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第106話〜嫁達と穏やかな時間を過ごしました〜

ストックを吐き出していくスタイル!_(:3」∠)_

 物資集積場というのは所謂共同倉庫のようなものだ。衣料品や寝具、様々な道具や武具、毛皮や魔物素材、製材した木材や金属鉱石などの資材や物資を集積している。その量は膨大で、管理するために船用の人員を配置しているほどだ。住人達は必要に応じてこの物資集積場から様々な物資を持ち出して利用することができる。まだ貨幣経済が浸透していないので、半ば配給のような形で、だ。そのうちこの辺も良い感じに変化させていかなきゃならないんだよな。


「おう、主殿」

「ああ、お久しぶりです。ご無事で何より」


 物資集積場に着くとクスハとヤマトが書類片手に何かを話し合っていた。俺に気づいた二人が声をかけてきたので片手を挙げて応える。


「物資の備蓄状況はどうだ?」

「まだ人数がはっきりとしておらんのでわからんが、すぐにどうこうということはないの。半年くらいはなんとかなると思うが」

「そうですね、それくらいは。ただ、早めに食料の備蓄を増やしたほうが良いかと」

「そうか。寝具はどうだ?」

「毛皮なら有り余っとるから大丈夫じゃろ。快適な寝床とは言い難いだろうが、文句が出るほどではあるまいて。主殿が雨風の凌げる立派な宿舎も作ってくれたようじゃしな」


 クスハがにやりと笑い、額にある宝石のように紅く煌めく複眼が怪しく輝く。

 彼女はアルケニアと呼ばれる種族の長で、俺の嫁の一人だ。太ももの辺りから上は艶やかの黒髪の美女で、そこから下は凶悪な大蜘蛛という姿がアルケニアという種族の特徴である。ああいや、美女だけじゃなく美丈夫もいるけどね。大蜘蛛の上に人間が生えているような種族と思ってくれればいい。

 若々しく美しい容姿をしているクスハだが、その年齢は軽く五百歳を越えている。長年アルケニア達の長であったために尊大な言葉遣いだが、その実俺にベタ惚れで夜が激しい。激しいというのは物理的にである。流石にもう慣れてきたが、最初の頃は血を見ることも少なくなかった。

 彼女はアルケニアの中でも旧い血というか、原種の突然変異種であるらしく、強力な戦闘能力や稀有な鑑定の魔眼を持つ代わりに興奮すると強い捕食衝動に襲われる。実際のところ、俺以外の男が彼女の伴侶となることは不可能であろう。


「主殿?」

「ん、ちょっと考え事をな。それじゃあれだな、できるだけ早く食料の補充か、そうでなければ捕虜の返還をした方が良いな」

「返還、のう。奴隷として売り飛ばさんのか?」

「お前はたまに俺を試すような真似をするよな」


 苦笑いを返しつつ、その線も一応は考えてみる。うん、現実的じゃないな。奴隷として彼らを扱うのであれば買い手がつくまで彼らを養わなければならない。その彼らを養う余裕が今の勇魔連邦には無いのだ。肉類はともかく、野菜や穀物などの自給手段が全く整っていない。畑の開墾は精力的に行われているはずだが、まともに収穫するには数年はかかるものだという。

 労働力として使うなんて方法もあるのだろうが、獣人やケンタウロス達の方が労働力としては上だ。人間はなんでも器用にこなすが、フィジカル面では勇魔連邦の住人達には敵わないだろう。つまりそういう意味での旨味も少ない。

 最後に身代金を請求するなんて方法もあるだろうが、貴族でもなければ大した金額は取れないだろう。まだ未調査なので捕虜達の身分は分からないが、俺の私見だと殆どが徴兵された農民じゃないかと思っている。もしそうなら身代金を請求するだけ無駄だろう。

 というか、何より手続きやら何やらが面倒だ。


「やっぱり割に合わないし、そんなことをしたいとも思わない」

「そうか。主殿がそう言うならそうなんじゃろうな」

「そうだぞ。何より面倒くさいし寝覚めが悪いじゃないか」

「寝覚めが悪いか。はっはっは! そうじゃな!」


 何かがクスハの壺に入ったのか、カラカラと笑い始める。ヤマトに視線を向けてみるが、彼もよくわからないらしく、肩を竦めた。たまにクスハはよくわからんな。


「あー……とりあえずなんだ、一通り捕虜の収容に関しては俺にできることは終わったから、後は任せて大丈夫か?」

「おお、勿論じゃ。主殿も帰ってきて早々お疲れ様じゃな。後は妾達に任せてゆるりと休んでいるが良いぞ」

「屋敷でマール達と一緒に居るから、何かあったら遠慮なく声をかけてくれ。頼むぞ」

「うむ、うむ、任せよ。奴らの面倒は見ておくゆえ、主殿はティナやネーラと相談して奴らの扱いについてどうするかよく相談しておいておくれ」

「はいよ。んじゃな」


 ヒラヒラと手を振りながら屋敷へと足を向ける。気がつけば昼もとっくに過ぎてるな。小腹が空いてきたし、屋敷で何か食うとしよう。

 少し歩くとすぐに屋敷に着く。物資集積場と屋敷の位置はかなり近いのだ。比較的重要な施設を中心部近くに集めてあるのだから当然といえば当然なのだが。


「ただいまー」


 扉を開けて中に入ると、程なくしてパタパタと足音を立ててマールが現れた。


「おかえりなさい、タイシさん! お仕事は終わったんですか?」

「だいたいな。俺の手が必要になったら呼ぶようには言ってきたよ」


 自分の身体に入念に浄化をかけてから傍まで駆けてきたマールを抱き留める。あー、いいわ、このフィット感。色々とあって疲れていた心が癒やされていくわー。

 腕の中のマールを見ると、彼女の鳶色の瞳が見つめ返してくる。彼女の本名はマーリエル=ブラン=ミスクロニア。大陸東部に版図を持つミスクロニア王国の第一王女で、俺との子供をその身に宿している最愛の妻だ。

 彼女の凄い点を一つ一つ挙げていくとキリがない。頭も切れるし、色々な意味で強い。戦神ディオールと平気で殴りあえる俺もマールには頭が上がらない。とてもつよい……勝てない。

 基本的に俺にデレデレで、俺もマールにデレデレである。可愛いからね、仕方ないね。


「あー、いいなー。先を越されちゃった」


 食堂の方の扉から現れた美少女が残念そうな声を上げた。美少女とは言っても俺よりも年上だし、マールと同じく身重なんだけどな!

 彼女の名はメルキナ。マールと同じく、俺との子供をその身に宿している。

 青い瞳と、色素の薄い金髪、そしてその金髪の間から覗く長い耳。そう、彼女はエルフだ。出会った当初はツンツン系だったのだが、俺の嫁になると決めた途端別人じゃないかと思うくらいデレッデレになった。十二人いる嫁の中で一番俺を甘やかす嫁である。

 俺にデレデレの姿からは想像できないかもしれないが、こう見えてかなりの実力者である。十二人いる嫁の中でもその実力は上位――に食い込んでいたのだが、最近ちょっと規格外の人が増えたので嫁の中では中堅くらいの実力である。身重だから危ないことは絶対にさせないけどな。


「何を残念がることはあるんだ。さぁカモン」

「わぁい」


 トテトテと歩いてきたメルキナがマールごと俺を抱きしめてくる。んー、あったかくて最高。このままベッドに行って寝たい。しかし忙しく働いている嫁がいるというのに俺一人が惰眠を貪るのは良くないだろう。暫く抱き合って嫁成分を補給した俺は二人から身を離す。

「名残惜しいがティナとネーラのところにも顔を出してくる。今後の対応について話し合わなきゃならん」

「残念ですけど仕方ありませんね。私はアトリエで回復薬を用意しておきます」

「私も手伝ってるのよ。魔力は有り余ってるし、なんだか森魔法は錬金術と相性が良いみたい」

「そうか。うん、二人とも無理をしない程度に頑張ってくれ。何よりも二人の身体とお腹の子供が大事だからな」

「はい」

「うん」


 お腹を撫でる二人の頬にキスをしてから会議室へと向かう。気配察知の結果、そこにティナがいるのがわかったからな。どこに誰が居るのかすぐに把握できる気配察知スキルはこういう時にも役に立つんだよな。

 会議室の扉を開けると席に着いていた少女が顔を上げ、俺の顔を見てぱぁっと顔を綻ばせた。マールと似た顔立ちをしている彼女の本名はティナーヴァ=ブラン=ミスクロニア。ミスクロニア王国の第二王女で、マールの妹だ。

 母娘丼に姉妹丼とは節操なしだなお前って? 俺もそう思うが、少し言い訳をさせて欲しい。彼女のことも他の嫁達と同様に愛しているし、可愛いティナが俺の嫁の一人であることには何の不満もないが、その馴れ初めについては情状酌量の余地があると思うんだ。

 毒耐性を貫通する貴重な酒盃まで使って家族ぐるみでハメてくるというのは流石の俺も予想外だったよ。マンマとハメられて既成事実を作ってしまった俺は姉妹仲良くマールとティナの両名を娶ることになったのです。それが原因でゲッペルス王国の王太子からは逆恨みされたんだけどな。

 今回の侵攻軍派遣に関しても少なからず奴が関わっているのではないかと思っている。もしそれが事実ならゲッペルス王国は俺との約束を反故にしたということになるわけで……というか奴が関わっているかどうかに関わらず俺との約束を反故にしてるな? これは制裁案件だろう。

 とりあえずゲッペルス王国に関しては明日以降の懸案事項としよう。今はティナだ。


「捕虜の収容が一段落付いたから様子を見に来たんだが、ミスクロニア王国はどんな感じだ?」

「はい、食糧支援に関しては取り付けることが叶いました。支援とはいっても無償ではなくきちんと対価を払うという形になりますけど」

「ああ、それが無難だな。イルさんに借りを作るのは怖い」


 イルさんというのはマールとティナのお母さんで俺の義母にあたるミスクロニア王国の王妃、イルオーネ=ブラン=ミスクロニアその人のことである。他国からは魔女呼ばわりされるほどの敏腕な統治者で、俺も以前いいように扱き使われて酷い目に遭った。彼女は俺という存在を上手に使い倒す術を弁えているので、彼女に借りを作ると俺の寿命が縮みかねない。


「あと、できるだけ近いうちに顔を出して欲しいって言ってました」

「ああうん、そうね。まぁまずは足元のゴタゴタを片付けてからだな」


 クローバーには特に大きな被害はないようだが、俺が居ない間に起こった問題がないかどうかとかまだまだ確認しきれていないからな。


「ネーラの方にも顔を出してくるよ」

「はい、わかりました」


 書類に何かをまとめているティナに別れを告げ、二階にあるネーラの私室へと向かう。どうやらネーラとステラは私室で顔を突き合わせながら何かをしているらしい。

 コンコンコン、とノックをして返事を貰ってから入室する。親しき中にも礼儀ありだからな。決して以前ノックもせずに突入した結果、ネーラではなくステラが着替え中で不幸な事故が起こったからというわけではない。ないったらない。


「お疲れ様ですわ。街の方は落ち着きまして?」


 柔らかい笑みを浮かべるネーラに促され、設えられたテーブルに着く。

 ネーラ――本名カリュネーラ=アーヴィル=カレンディルは大陸西方部に大きな領土を持つカレンディル王国の王女だ。金糸のような美しい金髪と宝石のような碧眼、優れた容姿から『カレンディル王国の宝石』とまで言われた美姫で、この王女様とも少々いざこざがあったんだが……ゲッペルス王国を襲撃した時に縁があってなんやかんやしているうちに外堀を埋められて嫁に迎えることになった。

 口調のせいか性格はキツいというか高飛車というかステロタイプな王女様気質のように誤解されるのだが、実はとても優しい性格をしている。頭も良いし、計算高いところもあったりするしビビリだったりもするんだけどな。


「うん、だいたいな。疲れたしこっちの方も気になるから戻ってきた」


 ネーラの侍女であるステラが注いでくれたお茶を飲んで一息吐く。ステラはネーラのお付きの侍女で、ネーラにとても似た容姿の娘だ。それもその筈で、王位継承権こそ持ってはいないものの血縁にあたるとかなんとか。あまり首を突っ込むと藪から蛇が出てきかねないので彼女に関してはあまりタッチしていない。


「カレンディル王国はなんだって?」

「食糧支援の用意ならあると。あとはカレンディル王国の外交ルートを経由してゲッペルス王国に働きかけることも可能だと、そういう感じですわ」

「なるほどなぁ。まぁミスクロニア王国と似たような感じか。近いうちに顔を出しに行かないとな」

「そうですわね。できれば私も一緒に連れて行っていただきたいですわ」

「そうだな、その時は一緒に行こう」

「はいっ」


 俺と一緒にカレンディル王国に里帰りできるのが嬉しいのか、ネーラがニッコリと微笑む。うん、こうやって素直に笑顔を見せられるとなんというか、困るな。正直に言うとネーラは美人過ぎて気後れしてしまいそうな時があるんだ。美人過ぎるというのもこれはこれで問題だと思う。


「一通りお仕事が終わったのなら、ゆっくりできますわよね? たまにゆっくりとお話しましょう?」

「ん、そうだな。何を話そうか?」

「そうですわね……では」


 元の世界での俺の話や、俺と出会う前のネーラの話などのとりとめのない話をして過ごす。思えばネーラとこんな風に穏やかな時間を過ごすことって無かった気がするな。こんなこともできずに長く家を空けてしまったことに多少の罪悪感を感じつつ、最終的にはステラも交えて三人で穏やかな時間を過ごしたのだった。


 ☆★☆


 領都クローバーに帰ってきてから三日目。

 初日は嫁達と再開して家族団欒……と言うにはちょっと激しかったが、とにかく嫁達と過ごして終わった。二日目は状況把握と、クローバーの外に転がっていた敵負傷兵達の回収と治療、収容所作りなどの雑務で一日が潰れた。ろくな治療も無しに一晩放置した結果、命を落とした敵兵は少なくなかったが、再三の警告にも従わずに進軍した結果なので運が悪かったと思って諦めてもらうしかあるまい。そもそも攻め込んで来なければ死ぬこともなかったわけだし。

 そりゃ俺が嫁達との時間をそっちのけにしてすぐに救命に動いていれば救える命も多かったんだろうがね。そこまでは面倒見きれんよ。

 結果として大量に捕虜を抱える羽目になったが、まぁこれも俺の為す偽善の結果だ。これくらいの厄介事は甘んじて受けるとしよう。


「む、また思い悩んでる顔ですね? ダメですよー、うりうり」


 食堂の席に着いたままボーっと考え事をしていると、マールの鳶色の瞳が俺の目を覗き込んできた。いつの間にか強張っていた頬に柔らかい指先が触れ、むにむにと揉み解してくる。


「ご主人様は繊細ですからね」


 後ろからスルリと手が伸びてきて俺を軽く抱き締め、後頭部にとても柔らかいものが押し付けられる。顔は見えないけど、この声はフラムだな。白い手袋をしているということは、今はメイドモードのようだ。


「私は思い悩んでいるタイシの顔も好きだけどね。なんだかキュンと来ちゃうじゃない? 助けてあげなきゃって」


 そんな言葉とともに暖かな温もりがピタリと寄り添ってくる。うんうん、メルキナはいつも俺を全肯定してくれるよな。もしお前と二人きりでずっと過ごしたら俺はダメ人間になる自信があるぞ。


「よく分かるわ。やっぱり母娘だと好みが似るのかしらね?」


 エルミナさんがそう言いながら頬に手を当てて笑みを浮かべる。


「私は思い悩んでいる顔よりも自信に満ちたお顔のほうが好きですよ」


 食卓の向かい側でティナが俺に微笑みかけてくる。


「私は思い悩んでいるお顔よりも、朗らかな表情のほうが……」


 ネーラが少し顔を赤くしてボソボソと呟く。


「そうね。ちょっとバカっぽい表情のほうがタイシらしいわ」

「バカっぽいってお前ね……」


 俺に突っ込まれたリファナがクスリと笑みを浮かべる。


「ま、そうだね。タイシには思い詰めた表情は似合わないよ」


 食堂から調理場へと繋がる扉から朝食の乗ったカートを押したデボラが現れた。今日の朝食は何かの卵の目玉焼きとサラダであるらしい。


「朝ご飯」


 どんな話をしていてもカレンはいつもマイペースだな! こら、フォークとスプーンでお皿をチンチン叩くんじゃありません。


「もう、カレン……私は物憂げなお兄ちゃんも好きだけど、やっぱりニコニコしてるほうが良いな」


 隣に座るカレンを注意しながら俺にはにかんだ笑みを向けてくるシェリー。


「そうですね! 私もニコニコしてる方が良いと思います!」


 元気な声でそう言いながらスープの入った大鍋を抱えてきたのは犬獣人の女の子だ。


「ま、大方捕虜の扱いについて悩んでいたのじゃろうが……頭の痛い問題なのは確かじゃの」


 巨大な蜘蛛の下半身を持つ黒髪の美女――クスハがそう言って薄っすらと湯気の立つ湯呑みに口をつける。


「それに、逃げ散った賊どもをどうするかという問題もある」


 クスハが逃げ散った賊と呼んでいるのはクローバーに攻め寄せてきた侵攻軍の敗残兵達のことである。偵察に出したケンタウロス達によると相当数の落伍者を出しているらしく、俺は今のところ奴らを追撃する必要性を感じていない。


「すでに脅威では無くなっていますし、追撃するまでもないと思います」

「私も姉様と同じ意見です」


 マールとティナ俺と同じく追撃の必要を感じていないようである。


「難しいところですね。一人残らず討滅するというのも一つのメッセージにはなると思いますが」

「それも一つの考えですわね。ただ、やり過ぎるのもイメージダウンに繋がりますわよ」


 フラムとネーラは敢えて全滅させるのも一つの手だと言う。俺達勇魔連邦に対して刃を向けるのはまずい、と印象づけられる一方で歯向かう者には容赦をしないという恐怖感を植え付け過ぎるのも問題だと考えているようだ。


「妾は追撃したほうが良いと思うがの。主殿の強さと恐ろしさを刻みつけてやるべきだと思うぞ」


 というのはクスハの弁。うん、予想通りの反応ありがとう。


「ほどほどにしておいたほうが良いと思うわよ。今は敵対してるとしても、将来どうなるかわからないのだから。必要以上に怨みを買っても良いことは無いと思うわ」


 というのがエルミナさんの弁。ううむ、なるほど、それも頷ける。


「私はパス」

「私もよ。正直言って事情もよくわからないしね」


 メルキナとリファナは言及を避けた。クローバーに来たばかりのリファナはともかく、メルキナは考えるのが面倒なだけだな。続いてデボラに視線を向けると、彼女は苦笑を浮かべた。


「そりゃ良い感情はないからね。できるだけとっちめたいとは思うけど、そんなのはただの感情論だしね。帰ってくれるなら帰ってもらえばいいんじゃないかい?」

「ぬるい。無法者殺すべし……慈悲はない」

「過激だなオイ」

「どうせ力を蓄えたらまた攻めてくる。徹底的に潰すべき」


 温厚な熊さんに対して羊少女の意見は過激であった。


「私は……帰ってくれるなら、それでいいと思います」

「うーん、私はやる時には徹底的にやって上下関係をしっかりしたほうが良いと思いますけど」


 穏健派のシェリー。そして意外と考え方がシビアというか野性的なシータン。三人娘のうち二人が割と好戦的とは。

 さて、俺の結論はどうするかな。皆の意見を聞いた上である程度バランスを取った結論を出すべきだろう。全体としては追撃の必要は無い、という意見だと思うんだよな。追撃を推奨している意見も、根本的なところとしては今後手を出してこないように行動すべきだってことだし。


「とりあえず、即時の追撃はやめよう。その代わり、うちに攻め込んできた連中に対しては後ほど俺が直接手を下すという方向でいこう。今後妙な考えを起こさないように、徹底的にな」


 全員の意見を取り込んだ俺の決断に嫁達全員が頷いた。こうして対立しないように嫁達の意見を取りまとめるのも俺の仕事である。実はこういう結論を俺が出すように誘導されているのではないかという疑惑もあるのだが、俺は深く考えない。考えないったら考えない。


「それで、今日は捕虜の尋問でしたか」


 メイド服姿のフラムが俺の前に朝食を配膳しながら今日の予定を聞いてくる。


「ああ、その予定だな。実際に今回の侵攻に参加した貴族やら勢力やらの情報集めが目的だ。復讐の対象はちゃんと絞らないとな」


 絞めるべきは戦を主導した貴族や王族、大商人どもであって、それに巻き込まれた民衆ではない。

 ただ、主導者達に対する報復によって結果として民衆に皺寄せが行く可能性は高いので、そのあたりは少し考えて色々と上手くやる必要があるだろう。まぁどうあっても何かぶっ壊したりすることになるので、結局は恨まれると思うけどね! コラテラルダメージという奴だよ、うん。


「まさか、あなたが直接やるつもりですの?」


 宝石のように輝くネーラの碧眼が俺に向けられる。


「そのつもりだったが……?」


 ネーラの問いかけにそう答えると、彼女はマールに視線を向けた。視線を向けられたマールは首を傾げる。多分何が問題なのかと思ったのだろう。それを見てネーラは他の嫁達にも視線を向ける。クスハとデボラ、エルミナさんが苦笑いをした。


「そんなことは一国の王であるあなたがやることじゃありませんわよ。部下に任せるべきですわ」

「む……そんなものか?」

「そんなものですわ。一国の王たるもの、些事であくせく動くものではありません。ドーンと構えて下々の者を適切に使うのも王の器、度量というものですわ」


 ネーラに諭され、マールに視線を向ける。マールは口に人差し指を当てて少し考え込み、頷いた。


「そうですね、考えてみればネーラの言うとおりです。尋問はタイシさんじゃないとできないことではありませんし。それよりもタイシさんにはミスクロニア王国とカレンディル王国を回ってきて貰ったほうが良いですね」

「では、尋問は私と警備隊の方で進めます」


 フラムがそう言って嫁達が頷いた。俺も頷いた。


「主殿は両国を訪問するとして、随伴はどうする?」

「そうだな、実務面でティナとデボラには残って欲しいし……転移がお腹の子にどんな影響を与えるかわからないから、マールとメルキナはお留守番だな」

「なら私もお留守番するわね。出産経験者だし、それなりに知識もあるから」


 エルミナさんがそう言って微笑む。うん、助かるな。


「そろそろクスハさんも顔見せしてはどうですか? 今まで遠慮して外に出てませんでしたよね」

「ん、それはそうじゃが……」


 マールの発言にクスハが困ったような表情を見せる。


「そうだな。今回はクスハに同行してもらおうか。カレンディル王国にも行くからネーラとステラにも来てもらうのが良いかな。後は……」


 カレンとシェリーとシータンが一緒に行きたいオーラを全開にしている。うーん、今回は実務的な訪問になりそうだからなぁ。


「今回は遊んでる時間は無さそうだからな。落ち着いたら改めて連れて行くから、我慢してくれ」

「わかった」「うん」「はい!」


 カレンとシェリーとシータンは聞き分けが良かった。リファナも少し行きたそうな顔をしていたが、三人が聞き分けたのに自分がゴネるのはどうかと思ったのか何も言わなかった。


「私はどうしたら良い?」

「そうだな……うん、リファナにもついてきてもらおう」

「いいの?」

「本来の俺がどんな人間なのか見てもらおうと思ってな」


 リファナとメルキナさんが知っている俺は皆のところに戻るため、ただひたむきに邁進し続けていた俺だ。自分の在るべき場所に戻った俺の姿もしっかりとその目で見て欲しい。


「もしかしたら失望させるかもしれんけど」

「どうかしらね。私はそんなことにはならないと思うけど」

「そうだと良いな」


 俺は決して高潔な人間じゃないからな。どうにもリファナとエルミナさんは俺のそういう面を過剰に評価している気がするんだよなぁ。


「ではそういう方向で。今日も一日、身体に気をつけて過ごそう」


 こうして俺がクローバーに帰ってきて三日目の朝は始まった。

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