第十九話 合流、予想しうる損害
クウェート戦闘団との合流を図る一団。ショッピングモールの駐車場にて合流を目指す。
Date: 2016年10月27日 10:39
Location: バスラ外縁部 / バスラ市街南西部
Person: 榊恒一中尉
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「中尉。左肩、見えるか」
コールが呼ぶ。
「ええ、狙うならあそこでしょう」
「分かっている。エリック少尉、見えるか」
エリックは膝をついていた。顔色が悪い。だが目は閉じていない。
「友軍はショッピングモール側に陣取っているようです。建物内に負傷者多数。左の搬入口から行けば合流できそうです。それか右に回り込んで射線を交差させますか?それなら遊軍か我々のどちらかかが常に肩の傷へ角度が取れます」
「距離は」
「八十。間にワレモノ二、マザリモノ複数」
「よし、まずは友軍と合流し状況を把握するぞ。エリック、クレヤボヤンスはしばらくいい。休め。ラジード、分隊を率いて友軍との合流を目指し状況を把握。マックス、榊、エリック、俺たちは右に回り込んで十字砲火だ。友軍と直交する形で火点を構築する。その間に左にスモークを展開。素早くモールへ進め。質問は?」
アイシャが声を上げる。
「足止め用の触媒弾かドラゴンブレスを使っていいですか。榊中尉が詠唱する時間を稼ぎます」
「任せる」コール小隊長は短く答える。
「他には?ないなら動くぞ!」
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王の獣は動かなかった。
榊たちが回り込もうと散開しはじめた時、前脚を一歩踏み出す素振りすら見せなかった。ただ、低く身を沈めた。アマーラで跳躍する直前に見せた姿勢に似ている。だが、違う。頭が下がっていない。跳ぶのではない。左肩のひび割れが脈を打つように広がった。赤熱した内部から、黒い結晶の棘が生え出す。一本ではなかった。数十本。ほとんど同時に。
「散れ!」
コールの声より早く、榊は身を伏せた。空気が鳴った。
結晶片は雨のように降ってきた。一本一本は、アマーラで貫かれた槍よりはるかに細い。路上で炎上し鉄の塊となったハンヴィーの車体に突き刺さるが、貫通はしない。以前に比べ貫通力は下がっていた。駐車場の路面に穿たれる穴は、以前の着弾痕の半分もない。だが、とにかく数が多い。対人戦用に調整しているのか?と榊は感じた。逃がすたびに進化されたらまずいぞ……アリアのストライカーの装甲で、短い破裂音が連続した。榊のいる車体の左側にも、二本が食い込む。中まで抜けていない。抜けていないことに、榊は遅れて気づいた。伏せたまま、視線だけを上げる。王の獣はまだ腰を沈めている。次の斉射の準備に入っていた。
前回の手応えと違う。威力を抑えている。
──学習している。
あの一撃で、自分の左肩を砕いたのは他でもない貫通力だった。前回のアマーラで、過剰な貫通は外殻の裂け目を広げる。自分の傷を自分で開く。あの個体はそれを覚えている。
だから、数で押す方へ切り替えた。貫通力を削り、広い面で制圧する方へ。ただやられるだけの生き物ではなかった。
「エリック!」
榊が叫ぶ。
「古き垣よ、野末の茨よ。血を啜る鉤よ、骨を縛す縄よ。還らぬ道へと引き入れよ。一歩、迷い子の足を取れ。二歩、嘘つきの膝を折れ。三歩、暗き影を縛れ。四歩、踏み迷いし者を、二度と日の下へ出すな──バインド・オブ・ソーン」
暗い森の影のような茨の蔓が王の獣の左前脚へ走る。細い。アマーラの時よりも細い。魔力が減っている。それでも絡めば、一拍は遅らせられる。その一拍の間に、榊は身を起こし、アリア側のストライカーへ走った。十字砲火の角度を作るためには、どうしてもいま移動する必要がある。マックスとコールも別方向へ散る。第二分隊のラジードは、命令通り左の搬入口へ向かって既に動き出していた。
王の獣の次の斉射が来た。
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大半はアリアの側へ向かった。しかし数本が、榊の側へ流れた。そのうち一本が、榊の乗っていたストライカーの側面下部を貫きそのまま内部で破裂した。音は二つだった。最初は金属が甲高く悲鳴を上げた。続いて、鈍いくぐもった破裂音。車体が斜めに跳ねた。左側の路面が抜けたように見えた。傾きが限界を越え、そのまま横転する。鉄の塊が重力に従って倒れていく。
榊の位置からは、全部が見えた。銃座に立っていた兵士が、最初の攻撃が破裂した衝撃で外へ投げ出された。空中で一度、人形のように回って、駐車場の砕石の上に落ちた。弾けるような音はしなかった。重い布袋が落ちるのに近い音だった。
「乗員の様子は!」
マックスの声。
「ミカエルとダイアスです、意識がありません!」
運転手のミカエルはとっさに車両から降りようとしたせいで車体の隙間に入り込んでいた。衛生兵が車体の下へ這い込んでいく。結晶片の斉射はまだ続いており、破片が駐車場の表面を削り続けている。王の獣が、斉射の合間に頭を少しだけ傾けた。こちらを見ているように見えた。動けなくなった、と王の獣は理解している。制圧射撃というものが相手の攻撃タイミングをコントロールするものだと。
アイシャはストライカーの側面にいた。
車両が横転した瞬間、彼女は反射で身を伏せていた。結晶片の飛沫が頭上を舐めていった。数秒、呼吸を止める。頭を上げる。
倒れた車両の陰で、衛生兵がミカエルを引きずり出そうとしていた。車体の下に足が挟まっている。一人では抜けない。アイシャは装備を下ろしてそちらへ回った。ベネリを肩にかけ直し、膝をつき、衛生兵の反対側から足首を掴む。
「三で抜く」
衛生兵が目だけで頷いた。
「一、二、三」
動かない。血で滑る。アイシャは手袋を噛んで外し、素手で掴み直した。もう一度。抜けた。
ミカエルの頭部は、こめかみから耳にかけて大きく裂けていた。骨が見えている。衛生兵が瞳孔を確認し、首を振った。首は振ったが、「死んだ」とは言わなかった。
「すぐに後方に送らなければ」
「搬出路がない」そうアイシャは返す。
「三十分以上は持たないぞ。出血が続いている」
三十分、とアイシャは頭の中で繰り返した。戦闘を終わらせるための時間として、それが短いのか長いのか、判断する資格は自分にはないと思った。ただ、止血帯に時間を書いて置く。彼女は立ち上がり、銃座に付いていたダイアスの方へ歩いた。
投げ出された体は、不自然な角度で止まっていた。ドッグタグが朝の薄い光を反射している。アイシャは膝をつき、ドッグタグを外した。血で指が滑って、二度やり直した。
遺体の顔に、自分のシェマグを外してかけた。薄い布では砂を完全には防げないが、それでも何もかけないよりはよかった。一度だけ、王の獣の方を見た。
黒い巨体は、まだ斉射を続けていが最初に比べると勢いは大きく減じていた。マザリモノが駐車場の脇の建物から染み出すように這い出てきていた。戦闘は終わっていない。むしろ、これから長くなる。
アイシャはドッグタグを胸ポケットに入れた。ベネリを持ち直し、榊のいる方向へ駆け出した。走りながら、左脚が少し震えていることに気がついた。怖がっているのではないと思いたかった。怖がっている自覚があった。
それでも足は止まらなかった。
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ラジードは第二分隊を率い、搬入口の陰を伝ってクウェート戦闘団の陣地へ走った。
距離は八十メートル。遮蔽は多い。だが路面に散る結晶片と、建物上階から不意に降ってくるマザリモノが邪魔をした。一度、壁の陰でうずくまる。ワレモノが屋上から落ちてくる。幸いクウェート側の小隊に魔術を使える隊員がおり、表面魔力層をわずかに攪乱させたとこでMAAWSから発射されたHESH弾が2発突き刺さり新型合金のライナーによる魔力攪乱もあり表面魔力層が乱れる。そのみだれた箇所にM240Hの集中射。砕けるのを横目に先へ進む。
搬入口の手前で、クウェート兵の声が聞こえた。アラビア語。ラジードはアラビア語話者ではない。だが「止まれ」と「こちらに」ぐらいは分かる。両手を上げて、所属を英語で叫んだ。
誰かが手招きした。クウェート戦闘団の陣地は、思っていたより狭かった。ショッピングモールの搬入用駐車スペースを倉庫の壁で三方から囲まれた一角に、車両二両と、歩兵が三十名ほど散っていた。建物内には担架が積まれている。一目で数えられない数の負傷者。傷の軽い者から応急処置を受け、重い者はただ壁に寄りかかって呼吸していた。
指揮を取っているのは若い中尉だった。ラジードと同じか、少し下。片耳に包帯を巻いている。ヘルメットの顎紐は汗で真っ黒だった。中尉は英語で話した。中尉は疲れた顔で笑った。唇が切れていて、笑うと血が滲んだ。
「弾薬の状況は」
「小銃弾、半分。機関銃弾、四分の一。カールグスタフは全て外の小隊に持たせた」
「負傷者の後送は」
「戦闘が終わらない限り、ここから出せない。搬出路は結晶どもで寸断されている。そちらのストライカーが一両横転したのを見た。同じ目に遭う」
ラジードは頷いた。二人は短く、必要な情報だけを交換した。無線の周波数を合わせる。味方識別の追加サイン。正面と側面の火点配置。搬入口の奥は第一応急処置場として確保する、という中尉側の報告も聞いた。
それから、ラジードは視線を停止中のM1エイブラムスへ向けた。左側履帯は吹き飛び、車体は斜めに傾いて止まっている。車長ハッチが開いていた。中から、上半身だけ出した戦車兵がこちらを見ていた。片耳の側しか聞こえないらしく、反対からの声には反応しない。顔は煤で黒い。ラジードは歩み寄った。
「主砲は」
車長は片手を上げた。指を五本立てる。
「五発。手で装填している」
「砲手は」
「初撃でやられた。装填手と俺の二人で撃っている。遅い」
「操縦手は」
「中で生きている。化け物に殴られたせいで動けない。外には出せない」
ラジードは操縦手ハッチ歪んでおり、外から開けるのは無理だった。
「その五発、どう使う」
車長は少し笑った。
「取っておくさ、あの化け物用に」
擱座したがまだ折れていない戦車兵。こたえるかのように砲塔は機会をうかがうように動く。




