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第114話〜嫁達に存分に甘やかされました〜

 やぁ、タイシだよ。額を突き合わせて小声で何か相談しているお姫様三人を前に絶賛正座中のタイシだよ。かれこれ十五分くらい経ってるんですけど、そろそろ許してくれませんかね?


「タイシさん」

「はい」


 話し合いは終わったらしい。俺は背筋を伸ばして返事をする。


「タイシさんはこの世から奴隷という存在を無くすつもりですか?」

「いや、そこまでは考えてないぞ。ただ、奴隷の血筋だからってその子孫も奴隷ってのはどうかと思ってる。借金奴隷や犯罪奴隷まで否定する気は無い」


 神妙な顔で問いかけてくるマールに俺も真剣に答える。問題がないわけじゃないと思うが、借金奴隷はこの世界においてセーフティネット的な役割も果たしているしな。犯罪者が犯罪奴隷に落とされて様々な用途に利用されるのは懲役刑のようなものだと思うし。まぁ、犯罪奴隷は使い潰されることも多いみたいだから余程運が良くない限り実質的に死刑みたいなもんらしいけどね。


「ですが、そうなるべくしてなった奴隷というのもいますわ。大量の奴隷を受け入れて自由民などにしたら治安が悪化しますわよ」

「そこは上手くやれないかなぁと。今だって衣食住の面倒は俺らが見てるようなもんじゃん? 人が増えれば勿論トラブルは増えるだろう。でも、今までに培ったノウハウもあるし、切り抜けられるんじゃないかと思う。少なくとも衣食住の提供はできるわけだし、なんだかんだで仕事は山ほどあるだろう? 開拓すべき土地もまだまだあるわけだし、人手は全然足りてないと思うんだ」

「確かに人手は足りていませんが……」

「国民を、働き手を増やすことは急務だろ? 奴隷という形で増やすのは手っ取り早いと思うんだ。基本的に、今このクローバーにいる住民の大半は同じような境遇だしな」

「ですが、主人の居る奴隷も強制的に買い上げて連れてくるんですよね? そういうのはどうするのですか?」


 ティナが冷たい目で睨んでくる。はい、すみません。


「そういう主人がいるところから無理矢理引っ張ってきた奴隷に関しては、元の主人のところに戻りたいなら戻してやろうかなと。そこら辺は俺のわがままだし、戻す作業に関しては転移で飛び回ってケアするよ。とりあえず引き離すことに意味があるんだ、表面上、良好な関係を築いている主人の居るところでは本音は話せない、なんてこともあるだろうしな」


 それに、奴隷として過ごしている人の中には誰かに依存していないと生きていけない、というような人もいるかもしれないしな。敢えて奴隷としての生活を望むような人だっているかもしれない。

 その時はできるだけ希望を叶えられるように動くさ。


「迷惑をかけるのは重々承知だ。奴隷の件に関しては完全に俺の我儘だ、すまん。でも、ピルルみたいにどこかから攫われてきたような境遇の奴隷もいるかもしれない。そんな奴らを故郷に帰してやる事ができるのは、俺しかいないんじゃないかと思うとな……いや、多分俺しかいないんだよ。だから、できることはやりたいと思ったんだ。こんな時でもないと頭ごなしに奴隷をよこせなんて言えないし」


 俺の言い訳を聞いた三人は互いに顔を見合わせ、深くため息をついた。


「タイシさん。タイシさんはとてもすごい力を持つ勇者様です。でも、所詮は一人の人間なんですよ。タイシさんが何もかもを背負う義務なんて無いんです。目についた不幸の全てを救済しなきゃならない、なんてことは無いんですよ?」

「そうですよ。旦那様が身を粉にして他人を不幸から掬い上げて、それにかかりきりになってしまったら、一体いつ旦那様自身は幸せになれるんですか? 自分を犠牲にして働き続けて、いつ自分は幸せになるんです?」

「あなたは見も知らぬ誰かではなく、私達を幸せにすべきです。そして何より、あなた自身を幸せにすべきです。あなたは生き急いでる、なんて話を他の人から何度か聞いてもいまいち実感できていませんでしたが、今ならその言葉の意味がよくわかりますわ。もっと優雅に、のんびり、余裕を持って生きるべきだと思いますわよ?」

「あー……その、ごめんなさい」


 三人に口々に言われてしまってなんも言えねぇです、はい。


「今回の件に関してはわかりました。不安はありますが、上手くやってみせましょう。勿論タイシさんにも存分に働いてもらいますが……良いですか、タイシさん。次に同じようなことがあったらキツくお仕置きしますからね?」

「お仕置き、ですか」

「お仕置きです。クスハさんに縛り付けてもらって、私特製のカクテルポーションを投与して……これ以上は言えませんね」

「やだこわい」


 マール特製のカクテルポーションとか怖いです……震えてきやがった。そんな得体のしれないものを投与した上で一体何をするんです? マジで怖いんで勘弁してください。


「マーリエル、お説教は終わりですの?」

「そうですね、あまりタイシさんをいじめるのも可哀想ですし。奴隷の件はともかく、捕虜の件と賠償金の件、それに交易の件も悪い話じゃありません。三国全てと交易ができるのであれば、上手くやれば勇魔連邦が大陸中央の貿易を全て握れるようになりますからね」

「調整が大変そうですね……上手くやりましょう」

「うむ、よきにはからえ」


 三人に睨まれる。ちびりそうになった。ゆるして。


「ま、良いですけどね。私達はタイシさんの望むとおりに上手くやりますから。ご心配なく」

「はい、頑張ります。大変ですけど」

「ちゃんと資金と物資を調達する甲斐性はありますものね。お城で腐っていたり修道院でお祈りをしていた頃に比べると、今の生活が刺激的で楽しいのは確かですわ」

「本当にありがとうございます」


 とりあえず土下座しておいた。うん、正直に言えば俺一人じゃ国の運営なんてできやしないからね。難しいことはそういう教育を受けて、かつ様々な問題が出た時にそれを解決するコネを持っている彼女達に頼る他無い。

 俺にできることなんて外敵をぶっ倒して土魔砲で家建てて、食い物やら金やら食料やら用意するくらいのことだからね。人を使って何かするとか、街や国を治めるためのノウハウなんてないんだ。

 俺と勇魔連邦民達の健やかな生活は嫁達の奮励努力によって維持されているのだ……感謝を忘れてはならない。


「終わった?」


 背後から聞こえてきた声に振り返ると、廊下からちょこんと顔を出すメルキナとカレンの姿があった。なんか可愛いな、それ。


「終わりましたよー。私達はもう少し話し合うので、タイシさんを持っていってください」

「わかったわ。行きましょ、タイシ」

「武勇伝を私達にも聞かせるべき」


 二人が正座をしている俺の両脇を抱えて俺を立ち上がらせる。結構な時間正座していたはずなのに全然足が痺れていないな、これもレベルアップによるステータス補正の影響だろうか。

 二人に引っ張ってこられたのは食堂である。朝から動き始めてゲッペルス王国から戻ってきたのが昼前だった。その後マール達に色々と報告し、お説教されて今は昼を少し過ぎたところである。

 つまり、昼飯時だ。


「今日はサンドイッチよ」

「マール姉達のところにも今頃運ばれている」


 今日の献立はサンドイッチとサラダのようである。サンドイッチの具は野菜や焼いた肉、ポテトサラダなどのようだ。サラダはポン酢を利用した和風ドレッシングが使われているようである。


「お疲れ様じゃの。ささ、席についてゆるりと休むが良い」


 食堂に集まっていたのはクスハとシェリーだけだった。


「他の皆は?」

「シータンとデボラ姉は捕虜の炊き出し」

「フラムとエルミナ、リファナも捕虜の管理やらなにやらで外じゃな。昼食は外で取ると言っておったぞ」

「このサンドイッチは朝のうちにデボラ姉が作っていったんですよ」

「なるほどな……んじゃ、食いながら話すか。いただきます」


 全員でいただきますをしてからサンドイッチにかぶりつく。うむ、美味い。


「それで、主殿は何をやらかしてお嬢達に説教されていたのじゃ?」

「うむ……それがな」


 捕虜の受け入れや賠償金に関しては事前にマール達に言われていた通りに要求を通したのだが、それに加えて独断で亜人奴隷の引き渡しと通商に関しても要求をしたことに関して怒られたと説明する。王城への突入時に多数の騎士や兵士を斬り捨てた件に関してはぼかして伝えた。食事中に擂る話じゃないしな。


「それは怒るじゃろう……」

「私は悪いことじゃないと思うけど。色々と面倒はあるだろうけどね」

「マール姉達が怒るのも仕方ない」


 流石に全面的な肯定意見は皆無で、否定的な意見が多いな。ですよね。


「どうしてそんなことをしようと思ったんですか?」

「どうして、か……一つはケンタウロスだな。俺が助けてクローバーに保護したのは一部にすぎないだろ? ゲッペルス王国に残っていたケンタウロス達の抵抗勢力は駆逐されただろうし、捕らえられたケンタウロス達はきっとまともな扱いを受けられないだろうと思ってな。それならいっそ全部面倒を見てやろうかなと。なんだか寝覚めが悪いじゃないか」

「なるほどの。ではそれ以外の亜人奴隷はどういうつもりじゃ?」

「大森林の外から亜人を拐いにくる人間の奴隷商人がいるって話を聞いたんだよ。どうせならそういう奴らも故郷に返してやりたいと思ったんだ。クローバーでの生活が気に入るなら住んでもらっても良いと思ったしな。実際の所、人手も足りないし……まぁ全部俺の自己満足だよ」


 完全に俺の我儘以外の何者でもない。人間の奴隷は見捨てているわけだしな。何故亜人奴隷に限定したのかといえば数の問題と親和性の問題だ。クローバーの住人の殆どは獣人やケンタウロスなどの亜人だ。人間よりも亜人のほうが住人達に受け容れられやすいだろうと考えたのだ。

 そういった俺の考えを話して聞かせると、最終的に皆は納得してくれた。


「タイシはお人好し」

「そうね、お人好しね。でも、良いんじゃないかしら。一人でも多くの人を幸せにしようってことでしょう? 私は良いことだと思うわよ」

「そうじゃな。多少浅慮かと思わないでもないが、主殿は主殿の思うようにするが良い。妾達はそれを支えるだけじゃ」

「色んな人が増えるのは、少し楽しみです」

「君らは本当に……なんでそんなに俺を全肯定してくれるのかね」


 なんというか、あまりにも全肯定されすぎて逆に居心地が悪い。なんというかこういう雰囲気は危うい気がしてしまう。


「別に妾達も何も考えずに主殿を全肯定しているわけではないぞ。主殿がやろうとしていることが悪行であれば命を懸けてでも止める」

「そうよ。もしタイシが凶行に走るようなら子供を産んでから刺し違えてでもタイシを殺して、私も死ぬわ」

「急に重い!? 重いよ君達!」

「主殿の力をそれだけ評価している……というのは違うの。実感しているということじゃよ。主殿が本気でこの世を滅ぼそうと思えば、止められるのは妾達の他には神々しかおらぬじゃろうしな」

「責任重大」


 平然とそんな重い発言をする三人とは裏腹に、シェリーはなんだか沈んだ表情だ。


「そういう話は嫌い……」

「そう心配するな。主殿は底抜けのお人好しじゃからな、まずそんなことにはならぬよ。むしろ、気をつけるのは妾達のほうじゃな」

「そうね。タイシに酷いことをさせたくなければ私達が気をつけなきゃいけないわ。私達に何かあったらタイシはきっと大暴れするだろうから」

「うん……今日みたいなことをタイシにさせちゃダメ。タイシがかわいそう」


 カレンが不思議な物言いをしたので、思わず視線を向ける。琥珀色の瞳が俺の目をじっと見つめていた。


「隠しても無駄。私もシェリーも匂いでわかる」

「……そっか」


 どうやら大暴れの内容をぼかして伝えたのは無駄な抵抗だったらしい。しっかりと浄化はしたのだが、そのくらいでは獣人の嗅覚はごまかせないようだ。何十人もの兵士を斬り捨てた剣の感触が脳裏を過る。死者は多分いないと思うが、人を斬る感触というのはあまり気持ちの良いものではない。


「何やら思い詰めた顔じゃな」

「タイシが沈んだ表情をしている時は甘やかしてやるのが一番効くとマール姉が言っていた」

「ふむ、ならば妾達で存分に甘やかしてやろう」

「良いわね」

「私も、頑張ります」


 皆に手を引かれ、リビングに連れて行かれて存分に甘やかされる。メルキナに膝枕してもらったり、カレンとシェリーをモフったり、クスハに抱きしめられておっぱいに癒やされたりした。なんか帰ってきてからこんな感じで甘やかされてばっかりな気がするな。


「外で好きなように暴れて、帰ってきたらこんなふうに甘やかされてたらそのうちダメ人間になりそう」

「良いわよ、ダメ人間になっても。そうしたら私達がタイシを養ってあげるわ」

「そうじゃな。これからまた人が増えれば忙しくなるじゃろうが、それも落ち着けばあとはのんびり交易しながら周りを開拓するだけで勇魔連邦は安泰じゃの」

「私とシェリーが樹海を畑にする」

「あとは皆に子供ができれば完璧ですね」


 左右にメルキナとシェリーを侍らせ、膝の上にカレンを載せて後ろからクスハに抱きつかれる。なんという最強の布陣。特に後頭部の柔らかさが最高だ。沈んだ気分も絶好調である。おっぱいは偉大だな。

 そうやって甘やかされていると話し合いを終えたのか、マール達がやってきた。


「ズルいです。私もタイシさんからエネルギーを補給したいです」

「あの、私も」

「私もですわ。頭を使うと疲れますのよ」


 今まで俺にくっついていた四人と交代してマール達三人が俺にくっついてくる。メルキナ達は満足したのか、何か編み物をしたりお茶を淹れたりし始めた。ふむ、メルキナもクスハに習って何か裁縫をしているんだな。


「メルキナは最近赤ちゃん用のよだれかけとかを縫ってるみたいですよ」

「赤ちゃんといえば、名前も決めなきゃいけませんね」

「そうですわね。貴族や王族の場合、先祖の名前をつけることも多いですけれど……」



 生まれてくる赤ちゃんの名付け論議は紛糾した。



「……何やってるんですか?」


 そろそろ陽が傾き始めようかという頃、死屍累々となっていたリビングに救いの女神が現れた。部屋中に名前候補が書かれた紙片が散乱し、参考資料にしようとした本が転がっている。俺達も転がっている。


「いや、生まれてくる赤ん坊の名前をどうするかという議論の果てにこうなってな……」


 リビングの惨状にフラムが呆れている。どういう経緯でこんなバイオレンスな感じになったのかは説明できない。妊婦も居るしじゃれあいみたいなもんだ。現に二人はソファに座ったまま突っ伏しているだけだし。ちょっと始原魔法でスキンシップをしただけである。この中では一番魔力が低かったネーラと逆に魔力が高かったクスハが人様には見せられない顔になっているけど。

 前者は一撃でノックダウンし、後者は容赦なく集られて潰された。俺? 俺はほら、本気出せば全員一撃でノックアウトだから。今、俺が無事であることが何よりの証明だろう?


「なにやってるんですか……そろそろ捕虜の移送時間なので、お願いします」

「わかった。おお、おかえりデボラ! 良いところに帰ってきたな。後は頼んだ!」

「ああ、ただいま――って、えぇ? なんだい?」

「すみませんデボラさん、私にも仕事があるのでここは任せます」


 俺とフラムは速やかにその場を離脱する。割と全力疾走だ。背後でデボラの怒りの咆哮が聞こえた気がするが、きっと気のせいである。さぁ、お仕事お仕事!

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