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「あの男の人は何者なんですか? 事務の職員ですか? 昨日、直接会いましたけど、教師には見えませんでしたよ」
「教師だ。一応はな」
「一応ですか? どの科目を教えているんですか?」
「すべての教科だ」
「あの男は、ひとりですべての教科を教えているんですか?」
「ひとりですべての教科を受け持っている」
「そんなことできるんですか? 私は教員の制度には詳しくないですけど、教員になるためには教員免許状が必要でしたよね。小学校では、一枚の免許ですべての教科を教えられましたけど、中学校以降では教科ごとに免許が必要でしたよね?」
「それで正解だ。中学校以降では、教科ごとに免許が必要だ。所持していない教科を教えてはならない。正確に言えば、免許を持ってなくても勉強を教えること自体は可能だ。だが、それは学校の授業とは認められない」
「ひとりの教員が、複数の免許状を所持することは可能ですよね?」
「可能だ。地歴公民などは、むしろ複数所持しているのが基本だ」
「私たちの学校でも、地歴公民は兼任の先生が教えていますから納得できます。しかし、国語と数学の免許を同時に所持しているとか、体育と理科を所持しているケースはあり得るのですか?」
「そんな特殊なケースを耳にしたことはない。俺の知る限りではな」
「あの男は特殊なケースに入るというわけですね」
「入るのだ。俺の調査した限りでは、あの男はすべての教科の免許状を所持している。国語、数学、英語、体育、音楽、その他の教科も含めた、すべての免許状を所持している」
「そんなに多くの免許を持っていて、複数の教科を教えられるなんて、凄い人ですね。素晴らしい頭脳の持ち主なんですね。とてもそんな風には見えませんでしたけど」
「不正な手段を用いているのだ」
「ですよね。正規に入手した免許とは考えられませんよ」
「不正の具体的な内容の前に、その男の経歴を教えよう。その男の名前は、灰谷。年齢は三十二歳」
「灰谷とは、タバコ好きにはお似合いの名前ですね」
「そこそこ裕福な家庭に生まれ、有名な幼稚舎に入り、大学までエスカレータ式で進学した。高校時代も大学時代も遊びほうけていた。大学を卒業したら、コネで就職できたから、勉強熱心だったとは言いがたかった」
「典型的なボンボンですね」
「予備校でバイトしていた理由も、経歴に箔を付けるためだ」
「こんな人を雇う予備校なんてあるんですかね?」私は少しだけ考えた。すぐに答えが見つかった。「その予備校が掛布予備校だったのですね」
「ご明察の通りだ。三波学園の前身である掛布予備校でバイトをしていたのだ」
「掛布予備校のレベルがわかります」
「このボンボンの灰谷さんが気楽な大学生活をエンジョイしているとき、重大なトラブルに見舞われたのだ。正確には、灰谷家にトラブルが起きた。経済的なトラブルが起きたのだ。投資に失敗したのだ。深刻なトラブルだったようで、一家離散になるほどだ」
「悲惨ですね」と私は言ったものの、頭では他のことを考えていた。今回の事件に関わった人たちだ。全員が金銭的なトラブルを抱えている。古田さんも、泉家も、小林君とピジョンスクールも、掛布グループも、全員が経済的なトラブルに巻き込まれている。
「ボンボンには厳しかったようだ。一家離散で、大学を中退するハメになった。それどころか、自身の生活すら立ち行かなくなった。同時期に、掛布グループにもトラブルが起きた。さきほど説明した、合格者数水増しを発端とした、一連の事件だ」
「掛布大学以外の学校がすべて廃校になりましたね」
「掛布予備校が廃校になったさいに、灰谷さんはアルバイトを解雇された」
「仕方ないですよ」
「ここからは、旧掛布グループ、新長尾グループの立場から話をしよう」
「雇用する側からの話ですね」
「長尾グループは、通信制高校である沖縄サンフラワー高等学校を開校した。地方の協力校として、掛布予備校を流用して三波学園高等部を作った。そして、そこで働く教員が必要だった。長尾グループは、灰谷さん再雇用したのだ」
「彼は掛布予備校の予備校教師から、三波学園高等部の教員になったのですね」
「いや、説明が重複するが、三波学園高等部は学校ではない。法律上は、塾や予備校といった立場に近い民間教育施設だ。学校業務は行えない。面接指導や、レポートの添削などの学校業務は、本校である沖縄サンフラワー高等学校の教員しか行ってはならない。三波学園高等部で雇われた教員では、正規に認められた授業は行えないのだ」
「事務員として再雇用したのですか?」
「違う。長尾グループは、灰谷さんを沖縄サンフラワー高等学校の教員として再雇用したのだ。正規の学校の、正式な教員として雇ったのだ」




