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6 この世界の中で

 目が見えなくなった――そんな風に思えるくらい、何も見えないほど真っ白な世界が消えさって、ナナミの目の前には、いつも見なれた色とりどりの世界が、もどって来ました。


「ここは……人間の世界よね?」

 広げたアンブレラを手にし、立ちつくすナナミ。

 そこは、あの見覚えのある、交差点でした。


 白や黒、多くの自動車が目の前を行き交う交差点では、信号が赤や青色、めまぐるしくかわっていきます。

「やっぱりここは、人間の世界だわ」

 ナナミは、元の世界にもどって来れたんだ、と思いました。

 わきあがってきたのは、ほっとする気持ち。

 けれども同時に、そこにリュウのすがたがないことで、気持ちがしずみます。


 金魚の天国に旅立った、あのときにふっていた雨は、今は、やんでいました。

「夢でも見ていたのかな……」

 急に、自信がなくなってきた、ナナミ。

 たたんだアンブレラを右手に持ち、背中を丸めながら、とぼとぼと自分の家に向かって歩き出しました。


「でも、この『かさ』はリュウちゃんのもの。だからぜったいに、リュウちゃんの国は、あったはずよ」


 すっかり、ナナミの頭の中が、こんがらがってしまっています。

 目じりから、いくつもの粒の涙がこぼれ落ちていくのを感じながら、ナナミはしょんぼりと歩いていきました。


 そんなに時間がたっていないはずなのに、ひどくなつかしい感じのする、自分の家。

 カギっ子のナナミは、スカートのポケットにずっとしまってあったカギをさぐり出すと、なれた手つきで玄関のとびらを開けました。

 そして、リュウのピンクのアンブレラを、入り口のかさ立てに、そっとしまいました。


「ただいまあ……」

 家の中には、いつもの学校帰りのときと同じように、誰もいませんでした。あたりまえですが、ナナミのただいまの声には、何の返事もありません。

「あっ! もしかしてリュウちゃん、水そうにいるのかも」

 夕暮れどきのうす暗い部屋につけた電気の明かりのように、パッと瞳をかがやかせたナナミは、リビングの水そうのある場所へと、走っていきました。


 ナナミが、水そうの中の金魚に向かって、話しかけます。

「キンちゃん、ギョッちゃん! ここに、リュウちゃんがもどって来なかった?」

 二匹の金魚は、ただただしっぽをひらひらとさせるばかりで、何も答えませんでした。

 何度数えても、金魚は二匹。


「そうよね……やっぱり、いるわけないよね……」

 ナナミが、がっくりと肩をおとした、そのときです。

 ピンポーン、と玄関のチャイムがなったのでした。


「どちらさまですか?」

 ナナミがインターホンの画面をのぞくと、どうやら、ご近所のおばさんのようでした。

「今日、となりにひっこしてきたものです」

「はーい、ちょっとおまちください」

 とびらを開けると、そこには、エプロンすがたのやさしそうなおばさんが、立っていました。


「あら、かわいいおじょうさんね、こんにちは。お母さん、いらっしゃるかしら?」

「えーと、まだ、もどって来てません」

「そうですか。じゃあ、またあとで来ますね。あ、そうそう、あんたもごあいさつしたら?」

 そう言ったおばさんの後ろから、頭をかきかき、てれくさそうにした男の子が、出てきました。


 白い半そでシャツに、緑の半ズボン。

 ナナミには、見おぼえが――そう、見おぼえがありました。


「これが、うちの……」

「リュウちゃん! あなた、リュウちゃんなのね? もどって来れたんだ!」

 おばさんは、口をぽっかりと開けるばかりでした。

 男の子が、えへへ、とてれながら、ナナミをじっとみつめました。


「そうさ、ボクの名前はリュウ。もどって来れたよ。もどって来たとも、ナナミちゃん!」

「やったあ!」

 ナナミが、リュウに飛びつきました。ほほを赤らめる、リュウ。


「あなたたち、知りあいなの?」

 目をぱちぱちさせてふしぎがるおばさんに、ナナミとリュウが、声をそろえて言いました。


「もちろん! ずっと前からねっ」



 ーおしまい―

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