斬撃が相撃つ。斬撃が勝ったがやはり目標には当たらなかった。
男は青年の避けた方を予測して既に飛び込んでいた。しかし、それは青年も予測していた様で、男を十分に引き付けておいて、目を伏せ、手から強烈な光を放った。男は光をモロに浴びて思わず目に閉じた。その間に青年の強烈な拳が男の喉仏を襲う。男が声にならない呻きをあげると、今度は後頭部に鋭い打撃が繰り出された。男は俯きに地面に倒れこみ、青年は更に火の玉を浴びせた。
それからナイフで男の両の太股を斬りつけ、長剣を蹴飛ばした。さらに男の腕を足で押さえつけながら、ナイフを首に押し付けた。
「これで終わりだな。死にたくなければ他の奴らのことや今の状況について話せ」
男は朦朧とした意識を何とか鮮明にすると、薄く笑った。
「やはりお前は強いな。わかっていたさ、私がお前に勝てないことぐらいな」
「いいから話せ! 他のたわ言は許さない!」
「たがそれでも私はお前たちを殺したかった。そして証明したかった、私が唯一無二の存在だと」
「何を言ってる! わかるように言え!」
男の首から血が滴った。
「ふっ。お前行方不明で知らなかったな。だが知らない方が幸せなこともあるものだ」
「おい、いい加減にしろ!」
「私は唯一無二の、ただ一人の私だ!!」
男は叫びながら青年の腕をとり自分の喉にナイフを刺した。
ナイフに血が流れ、男は息絶えた。




