第十九話 気になる店の、気になる中身
インク・オブ・トゥルース社に入ってくるなり、依頼者――ジャック・オランは、開口一番、こう言った。
「以前から、気になっていたんですよ」
その言葉に、ブランの眉が、ピクリと動いた。
「目立たない佇まい、ボロとアンティークの中間の雰囲気、本にしては薄すぎる新聞にしては高すぎる作品!」
「おい、あんた、冷やかしか?」
初めは黙って聞いていたブランが、低い声で言った。
男は、慌てて謝罪する。
「私、趣味で、ルポライターの真似事をしているんです。……あの本、日刊でも週刊でもない。事件がある時だけ、刷られて、街角で売られる。あの発行形態、実はかなり気になっていたんですよ」
聞けば、ジャックは、自分が気になったら、どんな店でも行ってみるのだという。
その発言に、ブランの苛立ちが、さらに増した。
「用がないなら、帰ってくれ」
「ま、待ってください!」
ジャックは、慌てて、本題に入った。
今日、男がインク・オブ・トゥルース社を訪れたのは、ようやく、依頼ができたからだという。
「依頼を、作ってきた依頼者は、初めてだ……」
ノワールが、呆れながら呟いた。
ジャックの依頼は――気になる弁当屋があるが、その店は、自分にだけ、弁当を売ってくれない、というものだった。
その店は、どう見ても繁盛している様子ではないのに、幅広い客層が出入りしている。
ジャックは以前、金持ちそうな男が弁当を買っているところを見て、ドレスコードがあるのかと思い、正装して弁当屋に行った。だが、弁当は、売ってもらえなかった。
ジャックは、ますます、弁当屋に興味を持った。
数日間、弁当屋を観察していると、客は皆、同じメニューを頼んでいることに気がついた。
ジャックは、そのメニューを注文した。
すると、「誰からの紹介で?」と聞かれた。男は、そこで初めて、一見さんには売ってもらえないことを知った。
買えないと分かると、どうしても、食べてみたくなる。
次に男は、弁当を購入した客にあたった。男が札を一枚出すと、あっさりと、売ってくれた。
「で、その弁当は、どうだったんだ?」
あんなに煙たがっていたブランが、前のめりになって、男に尋ねる。
「……普通でした。いや、普通より、美味しくなかったです」
ロペス兄弟は、肩を落とした。
「弁当を、食べたなら、依頼はなんだ?」
「いや、逆に、気になってしまって。あんなに不味い弁当を、なぜ、買いに来るのか?」
ロペス兄弟も、同じ疑問を持った。
「……調査するだけ、だな」
◇
ロペス兄弟の調査が始まった。
ブランは、店の登記簿を調べ、ノワールは、近隣の住人から話を聞いた。
「あの弁当屋なら、知ってるよ」
近所の商店主が、気軽に応じてくれた。
「一年くらい前、確か、借金の形に取られたとか、なんとか」
「今の所有者は?」
「詳しくは知らないけど、投資会社みたいな名前だったと思うよ」
一方、ブランが調べた登記簿には、こう記されていた。
現在の所有者は、「ヴィスタ・インベストメント・ライン」という投資会社。
だが、営業許可証そのものは、以前の店主の名義のまま、更新されずに使われ続けていた。
「所有者が変わっているのに、許可証は、そのままか……」
ブランが、書類を見ながら呟いた。
「表向きは、ただの弁当屋。でも、中身は、別物になっている、ということだね」
ノワールが、静かに続けた。
◇
二人は、紹介制のメニューについて、注意深く観察を重ねた。
「あ、あの、僕、毎日あの店の前を張ってたんで、気づいたことがあるんですけど」
しびれを切らしたジャックが、遠慮がちに口を挟んだ。
「注文する時、常連はみんな、指を二本立てて見せてから、メニューを言うんです。合図、みたいに」
ブランとノワールが、顔を見合わせた。
「……それ、最初に言え」
ブランが、呆れたように言いながらも、手帳にメモを取った。
注文が入ると、店員は、いつも、決まった動作で、弁当箱の底を、不自然に触れていた。
ジャックの言う「合図」と、店員の動作は、確かに連動していた。
「あれは、確かに怪しいな」
ブランが、静かに言う。
「でも、俺たちが弁当箱を開けて確かめるわけにはいかない」
「調査と、摘発は、別物だからね」
ノワールが、頷いた。
◇
ブランは、これまでの調査結果――所有者の変遷、紹介制の仕組み、不自然な動作の記録――を一式まとめ、王都憲兵隊へと持ち込んだ。
応対したのは、あの王都憲兵隊の憲兵隊長、ヴィクトル・グランジェだった。
「ブラン・ロペス……また、お前か」
ヴィクトルは、うんざりした顔をしながらも、資料に目を通すと、表情を引き締めた。
「……分かったよ。裏はこちらで取る」
数日後、憲兵隊による強制捜査の結果、弁当箱の底に隠されていた薬物が、正式に押収された。
「弁当は、隠れ蓑だった」
隊長からの報告を受け、ノワールが、深く息を吐いた。
「不味いはずだよ。あの店の売りは味じゃない」
押収された成分を、王都憲兵隊の鑑識官が分析したところ、以前、ロペス兄弟が、ラメント村で目にした、あの畑の葉と、同じ植物から作られたものだと判明した。
「……また、ラメント村か」
「どうしたの?」
「押収された薬物は、ラメント村で見つかったものと同じだ」
「じゃあ、あの村は……」
「栽培だけじゃない」
ブランが報告書の別の箇所を指した。
「薬物の精製まで携わっているかもしれない」
ブランの表情が、静かに、引き締まった。
◇
事件解決後、ジャック・オランが、再び、事務所を訪れた。
「あの、これ、記事になりませんか?……インク・オブ・トゥルース社にピッタリな話題かなとおもうんですけど」
「本か新聞か分からない、うちから出す、ということか?」
ブランが、口角を上げて言った。
「あはは。覚えていたんですね。御社の告発本は、読む側も楽しみにしているんですよ」
「よく言うよ。まあ、僕らのライフワークになっているからね」
ノワールが、苦笑した。
「タイトルは、こんなのはどうでしょう?」
ジャックが、目を輝かせながら言った。
「『気になる店の、気になる中身』!」
「……センスは、相変わらずだな」
ブランが、呆れたように、しかし、まんざらでもない様子で、資料を受け取った。
◇
数日後、インク・オブ・トゥルース社の名で、その告発本は、王都に出回ることとなった。
表紙には、ジャックの提案通りのタイトルが、刷られていた。
『気になる店の、気になる中身
美味しい料理には隠し味がつきものだ。
繁盛していない弁当屋。それでも客は絶えなかった。
その弁当が運んでいたもの――弁当箱の底に隠された違法薬物だった。
真実は、白日の下に晒された。
時に、森に隠した木を見つける者がいる。
しかし、その秘密を運ばせていた者は、まだ姿を現していない。
――ブラザーズ・ロペス』
ジャックが帰ったあと、事務所には、いつもの静けさが戻った。
ノワールは、机の上に広げたままの資料を、片付けようとして――ふと、手を止めた。
視線の先には、鑑識報告書の片隅に記された、「ラメント」の文字。
ノワールは、それを、ペンでそっと囲んだ。
「ラメント村に繋がったのは偶然なのかな?」
「どういう意味だ?」
ブランが、地図を覗き込む。
「僕たちが真実に向かっていくと同時に、向こうから手招きされている気がする」
「……偶然にしては、出来すぎているな」
ブランは、地図に描かれたラメント村の位置を、指先で、静かになぞった。
「あの村が、どこまで根を張っているのか……次に何が繋がってくるか、注意しておく必要があるな」
ノワールは、その紙面に描かれた、いくつもの街道を、目でなぞった。
「この先に、まだ見ぬ繋がりが、潜んでいるかもしれないね」
窓の外には、王都の夜が、いつも通り、静かに広がっていた。




