第107話〜カレンディル王国を訪問しました〜
キリの良いところでちょっと短めに!
「のう、主殿。本当に妾を連れてゆくのか?」
「ああ、連れて行くぞ」
「その、やっぱり妾はクローバーに残ったほうが良いのではないか? 身重のマールとメルキナも心配じゃし、捕虜が暴れるやもしれん」
さっきからずっとこうだ。何を心配しているのか、いつもの余裕が欠片もない様子である。いや、理由は察してはいるんだけども。
「クスハ」
手を伸ばし、不安げな表情をしているクスハの頬に手を添えてその目を真っ直ぐ見つめる。下半身が大きい分クスハの背は俺より高い。手を伸ばせば届く位置だけどな。
「周りがどう言おうが、どう思おうが、お前は俺の嫁だ。そのことについてお前は何も心配することはないし、何か言ってくる奴がいたら俺がぶっ飛ばす」
「主殿……」
どうにもクスハはアルケニアとしての自分の姿に少しコンプレックスがあるっぽいんだよな。俺を含めて家族は誰も気にしてないんだけども。周りが獣人やケンタウロス、リザードマンや鬼人族ばっかりなクローバーで過ごす分には本人も気にした様子は見せないんだが、どうにも人間だらけのミスクロニア王国やカレンディル王国に行くのは及び腰な感じだ。今もこうしてぐずってるしな。
「このイチャつきっぷりはまだ真似できませんわね」
「うーん、熱いわ」
俺とクスハの一連のやり取りを眺めていたネーラとリファナが茶化してくる。ステラはニコニコしながら黙っていた。うん、二人だけの世界に入ってしまったことは認める。認めるから君達、その生暖かい視線を向けるのをやめたまえ。
「コホン……君達、準備は良いのかね?」
「準備も何も、荷物はすべてあなたが持っているではありませんか」
「私は見ての通りよ」
ネーラは手ぶらだし、リファナはいつもの狩人装備だ。城を訪ねるにはちょっと物々しい装備に思える。
「リファナ、弓と矢筒はやめとこう。嵩張るし流石に入城する時に預けることになる」
「そう? わかったわ」
リファナは素直に弓と矢筒を俺に手渡してきた。ナイフとか短剣くらいは持っておいたほうが良いかな、一応。俺とネーラがいれば多分大丈夫だろう。クスハは武器なんて無くても強いし。
リファナの弓と矢筒をストレージに収納し、転移門を開く。行き先はカレンディル王国の屋敷だ。しばらくぶりだが、メイベルとジャック氏は元気だろうか?
「まずは王都アルフェンの屋敷に行くぞ」
「あら、ミスクロニア王国からじゃありませんの?」
「あっちでは人を手配したいしな。まずはカレンディル王国からだ」
そう言って転移門を潜る。一瞬の浮遊感とブラックアウトを経て視界が切り替わり、久しぶりの屋敷のホールが目に入ってきた。いつも通り掃除が行き届いているな。
俺の後に続いてリファナ、ネーラ、ステラ、少し遅れてクスハが転移門から現れる。
「何度体験してもこの感じは慣れないわね」
「わかりますわ。ゾワっとしてしまいますもの」
「私は結構好きですけど」
「ふむ、妾はあまり気にならんの……ところで、ここはどこじゃ?」
リファナ達が口々に転移門の感想を述べていると、奥からジャック氏が現れた。俺の姿を認めた彼は目を見開き、そして深い笑みを浮かべる。
「おかえりなさいませ、お館様。ご壮健なようで何よりでございますな」
「長く空けてしまってすまなかったな。王と謁見したいんだが、頼めるか?」
「おまかせください。メイベル!」
ジャック氏が呼びかけると奥からパタパタと足音が聞こえてくる。
「はい! あっ! タイシ様っ!? ご無事だったんですね!」
奥から現れたメイベルが目を見開き、駆け寄ってくる。少し見ないうちに背が伸びたんじゃないだろうか?
「メイベル、私は王城に先触れを出してくる。粗相のないように」
「はい、おまかせください」
少し見ないうちにメイベルも一人前のメイドになったのだろうか。立ち居振る舞いが随分洗練されているように思える。
「どうぞ、こちらへ」
足早に屋敷を後にするジャック氏を見送り、俺達は応接間へと向かう。この館は人間サイズで作られているので、クスハには少しばかり狭そうだな。
俺達はそれぞれソファに腰掛け、クスハの分は少しスペースを空けて愛用のクッションを置き、そこに座ってもらう。人間の座る椅子には腰掛けられないからね。
そうしているうちにメイベルが人数分のお茶とお菓子を用意して応接間に現れた。お茶を出されて一息つく。
「久しぶりだな。背が伸びたんじゃないか?」
「そうですね、少し伸びました」
お互いの近況などを話し、和やかな時間を過ごす。嫁達は俺がこの屋敷で過ごしていた頃の話が気になるようで、メイベルから色々と話を聞き出していた。うん、マールとフラムとの赤裸々なアレコレに関してはあまり話さないで欲しい。
そうしているうちにジャック氏が戻り、王城へと向かうことになる。
「なんじゃこりゃ」
「そちらのご婦人は普通の馬車ですと不都合がありますので」
「なるほど、それもそうか」
ジャック氏が調達してきたのは馬車は馬車でも箱型のものではなく、屋根の無い大型のものだった。うん、これ何回か乗ったことあるわ。オークの集落を殲滅してきた時の凱旋の時とか、士気高揚の式典みたいなので。
元の世界のニュースで英国の王族とかが乗って手を振ってたようなイメージがある。確かにこの大きさならクスハも問題なく乗り込めるだろう。
「じゃあ俺もそれらしい格好をするか」
少し席を外して昨日ペロンさんの店から調達しておいたミスリル製の鎧を身に着け、腰には対神武装である極光剣を差しておく。鞘は昨日寝る前にでっち上げた。
「うん、凛々しいお姿ですわ」
「うむ。主殿の武者姿は堂に入っておるの」
「うん、素直にかっこいいわね」
「まぁその、一応腕っ節で成り上がったわけだから多少はね?」
そんな口々に褒めないでください。こそばゆいです。
俺達が乗り込んだ馬車が近衛騎士に先導されて王都アルフェンをゆく。無論、街中を堂々と通っていくのだから俺達の姿は衆目に晒される。
「おい、あれ見ろよ」
「勇者様じゃねぇか。久しぶりだな。それにカリュネーラ王女と……なんだありゃ」
「人間じゃねぇよな……顔はえらい別嬪だが、あの身体は……」
「勇者様はゲテモノ食いって話だったが、本当だったんだな」
言いたい放題である。俺はどう言われても構わんが、クスハをゲテモノ扱いするとかマジでぶっ殺すぞ? おん?
「主殿、抑えよ」
「そうは言うがな」
「主殿が妾を好いてくれているのはわかっておる。有象無象のことなど気にするでない」
クスハがそう言って頬にキスをしてくる。俺も同じように頬にキスを返し、お互いに顔を見合わせて微笑んだ。うん、まぁそうだな。腹は立つけどクスハが言うなら我慢しよう。
「二人共、私達も居るのを忘れておりませんこと?」
「目の前で見せつけてくれるじゃない」
ネーラとリファナが少し不満げな表情だ。仕方ないだろう、二人は向かい側の席に座っててすぐキスができるような距離じゃないんだし。
「ふふん、役得じゃな」
うん、クスハさんもそんな勝ち誇った表情で俺の首に抱きつくのはやめよう。二人の笑みがちょっと引き攣ってきてるからね。仲良く、仲良くな。というか、相性についてはあまり深く考えずこの組み合わせを決めてきたんだけど、組み合わせを失敗したかな?
でも、いずれは慣れて仲良くやってほしいしな。今回のことが上手いこと仲良くなる切っ掛けになってくれると良いんだが。
「仕方ありませんわね。ここは先達に花を持たせるとしましょう」
「そう言えば、私は貴方達の馴れ初めを知らないのよね。後でじっくり聞かせてもらっても良い?」
「良いぞ。妾も主殿とリファナ殿の馴れ初めは気になる」
「殿は要らないわよ。私も貴女のこと呼び捨てにして良いかしら?」
「私のことも愛称で呼んでもよろしくてよ?」
俺の心配を他所に女の子同士和気藹々と話し始める。良かった、ギスギスの空気に胃を痛める俺は生まれずに済んだようだ。
そうしているうちに馬車は第二城壁を抜けて貴族街へと入る。貴族街へと入ると人通りはまばらになり、聞こえるような声で何かを言うような人もいなくなる。
ここまで来るともう王城は目の前だ。
「久しぶりの実家だな?」
「私を娶ったのですから、ある意味ではここもあなたの家ですわよ?」
「こんなデカい家は持て余すなぁ。今住んでる屋敷くらいが丁度いいよ」
「そうかの? これから家族も増えるわけじゃし、もう少し大きい屋敷にしても良い気はするぞ。敷地は余っておるわけじゃし」
む、そう言われるとそうか。これから子供達も増えていくし、使用人なども雇っていくことになるだろう。そうなれば確かに今の屋敷では手狭になるかもしれない。
「その辺りのことも相談してみるかね」
「それなら私からお父様に話を致しますわ。屋敷を建てる職人も一流の者達を揃えられるでしょう」
「そうだな。どこかに建てて貰って、移設するとしよう」
空間魔法とストレージを駆使すれば基礎ごと館を移設することもできる。ボロ屋を何件もぶっ壊して練習したからな! 建設費用に関してはまだまだ余裕あるし。
ノーチェックで城門を通過し、近衛兵の案内で場内へと足を踏み入れる。流石に王城内は通路も広いので、クスハも問題なく歩くことができた。それも謁見の間くらいまでで、普通の通路となると幅がギリギリだったけど。
俺達が通されたのはいつだったか、前にカレンディル国王と会談した会議室だった。椅子を何脚か退けてクッションを置き、クスハの席にする。ステラは何か用事があるらしく城に着くなり一礼してどこかに行ってしまった。
「こういうのって国王を待って座ったほうが良いのかね?」
「気にすることはありませんわ。別にカレンディル王国と勇魔連邦は主従という関係ではありませんし。というか、力関係はむしろ勇魔連邦というかあなたのほうが上なのではないですか?」
「暴力にだけは自信あるな」
「暴力って……」
「主殿が力の権化なのは周知の事実じゃ。妾が現場を見たわけではないが、数万の魔物をほぼ単独で屠ったという話だしの。実際、大樹海においても我らが遭遇を避けるような凶悪な魔獣どもを片手間に屠っておる。人間達に畏怖を抱かれるのも納得じゃな」
顔を引き攣らせるリファナに対してクスハがどこか得意げな表情で語る。クスハってアレだよな。思慮深い面もあるけど、力の信奉者みたいなとこもあるんだよな。
「うーん、まぁタイシの強さは確かにちょっと異常よね。この前、戦神様と平気な顔で殴り合ってたし」
「戦神様? 戦神ディオールのことですの?」
「おう。ちょっと祝福をもらうために御座にカチコミかけてきた。一応勝ったぞ」
「これがあなたでなければ法螺話だと一蹴するのですけれど……」
今度はネーラの顔が引き攣った。いや、法螺話じゃないんだけどね。まぁ神殿にでも行ってチェックしてもらえば証明できそうだけど、今はあんまり神殿とかに近寄りたくないんだよな。
雑談をしているとカレンディル国王と重臣達が入室してきた。一応席を立ち、一礼してから再度席に着く。
「この度は無事の帰還、お祝い申し上げる」
「それはどうも。今回は帰還と、領都クローバーに攻め寄せてきていた賊どもを撃退したという報せを伝えるために来ました。義父上殿」
「それについてなのだが……」
カレンディル国王が眉間に寄った皺を揉み解し、重臣に視線を向ける。国王に視線を向けられた重臣は青い顔に冷や汗を垂らしながら口を開いた。
「その……我がカレンディル王国の貴族も一部……討伐軍に参加しておりまして。ゲッペルス王国の国境に近い位置に領地を保つ地方貴族なのですが」
「それについては致し方なしかなと。勿論、喧嘩を売ってきた以上は事実関係が確認出来次第報復はしますが。カレンディル王国が手を出せないというなら、俺が手を下しましょう。これは勇魔連邦と、勇魔連邦に手を出してきた地方貴族達との間の問題、という認識です」
俺の今回の方針は『にこにことできるだけ優しく』だ。今までカレンディル王国とは冷淡に接してきたからな。嫁いできたネーラの立場もあるし、今後はカレンディル王国――というかカレンディル王家も俺の身内だと思って接するつもりだ。
しかし君達。俺のにこやかなスマイルを見て、より一層顔から血のを引かせるとはどういうことかね? 他意はないよ? ふふふ……怒ってないよ?
「その……どの程度の報復をお考えで?」
「そうですね……勇魔連邦の領民と領地を全て差し出せ、という趣旨の要求をしてのですから、同じものを要求するのは筋が通っていますね?」
俺氏、完璧なスマイルをカレンディル王国側に向ける。何故か重臣のおじさん達の顔色が土気色になってきた。ナンデダロウナー。
重臣の皆様が蛇に睨まれた蛙のように固まっているので、嫁達に視線を向ける。ネーラは考え込み、クスハは頷いてリファナは肩を竦めた。
「牙を剥く以上は自らも牙を剥かれる覚悟を当然しておるじゃろ」
「私からはなんとも。ただ、森の掟で言えば強盗に押し入った者は私財没収の上、追放ね」
クスハとリファナの意見に耳を傾けて自分の意見が纏まったのか、ネーラも口を開く。
「該当貴族家を廃爵、領地は王家直轄とし、財産は賠償として全て勇魔連邦へ譲渡……という内容で良いのではないかと思いますわ」
ネーラの出した案は俺達四人の意見の中では一番軽かった。クスハが不愉快そうに眉をしかめる。
「手心を加え過ぎではないか?」
「そうかもしれませんけれど、タイシ様は大樹海から遠く離れた飛び地の領地など要らないでしょう? 腹いせに領内をズタボロに破壊して無辜の民を苦しめることも望まないでしょうし、落とし所としてはこれくらいしかないのではないか、と私は思いますわ」
ふむ。確かにネーラの言う通りではある。俺がぶん殴りたいのはクローバーに刃を向けた貴族だけだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、という精神でその地に暮らす民衆を過剰に苦しませるようなことは確かにしたくはない。
それに領地のトップである地方貴族を誅して領主として取って代わってとしても、領地の運営をそのままそっくり引き継げるわけじゃないしな。今の領主に忠誠を誓っている者もいるだろうし、良い関係を築いていた御用商人や名主、郷士なども多くいるだろう。いや、郷士はあらかたマールの地雷で吹き飛んでいるかもしれんが。
まぁとにかく、そういった人々が突如領主の座に就いた人間に唯々諾々と従うとは限らないし、場合によっては頑強に抵抗することも考えられる。そう考えると、領地ごと分捕るってのはないな。
「ネーラの案を採用しようと思う。ただ、カレンディル王国譲歩した分、色々と配慮はしてもらいたい」
「と、言いますと?」
顔に若干血の気が戻ってきた重臣が額の汗をハンカチで拭きながら問いかけてくる。
「今回の戦で大量の捕虜を取ってしまいまして。彼らの消費する食料が馬鹿にならないんですよ。余剰食料があれば適正価格で譲ってもらいたい」
俺の要求を聞いたカレンディル国王が重臣の一人とアイコンタクトを交わし、頷いたのを確認してからこちらへと向き直る。
「対価など無くとも支援できるかぎりの支援をしよう」
「別に強請りをするつもりはないので、対価は払います。売れる余剰食料が無いなら結構ですが」
国を通さずに俺が個人で町や村を回って買い集めても良い。最悪、俺が狩りに精を出せば肉だけはいくらでも手に入るだろうしな。
「あなた、あまり貸し借りが大きすぎるというのも健全な関係の妨げになりますわよ。そもそも、カレンディル王国はあなたへの借りが大き過ぎるのですから、素直に受けてくださいませ」
「む、そういうものか……? では、お言葉に甘えても?」
確かにあまりに大きすぎる借りがあると、それを盾にどんな要求をされるかとビクビクする気持ちはわからなくもないな。ここは大人しくネーラの言葉に従うとするか。




