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「泉さんの話の前に、ピジョンスクールのことから話したほうがいいかな。僕がピジョンスクールに関わった経緯から、そう、僕がこの事件の犯人のひとりになった経緯からだ。

 警察の人にいわれたんだ。時系列ごとに話したほうがいいってね。

「殺されたことだけが事件ではない、一連の出来事をまとめて事件と呼ぶのだ。全容を解明するためには些細なことも聞き逃すことができない」とね。

 僕はさっき、グチョグチョのサラダを食べていたよね。茹でただけの、あの不味いサラダ。店員さんに注文して作ってもらったんだ。店員さんも不審がっていたよ。「不味いだろ」って。だれだって、あんなの食べたくないよね。もちろん、僕も好きで食べていたわけじゃない。

 僕は茹でこぼしたサラダでなければ食べられないんだ。茹でこぼしたサラダしか食べてはいけないんだ。茹でただけの野菜しか摂取してはいけないんだ。

 いわゆる、食事制限というやつさ。僕は特定の食事しか口にしてはいけないんだ。

 僕はね、内臓が悪いんだ。

 僕の父親と母親も内臓が悪いんだ。父さんも母さんも口にしなかったけど、遺伝的な要素が強いのだろうね。

 ふたりが出会った経緯も、ふたりが結婚した経緯も、ふたりの悪い内臓のおかげさ。同病相憐むというやつだね。自分が苦しければ苦しいほど、相手の気持ちが身に沁みるんだろうね。

 そんなふたりの愛の結晶が、この僕というわけだ。そして、ふたりの悪い内臓の結晶でもあるわけだ。

 僕は生まれながらにして、ふたりの愛のツケを負うことになったんだ。善意の塊という病苦さ。

 この病気がどれだけ苦しいかは、実際になってみないと理解できないよ。

 それでも端折って苦しみの内容を説明すると、身体的な苦痛と、食事的な苦痛と、日常生活を送れない苦痛と、学校へ行けない苦痛さ。

 両親は日夜腐心していたよ。いい医者を探したり、極力問題のない食事を作ってくれたり、なに不自由なく暮らせるようにしてくれたり、学校にも配慮を求めたりとね。

 僕には、父さんと母さんの尽力が胡散臭く思えたよ。遺伝性が非常に強い病気であるということを、両親は承知していたと思うんだよね。

 医者も重ね重ね警告していたみたいだし。子供が苦しむハメになる、とね。

 なのに、無理して子供を作って、作られた僕が苦しむハメになったわけだ。不幸は避けられたのに。

 ある日の夜中のことさ。体が動かなくて、トイレへ行けなくて、ベッドで小便を漏らしてしまったんだ。

 ふたりはすぐに対応してくれたよ。パジャマも取り替えてくれたし、寝具も変えてくれた。実に見事な連携だった。息が合っていた。子供を助ければ助けるほど、ふたりの仲がよくなるんだ。俺たちは頑張ってるって感じでさ。

 正直に言っちゃってさ、白々しい思ったよ。あのふたりは、子供の苦しみなんてなにひとつ考えてないように見えた。あのときの僕にはそうにしか見えなかった。

 思わず口にしちゃったんだ。

「ふたりが幸せになりたいから、僕を産んだの? 自分の人生の延長線上に、子供の人生置かないでほしい。僕からすれば迷惑極まりないんだ」とね。

 父さんも母さんも泣き始めたよ。いい年した大の大人が、ふたりして大泣きしながら、僕に土下座したんだ。

「どう謝っていいかわらない。お前のいったことは、なにも間違ってはいない。俺たちは、お前の気持ちを理解していなかった。俺たちには、お前の苦しみが理解できない。本当に申し訳なく思っている。俺たちの残りのすべての人生をお前のために尽くすから、どうかお前だけでも幸せになって欲しい。必ずお前を幸せにしてみせる」

 僕は浅薄だったんだ。遺伝性があるということは、父さんも母さんも僕と全く同じ苦しみを味わったということなんだ。苦しいのは僕だけじゃなかったと気づけなかったんだ。気づこうとすらしなかったんだ。

 結局、もっともだれかを苦しめていたのは、僕自身だったというわけだ。

 みんなは、幸せのために互いに苦しめ合っていたんだ。

 その日以来、父さんも母さんも病気になったんだ。僕がふたりにしたんだ。

 父さんは医者や治療法を探し始めた。金に糸目を付けず、数百万円もする高価なものを買ってきたこともあった。

 母さんも探し始めた。それこそ怪しい宗教とか、胡散臭い民間療法にまで手を出したくらいさ。

 ふたりともなにかに憑かれたようだったよ。

 そして、ふたりの狂気の心が行き着いたさきがピジョンスクールだったんだ。

 この施設を父さんが見つけたのか、母さんが見つけたのかは知らない。

 ピジョンスクールでの事件が終わった後、ふたりに聞いたんだ。「どっちがピジョンスクールを見つけたの?」って。

 ふたり揃って「俺/私が見つけた。すべての責任は俺/私にある」さ。

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