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第115話〜捕虜の返還を完了しました〜

 デボラを振り切った俺達は捕虜収容所へとたどり着いた。後が怖いが、優しいデボラならきっと許してくれるはず。


「? お二人ともそんなに急いでどうしたんです? お水飲みますか?」

「ありがとう、シータン。一杯貰う」

「はぁ……はぁ……すみません、私も」


 この程度では俺はなんともないが、フラムにとってはキツかったようだ。そりゃ三百メートル以上全力疾走してきたもんな。これで息切れをしていない俺が異常なんだ。


「ふぅ。あと怖いのは夕食だな」

「夕食抜きにされたらご主人様が責任を取ってくださいね」

「任せろ」


 ストレージの中には遺跡から発掘してきた缶詰やレトルト食品が大量に入っているからな。デボラに許してもらうまで食いつなぐくらいなんでもない。でもデボラは優しいからちゃんと謝れば許してくれるだろうな。俺達の夕食だけ謎肉にされる恐れはあるけど。


「来たわね。今回は私達も同行して良いかしら?」

「そりゃ構いませんが、別に面白くもなんともないと思いますよ」

「森の外の景色ならなんでも珍しいから」


 エルミナさんとリファナもフラム達の手伝いをしてくれていたようだ。二人ともついてきてもらうこと自体は別に何の問題もないので了承しておく。


「捕虜の移送が終わったらあとは帰るだけだし、ゲッペルス王国の首都を少しぶらつきますか」

「あら、いいの?」

「少しだけですけどね。シータンも一緒に行くか?」

「良いんですか?」

「勿論だ。それじゃあ始めようか」


 フラムに目配せをして移送を始める。まずはこちらで名簿を使って点呼し、それから移送して向こうにもリストを渡してチェックさせる。出発前と到着後にチェックして漏れを無くすわけだ。


「んじゃ、カレンディル王国の時と同じ手筈で」

「はい、お気をつけて」


 リストのチェックが終わったのを確認し、ゲッペルス王国の王都ピドナへと長距離転移で飛ぶ。転移先は俺がぶっ壊した正門前だ。


「ぬぉっ!?」

「うぉわっ!?」


 転移先がなんかいかついおっさんの目の前だった。お互いにびっくりして咄嗟に後方に跳ぶ。どうやら正門前に展開していたお迎え部隊のど真ん中に転移してしまったようだ。目の前のおっさんだけでなく周りにはそこそこの数の騎士や兵士が展開していた。


「貴公……タイシ殿だな?」

「そうだ。すまんな、びっくりさせて。あんたは?」

「我が名はクン=ウー。ゲッペルス王国四勇者筆頭である」

「ふむ……」


 クン=ウーと名乗った偉丈夫を観察する。立派な鎧と大型のグレイブのような武器を装備している。これで長くて美しい髭が生えていたらまるで関羽だったんだがな、惜しい。しっかりと身だしなみを整えて無精髭も生えていないナイスミドルだ。


「貫禄があるというか、見るからに強そうだ」

「貴公にそう言われても世辞にしか聞こえんな。それよりも、お互いの用事を済ませたほうが良いのではないか?」

「それもそうだな。これが捕虜の名簿だ」


 クン=ウーに名簿を渡すと、彼は傍に控えていた騎士の一人に名簿を預ける。まぁ、勇者筆頭が自ずから捕虜の名簿チェックなんかしないよな。

 ゲッペルス王国側の指示に従って転移門を開き、捕虜の移送を開始する。


「そちらのご婦人方は?」

「俺の家族だ。捕虜の管理を任せていた」

「……なるほど?」


 フラムやエルミナさん、リファナはともかくシータンはどういう存在なのだろうと首を傾げるよな。うん、その気持ちはわからんでもない。でも、デボラと一緒に捕虜達の胃袋事情に尽力してくれたんだぞ。ほら、捕虜の皆さんも礼を言ってるだろ?


「世話になったな、獣人の嬢ちゃん」

「メシ、美味かったぜ」


 ほらな? でもお前ら、お触りは厳禁だ。シータンをモフっていいのは俺だけなんだよ。挨拶をしていく捕虜達に対してシータンは笑顔で手と尻尾を振っている。天使か。

 そして捕虜の引き渡しが終わる。約七百人ということもあってそれなりに時間がかかったが、まだ陽が落ちるまでそれなりに時間があるだろう。少しばかりゲッペルス王国の王都観光をする時間はありそうだ。


「これで捕虜の引き渡しは完了だな」

「ああ……待て、どこへ行く?」


 それじゃあな、と手を振って歩いて立ち去ろうとする俺達をクン=ウーが引き留める。


「いや、日が落ちるまでの間嫁達とピドナ観光をしようかと」

「よりによって大暴れしたピドナでか……豪胆だな。いや、そちらのご婦人も只者ではないようだし、何があってもなんとでもなるということだな?」


 クン=ウーの視線がエルミナさんに向く。視線を向けられたエルミナさんは全く気負うこともなく静かに微笑んだ。うん、エルミナさん、君よりレベル10高いからね。

 エルミナさんのレベルは脅威の51、俺の知る中で最も高レベルだ。剣術レベル5+を誇る現ミスクロニア国王にして剣の勇者であり、俺の義父でもあるエルヴィン=ブラン=ミスクロニアでさえレベル45。樹海に住み、五百歳を超えるクスハでもレベル38、目の前のクン=ウーは41。

 レベル75の俺は別格としてもエルミナさんの強さは破格である。スキルとかもチラ見したが、弓術とか風魔法とか普通にレベル5だったしね。


「まぁ、そんな感じだな。んじゃ、時間もないしまたな。次は五日後だ」


 クン=ウーに別れを告げて城の正門から移動を始める。前に戦った四勇者(笑)と違ってクン=ウーは落ち着いていて紳士的だし好感の持てるおっさんだったな。いきなり斬りかかってこないし。すぐに俺に斬りかかってくるこの世のおっさん達はクン=ウーの爪の垢でも煎じて飲むべきだと思う。


「さて、何を見るかね」

「お店はもう殆ど閉まってしまう時間ですね」

「そうなのね。でもまだ開いているお店もあるみたいよ?」

「酒場とかばっかだな。ああ、酒屋なんかは開いてるんじゃないか? ゲッペルス王国の酒を土産に持って帰るなんて良いんじゃないかね」

「それは良いわね。ちょっとした料理なんかも買って帰ったら?」

「そうですね、少し摘んで美味しかったら皆に買って帰ったら良いと思います!」


 四人とワイワイ話しながら中央通り沿いの店を冷やかして歩く。シータン以外は自分の身を守れるから大丈夫だが、殆ど戦う力が無い上に小さいシータンが逸れると大変なので、手を繋いで歩く。

 リファナさんや、そんなに羨ましそうな顔をするんじゃありません。ここは人生の先達としてシータンに譲る寛大な心を持って欲しい。

 五人で大通りを練り歩き、屋台の串焼きや軽食を摘み食いしては気にったものを大量に購入していく。屋敷で待っている皆へのお土産という意味もあるが、俺のストレージならできたて熱々のまま保管しておけるし、出来上がっている料理が一度に大量に必要になるような場合もある。それこそケンタウロス達を保護していた時みたいに、腹を空かした奴が大量に発生した時とかな。

 流石に武装した四人+小さな獣人一人という組み合わせの俺達に絡んでくるような間抜けも出てこなかったため、トラブルもなくピドナ観光は進んだ。もっと遅い時間だったら酔っぱらいに絡まれるということもあったのかもしれないけどな。むしろ酒屋の人に怯えられたよ。そりゃいきなり完全武装の人がワラワラ入ってきたら怖いよね。俺以外は皆綺麗な女の子だったおかげかすぐに店主のおっちゃんは安心したみたいだけど。


「これは飲んだことのない酒だな。材料は何を使ってるんだ?」

「へぇ、酒を作る地方によってまちまちですが、餅米や麦ですね。焦がした砂糖を添加するところもありやす。ホットワインみたいに暖かくして飲むのも美味いですよ」

「こっちのお酒はかなり強いわね」

「そいつは蒸留した品です。エルフの奥方」

「あら、うふふ」


 奥方と言われたのが嬉しかったのか、エルミナさんが頬に手を当てて微笑む。強いお酒を試飲して少し酔いが回っているのか、激烈に色っぽい。その笑みを目の当たりにした店主がゴクリと生唾を飲む。


「俺のだぞ」

「へぇ、わかってまさぁ。いや、しかしお羨ましい」

「そうだろうそうだろう。それにしてもどの酒もカレンディル王国やミスクロニア王国じゃあまり飲んだことのない酒だな」

「どちらの国も産物が偏り気味ですからね。ゲッペルス王国は麦も米も果物も満遍なく作れるんで、昔から色んな酒が作られてるんでさぁ。昔から魔物も弱くて少ないお国柄ですし、酒を作る余裕が多かったんですな。おかげで料理や酒造りに関しては一日の長があるってわけで」

「なるほどなー」


 確かに、この店にはワインも清酒も濁酒も揃っている。それに、最初に飲んだ方の酒は紹興酒っぽかった。紹興酒ってザラメとか氷砂糖とか梅干しを入れて飲むんだっけ? いや、あれは本場ではやらないって聞いた気もするな。どっちが真実なのかね

 でもまぁ、クセはあるけどこのままでも十分に美味いし、気が向いたら試してみるかな。


「よし、買った。この店の酒、買えるだけ貰ってくわ」

「買えるだけって……本気ですかい?」

「おう、本気だぞ。沢山買う分おまけしてくれよな」


 ザラザラチャリンとお店のカウンターに金貨を積み重ねて見せる。


「ハイヨロコンデー!」


 店主が喜びの声を上げる。酒はいくらあっても困らないからな。俺は嗜む程度にしか呑まないが、酒はこの世界では数少ない娯楽の一つだ。飲んだことのない珍しい酒は誰でも喜ぶし、貨幣経済がまだそんなに浸透していない勇魔連邦においては報奨品としても使い勝手が良い。

 あと、先程お酒を買った時にザラメの存在を思い出したので店主に売っている場所は無いかと聞いたら、砂糖やザラメを扱っている店がすぐ近くにあるというのでそちらに紹介してもらい、砂糖やザラメも大量に買った。確かザラメは煮物と相性が良いはずだし、わたあめ作りにも使える。

 わたあめなら作り方も知ってるし、作ったら皆喜ぶんじゃないかな?


「あざっしたー!」


 商品一掃でテカテカお肌になった二人の店主に見送られ、酒屋と雑貨屋を後にする。


「悪くない買い物だったな」

「そうね、美味しいお酒だったし良い買い物だったわ」

「しかし、あんなに沢山買っても良かったのですか……?」


 エルミナさんがほっこりとした顔で笑い、フラムが心配そうな顔をする。


「大丈夫、あれはクローバーというか勇魔連邦の国家予算とかじゃなく俺のポケットマネーだし」

「タイシってお金持ちなのね」

「すごいです! それにあれだけ砂糖があればお菓子もたくさん作れます!」


 リファナは高価な酒や砂糖を大人買いできる俺の財力に素直に感心し、シータンは大量の砂糖に大興奮だ。うん、虫歯になったり糖尿病になったりしたら大変だからほどほどにな。


「そりゃこれくらいの甲斐性はな」


 実際の所、自分の資産がどれくらいなのか自分でも正確には把握してないんだよ。沢山だ。

 俺の持っていた現金や財宝の類の九割くらいをクローバーの時空庫に入れて勇魔連邦の資金としてもらっているが、残りの一割でも金貨数千枚に宝石が沢山って感じだからな。金貨百枚弱で大量にお酒を買ったとしても何の問題もない。

 というか、この酒の大半もうちで消費するものじゃなく、多分クローバーの功労者に振る舞う報奨みたいな感じで使うことになるだろうしね。いくらかは雑貨店にも卸すことになるだろうし。


「どうやってそんなにお金を稼いだの?」

「色々だなぁ。一番最初に大量に稼いだのはアレだ、剣や槍なんかを作りまくってカレンディル王国に売った」

「ああ……あの時は凄かったですね。朝から晩までひたすら鉄を打ってましたし」

「今でもたまに夢を見るぞ……一人でやる量じゃなかったよな。もう二度とやらん」


 何本打ったかなんて覚えてないぜ。忘れ去りたい記憶だな。


「んで、その次に大きく稼いだのは大氾濫でぶっ殺した魔物素材の売却益と、カレンディル王国の報奨金だな。特にドラゴンの素材が美味しかった」

「ドラゴンって見たことないわ」

「デカいですよ。ベヘモスを二倍くらいにして翼を付けたような感じです」


 あの時は大変だったな。仕留めたは良いものの、下敷きにされて死ぬところだった。


「その後はミスクロニア王国で……いや、聞かなかったことにしてくれ」

「ああ……」

 俺の目は死んだ魚のようになっていることだろう。理由を知っているフラムが同情するような視線を向けてくる。うん、イルさんに色々仕事をやらされた時に手に入れた資金がね、結構あるんだ。後ろ暗いこともやったからあんまりオープンにできない。考えてみれば、まだまだ甘ったれていた俺にいざという時の非情さとか度胸をつけさせるためのイルさんの教育だったんじゃないだろうか、あれは。


「んで、大樹海の産品も資金源だな。なんだかんだで俺の財産はほとんど魔物を狩って得たものだな」


 今なら魔導具や魔法文字を刻印した武器でも荒稼ぎできそうだけどな。でも、他国にそういう便利なものを流出させすぎるのも国防上の理由であまりよろしくない。


「タイシくんは自分の力で全てを手に入れてきたのね」

「自分の力っつっても、リアルに与えられた力ですけどね。まぁ、全部が全部でもないですが」


 イージーモードなのは確かではあるが、それなりに苦労もしている。自分の努力が全くないというわけでもない。


「もしリアルに力を全部奪われたら養ってください」

「どうしようかしら? タイシくん次第ね」

「エルミナさんは厳しいなぁ」


 話をしながら皆で観光をしている間に陽も落ちた。そろそろ帰るべきだな。


「そろそろ帰るか」

「はい、どうしますか?」

「適当な路地裏で」


 皆で手近な路地裏に入り、身を寄せてもらって転移でクローバーへと飛ぶ。一瞬のブラックアウトと浮遊感の後に景色が切り替わった。俺達の目の前には見慣れた屋敷の姿がある。


「ほんとに便利な魔法ね。ちょっと移動する瞬間が気持ち悪いけど」

「そればかりは仕方がないな。多用してる俺ですら未だに慣れない」


 鳥肌でも立ったのか、リファナが自分の二の腕をさするようにしながら震えている。よく見るとシータンもなんか全体的に毛が膨らんでるな。かわいい。

 館の扉をくぐりながらわたあめ作りのことを考える。作り方の仕組みは覚えてるし、構造もそう難しくない。とりあえず回転するモーター的なものを魔導具で作れば……と考えていたところで顔に柔らかいものがぶつかり、視界が覆われて真っ暗になった。なんだろうとふと顔をあげる。


「おかえり」

「ただいま」


 笑顔のデボラだった。危機感に従って身を引こうとするが、それよりも早くデボラの屈強な両腕が俺を抱きしめ、再び俺の顔がデボラのダイナマイツな双丘に埋もれる、


「むふー!」

「帰りを待っていたよ」


 デボラの腕が締り、俺を強く締め付ける、ぐおああああ!? 肋骨が! 背骨が!


「後始末は大変だったよ? 何せ私一人だったからねぇ?」

「ちょ、まっ……」

「かえってきてくれて! うれしいよ!」

「グワーッ!? た、助けっ!?」


 俺と一緒に行動していた四人に視線を向けるが、既に逃走したのか影も形も見当たらない。み、見捨てられた!?


「ふふふ、逃さないよ?」

「ゆるして! アババババババ!?」


 デボラのベアハッグが俺を苛む。ミシミシと肋骨と背骨が立てる不穏な音を聞きながら、今後決してデボラを怒らせないようにしようと心に決めた俺であった。

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