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ブラザーズ・ロペス ~インク・オブ・トゥルース~  作者: めそこここ


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第一話 十二人の証言

 王都の片隅、目立たない看板を掲げた小さな出版社。


『インク・オブ・トゥルース社』


 ――そう書かれたその場所を訪れる者は、皆一様に俯いていた。

 王都憲兵隊が動かない事件。身分の壁に阻まれ、声を上げられない被害者。彼らが最後に縋る場所が、ここだった。


 この日、インク・オブ・トゥルース社を訪れたのは、白髪頭の孤児院長だった。

 老いた手で握りしめていたのは、一枚の新聞の切り抜き。そこには、資産家の訃報が書かれていた。


「先日、ギルバード・バルモント様がお亡くなりになりました。ご存知かもしれませんが、あの方は長年、うちの孤児院に多額の寄付をしてくださっていた方です」


「それが、何か?」


 応対したのは、事務所の主のひとり、ブラン・ロペス。黒髪に、まっすぐな青い瞳をした男だ。


「亡くなる少し前、ギルバード様はおっしゃっていたのです。『全財産を、聖ルミナス教会の孤児院に寄付する』と。ですが、先日読み上げられた遺言書には……全財産を、長男であるルシアン様に譲る、と」


「遺言書自体は、正式なものなのですか?」


「ええ。法務官立会いのもと作成された、正式な書面だと聞いています。ですが……」


 院長の声が、わずかに震える。


「ギルバード様は、ルシアン様のことを、あまり良く思っていらっしゃいませんでした。借金を重ね、家に寄りつかない放蕩息子だと、いつも嘆いておられたのです」


「遺言書か……」


 ブランが呟く。


「僕らの出番、というわけだね」


 その一言に、ブランの奥にいたもう一人の男――ノワール・ロペスが、わずかに眉を上げた。

 銀髪に整った顔立ちに柔らかな笑みを浮かべた、女性受けの良い美男子だ。


 インク・オブ・トゥルース社で扱う案件は、犯罪の告発ばかりではない。法的な文書や契約の正当性を審査する権限を持つ『王国交渉人』の資格を頼って、このような案件が来るのも珍しくない。


「あの……」


 院長は歯切れが悪く、ロペス兄弟を前にしても言おうか言うまいか悩んでいる様子だった。


「大丈夫ですよ、院長。ここには僕らしかいません」


 ノワールが寄り添うように、院長に語りかける。


「じ、実は……ギルバード様はルシアン様に殺されたかもしれません!」


 その発言にロペス兄弟は互いの顔を見合わせた。


「殺人なら憲兵になぜ言わない?」


 ブランは怪訝な面持ちで院長を見た。


「そ、それは……神からの啓示があったからです」


 ノワールは何も言わずに院長を観察していた。


「詳しく、お聞かせ頂けますか?」


 確信と共に、院長にそう言ったノワールにブランは鋭い視線を送った。


「ギルバード様が亡くなる数週間前、孤児院の子供たちが、ルシアン様がギルバード様を亡き者にしようとしているという話をしていたんです」


「子供たちが?」


「はい。それも一人ではありません。十二人の子供が同じ証言をしています」


「それは、どこで聞いたんだ?」


「……子供たち、それぞれのベッドで」


 ブランはガックリと肩を落とした。


「それは、寝ぼけていたんだろう?」


「待ってよ、兄さん。そう決めつけるのは早いよ」


 ブランを制止したのはノワールだった。


「院長、孤児院には何人の子供がいますか?」


「現在は乳幼児も含めて三十六名です」


「兄さん、共時性にしても三分の一の子供たちが同じ夢を見るのはおかしいよ」


 ブランは頭を掻く。


「教会の孤児院で十二人って……使徒かよ」



 ◇



 翌日、二人は聖ルミナス教会付属の孤児院を訪れた。

 院長に案内され、証言をした十二人の子供たちに一人ずつ話を聞いていく。上は十二歳、下は六歳だった。だが、語る内容には奇妙な一致があった。


「もうすぐお金が入るって言ってた」


「おじさんが、薬をワイングラスに入れるって言ってた」


「親父も終わりだって聞こえた……」


 個々の証言には多少の差異があるものの、核心部分――「毒物によって殺されお金が入る」という筋書きだけは、驚くほど揃っていた。


「口裏を合わせている、という線は?」


 ブランが院長に尋ねる。


「それはないと思います。子供たちは別々の寝室で、しかも同じ時間帯に、うなされるように目を覚ましていたんです。私自身、夜回りの最中に何度も目撃しました」


 ノワールは、顎に手を当て頷きながら院長の話を聞いていた。


「偶然にしては、出来すぎている。かといって、本当に神託だと決めつけるのも早計だ」


「お祈りを欠かさない兄さんらしくない発言だね」


「俺は事実だけを見る。予知夢だろうと詐術だろうと、証拠になるかどうかが全てだ」


 ブランは十二人の子供たちを、あらためて一人ずつ観察した。年齢も、体格も、性格もばらばらだ。共通点は、なかなか見つからない。

 だが、ある子供が大きく口を開けてあくびをした瞬間、ブランの目が留まった。


「……お前、奥歯の治療をしているのか?」


「うん。この前、歯医者さんに診てもらったの」


 銀色に光る詰め物。ブランは残りの十一人の口の中も確認させてもらった。

 全員、同じ――上下同じ位置の奥歯に、銀色の詰め物が施されていた。


「これは、偶然じゃない」



 ◇



 教会付きの歯医者を訪ねると、あっさりと答えが返ってきた。


「ああ、あの子たちですか。半年ほど前、教会の慈善診療で、虫歯検診をまとめて行ったんです。」


「その詰め物というのは?」


「特別なものじゃありませんよ。ただ五年ほど前に使われていた古いタイプの銀歯です」


 ロペス兄弟は以前、特許申請の手伝いをした依頼者の話を思い出した。


「兄さん、前に特許申請の手伝いをしたスミスさん、覚えてる?鉱石が、遠くの音を拾うことがあるって」


「俺も同じことを考えていた。鉱石ラジオだろ?」


 ある種の金属が、特定の条件下で無線の電波を拾い、まるでラジオのように音を再生してしまう――学術的にはまだ半信半疑の珍しい現象だが、まったくの絵空事でもない。


「屋敷の近くに、無線通信の設備は?」


 二人は、ルシアンの屋敷周辺を調べ直した。すると、屋敷の裏手に、商会同士の連絡用に使われている無線電信塔があることが分かった。


「もしルシアンが、屋敷の中でその電波の届く範囲で、誰かと計画を話していたとしたら?」


「子供たちの銀歯が、たまたまその会話を拾ってしまった、ということか?」


 偶然という名の奇跡。神託でも予知夢でもない。

 だが、これはこれで、厄介な真実だった。



 ◇



 調べを進めるうちに、二人はある符合に気づく。


 ギルバードの主治医の証言。


「亡くなる前の数ヶ月、旦那様はかなり弱っておられました。意識がはっきりしない時間も、時折ありました」


 法務官の証言。


「署名をされたのは、体調の良い日を選んで、とルシアン様がおっしゃったので」


 使用人の証言。


「ルシアン様は、毎回、旦那様の体調が良い日を見計らって、法務官様をお呼びになっていました」


 話を聞いて、ノワールが溜め息をついた。


「体調の良い日を選んで署名させる。それ自体は、罪じゃないね」


 ブランが低く呟く。


「ああ。でも、その良い日を作り出すために、何をしたのか……それが問題なんだ」


 ノワールはギルバード付きの看護人に近づいた。


 その時、彼女がこっそりと語った話があった。


「ルシアン様は、旦那様のお加減が良い日は、決まって好物のワインを差し入れておられました」


 子供の証言にあった、「ワイングラスに何か入れる」という声――。

 ただの偶然かもしれない。だが、あまりにも符合しすぎていた。


「毒物が使われたなら、遺体を調べれば分かるはずだ」


 ブランの提案で、二人は聖ルミナス教会に埋葬されたギルバードの遺体の再検分を願い出た。だが、返ってきたのは思いがけない答えだった。


「申し訳ありませんが、教会の教義上、埋葬後の遺体を掘り起こすことは認められません」


「法律の壁の次は、信仰の壁か……」


 ロペス兄弟の調査は難航していた。

 だが、もう一つ手がかりがあった。子供たちが「夢」で聞いたという言葉の断片だ。


「もう一度、子供たちに話を聞こう。今度は一人ずつ、聞いた言葉を僕たちが拾うんだ」


 ノワールの提案で、十二人の証言を突き合わせていく。ばらばらだった断片が、繋ぎ合わせると一つの会話になった。


「――薬包を、いつものワインに」


「――量を間違えるなよ、疑われる」


「――遺言さえ済めば、あとは時間の問題だ」


 声の主が誰かまでは、子供たちには分からない。だが、この会話の内容は、ワインへの毒物混入という筋書きと、恐ろしいほど一致していた。

 銀歯が拾ったのは、神託ではなかった。屋敷の中で交わされた、生々しい計画そのものだったのだ。

 だが、証言はそれだけではなかった。数人の子供が、『おじさんの声』と『おじいさんの声』と表現を変えて語っていた。


「おじいさんの、静かな声だった」


「独り言、みたいな感じで喋ってた」


 それぞれの記憶を繋ぎ合わせると、そこには、まったく別の内容が浮かび上がった。


「――ルシアンの様子がおかしい。もし、これが見つかるということは、私はもう殺されているのだろう」


「――隠し財産は、聖ルミナスの地下、聖歌隊の譜面台の裏に」


「――全てを、あの子らのために」


 ロペス兄弟は、ギルバード・バルモント自身の声だと推測した。

 息子の不穏な様子を察し、自らの死を予感した老人が、誰にともなく――あるいは、神に向けて――残した、もう一つの遺言。



 ◇



 二人はすぐに聖ルミナス教会を訪れ、聖歌隊の譜面台の裏を確認した。

 そこには、古びた鉄の書類箱に納められた、隠されていた財産の証書と、震えた筆致で綴られた走り書きの遺言状が眠っていた。


「本物の遺言は、こっちだったのか……」


 ブランが呟く。だが、その声は法的には何の意味も持たない。銀歯が拾った独り言など、法廷では証拠として認められない。ルシアンが表向きの遺言書を得たという事実は、変わらなかった。


「この走り書きの遺言状には、法務官の立会いも、法的な署名の手続きもないからね……」


 証拠としての価値は、限りなく薄かった。


「諦めるな、ノワール。俺たちには、まだ武器がある」



 ◇



 ルシアンの屋敷――。


「遺言書に何か問題でも? 法務官立会いの、正式な書類だ」


 ルシアンは余裕を崩さない。


「ええ、法的には有効です」


 ブランが静かに答える。


「王国交渉人として、私はこの書類を無効にする権限を持ちません。手続きに、瑕疵はありませんから」


「なら、何の用だ?」


「孤児院の子供たちが、奇妙な証言をしていましてね」


 ノワールが一歩前に出て、あえて軽い調子で切り出した。


「あなたが、『薬包をいつものワインに』と話す声を、聞いたそうです」


 ルシアンの顔から、初めて余裕が消えた。


「な……どうしてそれを」


「お父様の信仰の深さからでしょう」


 ブランが静かに告げる。


「十二人の使徒と呼ばれる子供たちが、あなたの罪を聞いたそうです」


「そんな……馬鹿げた話が、証拠になるものか!」


 ルシアンが声を荒げる。だが、その慌てぶりこそが、何よりの答えだった。


「科学的な話をすると、偶然、屋敷裏の無線電信塔の電波を拾った金属が、あなたの会話を再生してしまった……ただの物理現象です」


 ブランは、鉱石ラジオの仕組みを説明した。


「銀歯が電波を拾ったという話を、法廷で誰が信じるか!子供の戯言と一蹴されるだけだ」


「そうですね。しかしあなたが今、動揺した。その事実で、私たちには十分です」


 ノワールが、鉄の箱から見つかった走り書きの遺言状を、静かにルシアンの前に置いた。


「お父上は、あなたの企みに気づいていました。……そして、本当の遺言を、別の場所に残していた」


 ルシアンの顔から、完全に血の気が引いた。


「これは……法的な効力なんて」


「ありません。法務官の立会いも、正式な署名手続きもない、ただの走り書きです」


 ブランが、静かに頷く。


「法律上、あなたが受け継いだ遺産は、あなたのものです。誰にも、それを覆す権利はない」


 ルシアンは、それ以上何も言わなかった。証拠はない。だが、真実は、確かにそこにあった。



 ◇



 その夜、インク・オブ・トゥルース社には、いつもと違う重い空気が流れていた。


「結局、ルシアンは無罪放免か……」


 ノワールが静かにワイングラスにワインを注ぐ。


「いや」


 ブランが、静かに答えた。


「でも、法律上、ルシアンは何も間違っていない。父親の望みを『良い日』に聞き出しただけだ。……そして、殺意の証拠も、隠し遺言も、法廷では鼻で笑われて終わるだけだよ」


 ノワールはワインを水のように飲み干した。

 ブランは、遺言状の写しを、じっと見つめていた。


「確かに、法律という土俵では、俺たちはルシアンに勝てない。だけど、俺たちには武器があるって言っただろう?」


「だったら、別の土俵で勝負するしかないね」


 ノワールが、口の端を上げた。



 ◇



 数日後、王都に出回った一冊の告発本には、いつもと違う書き出しが記されていた。


『聖ルミナス教会の孤児院にて、十二人の子らが同じ夜、同じ啓示を見た。

 ある資産家の死と、その死に隠された企み。彼らはそれを、確かに見聞きした。


 我々はその真偽を、法によって裁くことはできない。ただ、十二人の子らが見たものを、そのまま、ここに記す。


 ――これが見つかったということは、私はもう殺されているのだろう。

 ある父親が遺した、最後の言葉である。


 真実を白日の元に――。ブラザーズ・ロペス』


 法的な断定は、一切なかった。ただ、十二人の子供たちが見聞きした「啓示」を、ありのままに記しただけの記事だった。

 だが、それは王都中の噂となった。


「十二人の使徒の啓示」――そう呼ばれたこの一件は、法で裁けぬ真実を、人々の記憶と噂の中に刻みつけた。


 ルシアンは、罪に問われることはなかった。財産も、そのまま彼の手に残った。


 だが、彼がどこへ行っても、人々は囁いた。


「あの人が、十二人の使徒に……」


 法律は彼を裁けなかった。だが、世間は、彼を許さなかった。



 ◇



 後日、ブランとノワールは、聖ルミナス教会の孤児院を再訪した。


「隠し財産は、結局、こちらへ?」


 ブランが院長に尋ねる。


「ええ。ルシアン様から、隠し財産について異議が出されることはありませんでした」


 院長は、穏やかに、しかし少し疲れたように微笑んだ。


「莫大な遺産を手にした彼にとっては惜しむほどの額ではなかったのか。それとも、これ以上この件に関わること自体を避けたかったのか……真意は、誰にも分からないな」


 ブランは皮肉っぽく笑った。


「その財産、まず何に使われるご予定ですか?」


「そうですね……」


 院長は、庭で遊ぶ子供たちに目をやった。十二人の子供たちが、無邪気に笑いながら駆け回っている。


「まずは、あの子たちの銀歯を、新しいものに替えてあげようと思います」


「銀歯を?」


「ええ。古い金属の詰め物のせいで、あんな恐ろしい会話を、無自覚に聞かされ続けていたのですから。……せめて、もう二度と、あんな声を拾わずに済むように」


 ブランとノワールは、顔を見合わせた。


 真実を暴いても、法はギルバード・バルモントの無念を裁けなかった。

 だが、確かに一つだけ、彼の思いが救われたものがあった。

 子供たちの、これから眠る夜が幸せな夢になるということ――。



 ◇



 王都には、この件について、いまだ様々な噂が飛び交っている。

 あれは本当に神の啓示だったのか?

 それとも、ただの金属と電波の悪戯だったのか?

 真実を知るのは、ロペス兄弟と、十二人の子供たちだけだった。


 法では裁かれない「嘘」は、暴かれていた。

 ただ、同時に法は完璧ではないということだった。

 法と、本当の想い。

 科学と、証明できない悪意。

 その二つは、必ずしも一致するとは限らない。

 この事件は、ロペス兄弟に、そして読者に、静かな問いを残して幕を閉じた。

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― 新着の感想 ―
綺麗に解決、と行かないのが現実味がありますね それでいて終わりが綺麗なのも面白いです
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